【遺産共有の法的性質(遺産共有と物権共有の比較)】
1 遺産共有の法的性質(遺産共有と物権共有の比較)
共有の種類を、相続によって生じた共有(遺産共有)と、それ以外の通常の共有(物権共有)の2つに分けることができます。遺産共有については特徴があるので、物権共有とは違う法的扱いとなる場面もあります。
本記事では、遺産共有の法的性質について、共有物分割と比較しつつ説明します。
2 遺産共有と物権共有の意味
最初に、遺産共有と物権共有(通常の共有)の意味をまとめておきます。要するに遺産共有とは、共同相続で、かつ、遺産分割が完了していない状態の共有、という意味です。
遺産共有と物権共有の意味
あ 遺産共有の意味
『ア・イ』の両方に該当する場合の共有を遺産共有という
ア 遺産=相続財産であるイ 遺産分割が完了していない
遺産分割協議、調停、審判も遺言による遺産分割方法の指定もなされていない
い 物権共有(通常の共有)の意味
一般的な共有の状態を物権共有という
=遺産共有に該当しないもの
3 遺産共有の特徴と法的性質の発想
遺産共有は、最終的に遺産分割が完了して、確定的な権利関係が定まるという運命にあります。そこで、遺産共有は、遺産分割の完了までの暫定的な姿(共有)であるという特徴があります。この特徴から、物権共有とは違って、共有者の権利が制限されるという発想もあります。
遺産共有の特徴と法的性質の発想
あ 遺産分割による権利の確定(前提)
遺産共有は、法定相続分に応じた共有の状態である
最終的には、遺産分割により相続開始時に遡って権利関係が確定的に定まる
※民法909条
い 遺産共有の特徴
遺産共有は、暫定的な共有の状態といえる
う 物権共有と別に扱う発想(見解)
物権共有とは違い、権利行使が制限されるのではないか、という発想が浮かぶ
例=合有の性質を持つという見解
4 遺産共有の法的性質(共有説)
前述のように、遺産共有は物権共有とは違う性質を持つ、という発想もありますが、最高裁は、同じ性質である、と明確に判断しています。
遺産共有の法的性質(共有説)
あ 共有説を示す代表的な判例
相続財産の共有は、民法改正の前後を通じ、民法249条以下に規定する『共有』とその性質を異にするものではない
※最判昭和30年5月31日
(注・民法改正とは昭和22年改正のことである)
い 共有説を示す大審院判例
ア 大審院判例
相続財産中の金銭債権について当然分割される
→共有説をとっているといえる
※大判大正9年12月22日
イ 注意
金銭債権のうち預金債権については平成28年判例により解釈が変更された
詳しくはこちら|平成28年判例が預貯金を遺産分割の対象にした判例変更の理由
ただし、遺産共有の性質が物権共有と同じであるという解釈(共有説)が変更されたわけではない
5 遺産確認の訴えの適法性(参考)
少し話題は変わりますが、遺産共有(遺産分割未了)の状態の時に、遺産分割の前処理として、遺産確認の訴えという手段が判例上認められていて、実際にこの手続を用いることがよくあります。特定の財産が遺産に含まれる、ということを裁判所に判断してもらう手段です。(共有)持分が相続人に帰属することの確認では不都合があるので遺産であることを確認する、という内容です。
見方によっては、遺産共有を、特別扱い(物権共有とは別モノとして扱っている)しているので、前述の昭和30年最判と矛盾するのではないか、という発想もありますが、昭和61年最判は矛盾していない、という判断をしています。
遺産確認の訴えの適法性(参考)
あ 持分確認→遺産分割が覆るリスクあり+原告の意図にそぐわない
本件のように、共同相続人間において、共同相続人の範囲及び各法定相続分の割合については実質的な争いがなく、ある財産が被相続人の遺産に属するか否かについて争いのある場合、当該財産が被相続人の遺産に属することの確定を求めて当該財産につき自己の法定相続分に応じた共有持分を有することの確認を求める訴えを提起することは、もとより許されるものであり、通常はこれによつて原告の目的は達しうるところであるが、右訴えにおける原告勝訴の確定判決は、原告が当該財産につき右共有持分を有することを既判力をもつて確定するにとどまり、その取得原因が被相続人からの相続であることまで確定するものでないことはいうまでもなく、右確定判決に従つて当該財産を遺産分割の対象としてされた遺産分割の審判が確定しても、審判における遺産帰属性の判断は既判力を有しない結果(最高裁昭和39年(ク)第114号同41年3月2日大法廷決定・民集20巻3号360頁参照)、のちの民事訴訟における裁判により当該財産の遺産帰属性が否定され、ひいては右審判も効力を失うこととなる余地があり、それでは、遺産分割の前提問題として遺産に属するか否かの争いに決着をつけようとした原告の意図に必ずしもそぐわないこととなる一方、
い 遺産確認→原告の意思にかなった紛争解決が実現する→適法
争いのある財産の遺産帰属性さえ確定されれば、遺産分割の手続が進められ、当該財産についても改めてその帰属が決められることになるのであるから、当該財産について各共同相続人が有する共有持分の割合を確定するこことは、さほど意味があるものとは考えられないところである。
これに対し、遺産確認の訴えは、右のような共有持分の割合は問題にせず、端的に、当該財産が現に被相続人の遺産に属すること、換言すれば、当該財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係にあることの確認を求める訴えであつて、その原告勝訴の確定判決は、当該財産が遺産分割の対象たる財産であることを既判力をもつて確定し、したがつて、これに続く遺産分割審判の手続において及びその審判の確定後に当該財産の遺産帰属性を争うことを許さず、もつて、原告の前記意思によりかなつた紛争の解決を図ることができるところであるから、かかる訴えは適法というべきである。
う 昭和30年最判との関係→矛盾しない
もとより、共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は、基本的には民法249条以下に規定する共有と性質を異にするものではないが(最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁参照)、共同所有の関係を解消するためにとるべき裁判手続は、前者では遺産分割審判であり、後者では共有物分割訴訟であつて(最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日第二小法廷判決・民集29巻10号1525頁参照)、それによる所有権取得の効力も相違するというように制度上の差異があることは否定しえず、その差異から生じる必要性のために遺産確認の訴えを認めることは、分割前の遺産の共有が民法249条以下に規定する共有と基本的に共同所有の性質を同じくすることと矛盾するものではない。
※最判昭和61年3月13日
6 遺産共有に共有の規定を適用する際の持分割合(概要)
前述のように、遺産共有も性質は物権共有と同じです。そこで、民法の共有に関する規定が、適用されます。ここで、共有持分割合はどうするか、という問題が出てきます。
これについて、以前は、法定相続分、指定相続分、具体的相続分という3種類の「割合」のどれを使うか、ということについて統一的な見解がありませんでした。しかし、令和3年改正で、指定相続分があればこれを使い、なければ法定相続分を使う、ということが条文として新設されました。
詳しくはこちら|遺産共有に共有の規定を適用する際の持分割合(令和3年改正民法898条2項)
7 遺産共有の分割手続の種類
前述のように、遺産共有は物権共有と同じ法的性質を有するのですが、扱いがまったく同じというわけではありません。違いが出てくるのは、分割手続(だけ)です。遺産共有について、物権共有と同じように共有物分割の手続をしようと思っても、これは否定されています。遺産分割だけしか行うことはできません。このような理論は、従前の判例で確立し、令和3年改正で民法の条文となりました。
遺産共有の分割手続の種類
あ 昭和62年最判
ア 共有物分割の可否→否定
遺産相続により相続人の共有となつた財産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家事審判法(注・現在は家事事件手続法)の定めるところに従い、家庭裁判所が審判によつてこれを定めるべきものであり、通常裁判所が判決手続で判定すべきものではないと解するのが相当である。
イ 共有物分割訴訟における具体的処理→不適法却下
したがつて、これと同趣旨の見解のもとに、上告人の本件共有物分割請求の訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、所論引用の判例に抵触するものではない。
※最判昭和62年9月4日
い 昭和62年最判の要点
遺産共有の解消のために共有物分割を行うことはできない
遺産分割だけしか行うことはできない
う 平成20年東京地判(参考・概要)
(第3−1(1)ア)
共同相続人が相続財産を共有する場合に、その分割については、遺産分割手続によるべきであって、共有物分割請求が許されないと解される前提には、①相続分は、法律上その割合が明確に規定されており、共同相続人の範囲に争いのない限り、相続分の割合は一義的に明らかであること、②相続財産の範囲に争いがある場合には、遺産確認の訴えによって、相続財産の範囲を既判力をもって確定することができること(相続財産の範囲の確定を通じて、遺産を構成する個々の財産につき、相続人が各相続分に応じた共有持分権を取得したことを各相続人間の共通の前提とすることができ、これによって遺産の具体的な配分の手続を進めることができる。)を指摘することができる。このような前提があるからこそ、相続財産の共有の場合に、遺産分割審判のみを認め、共有物分割請求を認めなくても、権利義務関係の確定の見地から、格別、不都合を生じることはない。
※東京地判平成20年11月18日(中間判決)
詳しくはこちら|夫婦間の共有物分割請求の可否(財産分与との関係)を判断した裁判例
え 令和3年改正による条文化
共有物の全部又はその持分が相続財産に属する場合において、共同相続人間で当該共有物の全部又はその持分について遺産の分割をすべきときは、当該共有物又はその持分について前条の規定による分割をすることができない。
※民法258条の2第1項
詳しくはこちら|遺産共有と物権共有の混在における共有物分割(令和3年改正民法258条の2)
8 物権共有を例外的に遺産分割の対象とする扱い(概要)
ところで、当然ですが、物権共有を解消する手続は共有物分割です。物権共有(となっている財産)は相続財産(遺産)ではないので、遺産分割の対象となるという発想自体が普通はありません。
しかし、物権共有となっている財産とは別の財産について遺産分割の手続が行われているような場合には、これとは別に共有物分割訴訟を行うよりは、遺産分割の中に物権共有の解消も含めた方が便利だ、という発想も出てきます。そこで、当事者全員が同意した場合にはこのような扱いを認める余地があると判断した裁判例もあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)の後の共有の性質と分割手続
9 物権共有と遺産共有が混在する場合の分割手続(概要)
前述のように、物権共有と遺産共有とで、分割手続だけが異なります。ところで、物権共有と遺産共有が混ざっているケースもあります。この場合には、2段階で分割(共有を解消)するということになります。結論としては同じことになりますが、2パターンについてそれぞれ別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産共有と物権共有の混在(遺産譲渡タイプ)における分割手続
詳しくはこちら|遺産共有と物権共有の混在(持分相続タイプ)における分割手続
10 分割手続の種類のルールのまとめ
以上のように、分割手続には2種類があり、状況によって使える手続が異なります。どちらの分割手続を使えるのか、というルールは複雑ですが、基本ルールは次のようにまとめられます。
まず根源的・根本的なルールは、「共有物分割では遺産共有の解消はできない」ということです。
ここから派生するルールは3つに整理できます。
まず、単純なケースとして、特定の財産の全体が遺産共有である場合に、その解消は共有物分割ではなく遺産分割に限る、ということです(前述)。
次に、遺産共有と物権共有が混在している場合のルール2つがあります。
1つは、遺産共有グループと物権共有グループに分けて、この2グループの間の共有の解消は共有物分割である、というルールです。
2つ目は、(2グループのうちの)遺産共有グループの中の(遺産)共有の解消は遺産分割である、というルールです。
分割手続の種類のルールのまとめ
あ 根源的ルール(大前提)
共有物分割では遺産共有を解消することはできない(遺産分割でしか解消できない)
い 分割手続の種類の基本ルール
ア 遺産共有の分割の規律a
(a)遺産共有関係の解消は、共有物分割手続ではなく、遺産分割手続によらなければならない(改正民法258条の2第1項)。
つまり、遺産共有関係の解消は、終局的には、家庭裁判所の審判によってされる。
イ 遺産共有の分割の規律b-1
また、(b)共有物について遺産共有持分と通常共有持分とが併存しているときは、次のように扱われる。
(b-1)遺産共有持分と通常共有持分との間の共有関係の解消は、共有物分割手続によらなければならず(同項反対解釈))、また、
ウ 遺産共有の分割の規律b-2
(b-2)遺産共有関係の解消は、遺産分割手続によらなければならない(同項)。
言い換えれば、共有物分割手続によっては、遺産共有関係を解消することができない。
※水津太郎稿『新しい相続法』/『ジュリスト1562号』有斐閣2021年9月p51
11 2種類の分割手続(遺産分割と共有物分割)の違い(概要)
以上のように、遺産共有と物権共有は、共有を解消する手続(分割手続の種類)だけが異なるといえます。では、分割手続の種類が違うと、実際にどのような違いが出てくるのでしょうか。形式的に、裁判所や手数料が違うのは当然として、分割方法(分割類型の種類や判断基準)も違いがあります。このようなことについては、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|2つの分割手続(遺産分割と共有物分割)の違い
12 遺産共有における共有持分の放棄・譲渡(概要)
前記のように、遺産共有は物権共有と同じ性質であり、その上で、分割の手続が異なります。逆に、分割以外は同じ扱いです。
そこで、遺産共有の状態でも、遺産の中の特定の財産の共有持分を放棄や譲渡することは可能です。相続分の放棄や譲渡とは違いますので注意を要します。
遺産共有における共有持分の放棄・譲渡(概要)
あ 共有持分放棄の可否
相続財産の中の特定の財産の共有持分を放棄することができる
※谷口知平ほか編『新版注釈民法(27)相続(2)補訂版』有斐閣2013年p287
※松原正明著『全訂 判例先例 相続法Ⅱ』日本加除出版2006年p203
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(遺産共有の共有持分の譲渡・放棄)の可否
い 共有持分の譲渡の可否
遺産共有の状態で、相続人が特定の財産の共有持分を譲渡することは可能である
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(遺産共有の共有持分の譲渡・放棄)の可否
う 相続分の放棄・譲渡(参考)
共有持分放棄(あ)・共有持分譲渡(い)は、物権的な行為である
相続分の放棄・譲渡とは異なる
詳しくはこちら|相続分の放棄の全体像(相続放棄との違い・法的性質・効果・家裁の手続排除決定)
詳しくはこちら|相続分譲渡|遺産分割に参加する立場ごとバトンタッチできる
13 遺産共有から物権共有への変化の典型例
前述のように、遺産共有は、遺産分割が完了するまでの暫定的な姿(共有)です。遺産分割が完了した後は、(共有の状態で完了した場合は)ようやく物権共有(通常の共有)に変化します。
遺産共有から物権共有への変化の典型例
あ 基本
次の『い・う』の状況がある場合
→遺産が物権共有に変わる
い 遺産分割
共有にするという内容の遺産分割が成立した
=共有分割という類型である
→その後の状態は物権共有となる
う 遺言による分割方法の指定
遺言によって特定の者の共有にすると指定されている場合
→この共有は最終的・確定的な共有の状態となる(遺言による遺産分割である)
→物権共有である
え 相続開始後10年の経過(令和3年改正)
相続開始から10年後には、共有物分割をすることができるようになる(後記※1)
14 遺言の内容と共有の状態の判別
前述のように、遺言によって遺産共有から物権共有に変化することがあります。では遺言によって財産を(共有の状態で)承継したという場合はすべて物権共有かというとそうとは限りません。遺言によって共有となったケースでも、内容が相続分の指定や割合的包括遺贈である場合には、遺産共有のままです。つまりその後、遺産分割をすることが予定されている状態なのです。遺言の内容と共有の性質の関係を整理しておきます。
遺言の内容と共有の状態の判別
遺言内容の種類 | 共有状態の分類 |
分割方法の指定(後記※4) | 物権共有 |
相続分の指定 | 遺産共有 |
割合的包括遺贈 | 遺産共有(後記※5) |
(遺言なし) | 遺産共有 |
(※4)「相続をさせる」遺言も遺産分割方法の指定に含まれる
詳しくはこちら|『相続させる』遺言(特定財産承継遺言)の法的性質や遺産の譲渡との優劣
(※5)民法990条
15 相続から10年後の共有物分割(混在ケース・令和3年改正)
実際には、遺産分割がされない限り、いつまでも遺産共有の状態が維持される、つまり遺産分割をしない限り共有物分割はできない状態ということになります。それだと不都合なので、令和3年改正で、相続から10年後には共有物分割ができる、という規定が新設されました。ただし、遺産共有持分と物権共有持分が混在していることが前提(要件)です。
相続から10年後の共有物分割(混在ケース・令和3年改正)(※1)
あ 令和3年改正後の条文
共有物の持分が相続財産に属する場合において、相続開始の時から十年を経過したときは、前項の規定にかかわらず、相続財産に属する共有物の持分について前条の規定による分割をすることができる。
※民法258条の2第2項本文
い 条文の補足
「前条の規定による分割」とは(裁判による)共有物分割のことである
詳しくはこちら|令和3年改正民法258条〜264条(共有物分割・持分取得・譲渡)の新旧条文と要点
う 要点
遺産共有持分と物権共有持分が混在している場合に限り、相続開始から10年後には遺産共有から物権共有に変化したのと同じ扱いにする、という趣旨である
本記事では、遺産共有の法的性質を物権共有と比較しつつ説明しました。
実際の共有に関する問題を解決する際に、このような基本的な理論を活用する場面があります。
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