【遺産分割・相続放棄による高額相続税発生時の無効・取消(判例の適用基準)】
1 遺産分割・相続放棄による高額相続税発生時の無効・取消(判例の適用基準)
遺産分割や相続放棄の手続を終えてから、想定外に高額の相続税がかかることが分かり、あわてふためくというケースがあります。そのような場合、状況によっては錯誤として遺産分割や相続放棄を取り消すことが認められることもあります。
本記事では、このことについて、どのような場合に取消ができるのか、判例を紹介しつつ説明します。
2 民法における法律の錯誤→肯定(前提)
最初に前提として、税法の理解が欠けていた場合にも、民法の錯誤のルール(95条)の適用は可能です。当たり前のように思えるかもしれませんが、刑事の世界では法律の錯誤があっても犯罪は成立するのです。民事と刑事で違いがあるのです。
詳しくはこちら|民法における法律の錯誤(無効・取消の対象となる)
3 高額相続税発覚による遺産分割無効→肯定裁判例
まず、相続人全員で遺産分割の合意が成立した後に、高額の相続税がかかることが発覚したケースを紹介します。
相続人全員による遺産分割の合意が成立した後に、同族株式の相続税評価にミスがあったことが発覚しました。評価額の差が約19億円ありました。十分に重大な錯誤(誤解)といえます。
この点、取消を認めるには、このような合意の前提(動機・基礎)が表示されている必要があります(民法95条2項)。この事案では、税金について税理士や税務署と相談していた経緯があるので、表示されていた、と認められました。
最後に、取消を認めるには、法律(税法)の誤解に重過失がないことも必要です(民法95条3項)。
これについては、誤解の原因は税理士の誤った説明にあったので、当事者(相続人)には重過失はない(軽過失にとどまる)と判断されました。
結論として、遺産分割は取消は認められることになりました(当該事案は平成29年改正前なので「無効」が認められました)。
高額相続税発覚による遺産分割無効→肯定裁判例
あ 要素の錯誤(重大性)・動機の表示→肯定
・・・第1次遺産分割の協議においては、本件会社の株式の評価につき、配当還元方式によるか類似業種比準方式によるかで合計約19億円の相違が生ずることとなることから・・・、配当還元方式の適用を受けられる株式の配分方法を採ることを分割の方針として明示した上で、その方法について本件税理士に相談し、同税理士から所轄税務署との相談も踏まえた検討結果に基づく助言を受け、その助言に従い、配当還元方式の適用を受けられる株式の配分方法との誤信の下に、第1次遺産分割の合意に至っているものと認められることからすれば、原告X2が遺産分割により取得する株式について、配当還元方式による評価によることが、第1次遺産分割に当たっての重要な動機として明示的に表示され、第1次遺産分割の意思表示の内容となっていたものと認められ、かつ、その評価方法についての動機の錯誤がなかったならば相続人らはその意思表示をしなかったであろうと認められるから、第1次遺産分割のうち株式の配分に係る部分には要素の錯誤があったと認めるのが相当である。
い 重過失→否定
・・・相続人らが本件会社の株式の評価方法を誤信したのは、本件税理士が評価通達上控除を要する関連会社の相互保有株式の存否の確認を怠って誤った助言をしたことに起因するものであり、事柄の内容も税務の専門家でない相続人らにとって同税理士の助言の誤りに直ちに気付くのが容易なものとはいえないと認められることからすれば、その誤信について、相続人らに過失があったことは否めないものの、過失の程度は通常要求される義務を著しく欠いているものとまでは認められず、相続人らに重大な過失があったということはできない。
う 結論→遺産分割の合意の一部無効
したがって、本件における遺産分割の私法上の効力については、第1次遺産分割のうち、本件会社の株式の配分に係る部分は、要素の錯誤により無効であり、その余の部分は有効であって、当該株式の配分に係る部分は、第2次遺産分割により補充されており、これらの遺産分割の効力は相続開始時に遡及して生じている(民法909条)というべきである
(本件では、本件会社の株式以外の多数の不動産、他の有価証券、現金・預貯金、動産、貸付金債権等の相続財産の配分について錯誤はなく、前記認定の事実経過に徴すると、本件株式の配分に係る錯誤はそれ以外の財産の配分に何ら影響を及ぼすものではないと認められる以上、合意の内容としても対象財産の範囲で截然と区別し得る可分なものと評価できるので、当事者の合理的意思解釈及び法律関係の安定性の観点からも、第1次遺産分割のうち、本件会社の株式の配分に係る部分のみが一部無効となるものと解するのが相当である。)。
※東京地判平成21年2月27日
4 高額相続税発覚による相続放棄の無効(取消)
次に、相続放棄ですが、これは、相続人同士の合意ではなく、家庭裁判所の手続によって行います。この家庭裁判所の相続放棄の手続も、錯誤として取消が認められることがあります。
(1)高額相続税の発覚ケース(昭和30年最判・結論有効)
相続放棄の手続を終えた後に、高額相続税の課税が発覚したケースです。最高裁は、動機にすぎないことを理由に、錯誤の規定の適用を否定しました。
少し分かりにくいですが、一般論としては錯誤の規定の適用を肯定した上で、動機の錯誤の場合は表示されていないと無効にならないと判断したものと読み取れます。
高額相続税の発覚ケース(昭和30年最判・結論有効)
※最判昭和30年9月30日
(2)単独相続目的の相続放棄ケース(昭和40年最判・結論有効・参考)
相続税とは関係ありませんが、相続放棄で前提としていたことに誤解があったケースで錯誤の規定(民法95条)の適用を認めた判例があります。正確には、第1審、第2審が、錯誤の規定の適用を認めた上で、動機の錯誤である(表示がない)という理由で無効とはしませんでした。そして最高裁がこの判断を是認したのです。
単独相続目的の相続放棄ケース(昭和40年最判・結論有効・参考)
あ 判例の内容
ア 錯誤の規定の適用→肯定
相続放棄は家庭裁判所がその申述を受理することによりその効力を生ずるものであるが、その性質は私法上の財産法上の法律行為であるから、これにつき民法九五条の規定の適用がある”ことは当然であり(昭和二七年(オ)七四三号・同三〇年九月三〇日第二小法廷判決・裁判集民事一九号七三一頁参照)、従つて、これに反する見解を主張する論旨は理由がなく、
イ 動機の錯誤にあたる(事案判断)
また、原審確定の事実関係に照らせば、被上告人Tを除くその余の被上告人らの本件相続放棄に関する錯誤は単なる縁由に関するものにすぎなかつた旨の原審の判断は、是認するに足りる。
※最判昭和40年5月27日
い 判例タイムズの説明
ア 相続放棄の目的→長男のみの単独相続
本件は、被相続人の妻、長男、長女以下六女まで合計八名のうち、長男および長女を除く六名が相続放棄の申述をして、これが家庭裁判所に受理されている場合であり、長男が原告となり他の全員を被告として、右六名の相続放棄は長男のみの単独相続を計り長女も相続放棄の手続をすることと信じてこれをなしたものであつて、要素に錯誤があるから無効であると主張して、各自の相続分に応じた原告および被告ら全員の共有持分の確認等を求めたものであつて、
イ 民法95条の適用→肯定
一、二審とも、相続放棄について民法九五条の適用があることを判示し、一審は、要素の錯誤にあたるから無効とし、原審は、単なる縁由の錯誤にすぎないから有効であるとした。
※『判例タイムズ179号』p121〜
なお、このように、特定の相続人Aに遺産を承継する目的で相続放棄をしたケースでは(相続放棄は維持しつつ)、その後の遺産分割の中で、Aの取り分を多くすることで結果的に相続放棄の目的を実現する、という扱いがなされることもあります(大分家審昭和49年12月12日)。
詳しくはこちら|相続放棄の効果と詐害行為・第三者との優劣・相続分・遺留分との関係
5 高額譲渡所得税発覚による財産分与の無効(取消)(参考)
以上では、相続に関して予想外の税金が発覚したケースを説明しましたが、高額の課税が発覚する典型として、離婚に伴う財産分与もあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|財産分与での高額譲渡所得税発生時の無効・取消と代理人責任
本記事では、高額な課税が発覚したため、遺産分割や相続放棄を取り消すことについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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