【共有物を使用する共有者に対する明渡・原状回復請求(特殊事情のあるケース)】
1 共有物を使用する共有者に対する明渡・妨害排除請求(特殊事情のあるケース)
共有者の1人が共有不動産を占有するケースは多いです。この場合に他の共有者が明渡や原状回復を請求しても原則として認められません。
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)
しかし、通常の占有を超えて共有物の変更行為に達している場合や、その他の特殊事情がある場合には、明渡や原状回復などの請求が認められることもあります。本記事では、共有者の1人に対する妨害排除請求、つまり明渡や原状回復請求が認められるのはどのような状況か、ということを説明します。
2 共有者の1人による使用に対する妨害排除請求のまとめ
共有者の1人に対して、共有物の妨害排除請求が認められるかどうかの判定は少し複雑です。そこで最初に、事案のタイプを分類して結論を整理しておきます。
通常の占有(使用)にとどまる場合には原則として妨害排除請求は認められません。ただし、主に占有を開始したプロセスに特殊事情がある場合には、例外的に妨害排除請求が認められます。
次に、通常の占有を超えて、共有物の変更(や処分)に該当する行為については、妨害排除請求が認められます。共有物の変更に該当する行為でも、個別的事情によっては例外的に妨害排除請求が認められないこともあります。
<共有者の1人による使用に対する妨害排除請求のまとめ>
あ 占有(利用)にとどまる行為
ア 原則(※1)
共有物の占有(利用)にとどまる行為
→他の共有者の共有持分権の侵害とはいえない→妨害排除請求は認められない
イ 例外(※2)
占有(開始)の態様に特殊性がある場合
→妨害排除請求が認められることがある
い 変更・処分にあたる行為
ア 原則(※3)
共有物の変更または処分にあたる行為
→他の共有者の共有持分権の侵害といえる→妨害排除請求が認められる
イ 例外(※4)
権利の濫用にあたる場合には妨害排除請求は認められない
※最判平成10年3月24日(後記※5)
なお、共有物の変更(処分)行為といえるか、いえない(管理行為にとどまる)かという判断は個別的な事情で判定が変わってくる、つまり、判断基準としてはっきりしないという性質があります。
詳しくはこちら|共有物の変更・管理・保存の分類(判定)の個別性・困難性(リスク)と対策
いずれにしても、ここで示した4つの分類の内容である解釈(判例)や具体例については、以下説明します。
3 占有開始の態様の特殊性→明渡請求肯定
(1)昭和51年福岡高判・占有強奪(不公正な方法)→明渡請求肯定(規範)
最初に、通常の占有(変更にあたらない行為)であっても、他の共有者から占有を強奪したケースでは例外的に明渡請求を認める、という判断を示した裁判例を紹介します。
昭和51年福岡高判は、占有開始のプロセスの異常性によって例外扱いをする、という判断を示しました。前記の分類の中では、(前記※2)に該当します。
ところで、明渡請求を(原則的に)否定した昭和41年最判の最後に、例外(明渡請求肯定)発動の要件として「明渡を求める理由」が記述されていました。
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)
昭和51年福岡高判は、この明渡を求める理由の1つが、強奪などの不公正な方法による占有取得である、という理論を採用しています。
この裁判例は一般論(規範)としてこの判断を示しましたが、事案内容は強奪ではなかったので、結論としては明渡請求を否定しています。
昭和51年福岡高判・占有強奪(不公正な方法)→明渡請求肯定(規範)
※福岡高判昭和51年5月12日
(2)平成4年仙台高判・実力行使による占有取得→明渡請求肯定
最初に、通常の占有(変更にあたらない行為)であっても、他の共有者から占有を強奪したケースで、占有開始のプロセスの異常性が理由となり、明渡請求が認められています。前記の分類の中では、(前記※2)に該当します。裁判例が示した理論は、占有している共有者の共有持分権(の行使)は権利濫用であるというものです。
平成4年仙台高判・実力行使による占有取得→明渡請求肯定
あ 事案の要点
ア 長年の単独占有
不動産をA・Bで共有していた
長年、Aが平穏に建物を占有していた
イ 実力行使的な強奪
Bが『実力で排除するに等しい方法』で占有を取得した
例=強い反対を押し切って強引に入居した
ウ 明渡請求
Bの行為は共有持分権の濫用である
→Aによる明渡請求を認めた
い 判決の引用
・・・控訴人が本件一の建物の占有を取得した状況は、従前から長年月に亙り平穏に同建物を占有してきた他の共有持分権者である被控訴人X1及び同X2並びにこのような同建物の使用形態を容認している同X3と協議することなく、同X1及び同X2を実力で排除するに等しいものであり、控訴人に同建物の共有持分権があっても右は権利濫用と評価されてもやむを得ないものであって、このような事情が存在する場合においては多数持分権者である被控訴人らの少数持分権者である控訴人に対する同建物の明渡請求は許されると解するのが相当である。
※仙台高判平成4年1月27日
(3)平成17年東京地判・占有を実力で排除→明渡請求肯定(規範)
平成17年東京地判も他の共有者の占有を実力で排除したようなケースでは、権利の濫用となり、明渡請求が例外的に認められる、という規範を示しています。
平成17年東京地判・占有を実力で排除→明渡請求肯定(規範)
※東京地判平成17年3月22日
(4)昭和35年東京地判・単独所有者のような態度→明渡請求肯定
本来、共有物をどのように使用するかは、共有者が持分の過半数の賛成で決めることになっています。通常、協議をした上で多数決をします。
詳しくはこちら|共有物の使用方法の意思決定の方法(当事者・協議の要否)
昭和35年東京地判のケースでは、共有不動産を使用していた共有者Yが、このような多数決のための協議を拒否したことも含めて、他の共有者Xが使用することを全面的に否定している態度をとっていました。
そこでXからYに対する明渡請求について、原則としては否定されるはずのところ、(Yは)不法占有者と同視できる、という理論によって、例外的に認めました。前記の分類の中では、(前記※2)に該当します。
昭和35年東京地判・単独所有者のような態度→明渡請求肯定
あ 規範
ア 原則→妨害排除請求否定
さらに、これを具体化し、共有物を使用収益するについては、共有者全員の協議の上持分の価格の過半数により定めることを要し、右決定に基き一人の共有者が使用収益することを他の共有者が妨害した場合でなければ、その共有者に対し妨害排除を請求し得ないものといわなければならない。
イ 例外→妨害排除請求肯定
しかし、共有者の一人が他の共有者の共有持分を否定し、全く、他の共有者の使用収益を認めず、管理方法についての協議にも応じないで自ら共有物を使用しているような場合には、共有物に対する不法占有者と同視すべきであるから、他の共有者は共有物を占有する共有者に対し、民法第二四九条の共有物の持分にもとづき、その妨害排除として共有物の引渡を請求し得ると解するを相当とすべく、
い あてはめ
Yは、単に共有持分にもとづいて本件建物を保管するものでなく、Xの共有持分にもとづく使用収益権を全面的に否定して、管理方法の協議を拒み、恰も単独所有権者であるかの如く本件土地建物を専用しているものであって・・・結局YはXの持分自体を争うと同様の態度でその使用収益を妨害しているものというべきである。
したがつて、特別の事情がない限り、Xは、Yに対し共有者の共有物に対する管理権に基づく本件土地建物の妨害排除として、その明渡を求めることができる
※東京地判昭和35年10月18日
(5)昭和53年神戸地判・単独所有者のような態度→明渡請求肯定
前述の裁判例(昭和35年東京地判)と同じ理屈で共有者間の明渡請求を認めた別の裁判例です。背景に、営業(事業)の譲渡などの特殊な事情がありましたが、共有者にすぎないのに単独所有者のような態度をしていたことで、共有持分権の行使が権利の濫用にあたる、という理論的枠組は昭和35年東京地判と同じです。
昭和53年神戸地判・単独所有者のような態度→明渡請求肯定
※神戸地判昭和53年7月27日
4 「変更」行為→妨害排除請求肯定(平成10年最判)(一般論)
(1)平成10年最判の規範部分
共有者の1人が共有物を占有、使用する場合でも、その方法が通常の占有(単なる占有)ではなく、共有物の変更行為に該当する場合には、他の共有者は妨害排除請求(差止請求や原状回復請求)をすることが認められます。共有物の変更行為は他の共有者への影響が大きいので、これを止めることが認められるのです。前記の分類の中の(前記※3)に該当します。
しかし、変更行為をする共有者は共有持分権を持ち、一定の範囲で共有物の使用収益をする権限があります。そのため、共有者の1人が変更行為にあたることをしたとしても、他の共有者からの妨害排除請求が権利の濫用として否定されることもあります。前記の分類の中の(前記※4)に該当します。
ここで説明した判断は、平成10年最判が示したものです。
平成10年最判の規範部分(※5)
あ メイン規範・変更行為をしている→原状回復肯定
共有者の一部が他の共有者の同意を得ることなく共有物を物理的に損傷しあるいはこれを改変するなど共有物に変更を加える行為をしている場合には、他の共有者は、各自の共有持分権に基づいて、右行為の全部の禁止を求めることができるだけでなく、共有物を原状に復することが不能であるなどの特段の事情がある場合を除き、右行為により生じた結果を除去して共有物を原状に復させることを求めることもできると解するのが相当である。
・・・
い 理由部分(共有持分権の侵害)
けだし、共有者は、自己の共有持分権に基づいて、共有物全部につきその持分に応じた使用収益をすることができるのであって(民法二四九条)、自己の共有持分権に対する侵害がある場合には、それが他の共有者によると第三者によるとを問わず、単独で共有物全部についての妨害排除請求をすることができ、既存の侵害状態を排除するために必要かつ相当な作為又は不作為を相手方に求めることができると解されるところ、共有物に変更を加える行為は、共有物の性状を物理的に変更することにより、他の共有者の共有持分権を侵害するものにほかならず、他の共有者の同意を得ない限りこれをすることが許されない(民法二五一条)からである。
う 例外=権利の濫用(傍論)
もっとも、共有物に変更を加える行為の具体的態様及びその程度と妨害排除によって相手方の受ける社会的経済的損失の重大性との対比等に照らし、あるいは、共有関係の発生原因、共有物の従前の利用状況と変更後の状況、共有物の変更に同意している共有者の数及び持分の割合、共有物の将来における分割、帰属、利用の可能性その他諸般の事情に照らして、他の共有者が共有持分権に基づく妨害排除請求をすることが権利の濫用に当たるなど、その請求が許されない場合もあることはいうまでもない。
※最判平成10年3月24日
(2)平成10年最判への批判的見解(平野裕之氏見解)
平野氏は、平成10年最判の読み取り方について、不法行為法からは導けず、物権的請求権としての妨害排除請求を認めている、と指摘します。確かに、「原状回復」という用語だと、損傷した部分を修補する請求も認めるように感じてしまいますが、判例はそのような理論を認めたわけではないはずです。判例が使った用語が紛らわしいと思えます。
平成10年最判への批判的見解(平野裕之氏見解)
あ 論点体系
ア 取消・解除との比較
平成10年最判は、
「右行為により生じた結果を除去して共有物を原状に復させることを求めることもできる」
というが、取消しや解除ではないので、この原状回復として何を認めるのか不明である。
イ 不法行為法の適用
妨害状態の回復を返還又は除去により行えるのであれば、物権的妨害排除や返還請求権を問題にできるが、
共有物を損傷した場合、不法行為法の原則では所有者は損害填補を金銭賠償によることができるに過ぎない(722条1項による417条の準用)。
不法行為者に対して、損傷を修補するよういわゆる「現実賠償」を求めることはできない。
共有関係は722条1項に対して解釈上特例を認め、共有物を損傷した共有者に対して他の共有者はその修補するよう請求できるのであろうか。
ウ 修補することの意思決定
しかし、修補は管理に関する事項であり、保存行為になる場合は各自が単独でなしうるが、そうでない限り修補するかどう修補するかの決定は持分の過半数で決定し、これを実行することになる。
そして、その費用は共有者の負担になるが、修補をした共有者が損傷をした共有者に対して損害賠償請求ができるだけである。
現実賠償を認める条文根拠は見当たらない。
エ 物権的請求権という結論
上記判決のいう原状回復請求とは物権的請求権の趣旨と理解するしかない。
※平野裕之稿/能見善久ほか編『論点体系 判例民法2 第3版』第一法規2019年p345
い 物権法
・・・最判平10・3・24は「原状回復」を請求できるといっているが、その内容は物権的妨害排除請求を認めるにすぎない。
「第三者によるとを問わず」と説明していることから、共有者間における特別な扱いをする趣旨ではないことがわかる。
したがって、共有物を損傷した場合に、その修補を請求することはできない。
※平野裕之著『物権法 第2版』日本評論社2022年p370
(3)平成10年最判の事案→共有農地の宅地造成(原状回復請求肯定)
前述の平成10年最判の事案は、共有の農地(土地)について、共有者の1人が土砂を搬入し宅地に変えた(造成した)というものでした。
裁判所は、この行為は変更行為に該当すると判断し、前述の判断基準(規範)にあてはめて、妨害排除請求を認めました。認めた妨害排除請求の中身は工事の禁止(差止)と搬入済の土砂の撤去(原状回復)です。
ここで、土砂の撤去は、具体的な状況によっては多額の費用がかかり、農地に戻よりも現状(宅地)維持の方が経済的には有利であることもあるでしょう。一般論としては、権利の濫用として、このような、トータルで客観的(経済的)にマイナスとなる請求を否定することもあります。しかし、平成10年最判は権利の濫用を適用しませんでした。
平成10年最判の事案→共有農地の宅地造成(原状回復請求肯定)
あ 工事内容
同物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)は、Hの死後畑として利用されていたが、被上告人が、本件土地上に家屋を建築する目的で、平成五年四月ころから同年七月ころまでの間、本件土地に土砂を搬入して地ならしをする宅地造成工事を行った結果、その地平面が北側公道の路面より二五センチメートル低い状態にあったものが右路面より高い状態となり、非農地化した、というのである。
い 「変更」行為該当性(肯定)
これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件土地は、遺産分割前の遺産共有の状態にあり、畑として利用されていたが、被上告人は、本件土地に土砂を搬入して地ならしをする宅地造成工事を行って、これを非農地化したというのであるから、被上告人の右行為は、共有物たる本件土地に変更を加えるものであって、他の共有者の同意を得ない限り、これをすることができないというべきところ、本件において、被上告人が右工事を行うにつき他の共有者の同意を得たことの主張立証はない。
う 認める妨害排除請求の内容(差止+原状回復)
そうすると、上告人は、本件土地の共有持分権に基づき、被上告人に対し、右工事の差止めを求めることができるほか、右工事の終了後であっても、本件土地に搬入された土砂の範囲の特定及びその撤去が可能であるときには、上告人の本件請求が権利濫用に当たるなどの特段の事情がない限り、原則として、本件土地に搬入された土砂の撤去を求めることができるというべきである。
※最判平成10年3月24日
5 共有土地上に建物所有→土地明渡請求否定(平成12年最判)(参考)
(1)平成12年最判の内容→共有土地上に建物所有
平成10年最判の事案は、共有の土地(農地)に建物を建築する目的で土砂を搬入したというものでした。
これと似ている事案の別の判例(平成12年最判)があります。共有の土地上に、共有者の1人Aが建物を(単独)所有していた、というものです。
他の共有者Bが建物の収去と土地の明渡を請求しましたが、これらの請求は認められていません。
AB共有の土地をAが単独で占有している状態であり、建物を所有することで土地を占有するという態様は、土地の通常の用法の範囲内(土地の物理的な変更を伴わない占有)といえます。そこで、平成12年最判の判断は特に変わったものではありません。
平成12年最判の内容→共有土地上に建物所有
※最判平成12年4月7日
(2)平成12年最判への批判的見解(平野裕之氏見解)
平成12年最判の結論と平成10年最判の事案を比べると、「建物の建築目的」は共通していて、「建物建築の完成後か完成前(着手前)か」という違いがあります。そして結論は妨害排除(原状回復)の請求を認めるか否定するかが違っています。このことについて平野氏は批判しています。
この点、平成12年最判の事案では、「共有者の1人が共有土地の変更行為をした」という事情が出てきていません。結論が異なる理由は、「共有者による(他の共有者の同意がない)変更行為の有無」であると思います。
平成12年最判への批判的見解(平野裕之氏見解)
あ 判例民法
(注・平成12年最判について)
しかし、明渡請求はできないことは既に判示されているところなので致し方ないが、建物の建築途中であれば1の論理(平成10年最判)が当てはまり収去請求できるはずであり、完成したら収去請求ができなくなる理由が釈然としない。
本判決は、前掲昭和41年最判の論理によるが、原状回復請求を否定するのは、むしろ権利濫用などによるべきであろう。
※平野裕之稿/能見善久ほか編『論点体系 判例民法2 第3版』第一法規2019年p346
い 物権法
判例は、土を盛った者に対して除去請求を認めながら(→21-50)(注・平成10年最判)、建物の建築を完成させた事例で、他の共有者による建物収去請求を退けている[→21-51)。
いずれも共有物の変更であるのに、より重大な後者につき請求を否定する理由は明らかではない。確かに土地の明渡しは請求できないが、共有物を妨害しているのであり、盛土の除去同様に妨害排除請求として建物収去請求はできるはずである。
21-50の最判平10・3・24の2の部分の傍論からすると、権利濫用によるべきであったように思われる。
※平野裕之著『物権法 第2版』日本評論社2022年p370、371
(3)平成12年最判の権利関係(共有物の変更行為なし)
平成12年最判の事案の権利関係を整理しておきます(大幅に簡略化したものです)。前述のように、「共有者が共有土地の変更行為をした」という経緯はありません。
平成12年最判の権利関係(共有物の変更行為なし)
6 平成10年最判と平成12年最判の中間的ケース
では、平成10年最判と平成12年最判の中間的な事情であったらどうでしょうか。
たとえば、AがBとの協議なく建物を建築中であるケース、あるいは、農地を駐車場に変えた(建物建築の意図はない)ケースなどです。
共有土地上に建物を建築することは、物理的な変更行為と、通常の用法に従った使用(=管理行為)が混ざったもの、といえると思います。これを前提とすると変更行為については前述した、「妨害排除請求が認められる」結論になるはずです。
農地を非農地化することも、物理的な変更を伴うし、また、他の共有者への影響が大きいという意味でも、変更行為として、妨害排除請求が認められる傾向が強いと思います。
7 共有土地上に建物建築→明渡請求否定(昭和58年東京高判)
以上の事案とは少し違うものとして昭和58年東京高判を紹介します。共有の土地上に共有者の1人が建物を建築しました。ただ、持分の過半数の共有者の賛成は得ていました。しかし、この裁判例では、共有者間の協議がなかったことを理由として(完全には)適法ではないという判断になりました。つまり共有者の1人が協議なく共有物を使用(占有)しているという扱いになります。そうすると前述のとおり、(当然には)明渡請求は認められない、という結論になります。
なお、協議の要否についてはいろいろな見解がありますが、現在では協議不要の傾向が強いです。
詳しくはこちら|共有物の使用方法の意思決定の方法(当事者・協議の要否)
それは置いておいて、建物を建築することは土地の物理的な変更を含みますし、土地共有者への影響が大きいという点からも(共有土地の)変更に分類されると考えられると思います。そうだとすると、共有者全員の同意は得ていない、という時点で(協議の要否に関わらず)、適法ではない共有物の変更行為として、平成10年最判が当てはまり、妨害排除請求権が認められる、ということになるはずです。
もしかしたら、平成10年最判と違って建物建築が完了したことが影響して明渡請求を否定したのだとすれば、違う結論に至った法的理由として権利の濫用などを明記する方がよかったと思います。ちょうど前述の平野氏の指摘(批判)がここでは当てはまります。
共有土地上に建物建築→明渡請求否定(昭和58年東京高判)
あ 過半数同意により共有の土地上に建物建築
・・・被控訴人は、控訴人を除く他のすべての共有者(共有持分の合計は六分の四)の同意を得て本件建物を建てたのであるから本件敷地部分を使用し得るのであり、・・・
い 協議を欠いたことによる意思決定(定め)否定(協議必要説)
控訴人を除いた他の共有者の同意のみをもつて、適法な協議を経たものということはできないし、・・・
う 違法・適法混在
そこで、本件のように、共有物の使用、収益に関しその定めがないうちに一部の共有者が共有物を占有して使用、収益を開始した場合に、他の共有者が共有持分権に基づく妨害排除請求として右行為の差止めを求めることができるか否かについて考える。
他の共有者との協議に基づかない一部の共有者による独占的な共有物の使用、収益が違法であることは前述のとおりであるが、右共有物の使用、収益権を奪われた他の共有者は、自己も共有物の全部を使用、収益することができるわけではなく、その持分の限度でそれが許されるにすぎない反面、独占的に使用、収益をしている一部の共有者は、その持分の限度内においては共有物を適法に使用、収益することができる関係上、同人が独占的にしている使用、収益の全部を違法ということはできず、違法とされるのは右の行為のうち同人の持分の限度を超える部分であるが、右部分は一個の不可分的な独占的使用収益行為のうちの観念的な一部であつて、これを具体的に特定識別することは不可能である。
え 結論→明渡請求否定+金銭請求可能
以上に述べたところから考えると、一部の共有者が共有物をほしいままに単独で使用、収益しているときでも、他の共有者は当然には共有物の全部の引渡を求めたり、又は右独占的使用収益行為の差止めを請求することはできないものと解するのが相当であり、この場合、共有物の使用、収益についての協議が成立するか、又は共有物の分割が行われるまでは、使用、収益権を奪われた他の共有者は、不法行為又は不当利得を理由とする金銭賠償によつて救済を求めるほかはないものと考えられる。
※東京高判昭和58年1月31日
8 過半数の同意がない軽微変更に対する妨害排除請求
令和3年改正で、物理的な変更があっても、軽微である場合には、持分の過半数で決定できる(管理行為扱いとする)規定ができました。
詳しくはこちら|共有物の「軽微変更」の意味や具体例(令和3年改正による新設)
では、持分の過半数の同意がないのに軽微変更に分類される行為をしてしまった(物理的には変更が生じた)場合はどうなるでしょうか。議論はみあたりませんが、適法化されない以上は、持分権の侵害にあたるので妨害排除請求が認められる、という前述の解釈(平成10年最判など)があてはまると思います。もちろん、個別的な事情によって権利の濫用として救済されることもあり得ます。
9 ビルへの自動ドア・カウンター設置→原状回復請求肯定
共有のビル(建物)に、共有者の1人が自動ドアやカウンターを設置したことが共有物の変更行為にあたると判断し、妨害排除請求を認めた裁判例があります。つまり、通常の占有(単なる占有)を超えたという判断です。前記の分類の中では、(前記※3)に該当します。
ビルへの自動ドア・カウンター設置→原状回復請求肯定
あ 事案
共有のビルを、共有者Aが単独で占有使用していた
Aは、他の共有者の同意を得ることなく自動ドア・カウンターを設置した
他の共有者Bが、建物の持分権に基づき、明渡や自動ドア・カウンターの撤去を請求した
い 裁判所の判断
明渡請求は認めない
自動ドア・カウンターの設置行為は建物に変更を加える行為である
撤去(原状回復)請求を認めた
※東京地判平成20年10月24日
10 居住用から店舗用への建物改造→明渡請求否定
前記の裁判例と同じように、共有建物に工事を加えたという事例について、別の裁判例もあります。
共有の建物の一部を居住用から店舗に改造したというものです。裁判所は、明渡請求を否定しました。
なお、原告は、原状回復をするために明渡を請求する、と主張していましたが、原状回復自体を請求しているわけではありませんでした。
裁判所は、共有者に対する明渡請求の基本(前記※1)の理論をそのままあてはめて、明渡請求を否定しました。
結局、裁判所が、改造工事が変更行為にあたるかどうかという判断はしていないように読めます。原告が原状回復を請求していれば、裁判所がこの改造工事を変更行為であると判断し、原状回復請求を認めた可能性も十分にあったと思います(ただし、状況によっては、権利の濫用として請求を否定したかもしれません)。
居住用から店舗用への建物改造→明渡請求否定
あ 事案
建物をA〜Dの4名が共有していた(持分は各4分の1)
DはEに共有持分を譲渡した
Eは建物の居住用であった部分を店舗用に改造した
Eは、建物を鮨屋と焼肉店として使用(営業)している
Eはこのような占有・使用についてCの了解を得ていた
A・Bは了解していなかった
(Cは共有持分をEに譲渡した)
A・BはEに対して明渡と金銭の請求をした
い 明渡請求→否定
多数持分権者と雖も共有物を単独で占有する少数持分権者に対し、当然にはその占有物の明渡を請求することができないものと解するのが相当である
明渡請求は認めない
う 金銭請求→肯定
共有者全員による使用方法の決定はなされていない
Eは単独で共有不動産を占有している
→A・Bに対しては法律上の原因なく利得を得ている
A・Bには損失が生じている
不当利得返還請求が認められる
金額=賃料の相場(床面積単価)を元に算定する
※東京地判昭和48年7月11日
11 占有以外による使用妨害→妨害排除請求肯定
共有者の1人が占有以外の方法で、他の共有者の使用を妨害することもあり得ます。
占有であれば、各共有者に権限があるので、共有者の1人による占有は一定の範囲で正当化できます。しかし、正当化できない行為で他の共有者の使用が妨げられている場合は、持分権侵害となる(否定できない)ので、妨害排除請求を認める(否定できない)ことになるのです。
通路となっている共有の土地に、共有者Yが単独所有する隣地から竹木の枝が張り出していて、通行に大きな支障が生じていたというケースで、裁判所は、妨害排除請求を認めました。具体的には、竹木の切除を命じました。前記の分類はすべて占有を伴う使用を前提としたものでした。本件は占有を伴わない行為(妨害)なので、前記の分類に該当するものはありません。
占有以外による使用妨害→妨害排除請求肯定
※横浜地判平成3年9月12日
12 共有の立木の伐採→差止請求肯定
以上の事案は、共有の不動産(土地や建物)に関する問題でした。これとは異なり、共有の立木の伐採が問題となったケースがあります。不動産以外のケースでも前記の分類はそのままあてはまります。
立木の伐採は、共有物そのものを損壊する行為であり、共有物の変更行為にあたる、または搬出して売却(法律的処分)する行為といえます。そこで、裁判所は伐採禁止の請求を認めました。前記の分類の中では、(前記※3)に該当します。
なお、判例の中では、「所有権の侵害」という言い回しが出てきています。これは持分権の侵害、と同じ意味だと思います。
共有の立木の伐採→差止請求肯定
あ 事案
立木の共有者の一人が他の共有者の同意を得ずに立木を伐採するのは、他の共有者の所有権の侵害にほかならず、他の共有者は自己の権利にもとづき伐採者に対して伐採禁止の請求をなすことができる。
※大判大正8年9月27日(要旨)
本記事では、特殊事情により、共有者に対する妨害排除請求(明渡や原状回復)が認めらる状況について説明しました。
実際には個別的な事情によって結論が違ってきます。
実際に共有物(共有不動産)の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。