【全面的価格賠償の賠償金算定における担保負担額の控除】
1 全面的価格賠償の賠償金算定における担保負担額の控除
共有物分割訴訟において全面的価格賠償を選択する場合、賠償額を算定することが必要です。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における価格の適正評価と共有減価・競売減価
対象の共有不動産に担保権が設定されていることもよくあります。
この場合に、賠償金算定上の担保権の扱いが問題となります。本記事では、このことについて説明します。
2 京都地判平成22年3月31日による基準
(1)不動産取引における担保負担分控除の理由(前提)
京都地判平成22年3月31日は、賠償金算定において、担保負担分の控除をするかしないかの判断基準を示しました。以下、この裁判例の内容を説明します。
この裁判例は、判断基準に入る前に、考え方の前提(参考)となることを指摘しています。
前提のひとつ目は、一般論として、不動産を担保がついたままで売買する場合は被担保債権額を控除することが多いということの確認をしています。通常の取引では担保などの負担はすべてなくした状態で行われますが、担保を残すというイレギュラーな状況は、被担保債権の返済が行き詰まっているというものであることがほとんどなのです。つまり、債務者の資力が乏しいという背景があるのです。
不動産取引における担保負担分控除の理由(前提)
※京都地判平成22年3月31日
(2)競売における配当(剰余金交付)の構造(前提)
換価分割となった場合の競売で、対象の不動産に担保が設定されている場合、通常は、担保権者への配当を行う方式(消除主義)がとられます。
詳しくはこちら|形式的競売の担保権処理は引受主義より消除主義が主流である
その結果、共有者が得るのは配当(返済)後の残額です。
以上のように、取引でも競売でも所有者(共有者)が得る金額は、被担保債権額が控除されたものとなります。しかし、だからといって担保権の設定された不動産の価値が、時価から担保負担分を控除した額である、というわけではありません。
一時的に所有者が得る金額は減っていますが、その後、債務者に対して求償権を行使できるからです(後述)。
競売における配当(剰余金交付)の構造(前提)
※京都地判平成22年3月31日
(3)担保負担のある不動産の価値の検討
以上のような事情をすべて含めて、担保権を負担している不動産の価値を言い表すと、不動産そのものの価値から担保負担額を控除した上で、最後に求償権の回収見込み額を加算する、ということになります。
担保負担のある不動産の価値の検討
あ 想定する状況
不動産甲に担保権が設定されている
所有者A
担保権者B
(被担保債権の)債務者C
い 債務者による完済
ア 状況
債務者Cが債務を完済した場合、担保権は消滅する
Aが負う負担が具体化しないままとなる
イ 結論
担保負担のある不動産の価値=時価そのもの
う 担保権の実行(求償権・代位)
ア 状況
Bが担保権を実行した場合
Aは不動産甲(所有権)を失い、(あれば)剰余金交付を受ける
AはCに対して、求償権を持つ
Aは、Cが有していた権利(他の担保権)を行使できる
※民法351条、500条
(参考)物上保証人の求償権は別の記事で説明している
詳しくはこちら|物上保証人の求償権(委託の有無による求償権の範囲)
イ 結論
担保負担のある不動産の価値
=時価 − 被担保債権額 + 求償・代位による回収額
(4)判決文の担保負担分控除の有無の判断基準部分
平成22年京都地判は、全面的価格賠償の賠償金の算定で担保負担分を控除するかしないか、を一般論として示しています。この判断基準は、前述した、担保負担のある不動産の評価を前提としているといえるでしょう。
判決文の担保負担分控除の有無の判断基準部分
※京都地判平成22年3月31日
(5)担保負担分控除の判断基準の整理
裁判例が示した前記の判断基準は評価を含むもので、少し分かりにくいです。そこで、具体的な事情を想定して、判断結果(あてはめた結果)を整理します。
担保負担分控除の判断基準の整理
あ 債務者の無資力リスクの程度の検討
債務者自身の資力と、被担保債権に関する他の物的・人的担保も考慮する
無資力リスクが低い→控除しない
無資力リスクが高い→リスクを誰が負担するかを検討する→「い」へ
い 共有者間での公平なリスク分配
(債務者の無資力リスクが高い場合)
無資力リスクを公平に分担する
→対価取得者が負担するリスク相当額を控除する
(6)判決文の判断基準への事案のあてはめ部分
平成22年京都地判は、前記のような判断基準を立てた上で、事案の内容(事情)をあてはめています。
内容は、債務者の無資力リスクは低い、かつ、無資力リスク(あると仮定して)は対価取得者は負担させない、というものです。2つの要素ともに担保負担分を控除しないという結論に至ります。
判決文の判断基準への事案のあてはめ部分
あ 債務者の無資力リスクの程度
・・・本件根抵当権の債務者はFであり、・・・、Fは、順調とはいえないまでも、本件根抵当権の被担保債権に係る債務の弁済を継続しており、直ちに無資力に陥る状況にあるとは認められない。
い 共有者間での公平なリスク分配
また、Fが無資力になるリスクがあるとしても、Fは被告らの同族会社というべきものであって、そのリスクは被告ら(注・現物取得者)が負うのが公平であり、原告ら(注・対価取得者)に負わせるべきではない。
う 控除の有無の結論(否定)
以上の検討により、全面的価格賠償に当たって基準とする本件土地の価格については、本件根抵当権の被担保債権の額を控除せず、・・・、6678万8000円とすべきである。
え 分割方法の選択(参考)
上記価格を前提とすると、被告らが本件土地を取得するための原告らに対する賠償金は、原告Aに対し649万2000円、原告Bに対し354万5000円の合計1003万7000円(いずれも100円以下切り捨て)となるところ、弁論の全趣旨によれば、被告らにこの賠償金を支払う資力がないので、被告らに全面的価格賠償をさせて本件土地を取得させることはできない。
・・・
本件土地について、競売を命ずることにする。
※京都地判平成22年3月31日
3 担保への複数の共有者の関与による複雑化
以上の説明で出てきた具体例や事案の内容は、比較的結論がはっきりと出やすいものでした。しかし、実際には事情が複雑で前記の判断基準だけでは簡単に結論を出せないことも多いです。というのは、担保に複数の共有者がいろいろな形で関与している、ということが多いのです。もともと共有者同士は近親者であって、共有と関係ない部分も含めて人間関係が続いているということがむしろ普通である、ということが背景となっています。
担保への複数の共有者の関与による複雑化
あ 共有者間の典型的な関係性
兄弟・親子・夫婦(内縁含む)
い 被担保債権の傾向
複数の共有者が、被担保債権に関係する債務を負っていることも多い
例=連帯債務・連帯保証
う 賠償金算定における判断への影響
(「い」のように)
複数の共有者が被担保債権に関わっている場合、賠償金算定における担保負担分の控除の有無をはっきりと判断できないことになる
4 控除なしで担保責任・支払拒絶権の規律に委ねる発想
(1)抵当権つき不動産売買の担保責任・支払拒絶権(概要)
ところで民法上、抵当権つきの不動産の売買に関してルールが用意されています。それは担保責任とその前段階の措置としての代金の支払拒絶権です。
詳しくはこちら|抵当権や仮登記の負担つきの不動産売買(担保責任・支払拒絶権)
(2)全面的価格賠償の賠償金は控除なしで担保責任などに委ねる発想
共有物分割も売買の性質があり、担保責任の規定は適用されます(民法261条)。
詳しくはこちら|共有物分割の法的性質と契約不適合責任(瑕疵担保責任)
そこで、全面的価格賠償の賠償金の算定で担保負担分の控除をしなくても、すでに用意してある民法のルールに委ねるだけで公平なバランスが実現する、とも思えます。
ただし、判決で定めた賠償金の金額が、担保負担分を織り込み済みの場合は担保責任や支払拒絶権はないことになります。
詳しくはこちら|抵当権や仮登記の負担つきの不動産売買(担保責任・支払拒絶権)
このように判決の中身によって扱いが変わることになります。そこで、当事者としては裁判所に、抵当権消滅を条件として賠償金支払を命じる判決(後述)を要請する対処も有用です。
この点、共有者が訴訟終盤(または判決後)、妨害的に(こっそりと)抵当権をつけるケースもあります。そのようなケースでは判決に「抵当権消滅の条件」を取り込むことはできず、判決後に担保責任や支払拒絶権の主張をすることにならざるを得ません。
詳しくはこちら|共有物分割の結果と抵触する処分(妨害行為)の効力
(3)建物買取請求における担保負担→控除否定(概要)
裁判所が実質的な不動産売買の代金を決めるというシチュエーションは全面的価格賠償のほかにもあります。それは借地における建物買取請求です。建物について売買契約が成立する扱いをするというものですが、ここでも代金(時価)の算定が問題となります。
昭和39年最判は、建物に抵当権などの権利の負担があるケースについて、負担分の控除をしないという見解を採用しています。要するに、担保責任や支払拒絶権の規律に委ねる、という意図であると思います。また、被担保債権の残額や将来の弁済の可能性、債務者の資力を裁判所が審査することの問題を回避することが好ましいという判断があったとも思われます。
詳しくはこちら|建物買取請求の時価算定における負担の扱い(賃借権・担保権・仮登記)
共有物分割にも当てはまることが多いと思います。
5 賠償金算定において担保負担額控除の判断をした裁判例
(1)担保負担額控除をした裁判例(平成13年東京高判)
実際に賠償金の算定において、担保負担の処理が行われた裁判例はほかにもあります。以下紹介します。
まず、根抵当権の被担保債権の(現時点の)残額を、賠償金算定で控除した裁判例です。判決文からは、控除するかどうかが争点とはなっていなかったようです。当然のように担保負担額を控除しています。ちなみに、被担保債権の債務者は共有者ではない法人ですが、その法人の株式のすべてを現物取得者の1人Mが有していました。つまり、実質的には現物取得者が債務者という状態でした。前述の一般的基準では、控除しない方に分類されるはずですが、おそらく、会社が債務を負った状態で100%株式を有する父が亡くなって、Mが相続により株式(実質的には会社を)承継したという事情があったので、これが考慮されたとも読み取ることもできると思います。
担保負担額控除をした裁判例(平成13年東京高判)
あ 「被告会社」の株式の承継→長男M
亡菊太郎の生前から、長男である一審被告Mが一審被告会社の経営を任され、・・・一審被告Mが一審被告会社の株式全部を取得し、・・・
い 根抵当権の状態→債務者は「被告会社」
亡Kは、本件鉱泉地に債務者を一審被告会社、権利者を駿河銀行とする極度額六〇〇〇万円と極度額一〇〇〇万円の二口の根抵当権を設定したが、平成一二年一二月三一日現在のその被担保債権残高合計は五三〇〇万二〇〇〇円である。
う 適正評価(賠償金算定)→被担保債権の負担控除
・・・本件鉱泉地及び本件鉱泉源泉の適正価格は鑑定評価額合計一億六六〇〇万円からS銀行の根抵当権の被担保債権残額五三〇〇万二〇〇〇円を控除して算出される一億一二九九万八〇〇〇円であり、一審原告Aの有する持分四分の一の適正価格は二八二四万九五〇〇円であるものと認められるところ、これを平等の割合で取得する一審被告M及び同Hにはその二分の一に相当する一四一二万四七五〇円について支払能力があるものと認められるから、一審原告Aにはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないものと認められる。
※東京高判平成13年4月26日
(2)元夫婦間で担保負担額控除をしなかった裁判例(概要)
夫婦が離婚する際に、共有の住居をそのままにして、後から共有物分割訴訟となった裁判例で、いろいろな特殊な扱いがなされたものがあります。
裁判所は元妻が取得する全面的価格賠償を採用したのですが、住宅ローン残額(担保負担額)の控除はしませんでした。というのは、元妻が主張する賠償金の金額自体が、ローン残額の控除をしていないものだったのです。そして、賠償金の金額の方がローン残額よりも大きかったので、賠償金を支払った後に、ローンは完済できることになり、元妻が、「抵当権実行→求償権発生(→回収不能)」というリスクを負うことはほとんどないといえる状況もありました。判決の中で詳しい説明はありませんでしたが、内容としては、前述の判断基準に沿う結論になっています。
元夫婦間で担保負担額控除をしなかった裁判例(概要)
不動産には元夫を債務者とする抵当権が設定されていた
裁判所は、元妻が取得する全面的価格賠償を採用した
賠償額の算定では、担保負担額(住宅ローンの残額)の控除はしなかった
元夫の共有持分の評価額から、住宅ローンの返済のうち、元妻の特有財産から拠出した部分の控除をした
共有持分割合は、購入資金の負担の状況から、登記とは異なる割合を認定した
※東京地判平成26年10月6日
詳しくはこちら|離婚後の元夫婦間の共有物分割(経緯・実例)
(3)共有持分の担保負担分を賠償金から控除しなかった裁判例(概要)
以上の説明は、共有物全体に担保が設定されていたということを前提としています。この点、共有持分のみに担保が設定されているという事案もあります。この場合にも、基本的な考え方の枠組みは同じといえます。このパターンの実例(裁判例)については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|共有持分の担保権を全面的価格賠償の賠償金に反映しなかった裁判例(平成15年広島高判)
6 関連テーマ
(1)オーバーローン物件の全面的価格賠償の賠償金算定(概要)
賠償金の算定において担保負担額を控除することもあります(前記)。
ところで、担保負担額が担保物の評価を上回るケースも多いです。
いわゆるオーバーローンと呼ばれる状態です。
この場合の賠償金算定については少し複雑な解釈論があります。
これについては別に説明しています。
詳しくはこちら|オーバーローンの共有不動産の全面的価格賠償(賠償金100万円とした裁判例)
(2)担保権消滅を条件とする方法(参考)
以上のように、担保権の負担があると、賠償金を決めるところで問題が出てきてしまいます。この点、判決の中で担保権登記の抹消を条件とすれば、担保権がない前提で賠償金を定めればよい、つまり担保負担分の控除で悩む必要はなくなります。
実例として、担保権設定登記の抹消を賠償金支払の条件とした裁判例があります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決に期限や条件をつけた実例(集約)
前述のように、担保責任と代金の支払拒絶権を判決の中に取り込んだ、ともいえます。
本記事では、全面的価格賠償の賠償金の算定において、担保権の負担を控除するかしないか、という問題について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産や共有物分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。