【温泉利用の権利(物権としての温泉権の性質・全体)】

1 温泉利用の権利(物権としての温泉権の性質・全体)
2 温泉利用の権利化ニーズと具体例
3 温泉利用権の種類(債権と物権)
4 物権としての温泉権と物権法定主義
5 物権としての温泉権を認めた判例
6 長期間の独占利用による温泉権成立事例
7 物権としての温泉権を否定した判例(概要)
8 温泉権の公示方法=対抗要件(概要)
9 温泉地役権と土地所有権の権利濫用(概要)

1 温泉利用の権利(物権としての温泉権の性質・全体)

温泉を利用する権利の法的性質にはいろいろな見解があります。本記事では,温泉権に関する法的解釈の全体像を説明します。

2 温泉利用の権利化ニーズと具体例

まず,温泉を利用することを法的な権利として扱うニーズをまとめます。

<温泉利用の権利化ニーズと具体例>

あ 温泉使用の権利化のニーズ

湧出した温泉を使う権利を取引の対象としたい

い 具体的取引の例

旅館が温泉を引く
温泉付きの住宅として販売する

3 温泉利用権の種類(債権と物権)

温泉を利用する権利を認めるときに,権利の種類が2つあります。債権と物権です。この違いの基本的な内容をまとめます。
大雑把に言うと,物権の方が権利として強いです。取引の対象として扱う時には物権の方が望ましいです。
この点,物権法定主義との関係が問題となります。これについては次に説明します。

<温泉利用権の種類(債権と物権)>

あ 債権として位置付ける考え方

土地の所有権に『温泉の供給を受ける権利』が含まれる
温泉の湧出している土地の所有者と利用者において
湧出した温泉の一定量を供給する契約を締結する
契約自由の原則によりこの方法は可能である

い 物権として位置付ける考え方

『物権』の一種として『温泉権』を位置付ける
→物権として取引の対象となる
『物権法定主義』との抵触が問題となる(後記※1

4 物権としての温泉権と物権法定主義

温泉権を物権として認めることと物権法定主義との関係をまとめます。

<物権としての温泉権と物権法定主義(※1)

あ 物権法定主義

物権は法律に定めるもの以外は認めない
※民法175条

い 温泉権を定める法律

『温泉権』はどの法律にも規定されていない
しかし,過去の判例で認められている(『う』)
慣習法による権利と言える
慣習法も法律に含むと解釈する
→物権法定主義に反しない

う 反対説

温泉権を物権として認めない見解もある
下級審裁判例でも否定するものがある(後記※3

5 物権としての温泉権を認めた判例

裁判所が温泉権を物権として認めた事例はいくつもあります。代表的なものをまとめます。

<物権としての温泉権を認めた判例>

あ 鉱泉採酌権

温泉を採取する権利を物権として認めた
『鉱泉採酌権』と称した
※大判明治28年2月6日

い 鷹の湯温泉事件

一種の物権として温泉権を認めた
土地所有権とは独立した処分が可能と判断した
※大判昭和15年9月18日;鷹の湯温泉事件

う 奥の湯事件

『い』と同様の判断である
比較的新しい時代の裁判例である(後記※2
※高松高裁昭和56年12月7日;奥の湯事件

6 長期間の独占利用による温泉権成立事例

物権としての温泉権を認めた裁判例のうち,比較的新しいものの事案と判断の内容をまとめます。

<長期間の独占利用による温泉権成立事例(※2)

あ 事案

温泉の湧出場所の山林は部落の所有である
A(一家)が温泉を発見した
Aが温泉を独占的に利用・管理していた
部落の承諾を得ていた
明治以前の古い時代から長期間継続している
独占的な利用管理は,習俗的規範として一般的に承認されていた
温泉旅館営業に利用されていた
債権担保に供されていた

い 裁判所の判断

温泉利用の利益は経済的価値の大きいものである
慣習法上の物権としての温泉権が成立している
山林の所有権とは別個独立の権利である

う 判決文引用

(一) まず,本件温泉は,近隣の住民から「奥の湯」と呼称され,その湧出地である(一),(二)の山林が部落の所有であるにもかかわらず,これを発見開発したS家が,部落の承認のもとに,明治以前のかなり古い時代から長期間にわたって,独占的に利用管理し,しかも,そのことは,引湯管の敷設及び旅館営業によって,明確に外形的に認識しうるものであったので,その独占的な利用管理は,部落の地域において,習俗的規範によるものとして一般的に承認されていたと推認できるうえ,本件温泉が旅館営業に供せられていたことや後に債権担保にも供せられていることにかんがみ,その経済的価値は高いものであったと認められるから,本件温泉については,遅くとも,MがS家の当主であった明治20年代前後頃において,泉源地である(一),(二)の山林の所有権とは別個独立に慣習法上の物権としての温泉権が成立し,これをMが取得するに至ったとみるのが相当である。
※高松高判昭和56年12月7日(奥の湯事件)

7 物権としての温泉権を否定した判例(概要)

物権としての温泉権を否定する見解もあります。裁判例の中にも否定する見解を採用したものがあります。一般的な見解ではありません。レアな否定した裁判例の概要をまとめます。

<物権としての温泉権を否定した判例(概要)(※3)

警察署・保健所の温泉(鉱泉)台帳について
温泉に関する権利変動の公示方法とする一般慣行はない
→物権としての本件温泉利用権は認めない
※福岡高裁昭和34年6月20日
詳しくはこちら|温泉権の公示方法=対抗要件の種類と具体例・判例

8 温泉権の公示方法=対抗要件(概要)

温泉権を物権として認めると,対抗関係という状況が生じます。複数の権利者の対立をどのように扱うか,という法律的な扱いが問題となります。
これについてはいろいろな解釈論があります。別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|温泉権の公示方法=対抗要件の種類と具体例・判例

9 温泉地役権と土地所有権の権利濫用(概要)

温泉権そのもの以外にも,温泉の利用に関する法律的な問題があります。温泉を流す配管の設置・敷設に関する権利のことです。
一般的には地役権を設定することで配管の設置を適法に行うことが多いです。これについて,いくつかの例外的な解釈もあります。別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|温泉地役権と土地所有権の権利濫用(宇奈月温泉事件)

本記事では,温泉を利用する権利(温泉権)の法的問題の全体像を説明しました。
実際には,個別的事情によって,法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に温泉の利用に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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