【温泉地役権と土地所有権の権利濫用(宇奈月温泉事件)】
1 温泉の配管設置の権利の種類
2 温泉の配管設置の権利の種類
3 温泉地役権の対抗関係の具体例と判断
4 通行地役権の対抗関係の例外扱い
5 土地利用権の欠如と権利濫用(宇奈月温泉事件)
6 権利濫用の後の無法状態
7 昔を偲ぶ石碑
8 土地の明渡請求において権利濫用を判断した裁判例(参考)
1 温泉の配管設置の権利の種類
温泉を利用する権利は一般的に物権として認められています。
詳しくはこちら|温泉利用の権利(物権としての温泉権の性質・全体)
これとは別に,温泉の配管を設置する権利の問題もあります。他人の土地に配管を通す時には権利の設定が必要になります。
<温泉の配管設置の権利の必要性>
あ 前提事情
次の2つの場所が離れている
ア 温泉の湧出場所イ 温泉を利用する場所
民家,旅館など
い 権利設定の必要性
配管によって温泉を流す必要がある
温泉の利用者Aが配管を設置・敷設する
配管が所有者Bの甲土地を通る
甲土地に配管を設置する権利を得る必要がある
代表的な権利の種類は2つある(後記※1)
2 温泉の配管設置の権利の種類
温泉の配管を他人の土地に設置する場合の主な権利の種類は地役権と賃借権です。
<温泉の配管設置の権利の種類(※1)>
あ 地役権
物権の1つである
温泉の配管を設置する地役権について
→『温泉地役権』と呼ぶこともある
登記による保全が可能である
登記請求権がある
→通常は登記を行う
※民法280条〜
い 賃借権
債権の1つである
登記による保全が可能である
登記請求権はない
→通常は登記を行わない
※民法601条〜
3 温泉地役権の対抗関係の具体例と判断
温泉地役権は所有権との対抗関係が生じることがあります。具体的な状況と,法律的な扱いについてまとめます。
<温泉地役権の対抗関係の具体例と判断>
あ 温泉地役権の設定
A・Bが次の『い・う』のとおり地役権を設定した
い 要役地
甲土地=温泉を使用する土地(旅館所在地)
所有者A=地役権者
う 承役地
乙土地=配管が設置された土地
所有者B=地役権設定者
え 設定後の状況
地役権の登記を行わないままであった
乙土地を第三者Cが購入し,所有権移転登記を行った
CがAに対して温泉の配管の撤去を請求した
お 優劣の判断
ア 原則
対抗関係によりCが優先される
→配管の撤去請求は認められるはずである
イ 例外
配管の敷設が容易に見える状況である場合
通行地役権に関する解釈が適用される(後記※2)
→例外的にAが優先されることがある
実務ではこの『例外』に該当することが多い
物権の対抗関係は対抗要件で優劣が決まります。これは非常に基本的なルールです。しかし,温泉地役権の場合は,実際にはこのルールの例外が多いのです。
例外については次に説明します。
4 通行地役権の対抗関係の例外扱い
地役権については,例外的に,対抗要件がなくても優先されることがあります。最高裁判例としては通行地役権に関するものがあります。これを紹介します。この理論は温泉地役権にも当てはまります。
<通行地役権の対抗関係の例外扱い(※2)>
あ 判断の基本的部分
承役地の譲渡の時において
『い』の両方に該当する場合
→譲受人は対抗関係に立つ『第三者』に該当しない
=登記に関係なく譲受人は地役権の負担を承継する
い 対抗要件が適用されない条件
ア 継続的な通路としての使用
次のことが客観的に明らかである
承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されている
位置・形状・構造などの物理的状況から判断する
イ 認識できる状況
譲受人が『ア』を認識していたor認識することができた
※最高裁平成10年2月13日
※最高裁平成25年2月26日;同趣旨
結局,温泉の配管の設置されている土地を購入した者は,従前どおり配管の設置を認めなくてはならない,ということになります。
5 土地利用権の欠如と権利濫用(宇奈月温泉事件)
地役権の対抗関係とは別に,温泉の配管に関する法律問題があります。地役権などの土地利用権が最初からなかったという実例です。
権利が一切ないので,理論的には所有者からの撤去の請求を認める結論になるはずです。しかし,例外的に撤去の請求を否定した判例があるのです。
権利濫用の理論に関して非常に有名な,宇奈月温泉(木管)事件です。
<土地利用権の欠如と権利濫用(宇奈月温泉事件)>
あ 事案
Aが温泉旅館の設置のため,温泉の配管(木管)を設置した
この際,配管が通る各土地所有者の承諾を得た
ミスにより,甲土地所有者Bの承諾を得ていなかった
甲土地はごく小さな土地である
Bは,配管の撤去を請求した
またBは,甲土地をAに売却する提案もした
代金として法外な高額を提示した
い 裁判所の判断
Bの請求は権利の濫用である
→請求を認めなかった
※大判昭和10年10月5日;宇奈月温泉(木管)事件
う 補足説明
当時,民法に『権利濫用』の規定がなかった
この後,昭和22年の改正民法で権利濫用の規定が創設された
詳しくはこちら|弁護士の説明の付随情報(法律の適用に関する固有の年月日)
条文がない規範を適用した意味で非常にレアな判断であった
この判例が講学上有名なのは,当時条文になかった理論である権利濫用を適用したことにあります。現在は権利濫用は条文規定としてあるので,この理論自体が画期的ということはありません。
権利の濫用の条文については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別
6 権利濫用の後の無法状態
宇奈月温泉木管事件の判決が確定した後は,いびつな法律関係が残ります。
他人の所有地に利用権のない状態で木管が設置された状態になるのです。現実には,改めて当事者間で交渉が持たれ,当該土地は最終的に配管した者に売却されています。
閉鎖登記簿からここまでは読み取れましたが,代金がいくらであったかは判明しません。少なくとも法外な金額ではない,適正金額で合意に至ったのだと思われます。
7 昔を偲ぶ石碑
さらにその後,黒部ダムが建設され,現在はダム湖の側面となっています。当然,温泉の配管は迂回(移動)され,現在では温泉の配管はありません。付近の道路わきに小さな石碑が建てられ,ひっそりと昔を偲ぶ風情となっています。
8 土地の明渡請求において権利濫用を判断した裁判例(参考)
以上の説明は,土地に設置されている温泉の配管の撤去請求についてのものでした。この点,新たに土地の所有者となった者による明渡請求の実例としては,(土地を借りている人の)建物が建っているというものが多いです。土地(や建物)の明渡請求が権利の濫用にあたるかどうかを判断したいろいろな裁判例を別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)
本記事では,土地所有者による温泉の配管の撤去請求を否定した事例を紹介しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に,土地の無断使用(不法占有)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。