【不動産の不法占有(賃貸借契約終了後)の損害金算定(賃料相当額・固定資産税倍率など)】
1 不動産の不法占有(賃貸借契約終了後)の損害金算定(賃料相当額・固定資産税倍率など)
いろいろな場面で、不動産(土地や建物)の不法占有の状況が生じることがあります。単にまったく関係ない者が占拠したケースもありますが、その多くは賃貸借や使用貸借契約が終了しているのに退去しない、というものです。
このような場合には明渡請求をすることができるのは当然ですが、同時に損害金の請求も認められます。本記事では、このような不法占有のケースにおける損害金の金額の算定について説明します。
2 当該不動産や近隣の賃料(相当額・相場)による算定
土地でも建物でも、占有権原がないのに占有している者は、不法行為による損害賠償責任を負います。所有者の立場に着目すると、本来使える不動産が使えないので損害を受けていることになります。これを金額にする場合の単純な発想は賃料(地代や家賃)に相当する金額ということになります。実務では賃料相当損害金と呼んでいます。この方法が最も一般的な算定方法です。
次に、賃料の金額をどうやって決めるか、ということが問題になります。過去に当該不動産を賃貸していた実績があれば、その時の賃料の金額を使います。当該不動産を賃貸していた実績がなければ、近隣で同様の不動産の賃料の相場を使います。
当該不動産や近隣の賃料(相当額・相場)による算定
あ 昭和34年最判→過去の賃料額
(注・建物の使用貸借契約の解約後の占有者に対する損害金請求について)
原審が本件損害金を上告人(控訴人)とTとの間の約定賃料額を標準として算定したことは正当であつて、所論の違法は認められない。
※最判昭和34年7月30日
い 要件事実マニュアル
ア 過去の賃料額
・・・不法占有開始の直前まで当該物が賃貸されていた場合、その賃料額が不相当でなければ、その額をもって賃料相当額とすれば足りる。
イ 近隣の賃料額
・・・土地の賃料相当額は、近隣の地代などにより立証するが、・・・
※岡口基一著『要件事実マニュアル 総論・民法1 第5版』ぎょうせい2016年p353、354
3 固定採算税倍率法→例外的に採用することもある
(1)公租公課倍率法(前提)
ところで、賃料として妥当な金額を検討する時に使われる手法にはいろいろなものがありますが、その中の簡易的なものとして公租公課倍率法があります。文字どおり、公租公課、具体的には固定資産税や都市計画税(固都税)の◯倍を賃料の金額とする方法です。
詳しくはこちら|公租公課倍率法の基本(裁判例・倍率の実情データ)
(2)昭和50年東京高判→固都税の2倍を採用
不動産の不法占有の損害金の算定として、固定資産税・都市計画税の2倍を採用した裁判例があります。判決には正式な鑑定の申立がなかったので、仕方なく例外的な計算方法を採用したという説明がなされています。賃料の相場が分かるような資料(証拠)もなかったのだろうと思われます。
倍率については「2倍」が、当時の相場であるという判断をしていますが、しっかりと判断した結果とは読めません。請求される側が相場は2.5倍であると認めていたことも影響していると思います(認めた2.5倍をそのまま採用してもおかしくなかったと思います)。
昭和50年東京高判→固都税の2倍を採用
あ 固都税倍率3〜5→否定
ところで、被控訴人は、賃料が土地に課せられる固定資産税及び都市計画税の合計額の三倍ないし五倍であることは公知の事実であると主張するが、右が公知であるとは思われず、被控訴人も当審における本人尋問において、賃料は固定資産税及び都市計画税の合計額の二倍半ぐらいが相場であると供述している。
い 東京都内の固都税倍率2→肯定
当裁判所に顕著な事実は、東京都内における賃料の相場は、地価が高騰するときは賃料に占める固定資産税及び都市計画税の率は大きく、最近の賃料の実勢は、固定資産税及び都市計画税の合計額の二倍程度であるということである。
う 鑑定申立がなし→固都税倍率2を採用
従つて、賃料についての鑑定申請のなされない本件では、賃料相当額を固定資産税及び都市計画税の二倍として計算するのが無難であると思われる。
※東京高判昭和50年4月30日
4 固定資産評価額(更地価格)ベースの算定→例外的
(1)利回り法(前提)
改めて、賃料として妥当な金額を検討する時に使われる手法の話しになりますが、その中に利回り法というものがあります。土地が元本、賃料は土地が生み出す(運用)利益だとすると、その比率は利回りということになります。計算式は「(純)賃料=土地の評価額×期待利回り」となります。
詳しくはこちら|利回り法の基本(考え方と算定式)
賃料の鑑定では、土地の期待利回りとして5%や6%を採用することが多いです。
詳しくはこちら|利回り法における期待利回りの位置付け(適正利潤率の不合理性)
(2)税務における「相当の地代」→更地の6%(参考)
なお、税務上の概念として「相当の地代」というものがあります。限定的な状況で使われる概念ですが、権利金の授受がない借地における地代に関して、更地価格の6%が標準として使われています。要するに、期待利回りとして6%を採用している、ということになります。
詳しくはこちら|権利金の授受がない借地契約における認定課税(相当の地代・無償返還の届出書による回避)
(3)昭和50年東京高判→固定資産評価額の5%(土地)
土地の不法占有の損害金の算定方法で、利回り法と同じ枠組みを使った裁判例があります。昭和50年東京高判では、更地価格は鑑定評価額ではなく固定資産評価額を使い、期待利回りは5%を使いました。利回り法をそのまま使ったわけではなく、単純に掛け算をしただけの超簡易的な計算です。
判決には、なぜこの算定方法を採用したのか、ということは書いてありません。
昭和50年東京高判→固定資産評価額の5%(土地)
※東京高判昭和50年7月31日
(4)平成19年福岡高判→固定資産評価額の5%(土地)
平成19年福岡高判も、固定採算評価額の5%を損害金としました。判決からは、賃料の相場が分かるような適切な資料(証拠)がなかったので、仕方なく例外的な算定方法をとったことが読み取れます。判決の中では詳しい説明はないですが、昭和50年東京高判と同じように、土地の利回りは5%が妥当である、という判断をしたと読み取れます。
平成19年福岡高判→固定資産評価額の5%(土地)
あ 年単位の金額設定
主文
・・・
(1)1審被告Y1は、1審原告に対し、・・・平成18年1月1日から原判決別紙物件目録1記載の土地の明渡し済みまで1年当たり48万9578円の割合による金員を支払え。
・・・
い 合理的証拠→なし
本件各土地の賃料額の認定証拠として、・・・が提出されているが、いずれも不動産業者作成の評価書等であり、十分な算定根拠が示されているわけではないから、容易に採用することはできない。
う 固定資産税評価額の5%を採用
そうすると、本件各土地の賃料相当損害金の額は、本件各土地の固定資産評価額に年間利回りとして5分を乗じたものと認めるのが相当である。
※福岡高判平成19年12月20日
(5)固定資産評価額ベースの算定方法→実務で是認
前述のように、不法占有の損害金の算定方法のうち、原則的なものは、賃料の相場です。固定資産評価額(不動産の評価額)をベースとする方法は例外的です。とはいっても、賃料の金額の算定方法として使われている利回り法(を簡略化したもの)ですから、妥当性はあります。そこで、賃料の相場が判明しない時には損害金の算定の場面でもこの方法が採用されることもあります。
固定資産評価額ベースの算定方法→実務で是認
実際、本判決(注・昭和50年東京高判)は、固定資産評価額からこれを算定しているが、その判断の手法は他に適切な賃料相当損害金算定の資料がない場合の手法として実務的に是認されているところである。
※『判例タイムズ1284号』2009年2月p253〜(匿名コメント)
5 関連テーマ
(1)契約の中の違約金の適用
以上のように、不法占有の損害金の算定にはいろいろな方法があります。この点、賃貸借などの契約では、条項の1つとして解除後に明け渡しが遅滞した場合の違約金を作っておくことが多いです。違約金の条項があれば、(当然ですが)損害金の計算方法について無駄に対立することを予防できます。
詳しくはこちら|賃料滞納による賃貸借の解除のケースにおける滞納賃料・賃料相当損害金
(2)継続賃料の算定(賃料の増減額)との違い
損害金の算定方法の中では、以上の説明で出てきたように、賃料の算定と同じ方法を使うことがあります。その場合正式な鑑定をせず、大幅に簡略化した大雑把な計算方法を使うことが多いです。
一方、正式に賃料を算定する局面、具体的には賃貸借における賃料の増減額の局面では、簡易な計算方法だけで結論を出すことはせず、正式な賃料の鑑定を行うのが通常です。賃料の増減額の場合は、今後長期間続く賃料額を決める状況なので、正確に賃料の金額を計算する必要があるからです。
詳しくはこちら|賃料増減額請求の実務的な解決手続の全体と流れ
しかし、不法占有のケースの損害金では、一般論として判決確定後、すみやかに明渡が実現する(退去する)ことが想定されているので、大雑把な計算で済ませる傾向が強いのです。
本記事では、賃貸借契約終了後の明渡の遅滞など、不動産の不法占有における損害額の算定方法について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に不動産の明渡請求やその損害金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。