【共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟・処分権主義・弁論主義)】
1 共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟・処分権主義・弁論主義)
共有物分割訴訟は、文字どおり、訴訟ですが、通常の訴訟とは大きく違うところがあります。そこで、一般的に、形式的形成訴訟の性質であると考えられています。
本記事では、共有物分割訴訟の性質や、特殊な扱いの内容について、基本的なことを説明します。
2 共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟)
共有物分割訴訟は通常の訴訟とは大きく異なる特徴があります。そこで、形式的形成訴訟であるという考えが一般的となっています。形式的形成訴訟とは、文字どおり、形成訴訟という性質と、形式的な訴訟(=本質は訴訟ではない=非訟)という性質の2つをもつ、という意味です。形成とは、裁判所が権利の変動を生じさせることであり、非訟とは、実体法(民法)に要件が定められていない、ということです。
形式的形成訴訟の性質を持つ訴訟としては、共有物分割訴訟以外に境界(筆界)確定訴訟があります。
共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟)
あ 共有物分割訴訟の法的性格
共有物分割訴訟は、形式的形成訴訟である
い 形式的形成訴訟の内容
次の「ア」「イ」の2つの性格を併せ持つ
ア 形成の訴え
実体法上の権利・法律関係の変動を裁判所に求める
イ 非訟事件
実体法上に要件の定めがない
※大阪高判昭和51年10月28日
詳しくはこちら|形成の訴えの分類(実体法上の形成の訴え・訴訟法上の形成の訴え・形式的形成訴訟)
なお、令和3年改正で、民法に分割方法の選択基準について条文上の記載が追加されましたが、ごくわずかであり、改正後も民法上に要件がない、ということに変わりはありません。
詳しくはこちら|全面的価格賠償と換価分割の優先順序(令和3年改正・従前の学説)
3 形式的形成訴訟という性質から導かれる各種扱い
前述のように、共有物分割訴訟は通常の訴訟とは大きく違うところがあります。具体的な違いの内容としては、弁論主義の適用がない、控訴審の不利益変更禁止の適用がない、処分権主義が制限される(後述)、というものです。
形式的形成訴訟という性質から導かれる各種扱い
あ 基本
共有物分割訴訟について
次の『い〜え』の特徴がある
形式的形成訴訟としての性格である
い 弁論主義→適用なし
分割の方法について
→裁判所は当事者の主張に拘束されない
→当事者が主張していない分割類型を選択できる(後記※1)
法律上の分割類型選択基準には拘束される
う 控訴審の不利益変更禁止→適用なし
原審判決より控訴人に不利な控訴審判決について
一般的には禁止されている
→共有物分割訴訟では適用されない
え 処分権主義→制限的
ア 一般的な訴訟における処分権主義(前提)
裁判所の判断が原告の申立と異なるまたは立証・主張が不十分である場合
→一般的な訴訟では裁判所は請求棄却にする
イ 共有物分割訴訟における処理
共有物分割訴訟では、裁判所は請求棄却にすることはできない
裁判所は判決(分割を実現)をすることになる
ウ 例外的な請求棄却(概要)
訴訟物である分割請求権が認定できない場合は請求棄却となる
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の訴訟物と既判力の範囲(分割請求権)
一般条項(権利の濫用や信義則違反その他)によって共有物分割訴訟において裁判所が請求棄却とすることがある
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における権利濫用・信義則違反・訴えの利益なし(基本・理論)
4 共有物分割訴訟における処分権(昭和57年最判)
(1)共有物分割訴訟における処分権の要点
前述のように、共有物分割訴訟では、当事者の処分権が制限されます。
正確にいうと、共有物分割請求権の行使をするかしないかについて(だけ)は、当事者に処分権があります。一方、具体的な分割の方法(分割類型の選択)は、裁判所に全面的な決定権限があり、当事者の主張が裁判所を拘束する(当事者が処分権を持つ)わけではありません。
理論的には、当事者が分割の方法の希望を主張すること自体が必要ではないことになります。ただし、当事者の希望は無視されるわけではなく、尊重されます。
実務では、共有物分割訴訟の訴状では、具体的な希望を記載するのが通常です。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の訴状の請求の趣旨・判決主文の実例
共有物分割訴訟における処分権の要点
あ 「分割請求」についての処分権→肯定
共有物分割請求訴訟において当事者が主張すべきことについて
単に共有物分割を求める旨を申し立てれば足りる
い 分割の方法(分割類型)についての処分権→否定
当事者は、分割の方法(分割類型)を具体的に指定することは必要でない
当事者の(分割方法についての)希望は、裁判所を拘束しない
(2)昭和57年最判・裁判例
処分権について判断した昭和57年最判と、それ以外の下級審裁判例の内容を紹介します。
昭和57年最判・裁判例
あ 昭和57年最判→処分権の範囲
共有物分割の訴えにおいては、当事者は、単に共有物の分割を求める旨を申し立てれば足り、分割の方法を具体的に指定することは必要でない
※最判昭和57年3月9日
い 昭和51年大阪高判→希望は「請求」扱いをしない
(なお、被控訴人は附帯控訴として予備的請求を追加したが、共有物分割の訴は、いわゆる形式的形成訴訟であるから、裁判所は分割の方法について当事者の主張に拘束されないのであり、控訴審において不利益変更禁止の原則も適用がない。したがつて、当裁判所としては、附帯控訴中、共有物分割に関する予備的請求は単に裁判所の注意を喚起するものに過ぎないものと認め、控訴に基づいて判断する。)
・・・
なお、共有物分割訴訟は形式的形成の訴であるから、右分割と異なる被控訴人の第一次請求については請求棄却の言渡はしない。
※大阪高判昭和51年10月28日
5 共有物分割訴訟における弁論主義
共有物分割訴訟で、裁判所が分割方法を判断、決定する際には、一定の要件(事実)があります。この点、一般的な民事訴訟では、個々の要件(事実)について当事者が主張しないと裁判所が自発的に認定することはできません(弁論主義)。
しかし、共有物分割訴訟は形式的形成訴訟の性質を持つことから、当事者の要件(事実)の主張がなくても裁判所が当該事実を認定することができることになります。
共有物分割訴訟における弁論主義(※1)
当事者が主張立証責任を負う事実ではない
※岡口基一著『要件事実マニュアル 第1巻 第5版』ぎょうせい2016年p390
6 非訟事件手続における証明の必要(事実上の立証の負担)(参考)
前述のように、共有物分割訴訟は非訟事件手続の性質を持つので、理論的には主張責任、立証責任(証明責任)というものはありません。しかし、実際に、特定の事実Aの立証ができない、つまり裁判所が事実Aを認定できないと、事実Aが認定できて初めて認められる効果が認められない(分割方法を選択できない)という構造はあります。この事実上の証明の負担は立証責任と同様の構造ですが、同じものではありません。「証明の必要」と呼ばれることもあります(主観的証明責任といいたくなりますが、これは別の意味を持つ用語です)。
非訟事件手続における証明の必要(事実上の立証の負担)(参考)
あ 伊藤眞氏・民事訴訟法
ア 立証責任なしの審理における事実上の負担(証明の必要)
・・・弁論主義をとらず、職権探知主義を採用する審理においても、証明責任の概念は不可欠である。
たとえば、売買契約にもとづいて物の引渡請求をする原告は、契約、すなわち申込みと承諾の事実について証明責任を負う。
その結果として原告は、真偽不明状態の発生を避けるために、これらの事実について立証活動を行う。
逆に、証明責任を負わない被告の側でも、原告の証明活動にもとづいて裁判官が確信を形成することを妨げるために、立証活動を行うことが通常である。
しかし、これは、被告に対して証明の必要という事実上の負担が発生することを意味するのみであり、真偽不明状態にもとづく法律効果の不発生という法律上の不利益、すなわち証明責任が生じることを意味するものではない。
当事者の主観的立証活動の必要と区別する意味で、証明責任は、客観的証明責任と呼ばれることがある。
※伊藤眞著『民事訴訟法 第7版』有斐閣2020年p382、383
い 松谷佳樹氏・財産分与事件の審理の実情と課題
ア 民事訴訟における立証責任(前提)
また、民事訴訟では、主要事実ごとに証明責任が観念され、その分配について、裁判実務においては、法律効果発生の根拠となる法律の規定の形式を基礎として、証明責任の分配を考える立場、いわゆる法律要件分類説が主流となっている。
イ 非訟事件手続における立証責任(特殊性)
家事審判では、特定の主要事実が観念できないことが多く、ある事実の存否が必ずしも特定の法律効果に直結するとはいえないため、証明責任といっても、民事訴訟と全く同じものではないが、ある事実の存否不明の場合に誰の不利益に考慮するかという民事訴訟の証明責任と同様な問題は生じる(以下、上記に述べたような意味で、証明責任という言葉を使用する。)。
※松谷佳樹稿『財産分与事件の審理の実情と課題』/『法の支配191号』日本法律家協会2018年p53
7 共有物分割訴訟の性格に関する理論と実務の違い
以上のように、共有物分割訴訟では、(通常の訴訟よりも)当事者のアクションの比重が軽いといえます。しかしこれは理論的・講学的なものです。
実務においては当事者の主張・立証が結果に大きな影響を与えます。例えば当事者の希望自体が判断対象となっています。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
この点、テーマが異なりますが、弁護士の受任における利益相反の判断でも共有物分割訴訟の法的性質が議論されています。
弁論主義が制限されていますが(前記)、現実には主張・立証の対立があるという判断をした裁判例があります。
詳しくはこちら|協議と賛助や依頼の承諾による弁護士の受任の利益相反
とにかく、実際の共有物分割の交渉や訴訟では、戦略的に主張を構成し、的確・効果的な立証すべきです。
8 形式的形成訴訟という性質に関する再検討(概要)
前述のように、共有物分割訴訟は形式的形成訴訟である、ということを前提として、いろいろな法的扱いが導き出されています。このことについて、形式的形成訴訟である、というのは違うのではないか、という疑問も指摘されています。
少なくとも昭和57年最判の当時は形式的形成訴訟という扱いで問題はなかったけれど、現在では、分割方法の多様化が進んでいることもあり、過去の扱い(解釈)はもう成り立たない、というような指摘です。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における当事者の希望の位置づけ(希望なしの分割方法の選択の可否)
9 分割請求権の存否→「訴訟」扱い(概要)
以上の説明は、共有物分割訴訟の審理の中のメイン部分である分割方法の選択・判断についてのものでした。この点、分割請求権の存否の審理だけは異なります。訴訟物であり、既判力を持つのです。実質的にも(非訟ではなく)訴訟の扱いとなるのです。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の訴訟物と既判力の範囲(分割請求権)
そこで、通常の訴訟と同じように、主張・立証責任があり、裁判所がこれを認定できない場合は請求棄却をすることになります(前述)。
本記事では、共有物分割訴訟の性質について説明しました。
共有物分割の交渉や訴訟のノウハウはとても幅広く、また細かいものがあります。
実際に共有物(共有不動産)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。