【第三者の権利の客体となっている権利の放棄(民法398条)】
1 第三者の権利の客体となっている権利の放棄(民法398条)
民法398条は、地上権または永小作権に抵当権が設定されているケースについて、権利の放棄をしても抵当権は存続する、というルールを定めています。そのようなケースはとても少ないのですが、実はとても広い範囲に適用されています。
本記事では、民法398条の基本的な内容を説明します。
2 民法398条の条文
最初に民法398条の条文を確認しておきます。条文上は地上権と永小作権が抵当権の対象になっている、という状況だけしか書いてありません。
民法398条の条文
第三百九十八条 地上権又は永小作権を抵当権の目的とした地上権者又は永小作人は、その権利を放棄しても、これをもって抵当権者に対抗することができない。
※民法398条
3 民法398条の趣旨
民法398条のルールの趣旨は、素朴な発想であり、当然の原理です。第三者の権利の客体となっている権利を自由自在に消滅させられるとするのは不合理である、という考えです。
民法398条の趣旨
あ 新注釈民法
ア 原則→放棄は自由
権利者が自らの有する権利を放棄するのは、その放棄が当該権利の性質に反したり、公序良俗に違反する等しないかぎり、原則として自由であるとされている。
地上権に関しては268条、永小作権に関しては275条の要件を具備するかぎり、当該権利者はその放棄をすることができる。
イ 不足の損害発生
しかしながら、369条2項により地上権または永小作権が抵当権の目的となっている場合にも、その放棄を認めるとするならば、当該抵当権者は不測の損害を被ることになる。
そこで本条は、地上権者または永小作人が、その権利を放棄しても、これをもって抵当権者に対抗することができないと規定したのである。・・・
ウ 当然の原理
このように本条は、当該権利が、第三者の権利の客体となっている場合には、第三者の権利を保護するため、当該権利の放棄を第三者に対抗することができないという当然の原理を規定したものである。
そのため、本条に関しては、その趣旨を類推適用する法解釈が盛んに行われている。
※新井剛稿/森田修編『新注釈民法(7)』有斐閣2019年p327、328
い 新版注釈民法
およそ、権利は、その性質に反しないかぎり、権利者によって自由に放棄されうるのが原則であって、地上権も永小作権も、268条・275条の条件にしたがうかぎり、共にその例外ではない。
しかしながら、それらの権利が、もし、第三者の権利の客体となっている場合には、それらの権利の放棄は、同時に第三者の権利の客体の滅失となって、第三者の権利までも消滅せしめるにいたり、不測の損害を第三者に及ぼすことになる。
そこで、このような場合における調整のための一策として本条に特則を設け、それによって、たとい地上権者・永小作権者がその権利を放棄したとしても、それが抵当権の客体となっていたときには、その放棄(抵当権者の同意を得ないでなした放棄)をもって抵当権者には対抗しえないこととしたのである(類似規定―工抵16、鉱業58、鉱抵5、立木法8、特許97)。
※柚木馨・小脇一海・占部洋之稿/柚木馨ほか編『新版 注釈民法(3)物権(4)改訂版』有斐閣2015年p474
4 民法398条の効果(結果)
民法398条の直接の効果は、抵当権者に対抗できないというものです。つまり、原則的なルールを使ったら抵当権は消滅するはずのところ、例外的に抵当権は存在しているという扱いになる、というものです。
結果的に、抵当権を実行すれば、客体となっている権利の売却が行われ、売却された後は買受人が権利(地上権や永小作権)を取得する、ということになります。所有者は地上権や永小作権の負担を受け入れることになります。
民法398条の効果(結果)
あ 新注釈民法
地上権等の放棄は地上権設定当事者間では有効であるが、抵当権者は抵当権を実行して、地上権等を競売に付することができ、買受人も土地所有者に対し、地上権等の取得を主張することができる。
※新井剛稿/森田修編『新注釈民法(7)』有斐閣2019年p328
い 新版注釈民法
・・・この場合、なお、抵当権者は、抵当権の実行として放棄された権利を競売に付することができ、買受人は、地主に対してそれらの権利の取得を主張しうるわけである。
※柚木馨・小脇一海・占部洋之稿/柚木馨ほか編『新版 注釈民法(3)物権(4)改訂版』有斐閣2015年p474
5 放棄対象の権利の拡大
(1)所有権・借地権への適用→肯定
前述のように、民法398条は、基礎的な原理を規定したものです。そこで、広い範囲に拡大して(類推)適用されます。
たとえば、(地上権・永小作権に限らず)所有権や借地権を放棄したケースにも適用されるのです。
所有権・借地権→肯定
あ 所有権→肯定
・・・「所有権」の放棄の場合にも、本条が類推適用されると解されている(梅593頁、中島1195頁等)。
※新井剛稿/森田修編『新注釈民法(7)』有斐閣2019年p329
い 借地権→肯定
借地上の建物を抵当とした借地権者が借地権を放棄しても当該建物の競落人に対抗することを得ない。
※大判大正11年11月24日(要旨)
(2)共有持分権への適用→肯定
ところで、共有持分(権)は放棄することができます。放棄するとその共有持分は他の共有者に帰属することになります。
詳しくはこちら|共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)
この点、共有持分権の性質は所有権(と同じ)とする見解が一般的です。たとえば最判昭和46年10月7日は「数人が共同して有する一個の所有権」と表現しています。
詳しくはこちら|共有物に関する確認訴訟の当事者適格・共同訴訟形態
ということは、共有持分放棄も所有権放棄と同じ、つまり、民法398条が適用されることになるはずです。
共有持分権への適用→肯定
あ 原始取得の原則論
一般的な原始取得について
担保物権の負担は承継しない
い 新版執着民法
担保物権の負担のある共有持分について共有持分放棄がなされた場合
担保物権により制約されたままの持分が他の共有者に帰属する
→担保物権の負担は承継される
※川島武宣ほか編『新版注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p464
※林良平『物権法』有斐閣1951年p135(同内容)
う 平野裕之・物権法
持分に抵当権が設定されている場合には、持分放棄は有効であるが抵当権者には対抗できず(398条の趣旨の類推)、抵当権者は持分が存続しているものとして抵当権の実行によりこれを競売できる。
※平野裕之著『物権法 第2版』日本評論社2022年p357
6 抵当権登記の要否→必要方向
たとえば、地上権に抵当権が設定されている状況を想定します。地上権者(抵当権設定者)が地上権を放棄した場合、本来、抵当権も消滅しますが、民法398条により抵当権が存在する扱いとなり、抵当権者が実行すれば、地上権の競売が行われます。そして、土地所有者は地上権は消滅した(買受人が地上権を持っているわけではない)とは主張できなくなります。
ここで、抵当権の登記がないケースではどうでしょうか。仮に地上権の放棄を受けた土地所有者は、抵当権の登記に関して民法177条の「第三者」にあたるとすれば、結果的に、抵当権は消滅したのと同じ結果になります。
これについて、「第三者」にあたらないという議論はみあたりません。また、民法398条(の示している原理)は、登記がなくても対抗できるところまで抵当権を保護しているとすれば、逆に土地所有者に対して不意打ちになります。実際の地上権放棄(や類推適用される借地契約の合意解除など)では、地上権相当額を対価として土地所有者が支払うこともあります。つまり、実質的な地上権の売買(譲渡)というケースも実務ではよくあります。そこで、地上権の売買とパラレルに、抵当権の存続を主張するには登記が必要という結論が妥当だと思います。
7 賃貸借の解除と転借人・借地上建物の賃借人との関係(概要)
前述のように、民法398条は実際には、地上権・永小作権以外の権利に使うことの方が多いです。その中でも典型的なものは、賃貸借の解除を放棄と同じように考えて、転借人や借地上の建物の賃借人に対抗できない、とする扱いです。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|賃貸借の解除を転借人や借地上建物の賃借人に対抗できるか(5準則まとめ)
本記事では、第三者の権利の客体となっている権利の放棄について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に第三者の権利の客体となっている権利の放棄に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。