【財産開示手続・情報取得手続の不奏功要件を満たすための調査の程度】
1 財産開示手続・情報取得手続の不奏功要件を満たすための調査の程度
債務名義を有する債権者が、差押の対象財産を探すための手段として、裁判所による財産開示手続や第三者からの情報取得手続があり、実際にこの制度を活用して債権回収の実現を果たす実例も多くあります。
詳しくはこちら|裁判所による財産開示手続の全体像(手続全体の要点)
ただ、これらの手続を利用には、基本的には1回は強制執行をした上で、回収不能であることが必要です(不奏功要件)。これがハードルとなりますが、強制執行が必須ではありません。本記事ではどのような状況で強制執行なしで済むか、逆にどこまで調査しなければならないのか、ということを説明します。
2 不奏功要件の条文(財産開示手続)
最初に、不奏功要件の条文を確認しておきます。1号で強制執行を行った、ということが書いてあり、2号には、(仮に)「知れている財産に対する強制執行をしても(完全な)回収ができない」ことの疎明が書いてあります。
この条文は財産開示手続のものですが、第三者からの情報取得手続についても同じルールがあります(同じ内容なので条文の紹介は省略します)。
不奏功要件の条文(財産開示手続)
二 知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたとき。
※民事執行法197条1項
3 基本的枠組み→知っている範囲内に財産なし
「強制執行をしても回収できない」の対象は「知れている財産」です。条文の文言からは、債権者が知っている範囲だけで、調査すれば判明する範囲は含まれません。ただ、裁判所の公式書式からは、最低限の調査をすることが要請されていると読み取れます。本記事では、「財産調査結果報告書(個人用)」を元に説明します。
4 知らない理由の記載が必要な財産
報告書の中に、「債務者の財産を知らない」ことについて記載(説明)が必要な財産と記載が不要な財産があります。まずは、記載が必要な財産について説明します。
(1)その他(債務者の住所以外)の場所の不動産
債務者が不動産を所有していれば通常は、差押、競売により債権回収が可能といえます。債務者の住所以外の不動産については、報告書サンプルには「知るすべがない」という記述があります。知るすべがある、つまり調査ができるならば調査することが要請されていると読めます。たとえば住居以外の土地や建物の現地に行ったことがある場合は、地図と照らし合わせれば地番が分かり、登記情報をみれば、債務者が所有者かどうかが分かります。このような調査は必要といえます。
その他(債務者の住所以外)の場所の不動産
具体例
「債務者とは、本件交通事故の相手方というだけの関係であり、住所地以外の不動産に関する情報を知るすべがない。」
(2)債務者の給与(報酬・賃金等)
債務者の具体的な勤務先がわかれば、給与債権や報酬債権の差押が可能です。報告書サンプルの記述から、たとえば債務者の勤務先を聞いたことがある場合は、その裏とり(確認)をして、確実であれば、「給与債権の強制執行ができる」ということになります。このようにある程度の情報があれば最低限の調査をすることが必要といえます。
債務者の給与(報酬・賃金等)
具体例
「債務者とは、特殊詐欺の加害者と被害者という関係であり、勤務先について手がかりがない。」
「取引当時、債務者は学生であったので勤務先情報を把握できなかった。その後も就職したとの情報は入手しておらず、勤務先を調べるすべはない。」
「債務者が勤務する会社は、債務者自身が代表者を務める小規模な会社であり、給与等の調査を実施しても誠実な対応を期待できない。」
(3)債務者の預貯金
預貯金も、強制執行(差押)の対象としてふさわしい財産です。過去の取引や交渉で知る機会がなかった場合は、それを報告書に記載することになっています。財産開示手続などのために改めて調査することが必要だということはないといえます。
債務者の預貯金
具体例
「婚姻当時、債務者名義の預貯金口座は基本的に債務者が管理しており、銀行名や支店名など口座の情報を知ることはできず、離婚協議の際にも尋ねたが教えてくれなかった。婚姻当時に共同して使っていた口座は、離婚時に解約した。」
「債務者との取引は現金授受だったので、債務者の預貯金口座は把握していない。債務者との支払の交渉でも取引銀行に関する情報は得られなかった。」
「債務者とは、本件交通事故の相手方というだけの関係であり、取引銀行を知るすべがない。」
5 知らない理由の記載が不要な財産
報告書の中に、財産の有無や所在を知らないことの理由を記載する必要がないものもあります。これらは知らないならば改めて調査をすることが求められていないと考えられます。
(1)債務者の住所地の不動産
債務者の住所地の不動産(土地や建物)は、単に債務者の住所を知っていれば分かりますが、住所を知らなければ分かりません。住所を知らない理由については記載不要となっています。
債務者の住所地の不動産
(2)債務者の動産(生活必需品を除く)
債務者の「動産」についても、債務者の住所を知っていれば(動産の所在が)分かりますが、住所を知らなければ分かりません。住所を知らない理由については記載不要となっています。
債務者の動産(生活必需品を除く)
(3)債務者のその他の財産(保険金、株式、売掛金、貸付金、暗号資産等)
それ以外の財産として預貯金以外の金融資産などがあります。これらについても、過去に債務者から聞いたことがなければ知らないのが通常です。知らない場合でも理由を記載する必要はないことになっています。
債務者のその他の財産(保険金、株式、売掛金、貸付金、暗号資産等)
6 まとめ
以上のように、財産開示手続や第三者からの情報取得手続はとても役立つのですが、不奏功要件を強制執行実施だけであると誤解して、断念してしまう方もいらっしゃるようです。条文上も実際の運用でも、財産が分からないケースでは強制執行をしなくてもこれらの手続を利用できます。債権回収を実現できるよう、最大限これらの制度を活用することが望まれます。
本記事では、財産開示手続、第三者からの情報取得手続における「強制執行をしても回収できない」状況の具体例について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に債権回収に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。