【遺産である預貯金債権の仮分割仮処分(家事事件手続法200条3項)(解釈整理ノート)】

1 遺産である預貯金債権の仮分割仮処分(家事事件手続法200条3項)(解釈整理ノート)

遺産に含まれる預貯金は、判例変更により遺産分割の対象となりました。つまり、遺産分割が完了するまでは誰も使えないことになったのです。これだと困ることが出てくるので、その後の法改正で救済策が作られました。
詳しくはこちら|平成28年判例による相続財産の預貯金の払戻し不能問題と解決方法
その1つが預貯金の仮分割仮処分という制度です。本記事ではこの制度に関するいろいろな解釈を整理しました。
なお、この制度を活用する場面や実際に利用する場合の手続については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|相続直後の預貯金凍結問題の解決策「仮分割仮処分」の活用場面と手続ガイド

2 預貯金債権の仮分割仮処分制度の条文と趣旨

(1)家事事件手続法200条3項の条文

家事事件手続法200条3項の条文

前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第四百六十六条の五第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。
※家事事件手続法200条3項

(2)預貯金債権の仮分割仮処分制度の趣旨と概要

預貯金債権の仮分割仮処分制度の趣旨と概要

家事事件手続法200条3項は、平成30年改正で新設された規定であり、遺産に属する預貯金債権の仮分割に限り、同条2項の要件を緩和したものである
この制度は、民法909条の2に基づく(裁判所を通さない)預貯金の払戻制度では限度額に制限があるため、それを超える資金需要がある場合に対応するための制度である
新法909条の2と異なり上限額の定めはなく、必要性と相当性の要件を通じて裁判所の審査・判断に委ねられている

3 金銭の使徒(資金需要・必要性)の典型例

金銭の使徒(資金需要・必要性)の典型例

相続財産に属する債務(相続債務)の弁済
相続財産に第三者の債務の担保が設定がされている場合の(第三者)弁済
相続財産に係る共益費用
光熱費等の公共料金
固定資産税等の税金
相続税
被相続人の医療費・入院費
葬儀費用(多くは新法909条の2による預貯金の払戻しで対処される)
遺言により各相続人が遺贈義務を負う場合のその遺贈義務の履行に必要な支払

4 預貯金債権の仮分割の仮処分の基本的要件

預貯金債権の仮分割の仮処分の基本的要件

(ア)遺産の分割の審判または調停の申立てがある(イ)当該審判事件または調停事件の当事者が遺産に属する預貯金債権を行使する必要がある(ウ)他の共同相続人の利益を害する場合でない(エ)相続人の申立てがある

5 「必要性」の内容

(1)「必要性」の基本→「申立人」にとって必要

「必要性」の基本→「申立人」にとって必要

「預貯金債権を行使する必要がある」という要件については、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁などが例示されているが、これらに限らず、必要性の判断は家庭裁判所に委ねられる
この権利行使の必要性は、共同相続人の共同の利益に資する場合に限らず、当該申立人の利益のために存在すれば足りる

(2)類型別の必要性判断の傾向

類型別の必要性判断の傾向

あ 自身の債務の弁済

承継する自己の債務を弁済する場合、必要性が認められる

い 連帯保証人・物上保証人による弁済

他人の債務を弁済するにつき法律上の利害関係を有する場合(連帯保証や物上保証をしている場合等)、必要性が認められる

う 他人債務の弁済で利害関係なし

他人の債務を弁済するにつき法律上の利害関係を有しない場合でも、必要性が認められる余地がある

え 相続人の生活費の支弁

被相続人の生前にその扶養等を受けていなかった相続人が仮払いを受ける場合も、必要性は否定されない

6 「他の共同相続人の利益を害しない」要件

「他の共同相続人の利益を害しない」要件

「他の共同相続人の利益を害するとき」とは、仮分割の仮処分により、その後の遺産分割において、他の共同相続人に対してその具体的相続分に相当する財産を現実に取得させることが困難となるなど、適切に遺産の分配を行うことができなくなる場合である

7 仮払いが認められる金額の基準

仮払いが認められる金額の基準

あ 原則→法定相続分相当額

原則として、遺産の総額に申立人の法定相続分を乗じた額の範囲内
(相手方から特別受益の主張がある場合には具体的相続分の範囲内)

い 例外的な超過

ア 超過を許容するケース 被相続人の債務の弁済を行う場合など事後的な精算を含めると相続人間の公平が担保される場合には、「あ」の額を超えた仮払いを認めることもある
イ 超過を許容しないケース 預貯金債権のほかには市場流通性の低い財産が大半を占めている場合など、「あ」の範囲内での仮払いを認めるのも相当でない場合は、当該預貯金債権の額に申立人の法定相続分を乗じた額の範囲内に限定することもある

う 実情

現在の家裁実務では、法定相続分を上限としつつ遺産総額との兼ね合いも考慮して、相続人の生活費等の支払が問題となっている場合の取得額は、本案の審理見込み期間等を考慮して数か月分から1年分が相当とされている

8 仮分割の仮処分の効果と遺産分割(本案)との関係

仮分割の仮処分の効果と遺産分割(本案)との関係

あ 相続人間(遺産分割)→ノーカウント

仮分割の仮処分により申立人に預貯金債権の一部を仮に取得させ、当該申立人に預貯金の一部が給付された場合でも、本分割においては原則としてその事実を考慮すべきではなく、改めて仮分割された預貯金債権を含めて遺産分割の調停または審判をすべきである

い 対金融機関→弁済は有効

仮分割により特定の相続人が預貯金債権を取得し、その債務者である金融機関から支払を受けた場合、債務者との関係では有効な弁済として扱われ、本分割において異なる判断が示されたとしても、債務者が行った弁済の有効性が事後的に問題となる余地はない

9 申立と審理の手続

申立と審理の手続

あ 申立に必要な書類

(ア)申立書(イ)戸籍関係書類(ウ)住所関係書類(エ)遺産関係書類(遺産の全体像を示す書類、預貯金債権の直近の残高証明等)(オ)申立人の収入状況を示す書類(カ)仮払いを必要とする費目、金額を裏付ける資料(請求書・陳述書等)

い 審判手続

仮の地位を定める仮処分という性質上、原則として審判を受ける者となるべき者の陳述を聴くことが必要となる(家事事件手続法107条)
そのため家庭裁判所は共同相続人全員に対してその陳述を聴取する期日を通知し、その陳述を聴取する手続を経た上で審判をする必要がある
このため、仮分割仮処分により仮払金を取得するまでには相当の期間を要することが見込まれる

10 参考情報

参考情報

藤巻梓稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)』有斐閣2023年p512〜514
梶村太市著『家事事件手続法規逐条解説(二)』テイハン2019年p197、198
倉持政勝稿/日本弁護士連合会編『Q&A 改正相続法のポイント−改正経緯をふまえた実務の視点−』新日本法規出版2019年p91〜94

本記事では、遺産である預貯金債権の仮分割仮処分について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に預貯金の払戻など、相続や遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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