【医療関係者による虐待・犯罪の通報と守秘義務の関係(実践的な対応方法)】

1 医療関係者による虐待・犯罪の通報と守秘義務の関係(実践的な対応方法)

医療関係者(医師、看護師、保健師など)は、診察や治療の過程で患者の身体的・精神的状態から虐待や暴力(による被害)の可能性を感じ取ることがあります。これらを見過ごしてはまずい、通報しなくては、と思うと同時に、患者のプライバシーを守るべき立場(守秘義務などの法的責任や信頼関係)も気になってしまいます。適切な対応に迷うことも少なくありません。
本記事では、このような状況で医療関係者がどのように判断し、行動すべきかを、DV、児童虐待、高齢者虐待のそれぞれのケースについて、法的根拠や具体的な手順を踏まえて説明します。

2 虐待の通報義務に関する法的枠組み

(1)医師の守秘義務

医師は、刑法、医師法により、守秘義務が課せられています。患者が安心して医師に説明をすることができるための重要なルールです。
守秘義務違反、つまり、正当な理由がないのに秘密を漏らした場合、それ自体が犯罪となりますし、また、医師の行政処分(戒告・医業停止・免許取消)の対象となります。
詳しくはこちら|医師・歯科医師の行政処分|戒告・医業停止・免許取消|異議申立・取消訴訟

医師の守秘義務を定める規定

あ 刑法

(秘密漏示)
第百三十四条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
※刑法134条

い 医師法

(秘密を守る義務)
第二十三条 医師は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。医師でなくなつた後においても、同様とする。
※医師法23条

う 個人情報保護法(参考)

(安全管理措置)
第二十三条 個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない
※個人情報保護法23条

(2)守秘義務の例外(通報の優先)

一方、DV防止法、児童虐待防止法、高齢者虐待防止法は、医療関係者に被害者の早期発見・救済のための役割として通報の義務を課しています。これらの法律に基づく通報は守秘義務の例外とされ、原則として通報者は法的責任を問われません。
また、犯罪が疑われる状況(事件性がある場合)にも、正当業務行為として通報することが適法となります。
それぞれのルール(法律)により細かい違いがありますので、以下順に説明します。

3 配偶者からの暴力(DV)の通報

(1)DV防止法に基づく通報の規定

DV防止法により、医療関係者は配偶者からの身体的暴力による負傷・疾病を認めた場合、配偶者暴力相談支援センター等に通報できます。「配偶者」には法律婚、事実婚の相手、元配偶者も含まれます。また、生活の本拠を共にする交際相手も対象となります。
医療関係者の通報は努力義務であり、被害者の意思尊重が求められます。

(2)医療関係者の対応方法

医療関係者は、DV被害患者を発見した場合、まず警察(捜査機関)への通報について患者の意思を確認することが望ましいです。同意があれば問題なく通報できます。
一方、同意がなくても前述のように、配偶者からの身体的暴力による負傷・疾病を確認した場合には通報は可能(適法)です。生命・身体に重大な危険がある場合は積極的な通報を検討すべきです。
通報しない場合でも、配偶者暴力相談支援センターなどの利用について患者に情報提供する(アドバイスする)努力義務があります。
患者の安全と自己決定権のバランスを考慮した対応が求められます。

4 児童虐待の通報

(1)児童虐待防止法に基づく通告義務

児童虐待防止法は、児童虐待を受けたと思われる児童を発見した場合、速やかに市町村等へ通告する義務を課しています。「思われる」という表現は、虐待の確証がなくても通告義務が生じるということを意味します。あとから「虐待はなかった」と判明した場合でも、意図的に虚偽の通報をしたわけではない限り、適法です。つまり、結果責任をとらされるわけではありません。

(2)医師の早期発見努力義務

児童虐待防止法は、医師に児童虐待の早期発見努力義務を課しています。
医師は診察時に虐待の兆候に注意を払い、疑わしい場合は適切に対応する必要があります。この義務は、児童の安全を守るための重要な役割として位置づけられており、医療現場での意識向上と体制整備が求められます。

(3)事件性がある場合の対応

児童虐待に事件性がある場合、警察への通報が事態の解決につながります。しかし、児童虐待防止法には警察官への通報規定がないため、守秘義務との関係が問題になります(後述)。

5 高齢者虐待の通報

(1)高齢者虐待防止法に基づく通報義務

高齢者虐待防止法は、高齢者虐待を発見した場合の通報義務を規定しています。
生命・身体に重大な危険がある場合は速やかな通報が義務付けられ、それ以外は努力義務です。医療関係者には早期発見の努力義務もあります。通報は市町村になされ、通報者の守秘義務は免除されます。

(2)養護者による虐待と養介護施設従事者等による虐待の区別

高齢者虐待防止法は、養護者(家族等)による虐待養介護施設従事者による虐待を区別しています。
養護者(家族等)による虐待の場合は、高齢者の生命・身体に重大な危険がある場合は(法的)義務、それ以外は努力義務とされています。
養介護施設従事者による虐待を同じ施設の従事者が発見した時は、危険の程度に関わらず通報は(法的)義務とされています。
この区別は、高齢者のプライバシーと安全確保のバランスを考慮したものです。

6 犯罪に関する通報と医療関係者の守秘義務の関係

(1)事件性のあるケースの通報の適法化

以上のように、虐待の通報であれば、3つの法律で、医療関係者の守秘義務の適用除外となります。
この点、犯罪が疑われる状況(事件性がある場合)の警察への通報について、ストレートに守秘義務の例外を定める法律はありません。ただし、刑法上の正当業務行為(刑法35条)として、結論として守秘義務違反とならないことがあります。この判断を示したのが最高裁平成17年7月19日決定では、守秘義務と通報義務のバランスを考慮した判断がなされています。

(2)平成17年最決(通報の適法化)

平成17年最決の事案は、救急患者から尿を採取し、薬物検査を行ったところ、陽性反応(違法薬物使用あり)があったため、医療機関が警察に通報した、というものです。
この点、証拠収集過程に違法な行為が介在する場合、得られた証拠の証拠能力を否定する、というルールがあります(違法収集証拠排除法則)。
詳しくはこちら|違法収集証拠の証拠能力(判断基準・刑事と民事の違い)
そこで、尿の採取、薬物検査や、警察への通報が違法か適法かによって、尿検査の結果が刑事裁判で証拠として使えるか使えないかが決まる、という構造になっていました。
裁判所は結論として適法であると判断しました。その決め手は、治療の目的であり、医療上の必要があったというところです。その前提には、患者が刃物で刺されていて、言動にもおかしいところがあった、という背景がありました。
現場の実務としては、このような検査や通報をすることになった判断材料(背景)をカルテなどに記録として残しておくことが望ましい(必要)といえます。

平成17年最決(通報の適法化)

あ 尿採取+薬物検査の実施→医療行為として適法

しかしながら、上記の事実関係の下では、同医師は、救急患者に対する治療の目的で、被告人から尿を採取し、採取した尿について薬物検査を行ったものであって、医療上の必要があったと認められるから、たとえ同医師がこれにつき被告人から承諾を得ていたと認められないとしても、同医師のした上記行為は、医療行為として違法であるとはいえない

い 捜査機関への通報→正当業務行為として適法

また、医師が、必要な治療又は検査の過程で採取した患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に、これを捜査機関に通報することは、正当行為として許容されるものであって、医師の守秘義務に違反しないというべきである。

う 証拠能力→肯定(参考)

以上によると、警察官が被告人の尿を入手した過程に違法はないことが明らかであるから、同医師のした上記各行為が違法であることを前提に被告人の尿に関する鑑定書等の証拠能力を否定する所論は、前提を欠き、これらの証拠の証拠能力を肯定した原判断は、正当として是認することができる。
※最決平成17年7月19日

7 各種虐待における通報先(配偶者暴力相談支援センター、児童相談所、市町村など)

以上のように、医療機関は、診察、治療の過程で異常事態を知りえた場合、外部に通報することが必要になることがあります。通報する(知らせる)先は警察(捜査機関)とは限りません。事案によって、対応する機関が異なります(後述)。

8 虐待・犯罪ケースの通報のまとめ

以上で説明した、虐待や犯罪が疑われる状況での通報の法的扱いには細かい違いがあります。4種類について表にまとめておきます。

<虐待・犯罪ケースの通報のまとめ>

項目 配偶者からの暴力(DV) 児童虐待 高齢者虐待 犯罪行為(事件性あり) 根拠法 DV防止法 児童虐待防止法 高齢者虐待防止法 (刑法35条) 通報の義務レベル 通報することができる(努力義務) 通告する義務あり 生命・身体に重大な危険がある場合は法的義務、それ以外は努力義務 被害者の同意 被害者の意思を尊重 不要 不要 通報・通告の対象 配偶者からの身体的暴力による負傷・疾病を認めた場合 児童虐待を受けたと思われる児童 高齢者虐待を受けたと思われる高齢者 主な通報先 配偶者暴力相談支援センター、警察 市町村、都道府県の福祉事務所、児童相談所 市町村 警察 医療関係者の早期発見努力義務 なし あり あり 通報者の免責 あり あり あり(虚偽・過失通報を除く) あり 特記事項 生活の本拠を共にする交際相手も対象 虐待の確証がなくても通告義務あり 養介護施設従事者による虐待は別規定あり 平成17年最決

9 虐待・犯罪の早期発見・救済における医療関係者の役割の重要性

医療関係者は虐待や犯罪の被害者に接する機会が多く、早期発見・救済において重要な役割を担っています。各法律で早期発見努力義務が規定されており、適切な観察と判断が求められます。通報後も、関係機関と連携しながら被害者の保護・支援に関与することが期待されます。医療現場での啓発や体制整備が重要です。

10 条文

以上の説明で出てきた条文のうち主要なものを挙げておきます。

(1)DV防止法

DV防止法

(定義)
第一条 この法律において「配偶者からの暴力」とは、配偶者からの身体に対する暴力(身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすものをいう。以下同じ。)又はこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動(以下この項及び第二十八条の二において「身体に対する暴力等」と総称する。)をいい、配偶者からの身体に対する暴力等を受けた後に、その者が離婚をし、又はその婚姻が取り消された場合にあっては、当該配偶者であった者から引き続き受ける身体に対する暴力等を含むものとする。
3 この法律にいう「配偶者」には、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含み、「離婚」には、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にあった者が、事実上離婚したと同様の事情に入ることを含むものとする。
※DV防止法1条1項、1条3項
(医療関係者による発見の努力)
第五条 医療関係者は、その業務を行うに当たり、配偶者からの暴力によって負傷し又は疾病にかかったと認められる者を発見したときは、その者に対し、配偶者暴力相談支援センター等の利用について、その有する情報を提供するよう努めなければならない。
※DV防止法5条
(通報等)
第六条
2 医師その他の医療関係者は、その業務を行うに当たり、配偶者からの暴力によって負傷し又は疾病にかかったと認められる者を発見したときは、その旨を配偶者暴力相談支援センター又は警察官に通報することができる。この場合において、その者の意思を尊重するよう努めるものとする。
3 刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項又は第二項の規定による通報(虚偽であるもの及び過失によるものを除く。)をすることを妨げるものと解釈してはならない。
4 医師その他の医療関係者は、その業務を行うに当たり、配偶者からの暴力によって負傷し又は疾病にかかったと認められる者を発見したときは、その者に対し、配偶者暴力相談支援センター等の利用について、その有する情報を提供するよう努めなければならない。
※DV防止法6条2項、6条3項、6条4項

(2)児童虐待防止法

児童虐待防止法

(児童虐待の早期発見等)
第五条 学校、児童福祉施設、病院その他児童の福祉に業務上関係のある団体及び学校の教職員、児童福祉施設の職員、医師、保健師、弁護士その他児童の福祉に職務上関係のある者は、児童虐待を発見しやすい立場にあることを自覚し、児童虐待の早期発見に努めなければならない。
※児童虐待防止法5条1項
(児童虐待に係る通告)
第六条 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。
3 刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。
※児童虐待防止法6条1項、6条3項

(3)高齢者虐待防止法

高齢者虐待防止法

(高齢者虐待の早期発見等)
第五条 養介護施設、病院、保健所その他高齢者の福祉に業務上関係のある団体及び養介護施設従事者等、医師、保健師、弁護士その他高齢者の福祉に職務上関係のある者は、高齢者虐待を発見しやすい立場にあることを自覚し、高齢者虐待の早期発見に努めなければならない。
※高齢者虐待防止法5条
(通報等)
第七条 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
2 前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
3 刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前二項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。
※高齢者虐待防止法7条1項、7条2項、7条3項
(養介護施設従事者等による高齢者虐待に係る通報等)
第二十一条 養介護施設従事者等は、当該養介護施設従事者等がその業務に従事している養介護施設又は養介護事業(当該養介護施設の設置者若しくは当該養介護事業を行う者が設置する養介護施設又はこれらの者が行う養介護事業を含む。)において業務に従事する養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
6 刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項から第三項までの規定による通報(虚偽であるもの及び過失によるものを除く。)をすることを妨げるものと解釈してはならない。
※高齢者虐待防止法21条1項、21条6項

本記事では、医療機関で虐待や犯罪の疑いが生じた場合の通報について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に医療関係者から警察や福祉施設などへの通報に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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