【対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)】
1 対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継
賃借人が入居している建物の売却や、貸地(借地の対象の土地)の売却の際、通常、新たな所有者が賃貸人となります。いわゆるオーナーチェンジのことです。
このように言うと簡単ですが、理論的には複雑です。
本記事では、賃貸借の目的物の所有権が移転した場合に賃貸人の地位が承継されることについて説明します。
2 双務契約(債権契約)の契約上の地位の移転(前提)
最初に、賃貸借に限らず、広く双務契約(債権契約)について、契約上の地位の移転について押さえておきます。
理論的な基本は、所有権と契約関係は連動しないというものです。
契約上の地位の移転のためには、譲渡人と譲受人の合意は当然として、さらに、契約の相手方の承諾も必要となります。
双務契約(債権契約)の契約上の地位の移転(前提)
あ 所有権との関係
債権契約は所有権の所在とは関係ない
契約の目的物の所有権の移転(譲渡)があっても法律関係に変化はない
い 契約上の地位の移転の要件
『ア・イ』の両方がある場合、双務契約の契約上の地位が移転する
ア 契約上の地位の移転(譲渡)の譲渡人・譲受人の合意イ 契約の相手方の承諾
う 契約の相手方の承諾が必要である理由
ア 債権譲渡の部分
債権譲渡の部分は債務者への通知で足りる
=賃借人の承諾は不要である
※民法466条、467条
※大判昭和5年2月5日(将来の債権について)
イ 債務引受の部分
引受の対象となる債務についての債権者(契約の相手方)の同意が必要である
※民法116条類推(などが考えられる)
3 賃貸借契約の契約上の地位の移転
賃貸借契約も双務契約(債権契約)です。そこで、原則論としては、前記の一般論が当てはまります。本来、賃貸人たる地位の移転のためには、譲渡人と譲受人の合意と賃借人の承諾が必要なのです。
賃貸借契約の契約上の地位の移転
あ 所有権との関係
賃貸借契約によって生じる法律関係は債権関係である
所有権が譲渡されても法律関係に変化はない
い 賃貸人の地位の移転の要件
『ア・イ』によって賃貸人の地位が移転する
ア 賃貸人の地位の承継の合意があるイ 賃借人が承認した
う 賃借人の承諾が必要である理由
賃貸人は権利と義務が一体化している地位にある
→地位の承継については賃借人の承諾を要する
※『最高裁判例解説民事篇 昭和49年度』法曹会1977年p69、70
4 対抗要件による賃借権の承継
前記の内容は、債権契約一般の原則論です。この点、賃貸借については特殊な性質があるので、例外的扱いがなされます。
特殊な性質とは、本来物権にしか認められていない対抗要件が認められているところです。代表例は登記ですが、実際には多くのケースで、建物の引渡(占有)や借地上の建物の所有権の登記が対抗要件となっています。
原則論だと債権契約は新所有者に主張できないところですが、賃借権の対抗要件があれば新所有者に対して賃借権を主張できるのです。
結果的に、新所有者は賃借権が存在する前提を受け入れることになります。正確にいうと、賃貸人たる地位を承継するということです。
対抗要件による賃借権の承継
あ 賃借権の対抗力(※1)
不動産賃借権が対抗要件を備えている
賃貸人たる不動産所有者が第三者に譲渡した
→賃借人は賃借権を新所有者に対抗することができる
※民法605条など
詳しくはこちら|所有権と賃借権の対抗関係|対抗要件取得時期が早い方が優先|典型事例の整理
い 契約関係の承継(概要)
『あ』の場合、契約関係が、新所有者(賃貸人)と賃借人の間に承継される(後記※2)
5 賃貸借の目的物の譲渡による賃貸人たる地位の承継
対抗力のある賃貸借の目的物が譲渡(所有権移転)されても、賃貸借契約は存続します。そのため、新所有者が賃貸人の地位を承継するということになります(前記)。逆に、従前の賃貸人(前所有者)は契約関係から離脱します。
一般的な契約の当事者たる地位の移転では契約の相手方の承諾が必要ですが(前記)、賃貸借の場合は、賃貸人が負う債務は個性が少ないので、賃借人の同意は不要です。
この場合、新所有者は、賃貸人の地位を主張するためには登記が必要です(後述)。そのかわり、賃借人に通知する必要はありません。
賃貸借の目的物の譲渡による賃貸人たる地位の承継(※2)
あ 賃貸人たる地位の移転
対抗要件を備えた賃借権がある場合(前記※1)
→特段の事情(後記※3)のない限り、新所有者(譲受人)は所有権取得によって法律上当然に従来の賃貸人の地位を承継する
い 賃借人の同意(不要)
賃借人の同意は不要である
※大判大正10年5月30日(建物保護法による土地賃借権の対抗力あり)
※大判昭和6年5月23日(借家について)
※最高裁昭和39年8月28日(借家法1条による借家権の対抗力あり)
※最高裁昭和46年12月3日(借家について)
※最高裁昭和46年4月23日
う 賃借人への通知(不要)
賃借人に対して地位を承継した旨の通知を要しない
※大判昭和3年10月12日
※最高裁昭和33年9月18日
※最高裁昭和39年9月18日
え 旧賃貸人の離脱
旧賃貸人(譲渡人)は賃貸借の契約関係から離脱する
※最高裁昭和33年9月18日
6 賃貸人の地位の承継の法的性質と理論構成
前記のような賃貸人の地位が承継することを、所有権の移転に随伴するということもあります。
また、物権の動きによって、債権契約も動くことを状態債務関係ということもあります。
賃貸人の地位の承継の法的性質と理論構成
あ 随伴する性質
賃貸人たる地位の承継は、所有権の移転に随伴する、といえる
※『最高裁判例解説民事篇 昭和49年度』法曹会1977年p69
い 法的理論構成(通説)
賃貸借関係が、賃貸目的物の所有権と結合する一種の状態債務関係として、所有権とともに移転する
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p188
7 賃貸人たる地位の移転が否定される例
判例は、特段の事情がある場合には、所有権が移転しても賃貸人の地位は承継されないということを示しています(前記)。
具体的には、賃貸借の目的物の譲渡人と譲受人が、賃貸人の地位を承継しないという合意をした事情が、特段の事情の典型です。
また、譲渡(所有権移転)を機に、賃借人と新所有者の間で新たな内容で賃貸借契約を締結する、ということももちろん可能です。
賃貸人たる地位の移転が否定される例(※3)
あ 特段の事情の例
特段の事情(賃貸人たる地位の移転が否定される)の例とは
旧賃貸人(譲渡人)が目的不動産の所有権移転に際し、賃借人に対する賃貸の権能を留保した場合などである
※『最高裁判例解説民事篇 昭和49年度』法曹会1977年p70
※『最高裁判例解説民事篇 昭和39年度』法曹会1965年p310
い 新所有者と賃借人の合意による承継
新所有者と賃借人が合意して、前所有者との間の賃貸借関係を承継せずに新たに賃貸借契約を締結することはできる
契約自由の原則の範囲内である
※大判昭和13年7月12日
8 賃貸人の地位の承継を事前に排除する特約(無効)
事前に、賃貸人の地位の承継を排除する特約を付ける、という発想もあります。要するに、賃借権の対抗力を否定する”ことになります。これは、借地借家法による借主保護に反するものです。そこでこのような特約は無効となります。
賃貸人の地位の承継を事前に排除する特約(無効)
予め当然承継の効果を排除する旨の、特約は、借地借家法の適用を受ける場合には無効である
※大判昭和6年5月23日
9 目的物の譲受人が対抗要件を得る必要性(概要)
以上のように、賃貸借の目的物を譲り受けた者は、賃貸人たる地位を承継します。そうすると、新所有者は、賃料請求などの賃貸人としての権利行使をする立場になります。
しかし、賃貸人の地位を主張するためには、対抗要件として所有権移転登記が必要となります。
詳しくはこちら|賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係(判例=対抗要件説)
10 賃貸人の地位の移転により承継される内容(概要)
賃貸借の目的物の譲渡によって賃貸人たる地位を承継した場合、基本的に、従前の賃貸借契約の内容をそのまま引き継ぎます。
新所有者が承継する事項の詳しい内容については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像
本記事では、対抗力のある賃借権の目的物の譲渡によって新所有者が賃貸人たる
地位を承継することについての基本的事項を説明しました。
実際には、細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に不動産の譲渡に伴う賃貸借契約に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。