【受任者による受取物の引渡(民法646条)(解釈整理ノート)】
1 受任者による受取物の引渡(民法646条)(解釈整理ノート)
委任契約の受任者は、「受け取った物」があれば、それは預かった状態です。つまり、委任者(依頼者)に引き渡す義務があります。民法646条はこのような義務を定めています。本記事では、民法646条に関するいろいろな解釈を整理しました。
2 民法646条の条文と趣旨
(1)民法646条の条文
民法646条の条文
第六百四十六条 受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても、同様とする。
2 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
※民法646条
(2)民法646条の趣旨
民法646条の趣旨
委任事務処理のために受け取った物は実質的に委任者に属するため、委任事務処理上不必要となれば委任者へ返還すべきである
3 引渡義務の内容
(1)引き渡す物→事務処理上受領した物
引き渡す物→事務処理上受領した物
次のものが含まれる
あ 第三者から受け取った物
(ア)土地共有者の一部の者が他の者のために受け取った土地収用の損失補償金
※大連判大正3年3月10日
(イ)債権取立の受任者が債務者から受け取った金銭
※大判大正7年7月10日
(ウ)金銭取立委任の場合の仮差押保証金の下付金
※大判大正9年4月14日
い 委任者から受け取った物
(ア)仲買人が委任者から受け取った証拠金の不要となった残金
※大判大正3年6月4日
(イ)前払費用の残額
※大判大正7年2月13日
(ウ)恩給受領の委任解除後の恩給証書
※大判昭和11年5月27日民集15巻922頁
(2)代理人の有無による違い→所有権(権利)移転の要否
代理人の有無による違い→所有権(権利)移転の要否
あ 代理権あり→占有のみの移転
受任者に代理権がある場合、受け取った物の所有権が委任者に帰属する
受任者から委任者へ、占有の移転(だけ)が必要となる
例=委任者から株式購入を委任された受任者が代理権を授与され委任者の名において購入した場合は、株式は直接に委任者の所有に帰属するため、受任者は株券を引き渡す債務のみを負う
い 代理権なし→所有権・占有の移転
受任者に代理権がない場合、受任者が委任者のため”自己の名において所有権(権利)を取得する(所有権が受任者に帰属する)
受任者から委任者へ、所有権の移転と占有の移転が必要となる
例=委任者から株式購入を委任された受任者が代理権を有しないか、または特約によって自己名義で購入した場合は、株式は受任者の所有に帰属するため、この株式を委任者に移転する必要がある
(3)特殊ケースにおける所有権(権利)の帰属
特殊ケースにおける所有権(権利)の帰属
あ 権利移転の条件付合意
委任の当初に「受任者が権利を取得したら」という条件付きで合意しておけば、受任者が権利取得時に物権行為を要しない
い 権利移転に関する判例
問屋が委託に基づいて株式を買い入れた後に破産した場合、委託者は権利につき取戻権を行使できる
(問屋の買い入れた権利につき実質的利益を有するのは委託者であるため)
※最判昭和43年7月11日
(4)取得した権利や占有の移転の具体例
取得した権利や占有の移転の具体例
(ウ)受任者が委任者のために自分の名義で国有地の払下げを受けた場合、受任者の取得と同時に所有権が委任者に移る旨の物権的意思表示が当事者間であらかじめされていれば、民法646条1項により登記の移転をすべく、そうでなければ、同条2項によって所有権を移転すべきである ※大判大正4年10月16日民録21輯1705頁
(5)金銭の帰属と移転
金銭の帰属と移転
あ 判例
受任者が委任者の代理人として受領した金銭はもちろん、代理権がなくとも委任者のために受領した金銭の所有権は当然に委任者に帰属する
※大判明治45年1月25日民録18輯31頁、大判昭和3年8月21日、大判昭和5年3月4日
い 通説
金銭は占有と所有が密接に結合しており、金銭の所有権は常に現実の受領者たる受任者に帰し、同額を委任者へ支払う義務があるにすぎない
う 実務上の取扱い
受任者が受け取った金銭については、委任者との関係で、受任者は第三者から受取った金銭を自分の一般財産に取り入れることなく、直ちに委任者に引き渡すことができない場合には、委任者名義で預金するなどの措置を講じるべきである
※大判明治34年3月5日民録7輯3巻13頁
(6)果実の引渡義務
果実の引渡義務
あ 対象となる果実
天然果実・法定果実を問わず、現実に受任者が収取した果実に限られる
収取すべくして収取を怠ったものは含まれない
い 収取懈怠の責任
果実の収取が委任事務の範囲に属するにもかかわらず、受任者が収取を怠った場合、委任者は債務不履行に基づく損害賠償請求が可能
4 引渡時期と同時履行
(1)引渡時期
引渡時期
あ 引渡時期の決定基準
(ア)特約があればそれによる(イ)特約がなければ委任終了の時(ウ)委任の内容によっては委任終了前の引渡が委任の本旨に適する場合もある(エ)引渡債務は期限の定めのない債務として、催告の時から遅滞の責めに任ずる
※名古屋高判昭和53年5月9日
い 債務不履行による解除の場合
解除の時より利息をつけるべきとされる(将来に向かってのみ効果を生ずるため)
※大判大正3年5月21日
う 引渡請求権の消滅時効(参考)
遅滞になった日から進行する
※大判昭和3年5月28日
(2)引渡義務と報酬・実費の請求権の同時履行関係
引渡義務と報酬・実費の請求権の同時履行関係
5 引渡義務の消滅と承継
(1)引渡義務の消滅
引渡義務の消滅
(ア)受任者が辞任し、委任者の承諾または適法に後任者へ引き継いだ場合 ※大判大正9年10月15日民録26輯1512頁
(イ)受任者の責めに帰すべからざる事由による滅失 ※大判明治34年3月5日民録7輯3巻13頁
(2)引渡義務の後任者への承継
引渡義務の後任者への承継
※大判大正9年10月15日民録26輯1512頁
6 復委任ケースの引渡義務
復委任ケースの引渡義務
※最判昭和51年4月9日
7 相続財産の売却(任意の換価分割)→相続財産からの逸出+代金分配
相続財産の売却(任意の換価分割)→相続財産からの逸出+代金分配
(当該不動産や売却代金は遺産分割の対象から逸出する)
※最判昭和52年9月19日
8 参考情報
参考情報
我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1374、1375
本記事では、受任者による受取物の引渡について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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