【私文書の成立の真正の推定(民事訴訟法228条4項・2段の推定)】
1 私文書の成立の真正の推定(民事訴訟法228条4項・2段の推定)
民事訴訟では、署名または押印のある私文書については、成立の真正の推定が働きます。この推定は2つ(2段)があり、複雑です。本記事ではこれについて説明します。
2 民事訴訟法228条4項(2段の推定の1段目)の条文
私文書の成立の真正の推定は、民事訴訟法228条4項に規定されています。最初に条文を確認しておきます。たとえば契約書などの私文書に署名または押印があった場合には、成立の真正が推定されると書いてあります。
成立の真正というのは、本人の意思によって作成された、という意味です。
詳しくはこちら|文書の成立の真正の基本(民事訴訟法228条)
民事訴訟法228条4項(2段の推定の1段目)の条文
※民事訴訟法228条4項
条文はシンプルですが、解釈には複雑なところがあります。以下説明します。
3 民事訴訟法228条4項の趣旨→署名した人は文書全体の認識あり
私文書の成立の真正を条文で推定する趣旨自体は素朴な発想です。たとえば契約書に署名、押印をした人は通常、その前に内容を確認して納得したから(ある意味覚悟した上で)署名、押印しているはずです。そこで、文書の全体について本人の意思が反映されているとして扱う、というものです。視点を変えると、この推定がないと、「サインはしたけど読んでいなかったから契約は成立しない」という主張がとおりやすくなってしまう、ともいえます。
民事訴訟法228条4項の趣旨→署名した人は文書全体の認識あり
あ 趣旨
その趣旨は、私文書の作成者本人または代理人の署名または捺印が作成名義人の意思によって作成されたことが認められるときは、反証のない限り、その私文書全体(厳密には、その署名または捺印の他の部分、いわば本文に相当する部分)が真正に成立したものと推定されると解されている。
※秋山幹男ほか著『コンメンタール民事訴訟法Ⅳ 第2版』日本評論社2019年p548
い 判例(要点)
私文書の作成者本人または代理人の署名または捺印が作成名義人の意思によって作成されたことが認められるときは、反証のない限り、その私文書全体が真正に成立したものと推定される
※大判大正6年11月5日
※大判昭和2年12月27日
※大判昭和6年2月18日
※大判昭和7年5月28日
※東京高判昭和37年12月22日
4 民法228条4項の適用要件
(1)推定の適用要件→本人または代理人の意思による署名・押印
民事訴訟法228条4項の推定が適用される要件は、本人または代理人の意思による署名または押印がなされていることです。たとえば「甲野」という文字の印影があっても、甲野氏が署名や押印をしていなければ、成立の真正は推定されません。具体的には、甲野氏に無断で、乙川氏が(甲野氏になりすまして)署名、押印をしたような場合は、推定は適用されません。条文にははっきり書いてないですが、このように解釈されています。
推定の適用要件→本人または代理人の意思による署名・押印
(2)署名・押印のバリエーション→本人の意思であれば代理人・代印可・認印可
前述のとおり、署名や押印が本人の意思によるものであれば、推定が適用されます。署名は本人の自署が原則ですが、代署や記名も本人の意思に基づく場合であれば含まれます。要するに本人が誰かに頼んだケースです。また、押印した印鑑については、実印(印鑑登録をした印鑑)はもちろん、それ以外の印鑑(認印)も含まれます。
署名・押印のバリエーション→本人の意思であれば代理人・代印可・認印可
あ 署名の場合
ア 自署
本人または代理人の自署が原則である
イ 代書・記名
代署および記名も、本人の意思に基づく場合は推定を肯定すべきである
い 押印の場合
ア 代印→肯定
本人自らの押印に限らず、本人の意思や承諾に基づく押印も可
イ 実印以外→肯定
実印に限らず、日常家事に用いる認印でも差し支えない
※最判昭和50年6月12日
う 署名と押印の両方が存在する場合
いずれか一方について争いがあっても、他方の成立が認められれば形式的に民事訴訟法228条の適用がある
え 署名・押印が存在しない文書
民事訴訟法228条の適用はないが、他の証拠によってその成立を認めることは可能である
5 事実上の推定(2段の推定の1段目・「意思による」の推定)
(1)事実上の推定
前述のように、民事訴訟法228条4項の推定を適用するには、署名、押印が本人の意思によることが前提です。つまり書証として提出した側は本人の意思によって署名、押印されたということを立証する必要があるのです。一気にハードルが上がったように思えますが、これについては、条文ではなく、判例がルールを作っています。それは、事実上の推定です。
たとえば甲野氏の印影があれば、甲野氏の意思によって押印された、ということが(事実上)推定されるのです。この「事実上の推定」の結果、意思による押印として扱わることになるので、連鎖的に、民法228条4項の推定が適用されます。このように2つの推定が連続して適用されるので2段の推定と呼ばれています。
事実上の推定
※最判昭和39年5月12日
※最判昭和40年7月2日
※最判昭和40年7月8日
※最判昭和40年10月29日
※最判昭和43年6月21日
※最判昭和45年9月8日
※最判昭和47年10月12日
(2)事実上の推定の覆滅
事実上の推定(1段目の推定)は、文字どおり「推定」にとどまります。事情(立証)によって否定することができることもあります。具体的には、印鑑の持ち主以外が無断で押印したという具体的な状況が判明すれば(当然ですが)本人の意思によって押印したとはいえないことになります。
事実上の推定の覆滅
あ 覆滅の可能性
印章の保管・使用の状況などによっては、印影が作成名義人の印章によって顕出されたものであることが認められても、その印影が本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され得ない場合がある
い 判例(要点)
作成名義人のほかに当該文書は真正に作成されたと主張する原告が当該印章を自由に使用できる状況にあった場合、作成名義人が第三者に当該印章を預託していた場合、作成名義人が当該印章を他の者と共有、共用していた場合について、それぞれ、作成名義人の意思に基づいて顕出されたものとは推定されない
※最判昭和45年9月8日
※最判昭和47年10月12日
※最判昭和50年6月12日
6 民事訴訟法228条の推定の性質と覆滅
(1)推定の性質→法定証拠法則(反証による覆滅)
事実上の推定ではなく、民法228条4項の推定の話しに戻ります。この推定の法的性質については2つの見解があります。
法定証拠法則と解する見解では、推定を否定する側は推定を揺るがす程度で足ります。
法律上の推定であると解する見解では、推定を否定する側は積極的に推定を否定する程度まで立証することが必要になります。
法定証拠法則という解釈が一般的です。
推定の性質→法定証拠法則(反証による覆滅)
あ 法定証拠法則説(判例)
私文書の成立の真正の推定は、証拠評価にかかる法則を法律上規定したいわゆる法定証拠法則である
立証責任の転換はない
相手方当事者は反証で足りる
い 法律上の推定説
私文書の成立の真正の推定は、法律上の推定規定である
立証責任の転換が生じる
相手方当事者は反対事実の証明が必要となる
う 判例(要点)
私文書の作成者本人または代理人の署名または捺印が作成名義人の意思によって作成されたことが認められるときは、反証のない限り、その私文書全体が真正に成立したものと推定される
※大判大正6年11月5日
※大判昭和2年12月27日
※大判昭和6年2月18日
※大判昭和7年5月28日
※東京高判昭和37年12月22日
(2)推定覆滅の典型例→署名押印部分や他の証拠による判定
文書の真正の推定(民事訴訟法228条4項)の機能のキモは、本人が署名(押印)した場合には、文書の全体を納得したものとして扱う、というもので、前述のように、通常はこのような構造が成り立っています。しかし、イレギュラーな事情があれば、この構造は成り立ちません。要するに、署名や押印をした人が本文を認識、理解していない状況のことです。具体的には、本文と署名がすべて手書きの文書で、本文と署名部分の筆跡や筆記具が異なるようなケースです。
前述のように、このように推定が成り立たないような具体的事情があれば推定は適用されません(反証により覆滅します)。
推定覆滅の典型例→署名押印部分や他の証拠による判定
あ 署名・押印部分の不自然性
(ア)本文の筆跡が署名のそれと明らかに異なっている場合(イ)本文はペン書で署名が筆書の場合(ウ)署名捺印はあるが、本文の重要な個所が別な筆跡で訂正され、しかも訂正印が押されていない場合
い 他の証拠による推定の否定(覆滅)
捺印の部分の成立が認められても、他の証拠によって文書の成立を認めないことができる
※大判明治35年1月27日
※大判明治42年2月25日
7 文書の記載内容の真実性→別問題
ところで、民事訴訟法228条4項の推定が適用されたとしても、記載内容が真実であると決まったわけではありません。他の事情(主張、立証)によって、記載内容どおりの事実はなかった、と認定されることもあります。
たとえば、当該私文書が作成された時点で作成者の判断能力が著しく低下していた場合などです。
8 文書綴りと挿入削除の場合の推定
(1)複数枚の文書→一体性により判定
実際には、私文書が複数枚で1セットということもあります。たとえば10ページまである契約書、というのはよくあります。このような場合、全体の一体性があれば、成立の真正の推定は文書全体について成り立ちます。
実際には、契印があれば一体性が認められやすいですが、契印はなくても他の事情(立証)によって一体性が認められることもあります。
複数枚の文書→一体性により判定
あ 一体性の有無による判定
ア 規範
数枚の文書綴り目または挿入削除の箇所に押印がなくとも、文書全体の体裁内容から1通の文書と認められるときは、その作成者としての署名または捺印の成立が認められれば、文書全体の成立を本条によって推定することができる
イ 判例(要点)
文書全体の体裁内容から1通の文書と認められるときは、文書全体の成立を本条によって推定することができる
※朝鮮高判昭和9年6月5日
い 一体性が否定される例
ア 典型例(ア)文書の本文と署名捺印の部分が別の紙片を接合してできており、その間に契印がない(イ)捺印以外の部分の作成が捺印後になされた(ウ)挿入削除が後日なされたこと、あるいは挿入削除をすることが考えられないイ 昭和8年朝鮮高判(要点)
文書の本文と署名捺印の部分がまったく別の紙片を接合してできており、しかもその間に契印がない場合のように、必ずしも同時に作成された1個の文書と認められないような場合は、本条の適用がない
※朝鮮高判昭和8年2月7日
ウ 昭和9年朝鮮高判(要点)
捺印以外の部分の作成が捺印後になされたような場合は、本条の適用がない
※朝鮮高判昭和9年7月24日
(2)捨印を利用した補充記載→実質面による判定
実務上、契約書を作成する時に捨印を使うことも多いです。後から本文に誤記がみつかった場合に、手書きで訂正印として使う、という手法です。捨印を後から訂正印として使った場合、形式的には推定が適用されます。しかし書面上、その経緯が読み取れます。そこで、具体的な事情(立証)によっては推定が適用されないこともあります。
捨印を利用した補充記載→実質面による判定
捨印を利用して補充した遅延損害金の約定に関する記載については、記載どおりの約定があったことには必ずしもならない
※最判昭和53年10月6日
<参考情報>
本記事では、私文書の成立の推定(2段の推定)について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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