【肖像権|人物の撮影→公表は肖像権侵害になる|差止・損害賠償請求】
1 『肖像権』は判例によって認められている
2 肖像権侵害に該当する行為
3 肖像権侵害の具体例
4 肖像権侵害は受忍限度などによって判断される
5 撮影を黙示的に『承諾した』と認められる状況もある
6 肖像権の受忍限度の判断例|警察官の撮影
7 事故現場の撮影では,人物特定が困難であれば,肖像権侵害にはあたらない
8 事故現場の撮影では,人物特定が容易であれば,肖像権侵害が成立する傾向
9 肖像権侵害×法的責任|差止・損害賠償請求
10 肖像権侵害|投稿サイト運営者への削除要求
1 『肖像権』は判例によって認められている
人物が映った画像や動画を公表する場合に,問題となるのは,肖像権やプライバシー権の侵害です。
肖像権,プライバシー権は,著作権のように法律上の明文がありません。
この2つは似ている部分が多いです。
ここでは,『肖像権』について説明します。
『肖像権』は法律上に規定があるわけではありません。
しかし,判例上認められています。
<『肖像権』の内容と根拠>
あ 肖像権の内容
みだりに自己の容ぼう等を撮影され,これを公表されない人格的利益
い 肖像権の根拠
幸福追求権(憲法13条)や人格権の一環として解釈上認められる
私人間では『不法行為の損害賠償請求・差止請求』における違法性として憲法上の価値が考慮される(間接適用説)
う 肖像権の対象
有名人・著名人ではない一般人でも認められる
※最高裁平成17年11月10日
※東京地裁平成17年9月27日
憲法の人権の規定は,政府を規制するものです。
私人間には原則として適用されません。
しかし,私人間での損害賠償請求における違法性の判断の中で人権も考慮されます(間接適用説)。
そこで,憲法13条と肖像権が問題となった判例を元に説明します。
2 肖像権侵害に該当する行為
肖像権侵害に該当する行為について,別の裁判例が整理して示しています。
<肖像権侵害に該当する行為>
あ ありのまま記録すること=撮影
個人の容貌ないし姿態をありのまま記録する行為
=被写体を機械的に記録すること
例;写真撮影,ビデオ撮影など
い ありのままの記録の公表
『あ』の方法で記録された情報を公表する行為
※東京高裁平成15年7月31日;脱ゴーマニズム宣言事件
『ありのまま・機械的』な記録であるというところがポイントです。逆に手書きなどは,表現の自由として尊重されます。
その結果,イラスト・似顔絵は大きく違う扱いとなるのです。
詳しくはこちら|イラスト・似顔絵・似顔マスクと肖像権(ありのままと創作の境界問題)
3 肖像権侵害の具体例
肖像権侵害に該当する行為の典型的な具体例をまとめます。
<肖像権侵害の具体例>
あ インターネット上での画像公開
Bが無断でAの姿を撮影した
その写真(画像)を,ブログやSNSに掲載(公開)した
い 人物の撮影(自体)
TVなどで良く見る芸能人を直接見掛けたので撮影した
4 肖像権侵害は受忍限度などによって判断される
(1)肖像権侵害の大雑把な基準
肖像権侵害の判断は,判例上細かい基準があります(後述)。
最初に,分かりやすく要約したものを示します。
<肖像権侵害となる場合|大雑把な基準>
あ 撮影対象の人物がしっかりと特定できる
い 『風景(画像全体)がメイン』=『人物は想定外に写り込んだ』ではない
う SNSなど,拡散可能性が高いところへの投稿(公開)
肖像権は『撮影』自体で侵害される
拡散(公開)した場合
→公開目的だった
→違法性が高い,と判断されやすい
次に肖像権侵害の違法性について詳しい説明を続けます。
(2)肖像権侵害の『受忍限度』
一般的に,『人物の容姿が撮影されること』は肖像権侵害となります。
しかし実際には『例外』が多く認められます。
<最高裁による肖像権侵害の判断基準>
『被撮影者の人格的利益の侵害が,社会生活上受忍の限度を超える』→違法
<肖像権侵害の判断材料>
あ 被撮影者側
ア 被撮影者の社会的地位イ 撮影された被撮影者の活動内容ウ 撮影場所
い 撮影者側
ア 撮影目的イ 撮影態様ウ 撮影の必要性 ※最高裁平成17年11月10日
この中の『被撮影者の活動内容』『撮影目的』に関して,画像の編集がされている場合は,違法性に強く影響します。
例えば,恥ずかしく,心理的な負担を与える編集方法は特に重視されます(後述)。
(3)実質的にダメージがほとんどない→肖像権侵害とならない
また,『実質的には容姿の記録とは言えない』という場合には『肖像権侵害』としては認められません。
<人物特定不可→肖像権の侵害とならないケースの例>
・風景の一部として人物が写っているが人物が特定できない場合
・撮影後,画像を編集し,人物を特定できないようにする場合(グーグルストリートの例)
<ダメージが小さい→肖像権の侵害とならないケースの例>
公共の場所,単に歩いている(容姿)
→心理的負担を与えない
→肖像権侵害ではない
※東京地裁平成17年9月27日
<ダメージが小さい→肖像権の侵害を判断する事情の例>
あ 経済的な価値があるか
有名人→写真自体が書籍等の形で商品(=対価あり)となる→侵害を認める方向
素人→(↑の逆)→侵害を否定する方向
い プライベートの程度(=知られたくない程度)
公道・公共交通機関→元々大勢に見られている→侵害小さい→侵害を否定する方向
(公的ではない)建物内部→一般人に見られることは予定されていない→侵害大きい→侵害を認める方向
う 伝播(広まる)程度
撮影した人が,画像を友人数名にメールで送信した→少人数の範囲→侵害小さい→侵害を否定する方向
読者が多いブログで公開した→侵害大きい→侵害を認める方向
タレントなどの著名人は街中で撮影されそうになる場面も多いでしょう。
そんな場合は,その場で『撮っちゃダメだよ』と,堂々と主張すると良いでしょう。
肖像(権)自体が商品となっているタレントさんは,無断撮影を止めるべきでしょう。
(3)被撮影者の承諾→肖像権侵害とならない
肖像権は,被撮影者個人の権利です。
被撮影者が『処分可能』な権利です。
要するに,被撮影者が承諾すれば,撮影したことが肖像権侵害とはならない,ということです。
現実には,『承諾したかどうか』『承諾した範囲』について見解が食い違ってトラブルとなることもあります。
(4)肖像権侵害の判断の曖昧性
肖像権については,具体的にどのような場合に侵害したことになるのか,その判断が曖昧です。
最高裁判例での文言的な基準自体は明確なのですが,抽象的なので,その該当性判断に不確定性が残るのです。
撮影者側の表現の自由や公的な知る権利の尊重も必要なので,慎重なバランスが必要とされているのです(憲法21条)。
5 撮影を黙示的に『承諾した』と認められる状況もある
肖像権は本人が処分できる権利です。
許可する,禁止する,条件付きで許可する(販売するなど),のいずれも可能です。
なお,明確ではなくても,黙示的に承諾した,と解釈できる場合もあります。
<『承諾した』と解釈される状況の例>
・記者会見
・スポーツ競技(オリンピック等)
6 肖像権の受忍限度の判断例|警察官の撮影
<公務員の肖像権に関するよくある誤解>
あ 誤解
警察官は肖像権がないから撮影して良い(←誤解です)
い 正解
受忍限度の判断において,(撮影が)適法となる傾向がある
『警察官は肖像権がない』と言い切れるわけではありません。
あくまでも受忍限度の判断によって決まります。
具体的には,『警察官』という特殊性やその他の状況を次のように考えます。
<警察官の撮影に関する肖像権の判断例>
あ 社会的地位,被撮影者の活動内容
元々が『全体への奉仕者』である
税金を財源とした給与を対価とした業務(公務)である
→保護する必要性が低い
い 撮影場所
撮影した場所は公道→誰でもアクセスできる(通行し,見ることができる)場所
→保護する必要性が低い
う 撮影の目的
警察官の言動が不正だと考えて,多くの方に批判の目を持ってもらいたいという意図(例)
→保護する必要性が低い
え 撮影の態様
動画・リアルタイム→表情の詳細までが伝わる
→保護する必要性は高い
お 撮影の必要性
警察官への批判は『画像・動画なしでも可能』である
一方,『信ぴょう性』を伝えるには動画があると効果的
→保護する必要性はやや低い
↓
お 総合判断
警察官の肖像権は弱い
→肖像権侵害にはならない傾向
以上のような傾向となります。
逆に言えば,具体的事情によっては『肖像権侵害』が認めれられる可能性がある,ということです。
7 事故現場の撮影では,人物特定が困難であれば,肖像権侵害にはあたらない
<事故現場の撮影×肖像権侵害|典型事例>
大事故で多くのやじうまが集まっている現場に居合わせた
大ニュースだと思って,現場を撮影した動画を投稿した
とにかく,騒ぎになっていることを伝えようと思ったので,全体を撮影した
特定の人をズームで撮ったわけではない
人物の特定が不可能であれば,そもそも肖像権の侵害,には該当しません。
また,かろうじて人物の特定が可能であったとしても,軽微であれば,肖像権侵害には該当しないでしょう。
肖像権侵害の判断基準を用いると,次のようになります。
<肖像権侵害×判断基準>
あ 撮影場所
→公道かそれに準ずるパブリックスペース
(やじうまが集まるということはこう思われる)
→秘匿性が高い状況ではない
い 撮影目的
→多くの不特定の者に,事故の発生・現場の状況を伝える目的
→私利的ではなく,公的
う 撮影態様
→特定の人物の判別が困難になっている
→侵害の程度は僅か
え 必要性
→リアルタイムで知りたい人が多い
→動画撮影,即投稿,が望まれる
以上のように,いずれも肖像権侵害を否定する方向性になっています。
総合的に,侵害には該当しない,と判断される可能性が高いです。
8 事故現場の撮影では,人物特定が容易であれば,肖像権侵害が成立する傾向
<事故現場×肖像権|典型事例>
大事故の現場に居合わせた
大ニュースなので,多くの人に知らせたいと思い,撮影し,投稿した
怪我をした被害者がうずくまっていたので,ズームを使ったら,その人の顔も映っていた
容姿が写されただけで,即,肖像権・プライバシー権侵害となるわけではありません。
肖像権侵害の判断基準を用います。
<肖像権侵害の判断>
あ 撮影場所
公道かそれに準ずるパブリックスペース
例;やじうまが集まるような場所
→秘匿性が高い状況ではない
い 撮影目的
→多くの不特定の者に,事故の発生・現場の状況を伝える目的
→私利的ではなく,公的
う 撮影態様
→特定の人物の判別が可能
→侵害の程度は大きい(特に視聴者が多い場合)
え 必要性
→事件発生自体はリアルタイムで知りたい人が多い
→しかし,当事者が誰かまでを(動画により)知るメリットはない
→この動画撮影の必要性は低い
以上のように侵害される程度が大きいことから,総合的には肖像権侵害ありと判断される可能性が高いです。
現在の通信環境の発展も,判断に関わってきています。
<肖像権侵害|拡散の可能性>
実際に動画が,複数の動画投稿サイトを経由する(コピーされる)などにより非常に広く伝わる
9 肖像権侵害×法的責任|差止・損害賠償請求
肖像権侵害に対する法的な対応を説明します。
違法性の程度に応じて,次のいずれか,または,両方の請求が認められます。
<肖像権侵害×法的責任>
あ 差止請求
公表する行為を止める請求
例;Web上の画像削除・書籍の販売中止・回収
い 損害賠償請求
生じた精神的苦痛に対する慰謝料
なお,現実的には,即提訴することは通常ありません。
まずは掲載者を特定の上,直接,削除を要請することが考えられます。
詳しくはこちら|発信者情報開示請求|基本|オンラインの誹謗中傷・名誉毀損→加害者特定
10 肖像権侵害|投稿サイト運営者への削除要求
人物の姿が特定できる形で映像・動画として公表されている場合は,肖像権が侵害されています。
そのため,差止として,動画の削除を請求できることになります。
ここで,請求の相手方は,投稿者でもサイト運営者でも,どちらでも可能です。
一般的には,投稿者には写った人物の氏名,住所等の個人情報を知られたくない,ということが多いです。
そこでサイト運営者に対して削除を請求することが多いです。
当然,サイト運営者が動画を削除した場合,削除請求者を公表(表示)することはありません。
なお,著作権者が著作権侵害を理由に削除請求をした場合は,一般的に削除請求者=著作権者,を表示しています。
<削除請求者=著作権者の表示の例>
『**による著作権侵害の指摘により削除しました』
実際に,サイト運営者に対して動画の削除を請求する場合は,次のような情報を伝達すると良いでしょう。
なお,運営サイトによっては,申出のフォームが用意されている場合もあります。
<サイト運営者への動画削除請求の伝達事項>
あ (請求者の)氏名
い 住所
う 連絡先(メールアドレスなど)
え 肖像権(プライバシー侵害)の内容
例;容姿(氏名・住所)が含まれている
お 侵害の箇所
例;3分30秒の場面で路上前方に写っている,紺色のスーツを来た人物が私です
か 説明文|例
肖像権やプライバシー権の侵害ですので,削除を請求します
私の氏名,住所等の個人情報を投稿者に明かさないで下さい
サイト運営者に対して削除請求を行っても,削除されないケースもあります。
このような場合は,動画削除の仮処分の手続を用いる方法があります。