【取締役の退職慰労金(退職慰労年金)決定後の撤回・変更】
1 取締役の退職慰労金(退職慰労年金)決定後の撤回・変更
取締役が退職した時に、株主総会や取締役会で退職慰労金(退職金)を支給すると決定した後に、退職した取締役の不祥事(違法行為など)が発覚することもあります。このようなケースでは退職金を支給しないことにしたいという発想があります。しかし法律上、このような撤回が自由にできるわけではありません。本記事ではこのことについて説明します。
2 退職慰労金を撤回する決議→無効
取締役の退職慰労金の支給を決定するには、定款または株主総会で決めることが必要です(実際には取締役会が最終決定をすることが多いです)。
詳しくはこちら|取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)
では、支給を決めたのが株主総会なので、同じ株主総会で(再度開催して)支給をやめることを決議すればよい、という発想が出てきます。しかし、いったん正式に退職慰労金の支給を決定すると、請求権が発生します。一般論として、存在する権利(請求権)を消滅させるためにはそれを認める法的根拠が必要です。「退職金支給の撤回」という発想は分かりますが、法的には認められません。
退職慰労金を撤回する決議→無効
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p122
3 退職慰労金支給の総会決議の錯誤取消→否定
たとえば退職慰労金支給を決定した後に不祥事が発覚したケースでは、その不祥事が最初から分かっていれば株主総会で決議(賛成)しなかったということができます。この点、一般的な合意(法律行為)であれば、このような状況では民法上の錯誤取消(錯誤無効)が使えます。
しかし、株主総会決議については民法95条の適用を否定するのが一般的見解です。
退職慰労金支給の総会決議の錯誤取消→否定
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p122、123
4 取締役の責任への対応策→損害賠償請求権による相殺
では、退任取締役の不祥事が発覚しても「なにごともなかった」ものとして退職慰労金を支給しないといけないのでしょうか。これについては、「退職慰労金」の枠外で対応する、ということになります。具体的には、一般的な損害賠償請求です。退任取締役の違法行為によって会社が損害を被ったのであれば、損害賠償請求権が発生します。もちろん、実際には退職慰労金から差し引く、つまり相殺する、ということになります。
取締役の責任への対応策→損害賠償請求権による相殺
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p123
5 発生後の退職慰労年金の支給中止→否定(平成22年最判)
通常の退職慰労金とは違って、退職慰労年金として長期間にわたって支給する場合も、法的な扱いは基本的に(通常の)退職慰労金と同じです。
詳しくはこちら|取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)
退職慰労年金の場合、長期間支給が続くので、会社の業績が悪化して、会社が基準を変える(金額を下げる)ということも生じます。そうすると、過去に退職した取締役Aと最近退職した取締役Bとの間に支給額(月額)に違いが生じます。ここで不公平なので、AとBの月額を同じにしたいという発想が出てきます。しかし、理論的には、Aへの支給額はすでに決定済です。後から一方的に変更、撤回することはできません。この判断が最高裁に持ち込まれた実例があります。最高裁は公平性(集団的、画一的な処理)よりも、決まったことを変更しない方を優先させました。つまり、不公平感を受け入れてでも、決まった金額は維持する(減額は認めない)という判断です。
発生後の退職慰労年金の支給中止→否定(平成22年最判)
あ 他の退任取締役との画一的処理→制度上の要請否定
被上告人が、内規により退任役員に対して支給すべき退職慰労金の算定基準等を定めているからといって、異なる時期に退任する取締役相互間についてまで画一的に退職慰労年金の支給の可否、金額等を決定することが予定されているものではなく、退職慰労年金の支給につき、退任取締役相互間の公平を図るために、いったん成立した契約の効力を否定してまで集団的、画一的な処理を図ることが制度上要請されているとみることはできない。
い 内規廃止の効力の範囲→過去の退職取締役に及ばない
退任取締役が被上告人の株主総会決議による個別の判断を経て具体的な退職慰労年金債権を取得したものである以上、その支給期間が長期にわたり、その間に社会経済情勢等が変化し得ることや、その後の本件内規の改廃により将来退任する取締役との間に不公平が生ずるおそれがあることなどを勘案しても、退職慰労年金については、上記のような集団的、画一的処理が制度上要請されているという理由のみから、本件内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼすことは許されず、その同意なく上記退職慰労年金債権を失わせることはできないと解するのが相当である。
※最判平成22年3月16日