【夫婦間の共有物分割請求の可否の全体像(財産分与との関係・権利濫用)】
1 夫婦間の共有物分割請求の可否の全体像(財産分与との関係・権利濫用)
夫婦間の財産の清算は、通常、財産分与として行います。この点、夫婦間の共有となっている財産について、財産分与ではなく共有物分割請求をすることもできるかという問題があります。
一律に共有物分割が否定されるわけではありませんが、事情によっては権利の濫用として否定されることがあります。
本記事では、このような、夫婦間の共有物分割が否定される解釈の問題を全体的に説明します。
2 夫婦間の共有物分割の可否(基本)
自宅が夫婦の共有となっていることは多いです。離婚する場合、財産分与として清算することになります。
一方共有である以上は共有物分割の対象となります。
夫婦間の共有物分割の可否(基本)
あ 夫婦間の共有物分割
ア 裁判例(概要)
共有者が夫婦である場合
→共有物分割請求は可能である
財産分与請求が可能な場合でも同様である
※東京地裁平成20年11月18日(中間判決)
詳しくはこちら|夫婦間の共有物分割請求の可否(財産分与との関係)を判断した裁判例
イ 学説
(清算的財産分与の対象について)
共有物については、共有物分割の手続によってもよいと思われるが、清算的財産分与の中に含ませて、清算しても差し支えないし、実務的にはそのような処理も経験するところである。
※沼田幸雄稿『財産分与の対象と基準』/野田愛子ほか編『新家族法実務大系 第1巻』新日本法規出版2008年p487、488
い 分割請求の権利濫用(例外)
個別的事情に特殊な事情がある場合
→共有物分割請求が否定されることもある(後記※1)
う 遺産共有の分割手続(比較)
相続人間の遺産共有の場合、共有物分割請求はできない
遺産分割によるべきである
※最高裁昭和62年9月4日
詳しくはこちら|遺産共有の法的性質(遺産共有と物権共有の比較)
3 登記名義と共有物分割の関係(概要)
ところで、夫婦間では、実際(実体法上)の権利関係と登記を一致させていないということもたまにあります。例えば、夫婦でマイホームの購入資金を出し合ったので共有という意識であるけれども登記上は夫の単独所有にするようなケースです。実質的には共有といえるかもしれませんが、共有物分割の手続は認められません。
詳しくはこちら|単独所有登記だが実質的な(元)夫婦共有の不動産の共有物分割
4 財産分与と共有物分割の比較
財産分与と共有物分割のどちらも可能という状態が生じることがあります(前記)。この2つの手続の違いをまとめます。
財産分与と共有物分割の比較
あ 財産分与
夫婦生活中の他の財産・経緯を考慮する
夫婦共有財産のすべてを一体として清算対象とする
※民法768条
利用権の設定という柔軟な方法をとることができる
詳しくはこちら|財産分与として利用権を設定する方法(法的問題点)
詳しくはこちら|財産分与として不動産の利用権を設定した裁判例(集約)
い 共有物分割
対象の財産(共有物)だけを分割対象とする
※民法258条
利用権(用益権)の設定という方法をとることは否定方向である
詳しくはこちら|共有物分割における用益権設定による分割(現物分割の一種)
広い意味で「共有」を解消する3つの手続である、共有物分割・遺産分割・清算的財産分与の比較については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|2つの分割手続(遺産分割と共有物分割)の違い
5 財産分与における総合的清算の具体例
財産分与は総合的な清算という特徴があります。
共有物分割とは違う性格です(前記)。
具体例を用いてこれを説明します。
財産分与における総合的清算の具体例
あ 夫婦共有の自宅不動産
妻が夫の共有持分をもらう
妻は本来、夫持分の対価を夫に支払うべき
い 夫名義の預貯金
夫名義の預貯金は夫に帰属したままとする
妻は本来、夫名義の預貯金の半額を請求できる
う 総合的清算
『ア』と『イ』を実質的な相殺とする
→実際の金銭のやりとりは行わない
え 共有物分割の全面的価格賠償における賠償金支払(参考)
共有物分割の全面的価格賠償として妻が夫持分を入手する場合
→適正な対価(賠償金)を支払う
具体的には金銭の支払の給付を命じる(債務名義化)することが行われている
詳しくはこちら|全面的価格賠償における対価取得者保護の履行確保措置(金銭給付・担保設定)
他の財産処理との『相殺』のような方法はない
6 離婚よりも共有物分割を先行する状況の例
離婚・財産分与と共有物分割は別の手続です。通常は夫婦間で熾烈な対立が生じた場合は離婚する方向性となります。離婚とともに、財産分与として財産の清算をすることになります。
しかし、離婚とは別に共有物分割を行うケースもあります。このような事情の典型例をまとめます。
離婚よりも共有物分割を先行する状況の例
あ 前提事情
ア 相手方が離婚を拒絶しているイ 当方が有責である
離婚訴訟を提起しても棄却のリスクがある
詳しくはこちら|3大離婚原因の全体と『性格の不一致』の誤解
ウ 共有不動産を夫婦いずれも使用していないエ 住宅ローンの負担がある
ローン返済を回避することで負担を回避できる
→共有不動産を売却するメリットがある
オ 相手方が共有不動産の売却を拒絶している
い 共有物分割先行
離婚の成立までにはある程度の期間を要する
一方、共有不動産の売却をすぐに実現したい
共有物分割請求により早期の売却が実現できる
7 共有物分割訴訟における権利濫用(前提・概要)
夫婦間に限らず、特殊事情がある場合、共有物分割請求が権利の濫用として否定される、つまり請求棄却となることが一般的にあります。
詳しくはこちら|共有関係からの離脱・解消|方法・典型的経緯
しかし権利の濫用や信義則違反として分割を否定されることもあります。
まずは基本的事項をまとめます。
共有物分割訴訟における権利濫用(前提・概要)(※1)
あ 共有物分割訴訟の特殊性
主張・立証の程度が不十分である場合でも
→請求棄却はできない
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟・処分権主義・弁論主義)
い 権利濫用や信義則違反による請求棄却
個別的事情の特殊性により、共有物分割請求権の行使が権利濫用や信義則違反として認められないこともある
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における権利濫用・信義則違反・訴えの利益なし(基本・理論)
8 夫婦間の共有物分割の実例(概要)
夫婦間の共有物分割請求は、原則として可能ですが、権利の濫用などの理由で否定される例外も比較的多いです。権利の濫用にあたるかどうかは個別的な事情で決まります。どのような事例でどのように判断されたのか、ということを、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|夫婦間の共有物分割の実例(権利濫用の判断など)
9 財産分与における住宅ローンに配慮した処理の例(参考)
本来、夫婦の財産の清算は離婚の際に、財産分与として行うものであり、離婚よりも先に(たとえば住居だけを切り出して)共有物分割として清算することは権利の濫用として否定されることがあります。
この点、離婚が成立しても、まだ清算できないという状況になることもあります。それは、財産分与の請求について、財産の内容の複雑さから、裁判所が財産分与を認めなかったという裁判例です。つまり解決を離婚成立よりもさらに後回しにしたという趣旨のものです。
詳しくはこちら|財産が複雑であるため財産分与請求を棄却した裁判例(消長見判決)
10 離婚後の共有物分割(参考)
ところで、離婚後に、元夫婦の共有となっている不動産について共有物分割をする、というケースもあります。この場合は通常、財産分与との競合はないので権利の濫用の問題は起きにくいですが、たとえば離婚の際の合意との抵触により、権利の濫用が問題となることもあります。離婚後の共有物分割については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|離婚後の元夫婦間の共有物分割(経緯・実例)
11 潜在的な夫婦共有財産の分割請求(参考)
以上で説明した共有物分割は、夫婦の間で物権的に共有となっている財産が前提でした。
これに対して、夫婦の間での潜在的な共有という状態もあります。
要するに登記では夫か妻の単独所有となっているというものです。
この場合は共有物分割請求自体ができません。
しかしこれとは別の財産管理者変更とともに行う分割請求はすることができます。
詳しくはこちら|夫婦財産契約で決めた財産の管理者変更と夫婦共有財産の分割請求
本記事では、夫婦間で共有となっている財産にの共有物分割請求の法的問題を全体的に説明しました。
前記のように、例外的な扱いがいろいろとあります。
実際に夫婦間の共有財産(不動産)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。