【全面的価格賠償における価格の適正評価と共有減価・競売減価】
1 全面的価格賠償の賠償金の算定
共有物分割において、全面的価格賠償を用いる場合には、賠償金を定めることになります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の基本(平成8年判例で創設・令和3年改正で条文化)
実際には、賠償金の算定に関して意見が熾烈に対立することがよくあります。
本記事では、賠償金の算定の内容(計算方法・理論)について説明します。
2 共有物の価格の適正評価
全面的価格賠償の要件の中には、共有物(全体)の価格が適正に評価されることが含まれています。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
具体的には、卸売価格(競売による売却代金)ではなく時価によるという意味です。なお、平成10年最高裁の補足意見では競売した場合の配当金というコメントが登場していますが、これは卸売価格であることを認めるものではないと思えます。
共有物の価格の適正評価(※1)
あ 適正評価→取引価格・時価
共有物の価格は、分割時における当該共有物の客観的交換価値に準拠して算出される必要がある。
この価格は、競売不動産の鑑定評価額のように不動産が民事執行法による売却に付されることを前提とした価格(言わば卸売価格)ではなく、取引価格ないし時価そのものである。
・・・この適正価格の決定を通じて、持分と賠償金との形式的等価性が確保されることになる。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p891
い 競売との比較(参考)
(現物取得者が判決確定後一定の期間内に裁判所の定める一定の額の金員を支払うことを条件として当該共有物を被告の単独所有とする判決において)
現物取得者の支払うべき金員の額は、当該共有物の口頭弁論終結時における市場価格を基礎として、これを競売した場合に対価取得者が取得し得るであろう配当金等の額を下回ることのないように定められるべきである
※最高裁平成10年2月27日・河合裁判官の補足意見
3 全面的価格賠償における共有減価→否定
(1)一般的な共有減価の意味と減価割合(概要)
ところで、一般論として、共有持分の取引(売買)では、代金は、共有であることによりディスカウントされます。これを共有減価と呼びます。これは、100%所有権と比べて、活用(使用・収益)する上で制限が多く、また、共有を解消としても手間、時間、コストを要するという不便な特徴が理由となっています。共有減価割合として決まった数値はありませんが、実務では20〜30%に収まることが多いです。
詳しくはこちら|共有減価の意味(理由)と減価割合の判断要素・相場
(2)全面的価格賠償における共有減価→否定
全面的価格賠償は、経済的な面では、共有持分の売買と同じです。そこで、賠償金の計算でも共有減価を適用するという発想が生じます。
しかし、全面的価格賠償の場合の現物取得者は結果的に100%の所有権を実現するので、共有減価は適用しない解釈が一般的となっています。
全面的価格賠償における共有減価→否定(※2)
あ 全面的価格賠償の特徴
全面的価格賠償の結果について
→『共有』を脱する=単独所有になる
→『共有』による制約・不都合はなくなる
い 全面的価格賠償における共有減価
ア 解釈
全面的価額賠償の賠償金算定において
→一般的に共有減価を適用しない
※東京地判平成17年10月19日
※東京地判平成26年10月6日
※非公開裁判例令和3年(当事務所扱い事例)
イ 計算方法
賠償金 = 共有物(全体)の価格(前記※1) × (各対価取得者の)共有持分割合
(3)部分的価格賠償における共有減価→否定(参考)
前述のように全面的価格賠償では、共有減価はしないのですが、これは部分的価格賠償でも同じです。部分的価格賠償は現物分割の一種なので、全面的価格賠償とは種類が違うといえるのですが、分割の結果として、共有による制約がなくなるということは同じだからです。
部分的価格賠償における共有減価→否定(参考)
※東京地判平成25年7月19日
4 全面的価格賠償における競売減価→否定
(1)一般的な競売減価(概要)
ところで、一般論として、競売における売却では、競売であることにより売却金額が下がってしまうことになります。これを競売減価(競売市場修正)と呼びます。減価率について決まった数値はないですが、実際には30%が使われることが多いです。
詳しくはこちら|不動産競売における競売減価(理由と減価率相場)
(2)全面的価格賠償における競売減価→否定
共有物分割訴訟では、仮に全面的価格賠償も現物分割も認められない(できない)場合には換価分割となります。そうなると競売によって共有物(全体)を売却することになります。そこで競売であることにより売却金額は下がってしまうことになります。
換価分割の場合の結論と合わせて、全面的価格賠償の賠償金の計算でも競売減価を適用するという発想もあります。しかし、全面的価格賠償は競売による売却とは違うので、競売減価を適用することを否定する見解が一般的となっています。
全面的価格賠償における競売減価→否定(※3)
あ 換価分割との比較
仮に換価分割となった場合
→競売で売却することになる
→一般的取引よりも大幅に売却金額が下がる
→共有者が得る金額は競売減価が適用されたものになるといえる
い 全面的価格賠償における競売減価
実質的に共有者間の取引である
→競売の特殊性(前記※4)に該当しない
→一般的に競売減価を適用しない
※東京地判平成17年10月19日
※非公開裁判例令和3年(当事務所扱い事例)
5 協議による共有物分割における共有減価・競売減価
以上の説明は、法的・理論的な賠償金の計算方法です。つまり、裁判所が全面的価格賠償の判決をする時の賠償金の定め方ということです。
逆に、共有者全員が合意する場合には、当然ですが自由に金額を定めることができます。現実には純粋な時価(に持分割合をかけた金額)よりも低い金額を賠償金として定めるケースもよくあります。
協議による共有物分割における共有減価・競売減価
6 分割対象外の不動産(隣接地)との一体評価
事案によっては、共有物分割の対象となる共有不動産と、対象外の不動産がセットになる状況もよくあります。たとえば、AB共有の土地の隣に、共有者Aだけが所有する土地が存在するケースや、AB共有の土地の上に、共有者Aだけが所有する建物が存在するケースです。
この場合でも、対価取得者(持分を失う者)の立場からは、共有の土地を単体で評価することになりますが、現物取得者の立場としては、これらの対象外の土地や建物と共有土地がセットになるので、利便性が高い状態となります。つまり、現物取得者の立場では評価額が高いといえます。
どちらの立場で評価するのが適正なのか、という問題といえます。通常は、分割対象の土地だけを単体で評価しますが、他の不動産と一体として評価した裁判例もあります。
なお、共有減価をしないということも同様に考えると、現物取得者の立場で評価したということになっています。
分割対象外の不動産(隣接地)との一体評価
※東京地判平成26年10月6日
7 関連テーマ
(1)土地の評価における建付減価・使用貸借相当額控除(概要)
一般論として、建物の敷地となっている土地については、すぐに使用できない不都合を評価に反映させる、建付減価がなされます。また、無償で土地の使用を承諾している状況では、その不都合を評価に反映させるため、使用貸借相当額の控除を行います。
全面的価格賠償の賠償金の算定では、建付減価や使用貸借相当額の控除をするかしないかについて統一的見解はありません。
このことについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の賠償金算定における建付減価・使用貸借相当額減価
(2)現物分割・部分的価格賠償における評価の特徴(参考・概要)
全面的価格賠償の賠償金の評価は、対象となっている財産(共有物)の評価額を出すことです。これに近いことが、現物分割や部分的価格賠償でも行われます。現物分割(部分的価格賠償を否定した)の事例では老朽化した建物の価値をゼロとした裁判例などがあり、これは全面的価格賠償における評価でも参考となるでしょう。
現物分割・部分的価格賠償における評価の特徴(参考・概要)
その際、次のような扱いをする実例(裁判例)がある
ア 老朽化した建物の価値をゼロとするイ 過不足が小さい場合は賠償金を不要とする 詳しくはこちら|部分的価格賠償の基本(昭和62年判例・法的性質・賠償金算定事例)
(3)共有物の価格の適性評価のプロセス(鑑定・概要)
以上のように全面的価格賠償の賠償金の計算は共有物の時価を元にします。ところで、実際に価格の適正な評価をするプロセスは、裁判所の鑑定が基本です。ただし、私的鑑定を用いることもあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における共有物の価格の評価プロセス(鑑定)
(4)賠償金の計算における被担保債権相当額の控除(概要)
以上の説明では、共有物に担保の負担がないことを前提としています。実際には共有不動産に抵当権が設定されているケースもよくあります。このような不動産について全面的価格賠償の判決となる場合には被担保債権の残額を控除することも控除しないこともあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の賠償金算定における担保負担額の控除
本記事では、全面的価格賠償の賠償金の算定方法(理論)について説明しました。
実際には、具体的事情によって法的扱いや最適なアクションが違ってきます。
実際に共有物(共有不動産)の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。