【債権者不確知による弁済供託の基本や典型例(債権者の相続・権能なき社団)】
1 債権者不確知による弁済供託の基本や典型例(債権者の相続・権能なき社団)
弁済供託の1つとして『債権者不確知』を理由とするものがあります。典型例は債権者に相続が生じたケースです。また、権能なき社団が債権者である場合にも債権者不確知に該当することがあります。
本記事では、債権者不確知による弁済供託の基本的事項を説明します。
2 弁済供託の条文規定
前記のように、弁済供託の中の1つの種類が債権者不確知(による供託)です。条文を押さえておきます。
要するに、債務者が債権者が誰かをはっきりと判断できない、かつ、(判断できないことについて)債務者に過失がないという場合には弁済供託ができるのです。
<弁済供託の条文規定>
一 弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき。
二 債権者が弁済を受領することができないとき。
2 弁済者が債権者を確知することができないときも、前項と同様とする。ただし、弁済者に過失があるときは、この限りでない。
※民法494条
3 賃貸人の相続の際の賃料供託(基本)
債権者が確知できない状態となる典型例は、賃貸人が亡くなったという状況です。この場合、通常、賃貸人の地位を相続人が承継することになります。しかし、相続人が複数いる場合には遺産分割によって誰が承継したのか、ということまで賃借人が確実に把握できるとは限りません。債務者(賃借人)にとって、債権者(賃貸人)が誰かがはっきりとは分からない状態になりやすいのです。その場合には弁済供託ができることになります。
この際、賃借人が賃貸人の相続人が誰か、ということを戸籍の情報によって調べることまでは必須ではありません。
<賃貸人の相続の際の賃料供託(基本)>
あ 前提事情
賃貸人が死亡した
賃貸人の相続人が不明である場合
い 弁済供託
賃借人(賃料債務の債務者)は債権者(賃貸人)を確知することができない
→賃借人は賃料の弁済供託をすることができる
う 賃借人による調査の要否
賃借人は相続人の有無を調査する必要はない
例=戸籍の情報
※昭和38年2月4日民事甲351号民事局長認可
4 債権者不確知について過失ありと判断された裁判例
前記のように、債権者不確知といえるためには、債務者が、債権者の相続人について調査することは必須ではありません。しかし、具体的な状況において、例えば特定の者に聞けばすぐに相続人が誰かを知ることができた、という事情があれば、債権者を確知できなかったことには過失があるということになります。
<債権者不確知について過失ありと判断された裁判例>
あ 弁済供託
賃貸人(債権者)が亡くなった
賃借人(債務者)は『賃貸人(債権者)の相続人が不明』であると考えた
→債権者不確知による弁済供託を行った
い 裁判所の判断(抄録)
昭和三九年八月二五日になされた同年一月一日より同年四月末までの分の賃料の供託の適否につき按ずるに、右供託が債権者たる相続人が不明であるとしてKの相続人F外不明者宛に弁済供託されたものであることは前認定の通りである。
即ち右供託は債権者を確知しえないとして供託したものであるが、右供託が有効となるには、単に債務者において主観的に債権者を確知できないというだけでは足りず、その時の状況に照らし相応の調査をしても債権者が判らぬ場合であることを要することは、民法四九四条後段の「弁済者の過失なくして債権者を確知すること能わざるとき」という規定に徴し明らかである。
・・・被控訴人IがKやその義弟のRに会つて確めれば、控訴人三名が遺産相続により本件土地を相続し、賃貸人の地位を承継したことは、容易に判明したものと察せられ、この点被控訴人Iに過失がなかつたものと認めがたい。
(弁済供託は無効である)
※東京高判昭和44年12月9日
5 債権者不確知について過失なしと判断された裁判例
別のケースで、債権者を確知できなかったことについて過失があったのか、なかったのかを裁判所が判断したものがあります。戸籍上は相続人に該当しない者が、『私が相続を受けた』と主張していたケースです。
戸籍は信頼性が高いので、そのような主張はでたらめだという気もします。しかし、一般論として、戸籍の記録内容が誤っていることもあります。婚姻や離婚が無効となるケースや、親子関係が否定されるケースが典型例です。
そこで、このケースで裁判所は、債務者が債権者を確知できなかったことに過失はないと判断しました。
<債権者不確知について過失なしと判断された裁判例>
あ 弁済供託
賃貸人(債権者)が亡くなった
戸籍から読み取れる相続人は分かっている
それ以外のAが『賃貸人から相続を受けた』と誤信している
Aは『Aが賃貸人である』と主張している
→債権者不確知による弁済供託を行った
い 裁判所の判断
賃借人(債務者)が債権者を確知できなかったことについて過失はない
→弁済供託は有効である
※東京高裁昭和27年12月18日
6 権利能力なき社団・財団を債権者とする弁済供託
以上のように、債権者不確知の状態が生じるのは、債権者に相続が生じたケースが典型です。これ以外にもあります。その1つが債権者が権利能力なき社団や財団であるケースです。
この点、債権者が法人であれば、代表者が登記上公示(公表)されているので、代表者(受領権限を持つ者)が分からないという状況は普通生じません。しかし、権利能力なき社団や財団では、代表者が登記されていないので、弁済受領権限を持つ者が誰かが分からない状況が生じることがあるのです。
<権利能力なき社団・財団を債権者とする弁済供託>
あ 弁済供託
債権者は、権利能力なき社団である
『弁済受領権限を持った者』が複数現れた
→債務者は債権者不確知による弁済供託を行った
い 裁判所の判断
権利能力なき社団・財団は登記・登録などの公的データベース制度がない
このような団体が実在するかどうかを確認することは困難である
→債権者不確知による供託ができる
※東京高裁平成3年10月8日
本記事では、債権者不確知による弁済供託の基本的事項を説明しました。
実際には、具体的事情によって債権者不確知に該当するかどうか(過失があるかどうか)が違ってきます。
実際に債務の弁済(賃料の支払)に不安があるような状況に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。