【受益者指定権・変更権を用いた信託の基本・具体例・課税】
1 受益者指定権・変更権を用いた信託
2 受益者指定権・変更権
3 受益者指定権・変更権を制限して設定する例
4 事業承継における受益者変更権の活用例
5 受益者指定権者の死亡時の扱い
6 受益者指定権の設定による裁量信託(有効性)の問題(概要)
7 受益権を失ったことの通知
8 受益者の変更による贈与税の課税(概要)
1 受益者指定権・変更権を用いた信託
受益者を指定や変更する者を信託契約(信託行為)で定めることができます。
こうすれば,リアルタイムな状況の判断によって,誰を受益者とするのかを決める(変更する)ことができます。
本記事では,受益者指定権・変更権の基本的な内容や具体的な活用方法と風以上の注意点を説明します。
2 受益者指定権・変更権
受益者を指定や変更できる者を定めておくことについては,信託法で規定されています。
指定や変更をできる者として誰を指定するのか,については特に限定はありません。
<受益者指定権・変更権>
あ 規定内容
信託行為において受益者を指定or変更する権利を定めることができる
※信託法89条1項
い 呼称
受益者指定権・受益者変更権と呼ぶ
※本記事では両方を含めて単に『受益者指定権』と呼ぶ
う 受益者指定権者(変更権者)
受益者を指定or変更する権利を有する者は
委託者・受託者・第三者のいずれでもよい
※信託法89条6項参照
3 受益者指定権・変更権を制限して設定する例
実際に受益者指定権や変更権を設定する際には,指定や変更できる範囲を制限しておくこともよくあります。
要するに,信託契約締結の時点で一定の受益者を指定しておいて,追加ができる,とか,一部の受益者だけ変更できる(外せる)というような条項です。
<受益者指定権・変更権を制限して設定する例>
あ 受益者の一部の指定を保留する
受益者の一部を信託行為で指定する
残りについて,後から指定する
い 受益者の一部の変更を可能にしておく
指定された受益者の一部についてのみ受益者変更権を定める
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p297
4 事業承継における受益者変更権の活用例
受益者変更権を活用する典型的な例としては事業承継の中で信託を利用するケースがあります。
将来の不確定な状況変化に柔軟に対応できるような設計が可能となるのです。
<事業承継における受益者変更権の活用例>
あ 前提事情
事業承継を目的とする信託において
信託契約締結後に承継者を変更する可能性がある
い 受益者変更権の活用
信託契約において受益者変更権を規定する
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p297
う 受益者変更権の設定の具体例
ア 会社経営者が,後継者候補に株主の権利(受益権)を与えておくイ 将来仮に事業を承継しない状況に変わった場合に,受益権を取り戻す
え 受益者を変更する状況の例
ア 事業を承継しない方向性に変わったイ (子が)親の面倒をみなくなった(関係が悪化した)ウ 連絡が取りにくくなった
お 株式の生前贈与との比較
株式を生前贈与した場合
贈与後に状況が変わっても,贈与者が株式を強制的に取り戻すことはできない
5 受益者指定権者の死亡時の扱い
信託契約で受益者指定権者を指定してあるケースで,指定権者が受益者を指定する前に亡くなってしまうということもあり得ます。
この場合には,原則として,受益者指定権を相続人が承継するということはありません。
ただし,このような場合に誰が受益者指定権を得るのか,ということを最初から信託契約に規定しておくことは可能です。
<受益者指定権者の死亡時の扱い>
あ 相続性の否定
原則として,受益者指定権は相続によって承継されない
信託行為に別段の定め(う)がある場合は,その定めが優先される
※信託法89条5項
い 趣旨
受益者指定権者として定めた場合
その者の判断能力を委託者が信頼した結果である
相続人に承継させることは委託者の意思に反する
う 別段の定めの具体例
ア 受益者指定権者が亡くなった場合の従順位者を指定する
例=A(受益権指定権者)が亡くなった時にはB(Aの妻)に指定権を承継させる
イ 相続性を肯定する
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p298
6 受益者指定権の設定による裁量信託(有効性)の問題(概要)
受益者指定権を活用すると信託の中での財産の行方を,広くコントロールすることができます。
この点,余りに自由過ぎる場合は,裁量信託として,信託が無効となってしまうこともあります。
信託の設計では,裁量信託についても十分に配慮しなくてはなりません。
詳しくはこちら|受託者の裁量が大きい裁量信託と信託目的の不備による有効性
7 受益権を失ったことの通知
受益者変更権者が受益者を変更すると,従前の受益者は受益権を失います。
そして,この際,受託者は,元の受益者に対して受益権を失ったことを通知する義務があります(信託法89条4項)。
当然と言えば当然です。
しかし,このような局面は多少なりとも対立的であるはずです。
通知義務の不履行などでクレームを受ける可能性があります。
そこで,信託契約において『受益権を失った者に対する通知は不要』という旨を規定しておくとベターでしょう。
もちろん,実際には何らかの手段で知らせることにはなるでしょう。
8 受益者の変更による贈与税の課税(概要)
受益者指定権者が受益者を指定や変更すると,受益権の所在が変わることになり,税務上,贈与として扱われます。
詳しくはこちら|信託の受益権や残余財産の取得による相続税や贈与税の課税
民法上は,オールマイティーに受益権の所在を変えられるという利便性に注目しがちです。
しかし,課税上は非常に高額な負担となることもありますので要注意です。
結局,そこまで気軽には使えません。
本当に緊急措置として,一旦渡した財産を引き上げる,という場合に限定して使うという方針が良いでしょう。
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