【所在不明共有者の共有持分を取得する複数の手法の比較】
1 所在不明共有者の共有持分を取得する複数の手法の比較
共有者Aの所在が不明である場合、他の共有者がA持分を取得する方法がいくつかあります。令和3年の民法改正で便利な制度ができましたが、改正前からある制度の方がメリットが大きい、ということもあります。本記事では、所在不明共有者の共有持分を取得する複数の方法を、比較しつつ説明します。
2 設例
最初に設例を整理しておきます。これを前提として以下で説明します。
<設例>
Aの所在が不明である
BはA持分を取得したい
(その後、Cと協力して売却するか、当面は(過半数持分権者として)活用する)
3 持分取得裁判
BがA持分を取得する方法として最も単純なものは、令和3年の民法改正で新たに作られた共有持分取得裁判の手続を使う、というものです。
詳しくはこちら|所在等不明共有者の不動産の共有持分取得手続(令和3年改正)
この裁判手続の中で、A持分の評価額を出し、その金額の供託命令が出ます。つまり、BはA持分の対価を実際に支払って初めてA持分を取得できるということになります。
A持分の評価では、このケースでは結果的に単独所有とならないので、共有減価がなされると思われます。
A持分の評価のために、仮に裁判所が正式な鑑定が必要であると判断した場合は、この鑑定コストが大きな負担となります。
一方、Aは対価請求権(供託金還付請求権)を取得します。
4 不在者財産管理人の選任
Aが不在者にあたる場合は、家裁に不在者財産管理人を選任してもらう手法もあります。
詳しくはこちら|不在者財産管理人の制度の全体像(選任要件・手続・業務終了)
選任された管理人からBがA持分を購入するという想定です。
この設例では結果的に単独所有が実現しないので、共有減価をした評価額で購入できる可能性もあります。
管理人がA持分を売却するには、家裁の許可が必要になります。家裁が許可を出すためには、売買代金が適正であることが前提です。とはいっても、正式な鑑定まで必要ということは通常ありません。つまり、鑑定費用の負担が大きい、ということは通常避けられます。
一方、一般的には管理人選任の申立の際、管理人の報酬に相当する予納金が必要となります。
ただし、申立の段階から、管理人はA持分の売却代金を得ることが想定されるので、予納金ゼロとしておいて、その後、売却代金の一部を報酬に充てる、という運用も実際に行われることがあります。
なお、管理人はAに帰属する他の財産も調査、確認し、管理することになります。
管理業務としてすることがなくなった場合は、裁判所に選任処分の取消をしてもらい、預かっている売却代金を供託して業務を終了させる方法もあります。この場合、Aが持つ供託金の還付請求権は(Aがそのことを知らなくても)10年で時効消滅となります(後述)。これを回避するために、管理人がA名義の預金口座に残金を送金する、という工夫もあります。預金債権も消滅時効期間は同じですが、一般的に金融機関は顧客の信頼を維持するため消滅時効の援用をしない扱いをしています。
5 所有者不明土地管理人の選任
前述の不在者財産管理人は、当該不在者(A)の財産をすべて調査して管理することになります。財産が多い場合は業務量が増え、管理人報酬も大きくなります。この点、令和3年の民法改正で新たに作られた、所有者不明土地管理人であれば、調査、管理する対象は文字どおり当該土地だけです。本件土地のA持分をBに売却する、ということだけを実現れば済むのであれば、不在者財産管理人ではなく所有者不明土地管理人の制度を利用した方がスピーディーかつ、Aに残される金銭から控除される金額も少なくて済むということになります。
それ以外は前述の不在者財産管理人を活用した手法と変わりはありません。
6 共有物分割訴訟
B(とC)が、共有物分割訴訟を申し立てる方法もあります。Aは所在不明なので、A宛の訴状送達は公示送達で済ませます。Bが当該土地全体の取得を希望していて、適正なA持分の評価額を支払う資力がある場合、このとおりの判決(全面的価格賠償)が出される可能性があります。本件土地上にAの所有名義の建物があるなど、Aが困るような事情があれば別ですが、そうでない限り、Bが土地全体を取得できる可能性は高いといえます。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
いずれにしても、共有物分割訴訟は非訟の性質があるため、結論(裁判所が採用する分割方法)には一定の不確定要素があります。
Aが取得する全面的価格賠償の判決となった場合、A持分の対価(賠償金)の支払債務をBが負うことになります。賠償金の金額算定では共有減価はしません。
この場合、職権で登記と対価支払の引換給付判決となる可能性があります。引換給付判決となった場合、Bは対価を供託しないとA持分の登記を得られないことになります。仮に引換給付ではない判決であった場合、Bは対価を実際に払わなくても(債務を負った状態のままで)A持分の登記を得られることになります。
訴訟の中で、正式な鑑定が必要となることが多いです。この場合、鑑定費用の負担は大きくなってしまいます。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における共有物の価格の評価プロセス(鑑定)
7 持分取得権(民法253条)の行使
この設例ではAは固定資産税を支払っておらず、B(またはC)が支払っている状況であるはずです。つまりAの分を建て替えて納税した、という状態です。
これを前提とすると、BがAに立替金分の求償(請求)をしてから1年後に、A持分の対価(評価額)を提供すれば、A持分を取得できることになります。
詳しくはこちら|共有持分買取権の基本(流れ・実務的な通知方法)
この場合、BはA持分を取得するとともに、対価(評価額)分の債務を負うことになります。
実際には、Bは、Aを被告とする持分移転登記請求訴訟を申し立てることになります。もちろん、Aは所在不明なので、A宛の訴状送達は公示送達を使います。
この訴訟は非訟ではないので、裁判所は、Aから同時履行の抗弁権の行使(権利抗弁)がない限り、引換給付判決をすることはできないはずです。
詳しくはこちら|民事訴訟における権利抗弁(弁論主義)
引換給付でなければ、判決によってAからBへの持分移転登記は実現する一方、BからAへの対価の支払はなされない(Bが債務を負った状態のまま)ことになるのです。
この訴訟の中で、A持分の対価を決めるために正式な鑑定が必要になる可能性もあります。ただ、裁判所の判断によっては、簡易鑑定で済むこともあり得ると思います。
また、A持分の対価を算定では、結果的に単独所有が実現しないので、共有減価がなされると思われます。
8 失踪宣告
仮にAが所在不明で、かつ連絡もつかない状態であり、それが7年間継続している、という条件を満たしている場合、失踪宣告を活用できます。
裁判所が一定期間所在の調査をしてそれでも判明しなければ、最終的に裁判所が失踪宣告を出します。そうすると、法律上は亡くなったものとして扱われます(民法31条)。
詳しくはこちら|普通失踪(失踪宣告)の基本(要件・効果・手続)
A持分は相続人が取得する、ということになります。仮にAに相続人がいなければ、特別縁故者または他の共有者(BC)に帰属することになります。
詳しくはこちら|相続人不存在では遺産は特別縁故者か共有者か国庫に帰属する
なお、失踪宣告の申立をすることができるのは利害関係人です(民法30条1項)。
BがAの推定相続人であれば利害関係人にあたります。
しかし、単に共有者同士であったり、立替金の請求権があるというだけでは利害関係人にあたらないと判断される可能性があります。その場合は、Aの相続人に申立をしてもらう必要が出てきます。
なお、Aに推定相続人がいないと想定される場合は、Bは民法255条によりA持分を取得することができると予定される者なので、利害関係人にあたる、ということも十分ありえます。
なお、後でAが出てきた場合(生存が判明した場合)、Aが家裁に申立をすれば、失踪宣告は取り消されます。この場合は、相続人としてA持分を取得した者はこれをAに返還することになります。すでに第三者に売却してしまったケースでは、代金をAに返還することになります。ただし、現存利益の範囲で返還すれば足ります(民法32条)。
9 供託金の行方(消滅時効)
ところで、手続によっては、A持分の対価相当額が供託されることになります。
Aは所在不明なので、通常、そのまま長期間が経過してしまいます。この点、Aが供託されたことを知らなくても、10年間で還付請求権は時効消滅します(民法166条1項2号)。
これを防ぐ方法としてたとえば、BがAに対する何らかの債権があれば、還付請求権の一部の差押をする、という対応があります。Bが供託金の一部の還付を受ければ、還付請求権にかかる債務の承認として、全体の消滅時効が延長されます。
なお、所在不明、かつ、連絡が取れない状態が7年に達した時点で、失踪宣告の申立をすれば、Aの相続人が供託金の還付請求をすることができることになります。
逆に、なにもしない状態で、供託から11年後にAが現れた場合、法務局に行っても供託金はもらえない(政府が没収した状態)になってしまいます。
10 複数の手法の比較(まとめの表)
最後に、複数の手法について以上で説明した特徴を表にまとめておきます。
<複数の手法の比較(まとめの表)>
(※1)失踪宣告の特徴
相続人が持分を取得する
相続人不存在確定であれば他の共有者が取得する
7年間の連絡途絶が要件
手続に1年程度を要することがある
本記事では、所在不明共有者の共有持分を取得する複数の手法を比較しつつ説明しました。
実際には、個別的な事情により、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産の共有者が所在不明であるという問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。