【サイン・押印ができない人が契約書を作成する方法(拇印・代筆・添え手・公正証書)】
1 サイン・押印ができない人が契約書を作成する方法(拇印・代筆・添え手・公正証書)
高齢や病気、ケガのため、サイン(署名)や捺印ができない方は、契約書の調印ができないため困ります。契約書以外にも、委任状や預金払戻の用紙へのサインや押印でも同じです。
この点通常、法律上は「サイン」「押印」が必須ではありません。つまり口頭の約束でも理論的には契約(意思表示)として有効です。実際には記録(証拠)として確実な書面への調印がないと不安なので、口頭の約束(伝達)で済ますということはできないことが多いです。
本記事では、サインをできない人が契約書を作る方法について説明します。
2 署名・押印の法的効力→本人の意思であるという推定(前提)
ところで、常識的に署名と押印が重視されますが、実は法律上も「保護」があるのです。署名や押印がある書面(私文書)は本人の意思であるという推定が働くのです。
詳しくはこちら|私文書の成立の真正の推定(民事訴訟法228条4項・2段の推定)
3 サインが必要となる主な書面と状況
(1)不動産取引関連
不動産の売買契約や賃貸契約は重要な契約です。売主と買主、あるいは貸主と借主双方の署名(記名)、押印がないと取引として成り立たないのが通常です。なお、重要事項説明書には宅地建物取引業者からの物件情報の説明に対する受領確認の署名が求められます。
(2)金融取引関連
ローン契約書では借主の署名が必要で、借入金額や返済方法、金利などの条件に同意したことが証明されます。保証契約書には保証人の署名が求められ、融資申込書には申込者の署名が必要です。
(3)医療・介護関連
手術同意書や治療同意書には患者本人の署名が求められ、介護サービス利用契約書や施設入所契約書には利用者またはその家族の署名が必要です。
(4)相続関連
自筆証書遺言では本文や氏名の「自書」が必要です。「自書」とは、自分の手で記載することです。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の「自書」要件(裁判例と平成30年改正による変化)
また、遺産分割が成立したら、遺産分割協議書には通常、相続人全員が署名、押印します。少なくともその後の不動産登記の際には実印の押印がある遺産分割協議書が必要になります。
(5)日常生活・ビジネス関連
各種申請書類や委任状には申請者本人の署名が求められます。たとえば、預貯金の払戻の用紙(払戻請求書)には、署名と銀行届出印の押印が必要になります。
4 契約書作成のための主な代替方法
(1)拇印(指印)の利用
拇印(親指の指紋)やその他の指の指紋は、署名が困難な状況における本人確認の手段として用いられることがあります。民事訴訟法上の「押印」ではないので、前述の、本人の意思であるという推定は働きません。しかし、拇印は一人ひとり異なるため、実印以上に本人との結びつきが強いともいえます。
ただし、一般的に拇印の法的効力は実印と比較して低いと考えられており、重要な契約や公的書類においては、拇印では通用しないことが多いです。
たとえば、手形や小切手においては、指紋による鑑別が肉眼では不可能であるため、拇印による振り出しは無効(押印の代わりにはならない)とされています。
なお、自筆証書遺言の「押印」については、拇印でも可能です(押印の代わりになる)。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の押印の要件(民法968条)(解釈整理ノート)
(2)代筆・代印の利用
代筆(だいひつ)とは、本人の依頼に基づき、他者が本人の氏名を代わりに書き記すことです。本人が契約内容を十分に理解して、代わりの者が署名することに承諾している場合、代筆は法的に有効です(承諾なく署名したら偽造です)。押印についても同じように、本人が承諾していれば有効です。
この場合、署名や押印が本人の意思に基づくものである(無断で署名、押印したわけではない)ことを証明するために、本人の同意を録音・録画したり、立会人に参加してもらう(後日証人になる)などの措置を講じることが望ましいです。
(3)添え手による方法
添え手とは、本人が持つペンや印鑑に他者が手を添えて、署名や押印を補助する方法です。本人の意思に基づいて行われることが重要であり、本人の意思と身体的な動作を結びつける役割を果たします。
添え手による署名や押印は、本人の意思があれば法的に有効とされる可能性がありますが、後日の紛争を防ぐためには、第三者の立会いのもとで行うことが望ましいです。また、契約書に「添え手による署名」である旨を記載しておくと、より明確になります。
添え手を行う人は、原則として利害関係のない第三者が望ましいですが、家族や介護者が行うことも可能です。ただし、契約内容に関して利害関係がある場合は、公平性を欠くとみなされる可能性があるため注意が必要です。
(4)公証人による公正証書作成
より確実な方法として、公証人に契約書作成を依頼することもできます(公正証書)。公正証書とは、法務大臣が任命した公証人という法律の専門家が作成する公文書であり、高い法的効力と証明力を持つため、後日の紛争を強力に防止する効果が期待できます。
公証人は、契約当事者の意思を口頭で直接確認した上で、公証人が契約書(公正証書)への記載をします。本人(契約当事者)は署名・押印をしなくて済むのです。
寝たきりの方のように公証役場へ出向くことが困難な場合には、公証人が病院や自宅に出張することも可能です(別途費用がかかります)。
公正証書を作成する際には、原則として2名の証人の立ち会いが必要です。証人は、契約者が公証人に契約の内容を口述する際に立ち会い、その内容が正確であることを確認する役割を担います。証人を自分で手配できない場合には、公証役場に紹介を依頼することも可能です。
公正証書の作成には費用がかかり、作成する公正証書の種類や目的価額によって異なります。公証人に出張を依頼する場合には、通常の作成手数料に加えて、公証人の出張費用が加算されます。
詳しくはこちら|公正証書の効力・作成手続(情報整理ノート)
なお、遺言については、公証人が作成する公正証書遺言というものがあり、これも遺言者の署名や押印がなくても作成可能です。
詳しくはこちら|公正証書遺言の作成の手続と特徴(メリット・デメリット)
(5)本人の意思確認の記録
どの方法を選択するにしても、「本人の意思で契約した」ことを証明できる記録を残しておくことは、後々のトラブル防止に非常に有効です。特に、署名ができないという状況においては、本人の明確な意思表示があったことを客観的に示す証拠が重要となります。
本人の意思を確認し記録する方法としては、契約の内容について本人が理解し、同意する旨を明確に述べている会話を録音する方法や、契約締結時の状況を映像と音声で記録する方法があります。また、立会人が、契約締結時に本人の判断能力が正常であり、契約内容を理解し、自らの意思で同意したことを証言する書面を作成してもらうことも効果的です。
会話の録音や録画は、証拠として有用です。もちろん、録音・録画された内容が明確で、改ざんの疑いがないことが前提です。
本記事では、サインをできない人が契約書を作成する方法について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に契約書その他の書面の作成に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。