【遺産共有と物権共有の混在(遺産譲渡タイプ)における分割手続】
1 遺産共有と物権共有の混在(遺産譲渡タイプ)における分割手続
遺産共有と物権共有では、分割手続の種類が異なります。
詳しくはこちら|遺産共有の法的性質(遺産共有と物権共有の比較)
この点、遺産共有(遺産分割が未了)の状態で、共有持分を譲渡すると、遺産共有の中に物権共有が含まれるというような状態になります。そうすると、このようなケースで分割をする場合には、遺産分割と共有物分割のどちらを用いるか、という問題が生じます。
本記事では、このような状態になるプロセスと、その後の分割手続の種類について説明します。
2 遺産の中の特定財産(共有持分)の譲渡(概要)
遺産分割が未了である状態では、普通であれば遺産分割によって共有状態が解消されます。この点、遺産分割未了の状態で、共有持分を譲渡することは可能です。
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(遺産共有の共有持分の譲渡・放棄)の可否
3 遺産の共有持分譲受人の分割請求の事案
相続人の1人が共有持分を譲渡すると、譲受人の得た共有持分は遺産の性質ではなくなります。結論として、遺産共有の中に物権共有が含まれている状態となります。
分割手続の種類を説明する前に、判例として登場した事案の内容を整理しておきます。
遺産の共有持分譲受人の分割請求の事案(※1)
あ 相続による承継
丁が不動産を所有していた
丁が亡くなった
相続人甲、乙、丙が承継した
不動産は甲、乙、丙の遺産共有となった
い 共有持分譲渡
甲が第三者Aに共有持分権を譲渡した
う 分割請求
Aが分割の請求をした
※最高裁昭和50年11月7日
4 遺産の共有持分譲受人の分割請求の手続の判別
前記事案を前提として、分割手続の種類を説明します。
全体が遺産共有であるとはいえない状態なので、分割手続としては遺産分割は使えません。消去法的に共有物分割の手続を用いることになります。
ただし、共同相続人(相続人グループ)の有する持分は遺産共有なので、遺産分割によって分割することになります。具体的には、共有物分割の中で、共同相続人全体が得た財産を、改めて(次の手続として)遺産分割によって分割する、ということになります。2重の入れ子構造として扱うのです。
遺産の共有持分譲受人の分割請求の手続の判別
あ 事案
前記※1の事案を前提とする
い 分割手続の種類
遺産分割は遺産全体の価値を総合的に把握するものである
Aは相続人ではない→遺産前提の総合的把握は必要ない
相続分の譲渡に関する規定、遺産分割に関する規定は適用されない
当該特定財産についての分割は、通常の物権法上の共有理論に従った共有物分割の法理に服する
う 分割の内容
『ア・イ』の2つに分割する
ア 譲受人に分与する部分
Aに分与する部分
イ 共同相続人に分与する部分
『甲+乙』を一体として、これに分与する部分
→分与された部分は遺産分割の対象になる
※最高裁昭和50年11月7日
5 遺産の共有持分譲受人による共有物分割請求の当事者
前記のように、遺産共有の中に物権共有が含まれる状態では、共有物分割を用います。この時に、共有持分を譲り渡した者(相続人の1人)は当事者になりません。相続人の地位は維持していますが、共有者ではなくなっているからです。
遺産の共有持分譲受人による共有物分割請求の当事者
あ 前提事情
遺産共有の状態において共有持分の譲渡があった
持分譲渡を受けた者(共有者)が共有物分割請求をする
い 持分の譲渡人を当事者に含める発想
(見解によっては)持分の譲渡人は、後日の遺産分割において残余財産を取得する可能性がある
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(譲渡)の後の遺産分割(不公平の是正)
そうであるとすれば、なんらかの形で共有物分割訴訟に参加することができると考えられないであろうか
※佐藤義彦稿『遺産分割か共有物分割か』/『判例タイムズ671号』1988年10月p93
う 判例(否定)
持分譲渡の譲渡人はもはや当事者適格を有しない(相手方に加える必要はない)
※最高裁昭和53年7月13日
6 遺産の共有持分譲渡後の相続人による分割請求の手続の判別
遺産共有と物権共有が混在する状態で、相続人が分割を請求するケースについて、以前は、分割手続の種類(遺産分割か共有物分割か)について見解が分かれていました。しかし、平成25年判例で共有物分割とする見解に統一されました。
遺産の共有持分譲渡後の相続人による分割請求の手続の判別
あ 事案
相続人=甲・乙・丙
甲が共有持分を第三者Aに譲渡した
乙がA・丙に対して分割を請求した
い 分割の請求者と相手方
分割請求者=相続人の一部
相手方=相続人の残部+持分の譲受人
う 分割手続の種類(過去の裁判例)
分割手続の種類について
→2つの見解があった
分割手続の種類 | 裁判例 |
共有物分割 | 大阪高裁昭和61年8月7日 |
遺産分割 | 東京地裁昭和63年12月27日 |
え 平成25年判例による見解の統一(概要)
最高裁平成25年11月29日により、いずれの場合も共有物分割によるという見解に統一された
詳しくはこちら|遺産共有と物権共有の混在(持分相続タイプ)における分割手続
7 遺産共有と物権共有の混在における分割手続の包括的判別基準
以上のように、分割手続の判別については、いろいろな判断があり、平成25年判例が統一的見解を示しました。しかし、共同相続人間での共有持分譲渡や、共有持分譲渡が繰り返された場合などのイレギュラーな状況を含めて包括的に判別する基準として、当事者に着目するという見解があります。当事者の全員が相続人であれば遺産分割、そうでなければ(当事者に1人でも相続人以外の者がいる場合)共有物分割という振り分けです。この基準によれば、さらに複雑なケースでも明確に判定できるようになります。
遺産共有と物権共有の混在における分割手続の包括的判別基準
あ 包括的な判別基準(見解・※3)
遺産分割の手続によるか共有物分割の手続によるかの区別は、分割の客体が相続財産であるか否かという点にあるのではなく、共同所有している権利者全員が共同相続人であるか否かにかかってくることになりそうである
※佐藤義彦稿『遺産分割か共有物分割か』/『判例タイムズ671号』1988年10月p93
い 共同相続人間の持分譲渡の分割手続の種類
相続人甲が共有持分権を他の共同相続人に譲渡した時は、相続人乙は、共有物分割を求めることができるのか、それとも、遺産分割だけを求めることができるのか、
このような事案に対する判例はいまだ公表されていないようである
結論としては、おそらく後者(遺産分割)をもって相当とするのであろう
※佐藤義彦稿『遺産分割か共有物分割か』/『判例タイムズ671号』1988年10月p93
う 転得ケースの分割手続の種類
相続人甲は第三者Aに持分を譲渡したが、Aが共有物分割を請求する前に再度その持分権を相続人乙に譲渡したといった場合には、遺産分割だけが許されるということになるのではないか
※佐藤義彦稿『遺産分割か共有物分割か』/『判例タイムズ671号』1988年10月p93
8 遺産の中の特定財産の共有持分譲渡の後の遺産分割(概要)
以上のように、遺産の中の特定財産の共有持分の譲渡があった場合、共有を解消するためには遺産分割だけでは済まなくなることがあります。逆にいえば、遺産分割が終了していない以上、いずれにしても遺産分割は必要です。この遺産分割では相続人が遺産の共有持分を譲渡したことによって不公平が生じてしまいます。この不公平を是正するいろいろな解釈や手続があります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(譲渡)の後の遺産分割(不公平の是正)
9 相続分譲渡の後の分割手続(参考・概要)
以上で説明した状況は、相続人の1人が共有持分譲渡をしたというものです。ところで共有持分譲渡とは別に相続分譲渡があります。言葉は似ていますが、法的な性質はまったく異なりますし、その後の分割手続の種類も異なります。紛らわしいので、これについて整理しておきます。
相続分放棄の効果(参考・概要)
→相続人の地位ごと譲受人に移転する
→譲受人も含めて遺産分割ができる
※民法905条1項
詳しくはこちら|相続分譲渡|遺産分割に参加する立場ごとバトンタッチできる
10 共有者の相続後の分割手続の判別(概要)
以上の説明は遺産共有の中に物権共有が含まれるという状況を前提としていました。逆に、物権共有の中に遺産共有が含まれるというケースもあります。この場合の分割手続の判別についても判例が判断を示しています。これについては別の記事で説明しています。ただし、平成25年判例によって、同じ結論となっています。
詳しくはこちら|遺産共有と物権共有の混在(持分相続タイプ)における分割手続
11 遺産共有と物権共有の混在における分割手続判別のまとめ(概要)
遺産共有と物権共有が混在するケースにおける分割手続の種類の判別については、平成25年判例で単純化されたといえます。
ただし、実際にこのテーマが問題となる事案では、他にも検討を要する事情があり、複雑となって判断がしにくいということもあります。そこで、別の記事に、間違えやすいところも含めて分割手続の種類の判別方法をまとめました。
詳しくはこちら|遺産共有と物権共有の混在における分割手続(まとめ・令和3年改正前)
詳しくはこちら|遺産共有と物権共有の混在における共有物分割(令和3年改正民法258条の2)
本記事では、遺産の中の特定財産の共有持分の譲渡がなされた場合の分割手続の判別について説明しました。
実際には、個別的事情によって法的扱いや最適なアクションは違ってきます。
実際に、相続や共有に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。