【自筆証書遺言の法務局保管制度の基本と手続】
1 自筆証書遺言の法務局保管制度の基本と手続
自筆証書遺言は、遺言者が自身で手書きで作成できる手軽な遺言方式としてとても有用です。
しかし、紛失や偽造のリスク(偽造と判断されて無効になるリスク)、相続開始後に家庭裁判所での検認手続きが必要となるなどの課題がありました。
詳しくはこちら|遺言が無効となる事情(無効事由)の総合ガイド
このような背景から、2020年7月10日に法務局における自筆証書遺言保管制度が創設されました。本制度は遺言者が作成した自筆証書遺言を法務局に安全に保管してもらうことで、これらの課題を解決し、相続手続きを円滑に進めることを目的としています。2025年2月までに累計で92,366件もの自筆証書遺言が法務局に保管されており、多くの方に利用されている制度です。
本記事では、この制度の基本的内容や手続きについて説明します。
2 法務局保管制度の概要
自筆証書遺言の法務局保管制度は、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」に基づいて創設された制度です。この制度では、遺言者本人が法務局に出向いて自筆証書遺言の保管を申請することができます。保管された遺言書は、原本が遺言者の死亡後50年間、画像データは死亡後150年間保管されます。
(1)制度のメリット
法務局という公的機関が遺言書を厳重に保管するため、紛失、破損、偽造、変造のリスクを大幅に軽減できます。
また、法務局保管の自筆証書遺言については、相続開始後の家庭裁判所での検認手続きが不要となるため、相続手続きの迅速化に貢献します。
さらに、遺言書はデータとしても管理されるため、相続開始後、相続人等は全国どこの法務局からでも遺言書の閲覧や遺言書情報証明書の交付を受けることができます。
(2)保管申請できる遺言書
保管の対象となるのは自筆証書遺言のみで、公正証書遺言や秘密証書遺言は対象外です。
遺言能力を有する15歳以上の方であれば、誰でも保管申請が可能です。
3 申請方法と手続きの流れ
(1)自筆証書遺言の作成(前提)
最初に、遺言を作成します。自筆証書遺言には方式のルール(形式要件)があり、方式違反があると基本的に無効になってしまいます。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式(形式要件)の総合ガイド
方式ルールに違反しないように注意深く作成する必要があります。
詳しくはこちら|遺言作成時の注意(タイミング・変更理由の記載・過去の遺言破棄)
(2)申請者の資格→本人のみ・代理人不可
遺言書の保管申請ができるのは遺言者本人に限られます。代理人による申請は認められていません。
(3)必要書類と持ち物
保管申請には以下の書類が必要です。
自筆証書遺言書の原本(法務局の定める形式要件を満たしたもの)、自筆証書遺言書保管申請書、遺言者の顔写真付き本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなど)、遺言者の住民票の写し(本籍および戸籍の筆頭者の記載があり、発行後3ヶ月以内のもの)、保管手数料3,900円分の収入印紙が必要です。
(4)手続きの基本的な流れ
まず事前に法務局へ予約を入れることが必要です。予約は法務省のオンライン予約システム、電話、または法務局の窓口で行えます。
予約した日時に、遺言者本人が準備した書類を持って法務局に出頭します。
法務局では遺言書の形式的な要件(方式)を確認します。明らかな形式違反であれば指摘してくれますが、(公正証書遺言のチェックほどに)万全ではありません(後述)。
申請が受理されると遺言者は遺言書保管証を受け取ります。保管証は再発行されないため、大切に保管する必要があります。
4 保管後の手続き
(1)遺言書情報証明書の請求方法
遺言者は、保管された遺言書の記載内容を証明する遺言書情報証明書の交付を請求することができます。手数料は1通につき1,400円です。
(2)遺言書の閲覧方法
遺言者は、保管されている法務局で原本を閲覧できるほか、全国どこの法務局でも画像データを閲覧することができます。原本の閲覧は1回につき1,700円、モニターによる閲覧は1回につき1,400円の手数料がかかります。
(3)保管の撤回手続き
遺言者は保管した遺言書をいつでも撤回することができます。撤回には遺言者本人が遺言書の原本が保管されている法務局に出向く必要があり、事前の予約が必要です。撤回手続きに手数料はかかりません。
(4)遺言書の変更・更新方法→撤回と再度申請
保管した遺言書の内容を変更したい場合は、一度保管を撤回し、新たに作成した遺言書を再度保管申請する必要があります。また、遺言者の氏名、住所、本籍などに変更があった場合は、法務局に届け出る義務があります。変更の届け出は全国どこの法務局でも行え、郵送でも可能です。
5 遺言者死亡後の手続き
(1)相続人等からの遺言書情報証明書の請求
相続人は被相続人(遺言者)の遺言書が法務局に保管されているかを確認するため、全国どこの法務局からでも遺言書保管事実証明書の交付を請求できます。請求には、請求者の本人確認書類、被相続人の死亡の事実がわかる戸籍謄本等、請求者が相続人であることがわかる戸籍謄本等が必要です。手数料は1通につき800円です。
遺言書が保管されていることが確認できたら、相続人は遺言書情報証明書の交付を請求することができます。この証明書は相続手続きに利用できます。手数料は1通につき1,400円です。
(2)相続手続きにおける利用方法
遺言書情報証明書は、不動産登記、銀行口座の解約などの相続手続きに利用できます。法務局保管の自筆証書遺言は検認不要であるため、家庭裁判所での手続きを省略でき、相続手続きを迅速に進めることができます。
(3)検認不要のメリット
従来の自宅保管の自筆証書遺言では、相続開始後に家庭裁判所での検認手続きが必要でした。この手続きは相続人確定のための書類準備に時間を要し、申立て後も一定期間がかかりました。法務局保管制度を利用することで検認手続きが不要となり、相続手続きの迅速化が図れます。
6 法務局保管制度と他の遺言方式との比較
(1)公正証書遺言との比較→チェックレベル・秘密レベル
公正証書遺言は公証人が作成に関与するため法的有効性が高く、安全性も確保されますが、費用が高く、証人が必要となるというデメリットがあります。
公正証書遺言は証人2人が立ち会うので、完全に秘密にすることができません。自筆証書遺言(の保管制度利用)であれば誰にも知られずに済みます。
一方、法務局保管制度を利用した自筆証書遺言は、比較的低コストで作成でき、証人も不要ですが、内容面での法的チェックは(最低限のものしか)行われません。
(2)自宅保管の自筆証書遺言との比較→紛失・改ざんリスク
自宅で保管する自筆証書遺言は費用がかからないというメリットがある一方で、紛失や改ざんのリスク、検認手続きが必要という課題があります。法務局保管制度を利用することで、これらの課題を解決できますが、保管申請には手数料がかかり、法務局が定める形式要件に従う必要があります。
(3)どのような人に法務局保管制度がおすすめか
法務局保管制度は、たとえば、特に秘密を守りたい方には適しています。典型例は、内縁関係の方や、認知していない子に財産を残したい方が挙げられます。遺言の中で認知するということもできます。
7 よくある質問(Q&A形式)
(1)費用に関する質問
法務局での遺言書保管にはどのくらいの費用がかかりますか?
保管申請料が3,900円、遺言書情報証明書の交付に1,400円、保管事実証明書の交付に800円、遺言書の閲覧にも費用がかかります。詳細は法務局にお問い合わせください。
(2)手続きに関する疑問
法務局で遺言書の書き方を教えてもらえますか?
法務局では遺言書の内容に関する相談や作成のアドバイスは行っていません。内容に不安がある場合は、弁護士などの専門家にご相談ください。
本人が法務局に行けない場合、代理の者が申請できますか?
申請は必ず遺言者本人が行う必要があります。代理人による申請はできません。
(3)保管後のトラブル対応
保管後に住所が変わった場合、何か手続きが必要ですか?
住所などの変更があった場合は、法務局に届け出る必要があります。全国どこの法務局でも手続きでき、郵送でも可能です。
相続人は、遺言者の死亡後に原本を返却してもらえますか?
原本は返却されません。遺言書情報証明書の交付を受けたり、閲覧したりすることで内容を確認できます。
8 まとめ
自筆証書遺言の法務局保管制度は、遺言書の安全性向上、検認手続きの省略、全国からのアクセス可能性など、多くのメリットを有しています。一方で、遺言者本人が法務局に出向く必要がある点や、遺言書の法的有効性に関する責任は依然として遺言者本人にある点など、留意すべき点も存在します。
本記事では、自筆証書遺言の法務局保管制度の基本と手続について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言書作成や相続後の遺言の有効性に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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