【遺産分割と遺留分に関する課税の問題の全体像】
1 遺産分割と遺留分に関する課税(まとめ)
遺産分割や遺留分減殺請求がなされた場合、相続人間での解決とは別に、課税の面での問題があります。
本記事では、遺産分割や遺留分に関する課税について全体的に説明します。
最初に課税の問題の種類を整理します。
<遺産分割と遺留分に関する課税(まとめ)>
あ 暫定的な申告をした後の分割完了
遺言はない
→暫定的な法定相続による相続税申告をした
→遺産分割が完了した
→遺産分割後の状況を前提に相続税を課税する
い 遺産分割のやり直し
遺産分割が一応成立した
→改めて遺産分割をし直した
→最初の遺産分割の有効性によって課税内容が異なる
2重の課税が生じることもある
う 遺言と異なる内容の遺産分割
遺言の内容によって課税内容が異なる
2重の課税が生じることもある
え 遺留分減殺請求
いったん遺言による遺産の承継が生じた
→遺留分減殺請求がなされた
→遺留分減殺後の状況を前提に相続税を課税する
以下、それぞれの内容について、順に簡単に説明します。
2 法定相続分と異なる遺産分割→ノーマル相続税
(1)「法律家のための税法」
まず、遺産分割で相続人全員が合意した内容が法定相続分どおりではないケースを想定します。経済面に着目すると、法定相続分(に相当する財産)の譲渡ということになります。しかし、民法上遺産分割は遡及効があります(民法909条)。相続税以外に財産の譲渡としての課税がなされることはありません。
法定相続分と異なる遺産分割→ノーマル相続税
法定相続分を無視した遺産分割でも相続分の譲渡などという構成がとられることはない。
※東京弁護士会編著『法律家のための税法 民事編 新訂第8版』第一法規2022年p441
(2)共有持分割合と異なる共有物分割の課税(参考)
この点、共有物分割の場合の割合の基準は共有持分割合です。では、共有物分割の内容(結果)が共有持分割合と不均衡である場合に課税はどうなるでしょうか。この場合は財産の譲渡として課税されることもあります。一定の許容範囲はありますが、遺産分割のように制限なし、ということにはなっていません。共有物分割には遡及効がないという点で遺産分割と違います。このことも関係しているといえます。
詳しくはこちら|現物分割(共有物分割)における課税(共有物分割の通達・交換の特例)
3 未分割での暫定的な相続税申告
現実に、遺産分割協議をしている途中で相続税申告期限を迎えてしまう、ということは多いです。
申告をしないと、無申告加算税などのペナルティーを負います。
そこで、暫定的に、法定相続を前提とした内容で相続税申告をしておく方法があります。
もちろん、その後、遺産分割協議がまとまった時点で、確定した内容を課税上も反映させることになります。
暫定的な相続税申告の後の遺産分割は新たな権利の移転としては扱われません。
『当初からの相続』として修正申告や更正の請求を行うことになります。
最初の相続税申告は遺産分割が終わるまでの間の暫定的なものとして扱われるのです。
ただし、暫定的な相続税申告の際、形式的に遺産分割協議書を作成し、調印していたりすると大変なことになります。その後の(本来の)遺産分割が『分割のやり直し』として、税務上新たな取引として扱われるリスクが高くなります。
暫定的な相続税申告の時点では、相続人全員で今後遺産分割を行う(行っている)ことを書面として調印しておくとベターです。
詳しくはこちら|遺産分割未了時点で暫定的な相続税申告をする方法と事後的処理
4 遺産分割をやり直した場合の課税関係
いろいろな事情によって遺産分割をやり直すというケースがあります。
いったん有効に遺産分割が完了している場合は、その後の遺産分割は税務上、新たな取引(権利の移転)として扱われます。相続税とは別に譲渡所得税や贈与税などが課税されてしまいます。
この場合、新たな取引としての課税については、評価額算定の基準時は相続時ではなく新たな合意(取引)の時となります。
不動産や株式については、時期によって評価額が大きく動くこともあるので、注意が必要です。
一方、民法上、最初の遺産分割協議が理論的に無効という場合は、これとは異なります。
新たな取引とは言えません。つまりいったん相続が完了したとはいえないことになります。
結局、初回の遺産分割という扱いになるべきです。
税務手続としては、相続税の修正申告・期限後申告・更正の請求を行うことになります。
詳しくはこちら|遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある
5 遺産分割の有効性と課税の関係
(1)課税の前提→私法(民法)上の遺産分割の有効性判断
最初の遺産分割が無効かどうかで、その後の遺産分割で2重の課税がされるかどうかが決まります(前記)。
典型例は最初の遺産分割の合意に勘違いがあったケースです。
一定の状況であれば、民法の錯誤として無効になります。
そして、民法(私法)で無効であれば、課税の判断でも無効として扱います(私法関係準拠主義)。
詳しくはこちら|私法の法律関係を前提として課税する(私法関係準拠主義)
(2)遺産分割が無効となる状況(概要)
実際に(民法上)、いったん成立した遺産分割が後から無効になることがあります。
詳しくはこちら|成立した遺産分割協議が無効となる状況(多くのパターン)
(3)高額相続税による遺産分割の取消(概要)
成立した遺産分割が無効となるパターンの中に、想定外に高額の相続税が課されることに気づいたというものもあります。民法上無効となれば、前述のように、税務上も無効、つまり課税はなかったことになります。というよりも、想定外の課税を避けるために錯誤によって遺産分割を無効とする、という構造になっているのです。
詳しくはこちら|遺産分割・相続放棄による高額相続税発生時の無効・取消(判例の適用基準)
遺産分割に限らず財産に関する合意・取引では、最初から税金のことも含めて考えて交渉や主張をしておくべきなのです。
6 再度の遺産分割の際に2重課税を避ける工夫
現実には、最初の遺産分割協議が無効であるのかどうかが曖昧であることが多いです。
つまり、遺産分割のやり直しで2重の課税となってしまうのかどうかを断言できない状況といえます。
このようなリスクを低減する方法として、記録上最初の遺産分割が無効であることを記録として残しておくという工夫が望ましいです。
相続人で作成する書面や裁判所が作る判決や和解調書や登記に関する資料など、記録として残せるものはいくつかあります。
詳しくはこちら|遺産分割のやり直しで2重の課税となることがある
7 遺言と異なる内容の遺産分割の課税関係
遺言があれば遺産分割は不要となります。
むしろ、遺産分割による相続人間の対立やトラブルを防止するために遺言が作られるのです。
しかし、相続人全員が、遺言とは異なる内容で遺産を承継することを希望するケースもあります。
この場合、いったん承継した財産を次のステップで移転したと考えると、2つの移転について課税されます。
しかし、実質的には全体として1つの相続ともいえます。
結論としては、遺言の内容によって課税における扱いが異なります。
詳しくはこちら|遺言と異なる内容の遺産分割(民法上の扱い・課税)
8 遺留分減殺請求の後の更正の請求や修正申告
遺言で不公平な遺産の承継となった場合には、遺留分減殺請求によって一定の範囲で修正することができます。
民法の規定の解釈では、純粋な相続とは別の権利移転となります。
しかし、実質的には相続内容の修正なので、相続の一環といえます。
そこで、課税としては相続として扱われます。
具体的な手続としては既に行った相続税申告の修正申告や更正の請求ができるということになります。
実際には、相続人の間で納税額の調整をすれば、これらの税務手続を避けることができます。
詳しくはこちら|遺留分減殺請求により税務手続が必要だが当事者間の調整で省略できる
本記事では、遺産分割と遺留分に関する課税について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺産分割や遺留分など、相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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