【民事訴訟における証明妨害への対応(ペナルティ規定と一般的な証明妨害理論)】
1 民事訴訟における証明妨害への対応(ペナルティ規定と一般的な証明妨害理論)
民事訴訟では、当たり前ですが、有用な証拠を出せるかどうかで勝負が決まります。そこで、証拠を出されると不利になる側は、なんとかして証拠が出されないように妨害しよう、というインセンティブが働きます。このようなことは構造的に想定されるので、条文や解釈として対処法が作られています。本記事では、民事訴訟でこのような証明妨害がどのように扱われるか、ということを説明します。
2 立証責任(証明責任)の定義(前提)
まず、民事訴訟では、証拠不足で事実Aがあったかどうかが判定できない(真偽不明)場合に、Aはあったものとするのか、Aはなかったものとするのか、どちらにするか、ということが決まっています。結果的に不利になる当事者は立証責任を負うといいます。
立証責任(証明責任)の定義(前提)
※伊藤眞著『民事訴訟法 第7版』有斐閣2020年p380
3 民事訴訟における証明妨害へのペナルティの規定
(1)証明妨害のペナルティ規定の趣旨
たとえば、事実Aについて原告が立証責任を負っている場合、Aを裏付ける証拠が出てくると原告の主張が認められる(方向に働く)ので、原告は有利、被告は不利になります。被告は、証拠が出されることを抵抗しようというインセンティブが働きます(前述)。そこで、民事訴訟法の中の証拠調べの規定の中には、妨害した者を不利に扱うルールがあります。
その趣旨は信義則に基づく制裁です。要するにフェアプレーではないのでペナルティを与える、ということです。
証明妨害のペナルティ規定の趣旨
あ 趣旨
また、当事者の一方が証明妨害的行動をとった場合については、信義則に基づく訴訟上の協力義務違反に対する制裁的観点から、それだけでその者に不利な証拠資料の存在を擬制することができる
い 規定の種類
(その証拠に関する相手方の主張〔たとえば書証ならその作成者や記載内容〕を真実と認めることができる)とする規定(208条、224条1項、2項、229条4項、232条1項)、
その証拠によって証明すべき事実自体に関する相手方の主張も真実と認めることができるとする規定(224条3項、232条1項)がある。
う 裁量あり(自由心証主義との関係)
これらの規定は、裁判官の裁量を認めている(「することができる」としているだけであり、「しなければならない」とはしていない)ので、裁判官を絶対的に拘束するわけではないが、証拠に基づかない事実認定を認めているという点では自由心証主義の例外であるといえる
※瀬木比呂志著『民事訴訟法 第2版』日本評論社2022年p354、355
(2)民事訴訟の証明妨害のペナルティの条文
民事訴訟法の中で、証明妨害のペナルティを定めた条文は4つあります。ペナルティの内容は、それぞれのルールで少し違いがあります。
民事訴訟の証明妨害のペナルティの条文
あ 当事者尋問・出頭や宣誓の拒否
(不出頭等の効果)
第二百八条 当事者本人を尋問する場合において、その当事者が、正当な理由なく、出頭せず、又は宣誓若しくは陳述を拒んだときは、裁判所は、尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができる。
※民事訴訟法208条
い 文書提出命令・提出拒否
(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果)
第二百二十四条 当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。
2 当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。
3 前二項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。
※民事訴訟法224条
う 筆記命令(筆跡対照)・筆記拒否
(筆跡等の対照による証明)
第二百二十九条 文書の成立の真否は、筆跡又は印影の対照によっても、証明することができる。
2・・・
3 対照をするのに適当な相手方の筆跡がないときは、裁判所は、対照の用に供すべき文字の筆記を相手方に命ずることができる。
4 相手方が正当な理由なく前項の規定による決定に従わないときは、裁判所は、文書の成立の真否に関する挙証者の主張を真実と認めることができる。書体を変えて筆記したときも、同様とする。
5・・・
※民事訴訟法229条
え 検証目的物提出命令・提出拒否
(検証の目的の提示等)
第二百三十二条 第二百十九条、第二百二十三条、第二百二十四条、第二百二十六条及び第二百二十七条の規定は、検証の目的の提示又は送付について準用する。
2・・・
※民事訴訟法232条
4 一般的な証明妨害理論→立証責任転換説と証明度軽減説
前述のように、民事訴訟法上の証明妨害のルールは4つだけです。この点、4つに当てはまらない証明妨害があったらどうするか、という問題があります。解釈として、妨害した者を不利に扱う(ペナルティを与える)方向にあります。理論としては、立証責任が転換するという解釈と、証明度が軽減するという解釈があります。
一般的な証明妨害理論→立証責任転換説と証明度軽減説
あ 規定上のペナルティ(前提)
なお、いわゆる証明妨害に関連して証明責任の転換が説かれることがある。
たとえば、224条などは、文書の不提出などの事実を基礎として、裁判所が文書に関する相手方の主張または文書によって証明すべき事実を真実と認めることができる旨を規定するが、
い 立証責任転換説
証明妨害の法理は、これを一般化して、当事者が故意に訴訟法上の義務に違反して証明妨害行為をなしたときには、その効果として立証主題たる事実についての証明責任が妨害者に転換されると説く。
この考え方を採用する裁判例も存在するといわれるが、当事者の証明活動に関する事実から、証明責任転換の法律効果を導くのは困難である。
う 証明度権限説(筆者見解)
むしろ、一般的には、妨害行為によって証拠の取調べが不可能になり、証明責任を負う当事者による立証によって確信が形成されないときでも、裁判所は、より低い心証度にもとづいて立証主題たる事実を認定できるとするのが、証明妨害の効果であり、したがって、証明度の軽減を意味すると考えるべきである。
※伊藤眞著『民事訴訟法 第7版』有斐閣2020年p386、387
5 民事訴訟以外における証明妨害(概要)
以上で説明した証明妨害へのペナルティは(通常の)民事訴訟に関するものです。たとえば、家事審判、人事訴訟、非訟事件手続は民事訴訟ではないので、以上で説明した規定や解釈はそのままあてはまることはありません。ただ、理論は異なりますが、妨害した当事者を不利に扱う、という方向性は変わりません。
詳しくはこちら|財産分与の手続(審判・離婚訴訟)における財産の開示拒否への対応
本記事では、民事訴訟における証明妨害について説明しました。
実際に民事訴訟における証明に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。