【上級審の破棄判決の下級審への拘束力(裁判所法4条)】
1 上級審の破棄判決の下級審への拘束力(裁判所法4条)
控訴や上告の審理の結果、原審判決を破棄して差し戻す判決がなされることがあります。主に上告審ですが、控訴審で差戻判決がなされることもあります。
詳しくはこちら|上告・最高裁の審理の基本(法律審・書面審理・結論のバリエーション・審理期間)
詳しくはこちら|民事の控訴審判決の種類(控訴棄却・自判・差戻しなど)
この場合再度、下級審の審理が再開するのですが、ここでの審理には一定の拘束力があります。裁判官は自由に判断できるわけではなくなっているのです。本記事ではこのことを説明します。
2 裁判所4条の条文
判決の拘束力を規定しているのは裁判所法4条です。まずは条文を確認しておきます。
裁判所4条の条文
第四条 上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。
※裁判所法4条
3 判決の拘束力の趣旨
拘束力が規定されている趣旨は、堂々めぐりを避けるというものです。理論的な構造に着目すると、形成判決によって生じた既判力であるという説明がなされています。
判決の拘束力の趣旨
あ 必要性
もし差戻しを受けた裁判所がこれと異なる判断をすることができるとすれば、上告裁判所との間に事件が往復し、いつまで経っても解決をみないから、これを防ぐために認められた
い 理論的構造
破棄判決は一種の形成判決で、その形成原因について生ずる既判力の一作用が判決の拘束力となる
※最判昭和30年9月2日
4 判決の拘束力の範囲(基本)→破棄の理由・事実上と法律上の判断
差戻判決の拘束力について、条文ではシンプルな記述にとどまりますが、破棄の理由の範囲にとどまると解釈されています。正確には破棄の理由の範囲に含まれる事実上の判断と法律上の判断、ということになります。この範囲に含まれない部分は拘束力はありません。
判決の拘束力の範囲(基本)→破棄の理由・事実上と法律上の判断
あ 基本ルール
差戻しを受けた裁判所は上告裁判所が破棄の理由とした事実上および法律上の判断に拘束される
い 大正2年大判
ア 規範
上告裁判所が原判決破棄の理由とした判断は、その判断の限度においてのみ下級審を拘束する
イ 事案
土地収用による損失補償の標準価格に関する判断は、損失補償の標準時期に関する部分については拘束されない
※大判大正2年11月1日
5 事実上の判断の拘束範囲→職権調査事項のみ
事実上の判断(事実認定)の拘束力は、職権調査事項についての判断のみを対象としています。典型例は、訴訟当事者の心神喪失、訴訟能力、再審事由です。一方で、本案についての事実に関する判断は拘束力の対象外です。これは、上告審が法律審であり、本案についての事実認定を行わないことによります。
事実上の判断の拘束範囲→職権調査事項のみ
あ 職権調査事項→拘束力あり
職権調査事項(訴訟当事者の心神喪失、訴訟能力、再審事由など)についての事実上の判断のみ拘束力を生じる
い 本案の事実認定→拘束力なし
本案についての事実認定は拘束力を生じない
※最判昭和36年11月28日
※大判昭和10年7月9日
6 法律上の判断の拘束範囲→不当と判断した点のみ
法律上の判断の拘束力とは、法律解釈や法適用に関する判断のことです。その範囲は、破棄の理由として原判決の判断を不当とした点と、明白に論理上その前提として考慮された事項に限られます。
そのため、差戻後の控訴審が同一事実関係の下で別個の法規を適用することは拘束力に抵触しません。その結果、同一の結論に達したとしても、これは拘束力に抵触しないのです。また、適用される法令が変更された場合や判例変更があった場合にも、これらの結果、拘束力が及ばないという局面が生じることがあります。
法律上の判断の拘束範囲→破棄理由+その前提
あ 拘束力を生じる範囲→破棄理由+その前提
直接破棄の理由となったものと、明白に論理上その前提として考慮された事項について拘束力が生じる
い 拘束力が生じる判断の具体例
ある植物栽培のため地代を支払って他人の所有地を使用する旨の物権契約が地上権の設定であるか永小作権の設定であるか
当事者間で金員を授受し他日同額の金員を返還することを約した場合に、それが消費貸借であるか消費寄託であるか
ある行為が民法90条の公序良俗に反するかどうか
ある行為が民法708条の不法原因に該当するかどうか
う 拘束力が及ばない判断の例
ア 別個の法規の適用
上告審が原判決の認定した事実関係の下で、ある法規の適用を否定した原判決を違法として破棄差し戻した場合、差戻し後の控訴審が同一事実関係の下で別個の法規を適用して同一の結論に達することは妨げない
※最判昭和43年3月19日
イ 法改正
当該事案に適用される法令が変更された場合は、変更後の法令を適用することになり、拘束力は及ばない。
ウ 判例変更
他の事件で最高裁大法廷判決によって判例が変更された場合は、法令が変更されたと同様に、変更後の判例に従って判断しなければならない
7 拘束される裁判の審級→下級審+再度の上告審
拘束力が及ぶ範囲について、裁判所法4条の条文では「その事件について」、「下級審の裁判所」(を拘束する)ということが記述されています。この点、差戻後の判決に対する上告で再び上告審に送付された場合、上告裁判所自身も拘束されます。要するに、同一事件については審級にかかわらず拘束力が生じる、ということになります。
拘束される裁判の審級→下級審+再度の上告審
あ 下級審裁判所
同一事件について下級審裁判所に対して生じる
い 上告裁判所
差戻し後の判決に対する上告で再び上告審に送付された場合、上告裁判所は前に自ら破棄の理由としたところに拘束され、その当否を再検討してこれと異なる見解をとることはできない
※大判明治40年10月28日
※大判昭和15年10月31日
※最判昭和27年3月18日
※最判昭和28年5月7日
8 参考情報
参考情報
本記事では、上級審の破棄判決の拘束力について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に訴訟の不服申立(控訴や上告など)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。