【後見人と本人の家族での対立;辞任,解任請求,任意後見契約で法定後見排除】
- 父が認知症となったので,後見人が選任されました。
しかし,財産の売却や担保設定で,後見人が動いてくれません。
どのように対応したら良いでしょうか。 - 後見人と本人の家族の見解が対立することはあります。
協議してもダメであれば,辞任を要請することもできます。
解任請求はハードルが高いです。
任意後見契約の締結ができれば,これにより「後見人を排除」する,という方法もあり得ます。
1 後見人と本人の家族で,意向が食い違うことがある
2 後見人が自主的に「辞任」することもできる
3 本人の家族から後見人の「解任請求」ができる
4 新たに任意後見契約を締結し,現在の後見人等を「排除」できる
5 法定後見人と本人の家族が対立した場合の解決法のまとめ
1 後見人と本人の家族で,意向が食い違うことがある
(1)後見人の制度
判断能力が不十分な方に,「サポーター」を付ける制度があります。
補助人,保佐人,後見人が本人の財産管理をする制度です。
別項目;意思能力;行為能力;基本,2重効
「本人」のことを,補助,保佐,後見「される人」という意味で,被補助人,被保佐人,被後見人と言います。
以下簡単に「本人」と言います。
補助人,保佐人,後見人は,一定の権限が決まっています。
特に後見人ですが,その「権限」についての「裁量」は大きいです。
別項目;認知症;財産デッド・ロックリスク;基本
(2)後見人と本人の家族での対立
本人や,その家族などの希望,想定どおりに動いてくれない,という実例は多いです。
このような場合には,家族などが,後見人に意見や法的な見解を説明し,協議するのが一般的です。
「法的な見解」については,弁護士が調査や協議の依頼を受けて行うこともあります。
2 後見人が自主的に「辞任」することもできる
本人の家族と後見人等の意向が食い違った場合の対応について説明します。
典型的な「意向の食い違い」は「後見人」の場合です。
裁量の幅が大きいからです。
以下,説明としては「後見人」の例を用います。
ただ,基本的には保佐人,補助人にもあてはまります。
(1)実際に困る状況
実際に,本人の家族,と,後見人とで,意向が食い違うった場合,後見人としても困ります。
後見人は裁量の幅が大きいです。
裏返すと,後見人自身の判断の幅が大きい→責任も大きい,ということです。
家族の見解どおりに行為した場合,後から「権限違反」として責任を追及されるリスクを負います。
(2)辞任の方向性
そこで,現実的な対応として「後見人として辞任する」ということがあり得ます。
ただし,無条件に辞任できるわけではありません。
「正当な事由」が必要で,かつ,裁判所がその理由を認めて許可して初めて辞任できるのです(民法844条)。
後見人が辞任する場合,後任,つまり「新たな後見人」の選任請求手続までを「前任後見人」が行う必要があります(民法845条)。
これらの規定は,補助人,保佐人についても適用されます(民法876条の2第2項,876条の7第2項)。
(3)辞任の「正当な事由」該当性
後見人が辞任の意向を持っている場合,家庭裁判所は「理由」を検討します。
実際には,「本人との家族の対立が熾烈」であれば,認める傾向にあります(後掲文献1)。
逆に「些細な見解の相違」程度では家庭裁判所は辞任を許可しないでしょう。
3 本人の家族から後見人の「解任請求」ができる
(1)後見人の解任請求の規定
本人の家族と後見人が現実に対立している場合に,家族から「後見人の解任請求」をすることもできます。
後見人の解任請求の申立人,解任事由については,民法上明文規定があります。
まずはこれを整理しておきます。
<後見人の解任請求の申立人と解任事由>
※民法846条
あ 後見人解任請求の申立人
・後見監督人
・被後見人
・被後見人の親族
・検察官
・申立人なし=裁判所の職権
い 後見人の解任事由
・不正な行為
・著しい不行跡
・その他後見等の任務に適しない事由
(2)後見人の解任請求に対する家庭裁判所の判断
以上の規定を元に説明します。
本人の家族のうち「被後見人の親族」に該当する方であれば,解任請求を家庭裁判所に申し立てることができます。
なお,裁判所の裁量,ということも認められています。
「親族」に該当しない方でも家庭裁判所に「要請」すれば,裁判所が判断する,ということもあります。
一般的にこのような方法を「職権発動を促す」と言います。
具体的には「上申書を提出する」という形式を取ることが多いです。
解任請求の申立までは単純ですが,「解任事由」に該当するかどうかの家庭裁判所の判断が重要です。
「本人の家族との見解が相違する」「対立している」ということだと,形式論として解任事由には該当しないでしょう。
解任は認められないことが多いです。
ただし「本人」との関係が悪化している場合には認められる可能性はある程度高いです(後掲文献2)。
解任請求を申し立てる,ということ自体から,後見人の判断として「辞任したい」と思うことはあるでしょう。
「辞任」の場合はハードルは(解任よりも)低いです。
認められることが多いです(上記「2」)。
(3)解任が認められると後任の後見人が選任される
一般的に,後見人の解任が認められると,最初から複数名が就任していない限り「後見人不在」になります。
そうすると,裁判所が新たな後見人を選任することになります(民法876条の2第2項)。
(4)補助人,保佐人にも「解任請求」は適用される
補助人,保佐人についても,「後見人の解任請求」の規定は適用されています(876条の2第2項・876条の7第2項)
以上のことは同様にあてはまります。
4 新たに任意後見契約を締結し,現在の後見人等を「排除」できる
法定後見よりも任意後見が優先される,という規定があります。
別項目;認知症;財産デッド・ロックリスク;任意後見vs任意後見
この規定に着目した方法があります。
後見人等を排除したい,という状態になった時点で,「任意後見契約」の締結をする,という発想です。
(1)意思能力が低い状態での「任意後見契約」が無効となる可能性
まず,後見,保佐,補助などの開始審判がなされた状態ということは,本人の判断能力低下が認められているはずです。
別項目;意思能力;行為能力;基本,2重効
↓に簡単にまとめておきます。
<事理弁識能力低下の程度>
あ 法定後見→欠く常況
い 保佐→著しく不十分
う 補助→不十分
これを前提にすると,「被後見人は常に事理弁識能力なし」→任意後見契約を締結しても無効,となります。
逆に,法定後見,以外であれば,契約締結時の本人の状態次第では「事理弁識能力あり」→契約は有効,となります。
もちろん,後から有効性について否定とされるリスクはありましょう。
しかし,任意後見契約は公証人が関与してなされます(任意後見契約法3条)。
当然,意思能力もチェックします。
これがハードルになる一方,作成後は有効性が否定されることはほとんどないです。
(2)任意後見の審判申立
任意後見人候補者と,本人とで,任意後見契約を締結した後について説明します。
まずは任意後見契約の登記を行います。
その上で,家庭裁判所に,任意後見の審判を申し立てます。
性格には「任意後見監督人選任の申立」と呼びます。
「任意後見監督人の選任」によって「任意後見人受任者」(候補者)が「任意後見人」となります(任意後見契約法2条3号,4号)。
要するに,任意後見人が契約に規定した権限を行える状態になるのです。
この審判「任意後見の審判(申立)」「任意後見開始」と略して言います。
本人,本人の家族,任意後見人候補者(受任者)が任意後見の審判の申し立てをすると良いです。
本人の「事理弁識能力が不十分」という状態であれば,任意後見開始の審判はなされることとされています(任意後見契約法4条1項)。
(3)既に選任されている法定後見との重複についての対応
ここで最大の問題は「法定後見」と「任意後見」の重複です。
これについては法律上規定があります(任意後見契約法4条2項)。
<法定後見が既になされた後に,任意後見の審判を行う場合の規定>
※任意後見契約法4条1項2号,4条2項
あ 「法定後見を継続することが本人の利益のため特に必要である場合」(だけ)
→法定後見が継続される+任意後見は開始しない
い 「あ」に該当しない場合
→任意後見が開始される+法定後見開始の審判は取り消される
結局原則は,任意後見人が就任し,法定後見人は解消される,ということです。
なお,以上の規定は『補助』『保佐』についても同様です(任意後見契約法4条1項2号,4条2項)。
5 法定後見人と本人の家族が対立した場合の解決法のまとめ
法定後見人と本人の家族が対立した場合の解決法をいくつか説明しました。
最後にまとめて整理しておきます。
<法定後見人と本人の家族との対立時の対応>
あ 見解について協議する
い 後見人に辞任を要請する
「あ」「い」は通常の方法です。
う 後見人の解任請求を申し立てる
これは明確な「不正」があった場合くらいしか機能しないでしょう。
え 任意後見契約締結による後見人の排除
後見人が異常な態度であるが,解任が認められる程度未満,という時に有用でしょう。
条文
[民法]
(後見開始の審判)
第七条 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
(保佐開始の審判)
第十一条 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判をすることができる。ただし、第七条に規定する原因がある者については、この限りでない。
(補助開始の審判)
第十五条 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判をすることができる。ただし、第七条又は第十一条本文に規定する原因がある者については、この限りでない。
2 本人以外の者の請求により補助開始の審判をするには、本人の同意がなければならない。
3(略)
(成年後見人の選任)
第八百四十三条 家庭裁判所は、後見開始の審判をするときは、職権で、成年後見人を選任する。
2 成年後見人が欠けたときは、家庭裁判所は、成年被後見人若しくはその親族その他の利害関係人の請求により又は職権で、成年後見人を選任する。
3 成年後見人が選任されている場合においても、家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前項に規定する者若しくは成年後見人の請求により又は職権で、更に成年後見人を選任することができる。
4 成年後見人を選任するには、成年被後見人の心身の状態並びに生活及び財産の状況、成年後見人となる者の職業及び経歴並びに成年被後見人との利害関係の有無(成年後見人となる者が法人であるときは、その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者と成年被後見人との利害関係の有無)、成年被後見人の意見その他一切の事情を考慮しなければならない。
(後見人の辞任)
第八百四十四条 後見人は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。
(辞任した後見人による新たな後見人の選任の請求)
第八百四十五条 後見人がその任務を辞したことによって新たに後見人を選任する必要が生じたときは、その後見人は、遅滞なく新たな後見人の選任を家庭裁判所に請求しなければならない。
(後見人の解任)
第八百四十六条 後見人に不正な行為、著しい不行跡その他後見の任務に適しない事由があるときは、家庭裁判所は、後見監督人、被後見人若しくはその親族若しくは検察官の請求により又は職権で、これを解任することができる。
(保佐人及び臨時保佐人の選任等)
第八百七十六条の二 家庭裁判所は、保佐開始の審判をするときは、職権で、保佐人を選任する。
2 第八百四十三条第二項から第四項まで及び第八百四十四条から第八百四十七条までの規定は、保佐人について準用する。
3(略)
(補助人及び臨時補助人の選任等)
第八百七十六条の七 家庭裁判所は、補助開始の審判をするときは、職権で、補助人を選任する。
2 第八百四十三条第二項から第四項まで及び第八百四十四条から第八百四十七条までの規定は、補助人について準用する。
3(略)
[任意後見契約に関する法律]
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号の定めるところによる。
一 任意後見契約 委任者が、受任者に対し、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における自己の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部を委託し、その委託に係る事務について代理権を付与する委任契約であって、第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる旨の定めのあるものをいう。
二 本人 任意後見契約の委任者をいう。
三 任意後見受任者 第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任される前における任意後見契約の受任者をいう。
四 任意後見人 第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された後における任意後見契約の受任者をいう。
(任意後見契約の方式)
第三条 任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない。
(任意後見監督人の選任)
第四条 任意後見契約が登記されている場合において、精神上の障害により本人の事理を弁識する能力が不十分な状況にあるときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族又は任意後見受任者の請求により、任意後見監督人を選任する。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 本人が未成年者であるとき。
二 本人が成年被後見人、被保佐人又は被補助人である場合において、当該本人に係る後見、保佐又は補助を継続することが本人の利益のため特に必要であると認めるとき。
三 任意後見受任者が次に掲げる者であるとき。
イ 民法 (明治二十九年法律第八十九号)第八百四十七条 各号(第四号を除く。)に掲げる者
ロ 本人に対して訴訟をし、又はした者及びその配偶者並びに直系血族
ハ 不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者
2 前項の規定により任意後見監督人を選任する場合において、本人が成年被後見人、被保佐人又は被補助人であるときは、家庭裁判所は、当該本人に係る後見開始、保佐開始又は補助開始の審判(以下「後見開始の審判等」と総称する。)を取り消さなければならない。
3 第一項の規定により本人以外の者の請求により任意後見監督人を選任するには、あらかじめ本人の同意がなければならない。ただし、本人がその意思を表示することができないときは、この限りでない。
4 任意後見監督人が欠けた場合には、家庭裁判所は、本人、その親族若しくは任意後見人の請求により、又は職権で、任意後見監督人を選任する。
5 任意後見監督人が選任されている場合においても、家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前項に掲げる者の請求により、又は職権で、更に任意後見監督人を選任することができる。
(後見、保佐及び補助との関係)
第十条 任意後見契約が登記されている場合には、家庭裁判所は、本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り、後見開始の審判等をすることができる。
2 前項の場合における後見開始の審判等の請求は、任意後見受任者、任意後見人又は任意後見監督人もすることができる。
3 第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された後において本人が後見開始の審判等を受けたときは、任意後見契約は終了する。
判例・参考情報
[論点体系判例民法9親族443頁]
(文献1;後見人の辞任について)
後見人と被後見人ないしその親族との間に不和が生じており,今後の後見事務の遂行に支障が生じるような場合にも正当事由が認められることがある。
[岡本和雄『新版家事事件の実務 成年後見』71頁による,中川淳『改訂親族法逐条解説)520頁の引用]
(文献2;後見人の解任について)
なお,本人との関係が客観的に破綻して円滑な後見事務の遂行が期待できない場合は,「任務に適しない事由」に当たりうる。
2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分
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