【シックハウス症候群|判例|因果関係・過失の判断の具体例】
1 シックハウス|『売主』の責任が認められた
2 シックハウス|測定が不十分→因果関係なし
3 シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし
4 シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし
5 シックハウス|環境物質対策アピール→瑕疵あり
6 シックハウス|特別な合意・通常の性能・安全配慮義務→責任なし
7 職場・シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし
1 シックハウス|『売主』の責任が認められた
シックハウス症候群の法的責任が判断された判例を紹介します。
まずは責任が認められたケースの中でも,特に被害者保護が図られたケースを紹介します。
通常は責任を負う者は『施工業者』ですが,さらに『売主』にも責任が認められました。
<シックハウス|『売主』の責任が認められた|事案>
あ 事案
マンションを売買が行われた
居住者がシックハウス症候群・化学物質過敏症に罹患した
ホルムアルデヒドが原因と診断された
い 裁判所の判断|結論
因果関係・過失を認めた
う 認定された損害
ア 売買代金・これに関する費用の4割イ 逸失利益ウ 慰謝料
合計約3700万円
※東京地裁平成21年10月1日
<裁判所の判断|基準>
あ 施工者の義務
ア F1等級の建材を用いるべきである
ホルムアルデヒドの放散が最小限にするため
イ 建材の品質(等級)が低い→適切な対処
ホルムアルデヒドを多量に放散する可能性のある建材を用いる場合
→適切な対処をすべきである
例;F2等級の建材の使用
い 『適切な対処』|内容
次のいずれかを行う
ア 購入の是非を選択する機会を付与するイ 引渡前にホルムアルデヒド室内濃度を測定する
う 『売主』の責任/『設計者・施工者』の責任
売主がマンション開発を専門業者である場合
→安全な建物を『建築』するよう配慮する義務がある
→設計者・施工者と同等の注意義務を負う
2 シックハウス|測定が不十分→因果関係なし
『測定』が不十分でなかったためにシックハウス症候群の責任が否定された判例です。
<シックハウス|測定が不十分→因果関係なし|事案>
あ 事案
スケルトンにてマンションの1室の売買が行われた
購入者が,内部・内装工事につき,設計・施工を行った
もともと,購入者=施主の妻が化学物質に対して敏感な体質であった
シックハウス対策を施した住宅の施工を依頼した
い 『シックハウス対策特約』|内容
ア 揮発性有機化合物の使用なし
建材や施工材として揮発性有機化合物を含まないもののみ使用する
例;トルエン,キシレン,ホルムアルデヒドなど
品番等も仕様書において詳細に特定した
イ 接着剤の使用なし
床の施工において,接着剤を使用しない
釘打ちで施工する
う 施工後の状況
転居後,施主の妻の体調に異変が生じた
え 施工業者の『特約違反』発覚
施工業者は,接着剤を使用した
事前の施主の了解を得ていなかった
事後的な施主への報告・施工記録などへの記載を行っていなかった
<裁判所の判断|因果関係>
あ 原因物質
使用した接着剤のトルエン含有量が判明していなかった
施主サイドが裁判所による鑑定を拒否した
い 医師の問診票|内容
『建物入居前』からの化学物質暴露+多様な症状発生
→慢性化しつつあった
う 施主の測定
一般的な測定時期による測定値の違いの傾向
高温・高湿度(=夏場)→多く揮発→測定される
え 裁判所の判断|結論
因果関係を認めなかった
→施工業者の責任を認めなかった
※東京地裁平成19年2月16日
3 シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし
シックハウス症候群の法的責任が否定された判例を紹介します。
否定された理由が『過失なし』というケースです。
<シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし|事案>
あ 事案
施工業者が内装工事を行った
室内の空気汚染が発生した
居住者が化学物質過敏症に罹患した
一方,居住者はもともと喫煙の習慣があった
い 室内空気汚染の測定
内装工事終了後20日程度経過した時点で測定が行われた
→厚生労働省の指針値を超える化学物質は検出されなかった
う 裁判所の判断|因果関係
次の2つの因果関係を認めた
居住者の『化学物質過敏症の罹患』と『施工』
え 裁判所の判断|過失
過失の判断基準を特定した(後記)
→過失を否定した
お 裁判所の判断|結論
施工業者の責任を否定した
<裁判所の判断|過失・判断基準;平成13年当時>
あ 空気汚染回避義務
工事に起因する室内空気汚染が発生を回避する方策を取る
ア 使用する建材や接着剤を慎重に選択するイ 施工方法に配慮する
い 化学物質過敏症予防義務
化学物質過敏症の予防対策を取る
※東京地裁平成16年3月17日
4 シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし
シックハウス症候群の法的責任が『過失なし』と判断された別のケースです。
<シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし>
あ 事案
請負業者が注文住宅を建築した
完成後,注文者が入居した
住宅内には大量の化学物質が発散している状態であった
入居者が化学物質過敏症に罹患した
い 裁判所の判断|因果関係
次の2つの因果関係を認めた
『化学物質過敏症の罹患』と『本件建物に入居したこと』
う 裁判所の判断|過失
建物内のホルムアルデヒド濃度が0.1ppm程度であった
建築当時は危険性が認識されている状況ではなかった
→過失を認めなかった
え 裁判所の判断|結論
『過失=違法・義務違反』とは言えない
→請負業者の責任を認めなかった
※札幌地裁平成14年12月27日
5 シックハウス|環境物質対策アピール→瑕疵あり
シックハウス症候群が生じたケースで,特殊事情が判断された判例があります。
マンションの売買・セールスの中で『環境物質対策』がアピールされていたのです。
<シックハウス|環境物質対策アピール→瑕疵あり|事案>
あ マンション販売会社が販売において行った表示
ア 表示内容
『環境物質対策基準に適合した住宅』
フローリングなどの建材は次の基準を充足する
環境物質対策基準であるJASのFC0基準
JISのE0・E1
イ 表示媒体
パンフレット・チラシなど
い マンション売買・入居
マンションの売買が行われた
購入者=居住者がシックハウス症候群に罹患した
<裁判所の判断|売買の前提事項・測定濃度>
あ 裁判所の判断|売買の前提事項
環境物質の放散が抑制されている
抑制レベル=契約当時行政により推奨されていた水準の室内濃度
い 裁判所の判断|実際の濃度
ホルムアルデヒドが放散の程度は厚生労働省の指針値以上であった
う 裁判所の判断|結論
『瑕疵』があると認めた
→解除・損害賠償請求を認めた
損害額=約4800万円
※東京地裁平成17年12月5日
6 シックハウス|特別な合意・通常の性能・安全配慮義務→責任なし
シックハウス症候群の法的責任について多くの角度から判断が加えられた判例があります。
(1)争点の整理・結論
最初に主張された内容=争点,と結論についてまとめます。
<シックハウス|特別な合意・通常の性能・安全配慮義務→責任なし>
あ 事案
住居が新築された=建物建築請負
施主=居住者は,病院においてシックハウス症候群と診断された
施主が独自にホルムアルデヒドの濃度測定を行った
指針値を超過した測定結果を得た
い 裁判所の判断|争点
次の争点が審理・判断された
それぞれの内容は後記
ア 特別な合意
特別な合意は認められない
イ 通常の性能;瑕疵
『瑕疵』には該当しない
ウ 安全配慮義務
安全配慮義務(違反)はない
う 裁判所の判断|結論
施工業者の責任を認めなかった
※東京地裁平成19年10月10日
それぞれの争点について裁判所の判断を順にまとめます。
(2)特別な合意
<裁判所の判断|特別な合意>
あ 施主の主張
次のような『建材・換気についての特別の合意』がある
ア 居住者がシックハウス症候群に罹患することがないようにするイ 原因物質の放散が限りなくゼロに近い建材を使用するウ 換気の性能・頻度を0.5回/時とする
い 裁判所の判断|基準
特別な合意の成立の認定
→『明確な根拠』が必要である
う 前提事情の認定
見積書,仕上げ表などに記載が無い
特約書・念書・覚書なども存在しない
施主がこれらの書面作成を要望したような事情もない
契約書にもガイドライン値の記載が無い
換気性能・頻度0.5回/時の基準は,当時一般的ではなかった
え 裁判所の判断|結論
施主の主張するような『建材・換気についての特別の合意』はない
※東京地裁平成19年10月10日
(3)通常の性能
<裁判所の判断|通常の性能>
あ 認定した事実|建材
ア Fc0,E0=最上級の建材を使用しているイ 指針値以下のレベルまでも完全に抑止することは不可能
い 認定した事実|換気機能
ア 24時間セントラル換気システムを設置しているイ 換気回数は0.3回/時が確保されている
う 裁判所の判断
『通常の性能』に達している
→『瑕疵』に該当しない
※東京地裁平成19年10月10日
(4)安全配慮義務
<裁判所の判断|安全配慮義務>
あ 被害防止可能性|部材
最上位の建材を使用した場合を仮定する
室内空気中のホルムアルデヒド濃度の抑制
→完全にガイドライン値以下に抑えることができるとは限らない
い 被害防止可能性|居住者
『被害』は居住者の体質や体調に左右される
→完全に防止することは不可能である
う 裁判所の判断
安全配慮義務は認められない
※東京地裁平成19年10月10日
7 職場・シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし
シックハウス症候群が『職場』から生じた,というケースを紹介します。
<職場・シックハウス|当時は危険性の認識なし→過失なし>
あ 事案
会社の社屋の改装工事が行われた
内装建材からホルムアルデヒドが発生した
その後,従業員が化学物質過敏症に罹患した
い 裁判所の判断|因果関係
新社屋移転直後から症状が発生した
ホルムアルデヒド濃度が,厚労省指針値前後に達していた可能性が高い
医師により化学物質過敏症と診断された
→因果関係肯定
う 裁判所の判断|過失
仮に従業員の発症直後に会社側が認識した場合
ホルムアルデヒドなどの化学物質が原因であると認識すること
→不可能or著しく困難であった
→『マスク装着』などの措置を取る期待可能性は低い
→『過失=注意義務違反』を否定した
え 裁判所の判断|結論
会社の責任を認めなかった
※大阪高裁平成19年1月24日