【弁済を継続していた保証人による主債務の消滅時効援用を認めた判例(最判平成7年9月8日)】
1 弁済を継続していた保証人による主債務の消滅時効援用を認めた判例(最判平成7年9月8日)
金銭債権について弁済がなく、また、(訴訟上の)請求がない状態が長期間続くと消滅時効が完成します。
詳しくはこちら|債権の消滅時効の基本(援用・起算点・中断)
ここで、保証人がいる場合、保証人は保証債務の消滅時効とは別に主債務の消滅時効の援用をすることができます。
本記事では弁済を続けていた保証人による主債務の消滅時効の援用を認めた(否定しなかった)判例を説明します。
2 事案内容(時系列)
事案内容のポイントは、主債務の消滅時効を援用した保証人が、弁済を続けている最中だったというところです。
事案内容(時系列)
あ 主債務の発生と保証
X信用組合が昭和51年6月19日、A社に対して7207万円余を貸し付けた
Y(A社の代表取締役の長男であり、A社の取締役)は、右債務を連帯保証した
い A社の倒産と債務履行
A社が昭和51年6月末に期限の利益を喪失した
Yは、昭和52年8月から平成元年11月まで連帯保証債務を履行し、総額4401万円余を支払った
昭和56年5月、A社が破産宣告を受け、昭和57年7月5日に破産手続が終了した
XのAに対する貸金債権の消滅時効が、昭和62年7月5日に完成した
う Yによる主債務の時効援用
XがYに対して残額3070万円余の保証債務の履行を請求した
Yが主債務の時効を援用した
3 裁判所が否定した見解(当事者の主張)
債権者は、「保証人が弁済を続けていたことから、主債務の時効完成前の弁済については主債務の承認にあたる、主債務の時効援用が制限される」という主張をしました。理論を離れて素朴に考えると、現在でも支払を続けている人が突如消滅時効を主張するのは違和感がある、というのもわかります。
裁判所が否定した見解(当事者の主張)
あ 時効完成前の保証債務の履行による時効中断
Yの連帯保証債務の履行は、主債務の時効完成前に行われたものであり、A社の債務を承認したものであるため、時効が中断している
い 時効完成前の履行による時効援用権の制限
主債務の時効完成前にYが保証債務を履行しているため、時効完成後も主債務の時効援用権が制限されるべきである
う 時効完成後の履行による時効利益の放棄
Yが主債務の時効完成後に保証債務を履行したことは、時効利益の放棄に該当し、その後に時効を援用することは許されない
4 裁判所の判断の要点
(1)時効完成前の保証債務の履行→主債務に影響なし
裁判所は、主債務の時効完成前に保証人が保証債務を履行しても、主債務の時効中断事由にあたらず、時効援用権が制限されることもないと判断しました。
時効完成前の保証債務の履行→主債務に影響なし
あ 主債務の承認→該当しない
保証人が時効完成前に保証債務を履行しても、それは主債務の承認には該当せず、主債務の時効中断の効果は生じないと判断された
い 主債務の時効援用権→制限されない
保証人が時効完成前に保証債務を履行しても、それによって時効援用権が制限されることはなく、時効完成後も保証人は時効を援用する権利を保持していると判断された
(2)時効完成後の保証債務の履行→時効援用を制限しない
裁判所はさらに、主債務の時効完成後の保証人による債務の履行も、時効利益の放棄には当たらず、消滅時効の援用が信義則上制限されることもないと判断しました。
時効完成後の保証債務の履行→時効援用を制限しない
あ 時効利益の放棄→該当しない
保証人が時効完成後に保証債務を履行したとしても、それだけでは時効利益を放棄したことにはならず、保証人は引き続き時効援用権を保持していると判断された
い 信義則による制限→制限されない
信義則に基づいて時効援用権が妨げられることもなく、保証人が時効を援用して主債務の消滅を主張することは許容されるとされた
5 別の理論による消滅時効援用の否定
本判決の読み取りには注意を要します。実は、現在では結論として、主債務者が破産したケースでは、保証人が主債務の消滅時効の援用はできない、ということになっています。主債務者が自然人である(主債務が免責となった)場合(最判平成11年11月9日)と、主債務者が法人である(法人格も債務も消滅した)場合(最判平成15年3月14日)で、ロジックは異なりますが結論は同じです。
平成15年最判(主債務者が法人であるケース)については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|主債務消滅後の保証人による主債務の消滅時効援用否定(最判平成15年3月14日)
他方、主債務者が破産手続をとっていないケースでは、現在でも時効援用可能という結論に変わりはありません。
6 判例の評価
前述のとおり、理論を元にすると、裁判所の判断は特に変わったものではありません。素朴な感覚から生じる違和感が、一般条項を含む法的理論にあてはまらなかった、という結果です(主債務者が破産したケースでは別の理論があてはまるということも前述のとおりですが、ここでの説明では別の理論は除外します)。
仮にこの事案で消滅時効を否定した場合、保証人は、求償を受けられない保証債務の履行を強要される、ということになってしまいます。このような構造も判断の背景にあると思われます。
なお、(保証人ではなく)債務者による弁済については、時効完成を知らずに時効完成後に弁済してしまったケースでも、その後その時効の援用をすることは信義則により許されません(最判昭和41年4月20日)。本件もこれと似ている印象がありますが、本件では保証債務を弁済していたことから違う扱い(信義則による制限は受けない)となりました。
判例の評価
あ 時効完成後の弁済による時効利益の放棄にはあたらない
本判決は、主債務の時効が完成した後に保証人が弁済を行っても、それだけでは時効利益の放棄に該当しないと判断した
保証人が時効完成後に保証債務を履行したとしても、その弁済が「主債務が時効により消滅するか否かにかかわらず保証債務を履行する意思」に基づくものでない限り、時効利益の放棄にはあたらないとされた
い 信義則による時効援用権の制限は認められない
保証人が主債務の消滅時効が完成した昭和62年7月5日から2年以上弁済を続けたとしても、その行為だけで信義則に基づいて時効援用権が妨げられることはなく、時効援用が許されると判断された
7 判決文引用
判決文そのものは、原審の判断を維持する、ということしか書いてありません。
判決文引用
※最判平成7年9月8日
8 参考情報
参考情報
本記事では、弁済を継続していた保証人による主債務の消滅時効の援用を認めた判例について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に消滅時効など、債権や債務に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。