【身分行為への民法総則規定(取消・無効)の適用可否(判例と学説)】
1 身分行為への民法総則規定(取消・無効)の適用可否(判例と学説)
民法総則には、錯誤、詐欺、強迫といった事情がある場合に、意思表示の取消を認める規定があります。このような規定が、婚姻や離婚、養子縁組や離縁にも適用されるかどうか、という問題があります。本記事ではこのことを説明します。
2 民法総則(民法95条)の適用範囲の大原則→法律行為全般
まず、錯誤などの民法総則の規定は、民法の分類としては「第5章 法律行為」の中に一部です。そこで、一般論として、法律行為が対象となっています。
民法総則(民法95条)の適用範囲の大原則→法律行為全般(※1)
あ 注釈民法
(注・民法95条について)
本条は法律行為に適用される
(身分行為への本条の適用問題につき、幾代277参照)。
※川井健稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年p394
い 石田穣氏見解
錯誤の規定は、法律行為全般に適用される。
※石田穣著『民法総則 民法大系1』信山社2014年p675
ここで、「法律行為」の定義は少しむずかしいです。
詳しくはこちら|『法律行為』の意味・基礎(私的自治の原則との関係)・根拠
簡単に説明すると、「法律行為」の典型は契約を締結することです。それ以外に、役所に、婚姻や離婚の届出をすること(身分行為)も含みます。
3 「意思」が欠けることによる身分行為の無効(前提)
(1)一般的な契約(取引)と身分行為の有効性判定枠組みの違い
本題に入る前にもうひとつ、押さえておくことがあります。それは、婚姻、離婚、養子縁組、離縁といった身分行為の有効性を判定する枠組みは、一般的な契約(取引)とは根本的に違う、ということです。
一般的な契約では、当事者の意思表示が一致していれば、原則として契約(合意)は成立します。その上で、特殊事情がある場合に例外的に効力を否定するのが民法総則の規定です。
では、前述の身分行為では、役所への届出があれば(原則として)有効である、と思ってしまいますが、そうではありません。意思が欠けていれば、理論的には無効となります。なお、実際にこのようなケースでは、無効確認訴訟をして判決を取得することがありますが、民法上、「無効確認訴訟」についての規定があるわけではありません。そこで、判決によって無効となる(形成無効説)わけではなく、実体上当然に無効となる見解(当然無効説)が一般的です。
いずれにしても身分行為では、「届出(表示)があれば原則として有効」という枠組みは採用されていないのです。
(2)身分行為の無効の条文のまとめ
前述のように、身分行為については意思がない場合には(届出があったとしても)無効になります。具体的にはまず、婚姻、養子縁組については条文上明記されています。協議離婚と離縁については条文はありませんが、解釈としては婚姻と同じ扱いにするのが一般的です(後述)。
身分行為の無効の条文のまとめ
(3)婚姻・縁組の無効を規定する条文
前述の4つのうち、条文として存在する2つをまとめておきます。
婚姻・縁組の無効を規定する条文
あ 婚姻の無効
第七百四十二条 婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二・・・
※民法742条
い 養子縁組の無効
(縁組の無効)
第八百二条 縁組は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
二・・・
※民法802条
4 離婚意思(合意)を欠く協議離婚の効力→無効
前述のように、協議離婚の届出があったけれど離婚意思がなかった、というケースでは理論的に無効となります。条文はないですが、単純な立法の時のミスであり、婚姻の無効の規定を類推適用するのが一般的です。
離婚意思(合意)を欠く協議離婚の効力→無効
あ 結論→無効
協議離婚の届出が存在しても、夫婦間に離婚に関する合意が存在しない場合には、その協議離婚は無効である。
この点については、判例・学説とも、古くから異論をみない。
い 無効を規定する条文→不存在
ところで民法には、婚姻と養子縁組については、旧法時より「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻(養子縁組)をする意思がないとき」には無効であるという規定(742〔旧778〕、802〔旧851〕)が置かれているが、協議離婚と協議離縁の無効については、何ら規定が存在しない。
う 離婚・離縁に民法総則の適用ありという古い見解(参考)
そのため、民法制定当初は、協議離婚及び協議離縁については、民法総則の無効に関する規定が適用されるとする見方もあった(梅199・205)。
え 婚姻無効の規定の類推適用→肯定
しかし、判例はすでに早期の段階で、「意思表示ノ無効ニ関スル民法総則ノ規定ハ……離婚ニモ適用セラレサルモノ」としてこれを否定し(大判大11・2・25民集1・69)、また学説も、無効に関する規定が欠けているのは、立法にあたって協議離婚制度の存しない欧州の法を範型にとったことによる立法上の不備であるとして(中川467)、婚姻の無効に関する民法742条を協議離婚にも類推してきている。
※岩志和一郎稿/島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)』有斐閣2008年p59
5 身分行為への民法総則規定の適用可否の見解の分布
ようやく本題の、身分行為に民法総則が適用されるかどうか、という問題ですが、ひとことでいうと、肯定、否定の両方の見解があります。
身分行為への民法総則規定の適用可否の見解の分布
あ 多数説→否定
多数説は、いわゆる身分法と財産法の相違を理由に、96条を含む民法総則の諸規定を身分法分野に適用することを否定し(中川34等)、判例もこれに従う(大判大11・2・25民集1・72)。
い 有力説→肯定
これに対し、婚姻や協議離婚も法律行為である以上本来96条の適用対象となりうるところ、取消しの対象の特殊性から特則として747条及びそれを準用する本条が置かれている、とする見解も有力に主張されている(鈴木22、平井宜雄「いわゆる『身分法』および『身分行為』の概念に関する一考察」四宮古稀・民法・信託法理論の展開〔昭61〕268等)
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)』有斐閣2008年p72
6 民法総則規定の適用を否定する判例・学説
以下、身分行為に民法総則の適用を肯定する見解、否定する見解の順に紹介します。
(1)大正11年大判→婚姻・離婚について否定
大正11年の大審院判例は、婚姻と離婚について、民法総則の規定の適用を否定しました。民法748条など、特別規定があることを理由としています。
大正11年大判→婚姻・離婚について否定
※大判大正11年2月25日
(2)明治45年大判→縁組について否定
明治45年大判は、養子縁組について、民法95条の適用を否定しました。(現在の)民法802条が特別規定であることを理由としています。
明治45年大判→縁組について否定
※大判明治45年6月11日
(3)新版注釈民法(24)→否定
学説としても、身分行為への民法総則の適用を否定するものがあります。
新版注釈民法(24)→否定
※中川善之助ほか編『新版 注釈民法(24)』有斐閣2004年p343
7 民法総則規定の適用を肯定する学説
(1)梅氏見解→離婚・離縁について肯定
民法が制定された時期には、協議離婚と離縁について意思がない場合は無効とする、という規定がないことから(前述)、この2つについては民法総則の規定を適用することによって有効か無効かを判定する、という見解もありました。
梅氏見解→離婚・離縁について肯定
※岩志和一郎稿/島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)』有斐閣2008年p59
(2)山田二郎氏指摘→肯定
山田二郎氏は、身分行為に民法総則(民法95条)が適用される見解が一般的である、と指摘しています。
山田二郎氏指摘→肯定
※山田二郎稿/『判例タイムズ762号臨時増刊 平成2年度主要民事判例解説』1991年9月p142〜
8 民法総則規定の適用の可否を読み取れない指摘
(1)新版注釈民法(3)→特別規定がある事項について否定
川井氏は、特別規定がある身分行為については、民法総則(民法95条)の適用が否定される、ということを指摘しています。このことは言うまでもない当然のことですが、特別規定がない範囲では民法総則の適用を肯定するか否定するか、ということについては言及がありません。
新版注釈民法(3)→特別規定がある事項について否定
あ 特別規定あり→民法総則適用なし
婚姻、養子縁組などの身分行為における人違いなどの錯誤に関しては特則が定められていて(742 1・802 1)、95条は適用されない(四宮=能見230、石田(穣)352、須永206、内田74)。
い 身分行為に伴う財産上の行為→民法総則適用あり(参考)
ただし、身分行為であっても財産上の行為にかかるときは、95条の適用がある。
離婚における財産分与(768)、相続放棄(915・938)などがその例である。
※川井健稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年p401
(2)石田穣氏見解→重過失による有効判断否定
石田穣氏は婚姻や養子縁組といった身分行為について、民法95条ただし書(平成29年改正後の民法95条3項)は適用されない、ということを指摘しています。つまり結果として、「重過失によって錯誤に陥った場合でも、婚姻や養子縁組は無効となる(平成29年改正後であれば、取消ができる)」という見解です。民法95条本文(改正後の民法95条1項)の適用の可否については言及がありません。
石田穣氏見解→重過失による有効判断否定
あ 原則→法律行為全般に適用あり(前提)
錯誤の規定は、法律行為全般に適用される。(前記※1)
い 身分行為(真意要求行為)→ただし書適用否定
しかし、第一に、婚姻や養子縁組など表意者の真意が要求される場合には、民法九五条但書が適用されず、法律行為は、表意者の重過失の有無を問わず無効であると解される。
う 特別規定あり→民法総則適用なし(当然)
人違いによる婚姻や養子縁組については、この旨の特別の規定があり、表意者の重過失の有無を問わず無効とされている(七四二条一号・八〇二条一号)。
※石田穣著『民法総則 民法大系1』信山社2014年p675、676
9 まとめ
以上のように、婚姻や離婚、養子縁組や離縁といった身分行為について、民法総則の規定が適用されるかどうかについて、見解が分かれています。ただ、判例が否定しているので、実務としては否定される傾向があるといえます。
この点、離婚の時の財産分与は身分行為そのものではなく、財産上の行為なので民法総則が問題なく適用されます。
この2つが組み合わさると、「多額の財産分与をもらったので協議離婚に応じた」ケースで、後から財産分与が錯誤により取り消されることが認められ、一方で協議離婚は錯誤により取り消せない、というアンバランスな結果が生じることもあります。
詳しくはこちら|財産分与での高額譲渡所得税発生時の無効・取消と代理人責任
本記事では、身分行為への民法総則の適用の可否について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に前提を誤解して婚姻や離婚、養子縁組や離縁をしてしまったケースに関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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