【共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)】
1 共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)
共有関係からスピーディーに離脱する手段として、共有持分の放棄があります。
本記事では、共有持分放棄の基本的事項を説明します。
2 不動産の共有持分放棄を用いる典型的状況
共有持分の放棄という制度があります。これを活用する典型例は、使われていない、または使われてはいるけれどマイナス(負担)の方が大きい状態の共有不動産です。
不動産の共有持分放棄を用いる典型的状況
あ 典型的状況
土地がA・B・Cの共有になっている
一部は貸地になっている
→少しは地代収入があるが
しかし、共有地の大部分は荒れ地である
結局、固定資産税と収入が同じくらいである
共有から抜けたい
い 共有持分放棄による解決
「共有持分を放棄する」という通知を出す
→放棄した者の共有持分は消える
その分、他の共有者の持分が増加する
3 共有持分放棄の意思表示と権利変動の法的性質
共有持分の放棄は、意思表示により効果を生じます。この意思表示の性質は相手方のない意思表示です。単独行為の1つです。遺言と同じカテゴリです。
そして、共有持分放棄によって他の共有者が持分を取得する性質は、原始取得です。
共有持分放棄の意思表示と権利変動の法的性質
あ 前提事情
不動産の共有者が共有持分の放棄を行った
→この共有持分は他の共有者に帰属する
※民法255条
い 意思表示の法的性質(概要)
共有持分権の放棄の意思表示について
→相手方のない意思表示(単独行為)である
ただし、他の共有者に対する意思表示も可能である
※最判昭和42年6月22日(後記※1)
う 権利の帰属の性質
他の共有者の持分の取得は、実体法上は原始取得である
※最高裁昭和44年3月27日
※川島武宣ほか編『新版注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p464
※林良平『物権法』有斐閣1951年p135
4 共有持分放棄の通知の性質と通謀虚偽表示の類推適用
一般論として、単独行為については、通謀虚偽表示は適用されません。しかし、相手方のある意思表示であれば、通謀虚偽表示は適用されます。
この点、共有持分放棄は、前述のように、単独行為として行うことも可能であり、かつ、相手方のある意思表示として行うこともできます。相手方のある意思表示として行った場合、つまり、他の共有者に共有持分放棄の意思表示をした場合には、通謀虚偽表示が類推適用されます。
このように、共有持分放棄を、他の共有者への意思表示として行った場合であっても、単独行為という性質が変わったわけではありません。単独行為としての性質は維持されているとして扱われます。
共有持分放棄の通知の性質と通謀虚偽表示の類推適用(※1)
あ 昭和42年最判(引用)
共有持分権の放棄は、本来、相手方を必要としない意思表示から成る単独行為であるが、しかし、その放棄によつて直接利益を受ける他の共有者に対する意思表示によつてもなすことができるものであり、この場合においてその放棄につき相手方である共有者と通謀して虚偽の意思表示がなされたときは、民法九四条を類推適用すべきものと解するのが相当である。
※最判昭和42年6月22日
い 「単独行為」と「他の共有者への意思表示」の関係
共有持分の放棄は、相手方を必要としない単独行為であるが、またその故に、共有持分の放棄は、具体的に種々な方法(相)であらわれ得るものであって、放棄によって直接に利益をうける者、たとえば民法二五五条によって持分の帰属する他の共有者に対し、放棄の意思表示をなす方法によっても亦、なされることを妨げるものではなく、ただこの場合にも、共有持分の放棄が相手方を必要としない単独行為であることに変りはないのであって、例えば放棄の意思表示を受領した他の共有者に偶々受領能力が欠けていても、放棄は有効に成立し得るであろうと思う(解除のような相手方を必要とする単独行為に転化するわけではない)。
※後藤静思稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 昭和42年度』法曹会1968年p359、360
5 共有持分放棄の意思表示(通知)の方法
(1)一般的見解
前述のように、共有持分放棄は相手方のない意思表示によって行います。実際には通常、他の共有者に対する通知(意思表示)によって行います。
一般的見解
あ 理論
共有持分放棄の相手方は不要である(前記※1)
他の共有者に知らせることについて
→法律上は不要である
い 実務
他の共有者への権利帰属が生じる
登記手続を行う必要性が生じる
→他の共有者に対して通知を行う
う 通知方法
「共有持分を放棄した」ことを記録・証拠として残す
→内容証明郵便で通知することが望ましい
(2)他の共有者の同意を要する発想
共有持分放棄は、意思表示だけが要件です(効果が発生します)。ただ、その結果、他の共有者は持分を押し付けられることになります。高価な不動産ならありがたいですが、実質的なマイナスの価値の不動産だと早い者勝ちという状況になります。
詳しくはこちら|共有持分放棄の実務の特徴や工夫(テクニック)
そこで、他の共有者の同意が必要とした方がよいのではないか、という発想はあります。ただ、条文にはないですし、実務で採用される見解というわけではありません。
他の共有者の同意を要する発想
あ 同意なしの放棄への疑問
Aが持分を放棄して255条の法定の効果によりBが単独所有になった場合、・・・
なお、Bの同意なしにAが放棄できるのかは疑問がある。
い 放棄の結果の不合理性(早い者勝ち)
Aが放棄してBの単独所有になると、Bは土地所有権を放棄できない。
負財については先に放棄した者勝ちになってしまう。
※平野裕之著『物権法 第2版』日本評論社2022年p357
6 相続に関する共有持分放棄の扱い(参考)
前述のように、共有持分放棄は単独行為であって、契約ではない、という性質です。つまり、譲渡や贈与には該当しないのです。
このことから、相続に関して特徴的な扱いとなります。
まず、被相続人が生前に共有持分放棄をして特定の相続人が持分を取得したとしても、贈与(契約)にあたらない以上は、特別受益としてカウントされない、と判断した裁判例があります。遺留分による制限を回避した財産の移転を認めた裁判例といえます。
次に、平成30年改正前の遺留分の制度では、受贈者や受遺者が遺留分減殺請求の対象物を第三者に譲渡した場合は、第三者を保護する規定がありました。これに関しても、共有持分放棄によって持分が移転しても、譲渡(契約)ではないので、第三者は保護されない、と判断した裁判例があります。
相続に関する共有持分放棄の扱い(参考)
あ 特別受益該当性→否定
共有持分放棄がなされた場合に他の共有者が持分を取得するのは、法律の規定による
所有権の弾力性という共有の本質による帰結である
単独行為の効果意思によるものではない
債権契約である贈与と同一とはいえない
特別受益に該当しない
詳しくはこちら|不動産の権利・利益や資金の供与(贈与)と特別受益(実例と判断)
い 遺留分減殺請求に関する扱い
遺留分減殺請求(平成30年改正前)の前の受贈者や受遺者からの譲渡に関する扱い(民法1040条(改正前))において
共有持分放棄は取引ではないので譲渡に含まれないと解釈される
詳しくはこちら|遺留分減殺前の受贈者・受遺者による譲渡(第三者保護・価額賠償)(平成30年改正前)
7 未成年者の共有持分放棄における利益相反
実際に共有持分放棄を活用する場面では、複数の共有者が同時に持分放棄をするということがよくあります。持分放棄をする共有者の中に未成年者が存在し、親権者が法定代理人として放棄の意思表示をするということもあります。ここで親権者も共有者であり、持分放棄をする場合、利益相反に該当するので特別代理人の選任が必要であると思われます。
未成年者の共有持分放棄における利益相反
※昭和37年2月7日法曹会決議新要録p345、法曹時報14巻2号p159
8 共有持分放棄と農地法の許可
農地の譲渡については農地法の許可が必要です。この点、共有持分放棄では農地法の許可は不要と解釈されています。原始取得という性質がストレートに反映された解釈ともいえます。
実務では登記申請において許可の証明書の添付は必要ないことになります。
共有持分放棄と農地法の許可
あ 農地法の許可の原則論
農地の所有権移転について
農業委員会の許可が必要である
効力要件とされている
※農地法3条
い 過去の裁判例
農地調整法(旧法)の許可に関して
持分放棄の登記において許可は不要である
※福岡高裁昭和29年10月29日
う 現行法の解釈
現在の農地法の許可について
『い』と同様に許可は不要である
※川島武宣ほか編『新版注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p464
※澤野順彦『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p245
9 関連テーマ
(1)遺産共有における共有持分放棄(概要)
ところで、相続が開始して複数の相続人の間で遺産分割が未了である場合は、遺産共有という状態になります。遺産共有である財産についても、共有持分放棄をすることができます。
その理論については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(遺産共有の共有持分の譲渡・放棄)の可否
遺産に含まれる共有持分の放棄をした後の遺産分割についても問題があります。このことは別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(譲渡)の後の遺産分割(不公平の是正)
(2)共有持分放棄による移転登記→固定資産税・土地工作物責任と直結(概要)
共有持分放棄により他の共有者が持分を取得するのは原始取得です。譲渡(承継取得)とは異なります。
しかし登記では移転登記、つまり譲渡(承継取得)と同じ方式が使われます。
そして、共有持分放棄の意思表示をすれば共有者ではなくなるのですが、移転登記をしないと、固定資産税や土地工作物責任は残ったままになります。そこで、登記引取請求を活用することになります。
詳しくはこちら|共有持分放棄の登記と固定資産税(台帳課税主義・登記引取請求)
(3)共有持分放棄に関する課税(概要)
共有持分放棄により実質的に持分が無償で移転します。そこで低額譲渡と同じような課税がなされます。
詳しくはこちら|低額譲渡・共有持分放棄による課税(みなし譲渡所得課税・贈与税)
(4)共有持分放棄への民法398条類推→肯定(概要)
前述のように、共有持分放棄により他の共有者は原始取得することになります。そこで、持分に設定してあった抵当権も消滅するはずです。しかし、これについては否定されています。
詳しくはこちら|第三者の権利の客体となっている権利の放棄(民法398条)
結果的に共有持分放棄の登記(持分移転登記)と抵当権の登記で先に登記した方が優先となる、とまとめられると思います。
(5)賃借権の準共有持分の放棄と譲渡承諾(概要)
借地権などの賃借権の準共有のケースで、準共有持分を放棄した場合、結果的に他の準共有者に持分が帰属することになり、実質的に賃借権譲渡と同じようなことになります。一般論として、準共有者間の譲渡については解除が否定される傾向にあります。仮に解除が可能であるとした場合には、借地権譲渡許可の非訟手続を利用することも解決策となります。
詳しくはこちら|特殊な事情による賃借権の移転と賃借権譲渡(共有・離婚・法人内部)
(6)区分所有建物における共有持分放棄(分離処分禁止との関係)
区分所有建物は、専有部分(建物)と敷地利用権が一体となっているので、分離処分が禁止されます。ここで、敷地利用権の内容は、所有権の共有持分権や賃借権の準共有持分です。そこで、専有部分や敷地利用権の(所有権や)共有持分の放棄ができるか、という問題があります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|区分所有建物における共有持分放棄(分離処分禁止との関係)
(7)持分買取権・持分放棄・共有物分割の比較(概要)
共有持分の放棄は、共有関係から離脱する方法として活用されます。これ以外にも、共有関係の解消につながる制度はあります。共有関係を解消(離脱)する主要な3つの手続の比較については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|持分買取権・持分放棄・共有物分割|3つの制度の比較
本記事では、共有持分の放棄の基本的事項を説明しました。
実際には、個別的な事情によって最適な解決手段・アクションは違ってきます。
実際に共有物(共有不動産)の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。