【共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)】
1 共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
共有物分割の分割類型の中で、活用されることが多いものは全面的価格賠償です。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の基本(平成8年判例で創設・令和3年改正で条文化)
本記事では、全面的価格賠償が認められるための要件を説明します。
2 全面的価格賠償の要件の簡略版
全面的価格賠償の要件の詳しい内容はとても複雑です。そこで最初に、大幅に簡略化した要件をまとめます。
実際の案件において全面的価格賠償が認められるかどうかの大雑把な判断をする時に役立ちます。
全面的価格賠償の要件の簡略版
あ 取得の希望
共有者の1人A(現物取得者)が共有物を取得する(単独所有にする)ことを希望している
い 相当性
Aが共有物を取得することが合理的である
対象不動産を使用する必要性の高さで判断される
う 賠償金額の妥当性
Aが他の共有者(対価取得者)に支払う金銭(賠償金)の金額が客観的な評価額と整合している
え 資力
Aが、賠償金(う)を実際に支払うことが可能である
3 全面的価格賠償が選択される典型的状況
さらに、大まかに実際の状況をイメージするために、全面的価格賠償が選択される状況の典型例をまとめます。
共有持分比率が大きい共有者が、持分比率が小さい共有者から持分を取得する、というものや、長期間占有(居住)してきた共有者が他の共有者から持分を取得するというケースが典型です。
全面的価格賠償が選択される典型的状況
あ 持分比率が大きい共有者による取得
共有者間の持分比率に極端な差がある事案は、全面的価格賠償の方法による共有物分割に親しむ事案の典型例といえるであろう
※『判例タイムズ931号』p144〜
全面的価格賠償の方法による分割の適用場面の1つとして、対価取得者の有する持分の割合が僅少である場合が考えられる
※『判例タイムズ1002号』p114〜(三1(1))
い 占有する共有者による取得
対象不動産を長期間占有していた(現在も占有している)共有者が取得すること
→全面的価格賠償が選択される典型例である
4 平成8年判例の規範部分の引用
ここから、全面的価格賠償の要件の詳細な内容に入ってゆきます。
まず、要件を定立した平成8年判例の中の要件が示されている部分を引用します。
なお、判決中で「賠償(させる)」という語が使われていますが、厳密な性質と整合していない、という指摘もあります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の「賠償金」の用語と性質
また、令和3年改正で全面的価格賠償が条文に登場しましたが、要件は一切示されていないので、平成8年判例の規範はそのまま生きているといえるでしょう。
平成8年判例の規範部分の引用
あ 判例による規範
当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは、共有物を共有者のうちの1人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる方法、すなわち全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである。
※最高裁平成8年10月31日・1380号事件
い 令和3年改正(参考)
令和3年改正の民法258条2項2号として、全面的価格賠償が明文化された
詳しくはこちら|令和3年改正民法258条〜264条(共有物分割・持分取得・譲渡)の新旧条文と要点
分割方法が明記(追加)されるにとどまり、その要件は一切示されていない
5 全面的価格賠償の要件の機械的分解
前記の判例の要件は読み取りにくいので、機械的(形式的)に分解します。
全面的価格賠償の要件の機械的分解
あ 全面的価格賠償を認める要件
特段の事情が存するときは、全面的価格賠償の方法による分割をすることができる
い 「特段の事情」の内容
相当(性)と実質的公平(性)の両方が認められる場合に、「特段の事情」ありとなる
う 「相当性」の考慮要素
『ア〜オ』の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であるかどうかを判断する
ア 当該共有物の性質及び形状イ 共有関係の発生原因ウ 共有者の数及び持分の割合エ 共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値オ 分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無(※3)
え 「実質的公平性」の内容
『ア・イ』の両方が認められる場合に、実質的公平を害しないことになる
ア 適正評価
共有物の価格が適正に評価されている(後記※1)
イ 支払能力
当該共有物を取得する者に賠償金の支払能力がある(後述)
※最高裁平成8年10月31日・1380号
6 相当性の判断要素の比重
平成8年判例では、前記のように、「相当性」の判断要素を5つ示しています。この5項目の中では、利用状況が特に重視されるという指摘があります。要するに、それまで当該不動産で居住や事業を行っていた共有者に全体を取得させることを認める傾向が強いということです。
相当性の判断要素の比重
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1590
7 相当性判断における社会的利益の影響
全面的価格賠償の相当性の内容として、経済的価値(エ)があります。平成8年判例より前の(全面的価格賠償とは関係ない)議論の中でですが、経済的価値に関して、社会的な利益も考慮するという指摘があります。その後の平成8年判例では、この指摘のとおりに、現物分割と全面的価格賠償について、地域社会の利益の考慮がなされています。
相当性判断における社会的利益の影響
あ 現物分割における社会的利益の考慮
(全面的価格賠償とは関係ない議論として)
ただ共有物分割請求での問題は、このような意味での具体的な分割内容の可能性は前述のような意味ではなく、各共有者間での社会経済上の見地からの現物分割の可能性、経済的・社会的に分割後の目的物件について経済的・社会的利用・占有方法において、有益的利用が確保することができること、その意味では経済的価値にも基本的に大きな変動の生じにくいことが必要となるといえようか。
※奈良次郎稿『共有物分割訴訟をめぐる若干の問題点』/『判例タイムズ879号』1995年8月p62
い 全面的価格賠償における社会的利益の考慮(概要)
平成8年判例(の1つ)では、病院経営を維持することによる地域社会への貢献が判断過程として示された
※最判平成8年10月31日・677号
詳しくはこちら|現物分割の不合理性を全面的価格賠償の相当性の1事情とした裁判例の集約
8 相当性が認められる典型的な事情(概要)
「相当性」とは要するに、特定の共有者に全体を取得させることが妥当・適切か、という評価のことです。前記のように5項目が示されていますが、実際の判定は簡単ではありません。これについては、具体的にどのような事情があれば「相当性」が認められるか、ということを別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情
9 共有物の価格の適正評価(概要)
全面的価格賠償によって完全所有権を得た者A(現物取得者)は念願がかない、満足な結果となります。一方強制的に所有権(共有持分権)を取り上げられた者B(対価取得者)は、その代わりに賠償金を獲得します。金額が適正であれば公平である(Bだけ不利に扱ったわけではない)といえます。
そこで、2つ目の要件である実質的公平性の中身の1つ目が(共有物の)適性評価なのです。
実際には、当事者の間で意見が対立しやすい点です。詳しい内容は別の記事で説明しています。
共有物の価格の適正評価(概要)(※1)
共有物の価格は、卸売価格(競売を前提とした価格)ではなく、取引価格ないし時価そのものである
詳しくはこちら|全面的価格賠償における価格の適正評価と共有減価・競売減価
原則として裁判所の鑑定によって評価する
詳しくはこちら|全面的価格賠償における共有物の価格の評価プロセス(鑑定)
10 現物取得者の支払能力(概要)
前述のように、対価取得者Bは適正な金額の賠償金を獲得するので公平が保たれるのですが、正確には、判決によって請求権(債権)を取得する(にとどまる)のです。一方、現物取得者Aは判決確定でBの共有持分権を取得します(登記は後日行うとしても、権利は判決確定とともに移転します)。
Aが近日中にBに賠償金を全額支払えば公平は保たれますが、支払わない、支払えなくなった、という場合は著しい不公平な結果となります。
そこで、支払われないことが生じないように、「現物取得者に賠償金の支払能力があること」が、実質的公平性の中身の1つとなっているのです。たとえば、賠償金の金額を超える預貯金をもっている、ということで支払能力を証明する必要があるのです。事案によっては、融資の見込み(融資証明書)で支払能力が認められることもあります。支払能力については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における現物取得者の支払能力の要件(内容・証明方法と判定の実例)
11 全面的価格賠償と現物分割の優劣関係(概要)
全面的価格賠償の要件の主要な説明は以上のとおりです。ところで、現物分割と全面的価格賠償との優劣関係という問題もあります。つまり、全面的価格賠償を選択するには、現物分割が不可能であることが必要なのかどうか、という解釈論です。
これについてはいろいろな見解がありました。
詳しくはこちら|全面的価格賠償と現物分割の優先順序(令和3年改正前)
この点、令和3年の民法改正で、全面的価格賠償と現物分割は同順位(同列)であることが明確になりました。
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の明確化・全面的価格賠償の条文化(令和3年改正民法258条2・3項)
ただ、実務では、改正前も改正後も、現物分割を希望する共有者がいる場合、その内容が、当事者の希望の合理性(前記※3)として判断要素になる、という扱いは同じであるといえると思います。
12 全面的価格賠償における処分権主義・弁論主義(概要)
ところで、理論的には当事者が全面的価格賠償という分割類型を主張や請求する必要はなく、また、以上で説明したような全面的価格賠償の要件(事実)を主張する必要もないことになります。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟・処分権主義・弁論主義)
そうは言っても、形式的形成訴訟という性質から導かれる形式的な結論にすぎません。最近では別の見解も有力となりつつあります。
いずれにしても実際には、明確に自身が対価を払ってでも共有物(全体)を取得したいという希望を表明し、また、その合理性(相当性・実質的公平性)を十分に主張、立証しないと全面的価格賠償の判決を獲得できないリスクが高くなります。
本記事では、全面的価格賠償の要件について全体的に説明しました。
実際には、個別的な事情によって法的扱いが違ってきます。
実際に共有物(共有不動産)の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。