【民法103条2号の利用行為・改良行為の意味】
1 民法103条2号の利用行為・改良行為の意味
民法103条は、権限の定めのない代理人の代理権の範囲を定めています。
詳しくはこちら|権限の定めのない代理人の代理権の範囲(民法103条)の基本
代理権の範囲の中身は、保存行為と利用・改良行為と定められています。本記事では利用行為・改良行為の内容を説明します。
2 民法103条の条文
最初に、民法103条の条文を確認しておきます。2号で、物又は権利の性質を変えない範囲内の利用と改良行為が代理権(権限)の範囲に含まれることが定められています。
民法103条の条文
第百三条 権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。
一 保存行為
二 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為
3 新版注釈民法
最初に、新版注釈民法の見解を整理しつつ紹介します。
(1)一般的な「利用行為」の意味と具体例(民法103条の前提)
単純な「利用行為」という用語の基本的な意味は、国語辞書的な意味、つまり、収益をはかる行為ということになります。
金銭であれば貸与して金利を得ること、不動産であれば賃貸して賃料収入を得ることが「利用行為」典型です。なお、「利用行為」であれば民法103条(権限の定めのない代理人の代理権の範囲)に含まれるわけではなく、「利用行為」にあたり、かつ、性質変更がない範囲のものだけがこれに含まれます(後述)。
一般的な「利用行為」の意味と具体例(民法103条の前提)
あ 一般的な「利用行為」の意味
収益をはかる行為を利用行為という(我妻340)。
単に現状の維持にとどまるものではない点で保存行為と、財産の価値の増大をはかるものではない点で改良行為と異なる。
もっとも、本条の適用にあたっては、利用行為と改良行為を区別する実益はない。
い 一般的な「利用行為」の具体例
利用行為に該当する例として、
金銭を銀行に預け入れること(鳩山・法律行為291)、
金銭の利息付貸与(我妻340、石田(穣)395)、
家屋など目的物の賃貸(鳩山・法律行為291、我妻340、石田(穣)395)、
地上権の転貸(鳩山・法律行為292)、
賃貸している土地の転貸または賃借権の譲渡に承諾を与えること
(土地所有者に賃借人を紹介し、賃借人から賃料を取り立てるなど土地の管理を委託されていた者につき、大阪高判昭58・1・27判時1095・119)
などがある。
う 「利用行為」にあたらない行為の具体例
利用行為に該当しないとされる例として、期限前に期限の利益を放棄して債権を取立てること(鳩山・法律行為292。本人に定型的に不利であることが理由とされている)、
代物弁済、更改(鳩山・法律行為292)などがある。
(2)一般的な「改良行為」の意味と具体例(民法103条の前提)
単純な「改良行為」という用語の基本的な意味は、国語辞書的な意味、つまり、価値を増加させる行為ということになります。ここでも、「改良行為」であれば民法103条(権限の定めのない代理人の代理権の範囲)に含まれるわけではなく、「改良行為」にあたり、かつ、性質変更がない範囲のものだけがこれに含まれます(後述)。
一般的な「改良行為」の意味と具体例(民法103条の前提)
あ 一般的な「改良行為」の意味
改良行為とは、財産の使用価値または交換価値を増加させる行為である(我妻340)。
い 一般的な「改良行為」の具体例
家屋に造作を施すこと(鳩山・法律行為292、我妻340)、
無利息債権を利息付きのものにすること(鳩山・法律行為292、石田(穣)395)、
田地を宅地に変えること(我妻340)、
家屋の増築(石田(穣)395)
などが、その例である。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p88
(3)民法103条の利用行為・改良行為の範囲(性質変更なし限定)
民法103条2号にあたる行為は、利用・改良行為のうち、物または権利の性質を変更しない範囲のものに限る、と条文上明記されています。
つまり、ある行為Aが「利用行為」または「改良行為」の単純な意味にあてはまったとしても、Aによって物や権利の性質が変更される場合には、行為Aは民法103条にはあてはまらない(権限の定めのない代理人の代理権に含まない)ことになります。
ここで性質の変更はどのようなものか、ということが問題となります。
性質の変更とは、基本的には属性または形状を変えることと言い換えられます。なお、令和3年改正で民法251条1項に登場した「形状又は効用」の変更も同じ意味であると思います(後述)。
さらに、属性(効用)も形状も変わらない行為でも、その行為によって本人に不利益が生じる危険性が高い場合には性質の変更があるものとして扱います。つまり、代理権の範囲に含まない、という判定です。
民法103条の利用行為・改良行為の範囲(性質変更なし限定)
あ 民法103条が適用される利用・改良行為の範囲
利用行為または改良行為であっても、それが代理の目的たる物または権利の性質を変更するものである場合には、本条による代理権の範囲外となる。
い 性質の変更の意味
物または権利の性質の変更は、物または権利の属性または形状を変える場合のほか、その行為が本人に不利益を生ずる危険が定型的に高い場合を含む。
う 性質の変更の具体例
性質を変えることになる例としては、
田地を宅地にすること(我妻340)、
金塊を指輪にすること(鳩山・法律行為291)、
甲社の株式を乙社の株式に変えること(鳩山・法律行為291)、
預金を株式にすること(我妻340)、
預金を個人への貸金にすること(我妻340)
などがあるとされている。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p89
(4)金銭を債権・株式にすること→回収可能性により判別する
金銭を債権や株式に変える、つまりこれらを購入や預金として預け入れることは金銭の「利用」といえます。では、性質の変更があるといえるでしょうか。結論としては、実質に着目して判別します。銀行預金であれば、銀行が倒産する可能性はほぼゼロなので、回収可能性が100%に近い評価し、性質の変更はないことになります。個人への貸金は通常は回収可能性がそこまでは高くなく、一定の回収不能リスクを伴うので、性質の変更といえると判定します。
上場株式も、値動きがある、つまり価値下落リスクが一定程度あるので、性質の変更があるという判定になります。
金銭を債権・株式にすること→回収可能性により判別する
あ 物から債権への変更あり
金銭を預貯金にすることも、厳密にいえば、紙幣または硬貨という物を債権に変えることになる。
い 経済的価値保有の点では変化なし
しかしながら、紙幣または硬貨は物それ自体を保有すること(紙幣や硬貨という物の所有権)に意味があるのではなく、それらが表象する経済的価値を保有することに意味がある。
このため、金銭については、物の所有権から債権への変更それ自体は、本条にいう性質変更には当たらないと解されている。
う 債権の市場価値・回収可能性による判別
ア 判断基準
その代わりに、債権の市場価値と回収可能性の程度によって、性質変更にあたるかどうかが判断されている。
イ 預貯金債権→性質変更なし
預貯金債権は、一般に、その価値は元の金銭の価値以上であり、かつ、その回収可能性はほぼ100%に近いと考えられているため、金銭を預貯金にすることは性質の変更にあたらないとされる。
ウ 個人への貸金債権→性質変更あり
それに対して、個人への貸金債権は、その市場価値と回収可能性が借主の財産状態に左右され不確実・不安定であるため、金銭を個人への貸金にすることは性質の変更にあたるとされる。
エ 株式→性質変更あり
株式も市場価値が大きく変動しうるものであるため、金銭を株式に替えることは性質の変更にあたるとされる。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p89
4 コンメンタール民法
(1)「利用行為」・「改良行為」・「性質を変えない」の意味
コンメンタール民法の説明を紹介します。基本パーツである「利用行為」、「改良行為」については、前述のものと同じような説明をしています。
性質の変更については、取引通念で判断する、とシンプルに説明しています。
「利用行為」・「改良行為」・「性質を変えない」の意味
あ 一般的な「利用行為」の意味と具体例
「利用行為」とは、収益をはかる法律行為であって、家屋を賃貸し、金銭を利息付で貸与するなどである。
い 一般的な「改良行為」の意味と具体例
「改良行為」とは、物の使用価値または交換価値を増加する法律行為であって、家屋に造作を付加し、田地に肥料を施したり、これを宅地とするなどである。
う 「性質を変えない」→取引観念により判定
利用行為と改良行為とは、物または権利の性質を変えない範囲においてだけすることができるのであるが、性質を変えたかどうかは取引観念によって決するほかはない。
たとえば、田地を宅地とし、預金を株式とするなどは性質を変える行為である。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p230
(2)金銭を預金にすること→性質変更否定
金銭を預金債権にする、つまり銀行に預け入れることは、民法103条2号にあてはまるという説明をしています。性質の変更はない、と読み取れます。
金銭を預金にすること→性質変更否定
その後、たまたま銀行が破産しても、利用行為であることに変わりはなく、代理権の範囲内として認められる。
ただ、代理人が利用行為を下手にやったという理由で、本人に対して責任を負担しなければならないことがあるのは、別の問題である。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p231
5 石田穣・民法総則
(1)民法103条の利用行為の意味と具体例
石田穣氏の民法103条2号の「利用行為」の説明を紹介します。基本的な解釈は以上の説明と同じです。
そして、賃貸借は「利用行為」にあたることを前提として、借地借家法の適用がある場合には性質の変更があると判定する、という趣旨の説明もしています。賃貸借に関しては後述します。
民法103条の利用行為の意味と具体例
あ 民法103条の利用行為の意味と具体例
第二は、利用行為である(一〇三条二号)。
利用行為とは、物や権利の性質を変えない範囲での財産の収益行為である。
たとえば、目的物を賃貸したり、金銭を利息付で貸したりするのがこれである。
※石田穣著『民法総則 民法大系1』信山社2014年p761
い 借地借家法適用ありの賃貸借→含まない(概要)
もっとも、借地借家法が適用される目的物の賃貸は、その解消が著しく困難であり、ここでいう利用行為には入らないと解すべきである。
※石田穣著『民法総則 民法大系1』信山社2014年p761
(2)民法103条の改良行為の意味と具体例
石田穣氏の民法103条2号の「改良行為」の説明を紹介します。解釈は基本的に以上の説明と同じです。
民法103条の改良行為の意味と具体例
あ 民法103条の改良行為の意味
第三は、改良行為である(一〇三条二号)。
改良行為とは、物や権利の性質を変えない範囲での財産の価値を増加させる行為である。
い 民法103条の改良行為の具体例
たとえば、家屋に二階を増築したり、無利息債権を利息付債権にするのがこれである。
田地を宅地にしたりするのは、物の性質を変えるから、ここでいう改良行為ではない。
※石田穣著『民法総則 民法大系1』信山社2014年p762
6 権限の定めのない代理人が行える賃貸借の範囲(民法602条・概要)
権限の定めのない代理人は賃貸借を行うことはできるのでしょうか。一般論として賃貸借は収益を得る仕組みなので、「利用」行為そのものです(前述)。しかし、性質の変更にあたるとすれば代理権に含まれないことになります。
この点、権限の定めのない代理人は、処分の権限を有しない者の1つなので、民法602条が適用されます。民法602条には、賃貸借契約を締結できる範囲が明記されています。たとえば建物については3年以下の期間の契約までは可能、などです。これで代理権の範囲がハッキリしたと思えますが、借地借家法が適用される賃貸借は例外扱いとするなど、いりいろな解釈があり複雑です。
詳しくはこちら|処分権限のない者による短期賃貸借(長期賃貸借との判別・民法602条)
さらに、借地借家法の適用がある賃貸借については、民法602条の適用上の例外とする解釈とは別に、民法103条の性質の変更があるという解釈もあります。
詳しくはこちら|借地借家法の適用がある賃貸借は「性質の変更」(民法103条)にあたるか
7 昭和58年大阪高判→借地権譲渡承諾は性質変更なしの利用行為
(1)昭和58年大阪高判→性質変更なしの利用行為
少し細かいテーマになりますが、借地権譲渡を承諾する行為が問題となった裁判例があります。結論として、民法103条2号の権利の性質を変更しない利用行為にあたる、と判断しました。
昭和58年大阪高判
※大阪高判昭和58年1月27日
(2)平成8年東京地判→共有物の管理(参考)
借地権譲渡を承諾する行為について、別の場面で判断がなされた裁判例もあります。共有物の狭義の管理行為であるという判断です(東京地判平成8年9月18日)。
詳しくはこちら|共有物の賃貸借に関する各種行為の管理行為・変更行為の分類(全体)
一般論として、(共有物の)狭義の管理行為と性質変更なしの利用行為は同じ扱いになると思われます(後述)。これを前提とすると、昭和58年大阪高判と平成8年東京高判は実質的に同じ判断をした、といえます。
8 共有の規定の中の「管理」の解釈との関係
(1)民法252条1項の「管理(に関する事項)」→民法103条2号流用
以上で説明したのは、民法103条2号の利用行為・改良行為の意味でした。この点、別の状況でもこの概念が使われることがあります。その1つは共有物の(狭義の)管理行為の内容です。民法252条1項(令和3年改正前は252条本文)の、「管理(に関する事項)」です。
基本的な内容は共通しています。というより、民法252条1項の「管理」の解釈では、民法103条の利用行為・改良行為という概念が使われています。
詳しくはこちら|共有物の(狭義の)管理行為の基本的な内容
(2)民法103条2号「性質の変更」と民法251条1項「形状又は効用の変更」の関係
令和3年改正で民法251条1項カッコ書に「形状又は効用の・・・変更」という用語が誕生しました。条文の係り受けが少し複雑ですが、整理を進めると、結論として、性質の変更がない利用・改良行為・形状・効用を変更しない行為・狭義の管理行為の3つはイコールといえると思います。
民法103条2号「性質の変更」と民法251条1項「形状又は効用の変更」の関係
あ 2つの条文の要約
ア 民法103条2号の「性質の変更」
権限の定めのない代理人の代理権の範囲は性質の変更がない範囲に限定される
イ 民法251条カッコ書の「形状又は効用の変更」
形状又は効用の著しい変更がある場合→変更行為に分類する=(狭義の)管理行為を超える
→狭義の管理行為は、形状・効用を(著しく)変更しない行為である
い まとめ
次の3つは同じ意味である
・性質の変更がない範囲内の利用・改良行為
・形状・効用を(著しく)変更しない行為
・狭義の管理行為
9 分類の判定の個別性と客観性(概要)
以上のように、「性質を変更しない範囲の利用・改良行為」についてはいろいろな解釈があります。判断基準には「本人に不利益を生ずる危険が定型的に高い」というものもあります。実際のある行為がこれにあたるかどうかをハッキリ判定できないこともよく起きます。個別的な事案によって、「本人への不利益リスク」を評価して判定される、という構造があるのです。このように判定には個別性がありますが、他方で客観性も必要とされています。これは定型的・類型的に評価する、という意味です。
個別性と客観性は矛盾しているわけではなく、両方とも必要、ということになると思います。このことは別の記事で、主に共有物の変更・管理・保存の分類を前提として説明しています。
詳しくはこちら|共有物の変更・管理・保存の分類(判定)の個別性・困難性(リスク)と対策
本記事では、民法103条2号の利用行為、改良行為の意味について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に代理人や管理人など、所有者自身ではない者による契約に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。