【賃貸借の目的物の譲渡における賃借権譲渡・転貸可能特約の承継】

1 賃貸借の目的物の譲渡における賃借権譲渡・転貸可能特約の承継

賃貸借契約では、原則として、賃借権の譲渡と転貸は禁止されています。
詳しくはこちら|賃借権の譲渡・転貸の基本(賃貸人の承諾が必要・無断譲渡・転貸に対する明渡請求)
例外的に、賃貸人が承諾した場合にだけ可能となります。ここで、賃貸人が承諾した(賃借権譲渡や転貸を可能とする特約が成立した)後に、賃貸人が変わった場合にはどうなるでしょうか。具体的には、賃貸借の目的物が譲渡され、新所有者が賃貸人の地位を承継したケースです。
この問題を理解するには、地上権が設定された土地が譲渡されたケースも参考になります。
そこで本記事は、地上権のケースも含めて、以上の問題を説明します。

2 対抗力ある賃借権の目的物の譲渡→賃貸人の地位の承継(前提)

まず、賃貸借や地上権の対象不動産が譲渡されたケースで、譲受人(新所有者)に対して賃借権や地上権を対抗するためには対抗要件が必要です。対抗要件がある場合には、不動産の譲受人は、賃貸人の地位を承継します。
詳しくはこちら|対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)
譲受人(新所有者)が承継するのは、原則として賃貸借に関する権利関係のすべてです。
詳しくはこちら|賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像
ただし、承継する内容賃借権譲渡や転貸を可能とする特約が含まれるかどうかについてはいろいろな解釈があるのです。以下説明します。

3 代用ではない登記における譲渡の優劣

対抗要件には、賃借権や地上権の登記と、その代用となる建物の登記(や建物の引渡)があります。登記そのものと代用対抗要件で結果に違いが出てくるので、分けて説明します。まずは代用ではない登記(賃借権登記・地上権登記)があるケースについて説明します。

(1)賃借権登記ケース→特約の登記がないと承継しない

賃借権の譲渡・転貸可能という特約を新所有者に対抗するには、”賃借権登記の中に、その特約が記載(登記)されていることが必要です。登記事項”(登記可能)である以上、登記していないと対抗できない、という原則ルールです。

賃借権登記ケース→特約の登記がないと承継しない

あ 譲渡・転貸特約→登記事項(前提)

賃借権の譲渡または転貸を許す特約は、賃借権登記の登記事項である
※不動産登記法81条3号

い 対抗要件扱い→登記がないと対抗できない

賃借権の譲渡または転貸を許す特約を登記しなければ、新所有者に対抗することはできない
※民法177条

(2)地上権登記ケース→承継する

地上権登記があるケースでは、地上権者は新所有者に対して地上権譲渡や土地の賃貸ができるということを対抗できます。地上権は物権という性質上、譲渡や土地の賃貸は自由(土地所有者の承諾は不要)であることが理由です。

地上権登記ケース→承継する

あ 地上権の性質→譲渡・賃貸の自由あり

地上権は物権という性質上、もともと譲渡・転貸は自由である

い 地上権の登記の効力→譲渡転貸可能の主張を含む

地上権の登記がある場合、譲渡・転貸の自由を主張できる、ということも当然に含まれる

4 代用対抗要件ケースにおける「譲渡」の優劣

(1)賃借権譲渡と土地譲渡の対抗関係→先の登記が優先

賃貸借の代用対抗要件のケースでは、「賃借権譲渡を可能とする特約」を登記することはできません。そこで、「賃借権譲渡の特約があったこと」を新所有者が承継するかどうかが問題となります。
この問題に関連して、すでに賃貸人の承諾を得て賃借権譲渡が行われた後に、目的物の譲渡が行われた、というケースに関する判例や解釈があります。
昭和16年大判は、賃借権譲渡目的物(土地)の譲渡を対抗関係として処理しました。つまり、先に対抗要件を得た方が優先となる、という結論です。これを前提とすると、「賃借権譲渡可能特約」自体が目的物の譲受人には承継されない(対抗できない)ということになります。
一方、一律に賃借権譲渡が優先となる(「賃借権譲渡可能特約」自体が目的物の譲受人に承継される)という学説や下級審裁判例もあります。

賃借権譲渡と土地譲渡の対抗関係→先の登記が優先

あ 事案=賃借権・代用対抗要件

賃借権が地上建物登記のみで対抗力を取得している(賃借権登記はない)
賃借権(と建物)が譲渡された、建物の所有権移転登記は未了である
土地が譲渡された、土地の所有権移転登記がなされた

い 判例→先の登記が優先

賃借権譲渡について旧地主が承諾を与えたという状態は新地主には対抗しえない
※大判昭和16年11月20日

う 別の見解

ア 学説 譲渡承諾の効力が新所有者に承継されない趣旨であると読む必要はないのではないか、とするものもある(星野・借地借家430)
幾代通氏は、譲渡承諾の効力が新所有者に承継される見解をとっている(後記※1
イ 裁判例 賃借権譲渡許容の特約の当然承継を明示した
※東京高判昭和51年11月18日

(2)地上権譲渡と土地譲渡の対抗関係→常に地上権優先

前述のケースが賃貸借ではなく地上権であった場合はどうでしょうか。この場合は、新所有者は「地上権の譲渡が可能な状態」を承継することになります。もともと地上権は譲渡可能(土地所有者の承諾不要)です。「承継する」というよりは最初からこの状態にある、という方が正確かもしれません。

地上権譲渡と土地譲渡の対抗関係→常に地上権優先

あ 事案=地上権・代用対抗要件

地上権が地上建物登記のみで対抗力を取得している(地上権登記はない)
地上権(と建物)が譲渡された、建物の所有権移転登記は未了である
土地が譲渡された、土地の所有権移転登記がなされた

い 判例→常に地上権優先

地上権の譲受人は、土地の譲受人に地上権を対抗できる
※大判大正15年12月20日

(3)2つの判例の結論の違いの理由

以上のように、賃貸借ケースと地上権ケースで結論が違っています。その理由は、標準状態(原則)が譲渡可能なのか、譲渡不可なのかという違いにある、と整理できます。

2つの判例の結論の違いの理由

地上権が物権であるのに対し賃借権の本質は債権であるという差異、したがって、前者(注・地上権)にあっては建物登記は地上権登記と完全に等価値のものとみられるのに対し、後者(注・賃貸借)にあっては建物登記は本条の賃借権登記と等価値とされるとはいっても、そこでいわば存在を擬制される賃借権登記とは、賃借権が通常具有する内容のそれであって、譲渡・転貸が許容されているというような異常特別な事項には及ばない、というのが判例理論の根拠のようである。
※幾代通稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p196、197

(4)幾代通氏見解→代用対抗要件と借地権登記の同視

幾代氏は、賃貸借でも一律に「新所有者は賃借権譲渡可能特約を承継する」という見解をとります。代用対抗要件と正式な対抗要件(賃借権登記)を同じように扱う、という発想が元になっているようです。

幾代通氏見解→代用対抗要件と借地権登記の同視(※1)

また、敷金関係のごとき契約内容も当然新所有者によって承継されることとの権衡からいっても、譲渡許容状態をも含めた全賃貸借契約関係が承継されると解することが妥当である。
換言すれば、建物保護法・借家法等による簡易な対抗要件を認める以上は、その要件を具備する賃借権は、もし本605条の賃借権登記であったと仮定した場合に記載すべき事項は全部記載してある完璧な賃借権登記が存在するかのごとくに扱われるべきものであろう。
賃借権の譲渡と転貸とで取扱に差異をつける考えも、全然理解できないというわけではないが、所有者交替の時までに従前の所有者との間に存在していた賃貸借関係中のある法律状態が、そのまま新所有者を拘束するか否かという点では、両者を差別する合理的根拠を見出しえない。
ただ、賃借権譲渡においては従来の賃借人が法律関係から離脱するという点が問題であろうが、この点も、現在の現実利用者の利用権原を所有者の方から積極的に否認できるかという本項での問題と、賃借権の帰属の変更を賃借人側から積極的に所有者その他に主張できるかという問題とを、分けて考えればすむことではあるまいか・・・。
以上、要するに、転貸のみならず、賃借権譲渡の許容の特約も当然に新所有者に対抗しうる、と解するのが妥当である。
※幾代通稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p197、198

(5)転貸可能特約の承継→賃借権譲渡可能特約の承継と同じ

次に「転貸可能特約(承諾)」が新所有者に承継されるかどうか、という問題について説明します。これについても、以上の「賃借権譲渡可能特約」の解釈がそのままあてはまると思います。
なお、「地上権者による土地の賃貸借」の場合には、もともと自由(土地所有者の承諾は不要)なので、「承諾を対抗できるかどうか」の問題は生じません。

5 適法な転借権の対抗要件→(原)賃借権の(対抗力)援用可能(参考)

なお、特約そのものの承継、ではなく、すでに賃貸人の承諾を得て転貸借がなされているケースでは、原賃借権の対抗要件があれば、転借権の対抗要件があったものとして扱われます。

適法な転借権の対抗要件→(原)賃借権の(対抗力)援用可能(参考)

あ 昭和39年最判・借地権ケース

賃借人の有する賃借権が第三者対抗要件を具備しており、かつ転貸借が有効に成立している以上、転借人は、自己の転借権について対抗要件を備えていると否とにかかわらず、賃借人(転貸人)がその賃借権を対抗しうる第三者に対し、賃借人の賃借権を援用して自己の転借権を主張しうる
※最判昭和39年11月20日

い 昭和38年最判・借家権ケース

賃貸借の目的たる家屋の所有権を取得して賃貸人となつた者は、旧所有者と賃借人との間に存した転貸許容の特約をも承継する
※昭和38年9月26日

6 譲渡転貸可能特約の承継の有無のまとめ

以上のように、賃借権の譲渡・転貸可能特約の新所有者への承継については解釈が複雑です。最後に結論だけをまとめます。

譲渡転貸可能特約の承継の有無のまとめ

あ 代用ではない登記(賃借権登記・地上権登記)

ア 賃借権ケース→特約の登記があれば承継するイ 地上権ケース→(そもそも譲渡・転貸は可能である)

い 代用対抗要件における譲渡転貸可能特約の承継

ア 賃借権ケース 判例をもとにすると承継が否定される方向性となる
一律に承継するという見解もある
イ 地上権ケース 一律に承継する(もともと譲渡可能の状態である)

7 参考情報

参考情報

※幾代通稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p196〜198

本記事では、賃貸借の目的物の譲渡における賃貸借譲渡や転貸可能の特約の承継について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に不動産の賃貸借や地上権に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

共有不動産の紛争解決の実務第2版

使用方法・共有物分割の協議・訴訟から登記・税務まで

共有不動産の紛争解決の実務 第2版 弁護士・司法書士 三平聡史 著 使用方法・共有物分割の協議・訴訟から登記、税務まで 第2班では、背景にある判例、学説の考え方を追加して事例検討をより深化させるとともに、改正債権法・相続法が紛争解決に与える影響など最新の実務動向を丁寧に追録して大幅改訂増補! 共有物分割、共有物持分買取権行使、共有持分放棄、共有持分譲渡などの手続きを上手に使い分けるためこ指針を示した定番書!

実務で使用する書式、知っておくべき判例を多数収録した待望の改訂版!

  • 第2版では、背景にある判例・学説の考え方を追加して事例検討をより深化させるとともに、改正債権法・相続法が紛争解決に与える影響など最新の実務動向を丁寧に追録して大幅改訂増補!
  • 共有物分割、共有持分買取権行使、共有持分放棄、共有持分譲渡などの手続を上手に使い分けるための指針を示した定番書!
  • 他の共有者等に対する通知書・合意書、共有物分割の類型ごとの訴状、紛争当事者の関係図を多数収録しており、実務に至便!
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINE
【不動産登記による対抗力の発生時期(登記実行時)】
【主債務消滅後の保証人による主債務の消滅時効援用否定(最判平成15年3月14日)】

関連記事

無料相談予約 受付中

0120-96-1040

受付時間 平日9:00 - 20:00