【海を埋め立てた「土地」の取得時効を認めた判例(最判平成17年12月16日)】

1 海を埋め立てた「土地」の取得時効を認めた判例(最判平成17年12月16日)

海は所有権の対象になりませんが、埋立により「土地」として所有権の対象となります。ここで、埋め立て自体はなされたけれど、適法な手続(竣工認可)が完了しないまま放置された場合に、時効取得することができるか、といったことが問題となった判例があります。結論として、時効取得を認めています。
黙示的な公用廃止が認められた事例の1つです。
詳しくはこちら|公道や公有地の時効取得は黙示的な公用廃止として認められることもある
本記事では、この判例について説明します。

2 事案内容(時系列)

事案内容の大まかな流れは、公有水面が埋め立てられ、公共用財産としての形態・機能を完全に喪失して私的な占有が継続されているということです。

事案内容(時系列)

あ 埋立免許取得と工事完成

昭和25年9月30日にAが大分県知事から公有水面埋立法に基づく埋立免許を取得した
昭和32年9月頃までにAが埋立工事を完成させ、本件各埋立地が陸地化した
竣功認可を受けないまま埋立免許は失効した

い 占有の経緯

昭和32年9月頃にBが本件各埋立地を代金22万円でAから購入し、占有を開始した
Bは本件埋立地に販売用の松を植樹するなどして占有を行った
昭和45年12月27日にB死亡し、子のCが相続により占有を取得した
Cは本件埋立地につき、販売用の松の植樹、第三者への猪豚の放牧地としての賃貸、網等の干場としての使用をした
平成7年11月21日にC死亡し、Xが単独相続した

う 周辺の状況

昭和48年~49年に隣接する埋立地一帯が追認申請と認可を受け土地登記された
本件各埋立地は追認申請されなかった

3 裁判所が否定した見解(当事者の主張)

被告である国は、原告による取得時効は成立しない、と主張しました。その理論は、竣功認可のない埋立地は所有権の対象とはならないこと、埋め立てのための土砂も原状回復義務を免除しない限り、海底地盤に附合しない(土地の一部にはならない)、というものです。

裁判所が否定した見解(当事者の主張)

竣功認可を得ていない埋立地は所有権の客体たる土地に当たらない
海を含む公有水面の埋立地は竣功認可を得て初めて私法上の所有権の客体になる
土砂等は国が原状回復義務を免除し土砂等を国の所有とする手続を経ない限り、海底地盤に付合しない

4 裁判所の判断の内容

(1)海面埋立地に関する一般原則

裁判所はまず、取得時効の判断の前提となる基礎的理論について整理します。海水に覆われたままでは海底が所有権の対象にはならないこと、埋め立てをしても竣功認可までは土地とは認められない、という判断を示しました。

海面埋立地に関する一般原則

あ 海の性質→所有権の客体ではない

海は特定人による独占的排他的支配が許されないものである
海水に覆われたままの状態で私人の所有に帰属させる制度は採用されていない

い 土砂の付合→否定

埋立地造成後も原則として竣功認可まで土砂は海面下の地盤に付合しない
土砂は独立した動産として存在する

(2)「土地」該当性の判断基準

竣功認可がない場合でも、埋立てが原状回復義務の対象とならなくなった場合には例外的に所有権の対象となると判断し、原状回復義務の対象ではなくなる基準を示しました。

「土地」該当性の判断基準

あ 原則→「竣工認可」で初めて「土地」になる

海面を埋め立てるために土砂が投入されて埋立地が造成されても、原則として、埋立権者が竣功認可を受けるまでは原状回復義務があり、私法上所有権の客体となる「土地」に当たらない

い 例外→黙示的な公用廃止により「土地」になる

以下の要件をすべて満たした場合、原状回復義務は消滅し、私法上所有権の客体となる「土地」として認められ、取得時効の対象となる
(ア)長年にわたり公の目的に使用されず放置された場合(イ)公共用財産としての形態・機能を完全に喪失した場合(ウ)他人の平穏かつ公然の占有が継続した場合(エ)公の目的が実際上害されていない場合(オ)公共用財産として維持すべき理由が消滅した場合

この中の公用廃止の要件(い)については、昭和51年最判が示した基準をそのまま使っています。
詳しくはこちら|公道や公有地の時効取得は黙示的な公用廃止として認められることもある

(3)本件の具体的判断→取得時効成立

最高裁は、本件では、以下の事実関係から、例外的に竣功認可を受けていない埋立地が所有権の対象になったと判断しました。

本件の具体的判断→取得時効成立

昭和45年時点で以下の事実から、原状回復義務は消滅し、所有権の対象となった
(取得時効の成立を肯定した原審の判断を是認する)
(ア)公共用財産としての形態・機能を完全に喪失している(イ)Bによる平穏かつ公然の占有が継続している(ウ)公の目的が害されていない(エ)公共用財産として維持すべき理由が消滅している

5 判例の評価

本判決は、竣功未認可地であっても時効取得が成立する場合があり、現にその成立を認めた初めての最高裁判決という点で意義があります。
また、時効取得以外の事由による取得を否定する趣旨でもないため、広く「竣功未認可地であっても所有権の対象となる」と判断した判決だとも言えます。

判例の評価

あ 本判決の意義

最高裁判所は竣功未認可埋立地の時効取得を認めた初の判決を示した

い 実務的意義

竣功未認可埋立地が時効取得の対象となる可能性を明確に認めている
竣功未認可埋立地が私法上の所有権の客体となる具体的な判断基準を示している
竣功未認可埋立地における黙示の公用廃止の要件を明確化している

う 理論的意義

裁判所は原状回復義務の消滅と結びつけて土地性を判断する基準を示している
裁判所は公物法理論と民事法理論を統合的に解釈する方向性を示している

え 判断手法

裁判所は具体的事情を総合考慮する事例判断方式を採用している
裁判所は形式的な手続の欠缺よりも実質的な利用状況を重視する判断を示している

お 実務への影響

今後の同種事案における裁判所の判断において以下の要素が考慮されることになる
埋立免許を適法に取得していたか否かが判断要素となる
行政庁が原状回復を求めていない事実の有無が判断要素となる
周辺の埋立地の利用状況や法的処理の状況が判断要素となる
当該土地の現在の利用状況と社会的実態との整合性が判断要素となる

6 判決文部引用

判決そのものを引用しておきます。

判決文部引用

2(1)海は、特定人による独占的排他的支配の許されないものであり、現行法上、海水に覆われたままの状態でその一定範囲を区画してこれを私人の所有に帰属させるという制度は採用されていないから、海水に覆われたままの状態においては、私法上所有権の客体となる土地に当たらない(最高裁昭和55年(行ツ)第147号同61年12月16日第三小法廷判決・民集40巻7号1236頁参照)。また、海面を埋め立てるために土砂が投入されて埋立地が造成されても、原則として、埋立権者が竣功認可を受けて当該埋立地の所有権を取得するまでは、その土砂は、海面下の地盤に付合するものではなく、公有水面埋立法35条1項に定める原状回復義務の対象となり得るものである(最高裁昭和54年(オ)第736号同57年6月17日第一小法廷判決・民集36巻5号824頁参照)。これらのことからすれば、海面の埋立工事が完成して陸地が形成されても、同項に定める原状回復義務の対象となり得る限りは、海面下の地盤の上に独立した動産たる土砂が置かれているにすぎないから、この時点ではいまだ当該埋立地は私法上所有権の客体となる土地に当たらないというべきである。
(2)公有水面埋立法35条1項に定める上記原状回復義務は、海の公共性を回復するために埋立てをした者に課せられた義務である。そうすると、長年にわたり当該埋立地が事実上公の目的に使用されることもなく放置され、公共用財産としての形態、機能を完全に喪失し、その上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、これを公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、もはや同項に定める原状回復義務の対象とならないと解すべきである。したがって、竣功未認可埋立地であっても、上記の場合には、当該埋立地は、もはや公有水面に復元されることなく私法上所有権の客体となる土地として存続することが確定し、同時に、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の対象となるというべきである(最高裁昭和51年(オ)第46号、同年12月24日第二小法廷判決・民集30巻11号1104頁参照)。

7 参考情報

参考情報

※伊藤正晴稿『判例タイムズ1245号 臨時増刊 主要民事判例解説』p18〜
※増森珠美稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成17年度』法曹会2008年p973~989

本記事では、海を埋め立てた「土地」の取得時効を認めた判例について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に取得時効など、土地の権利関係に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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