【借主の死亡による使用貸借の終了と土地の使用貸借の特別扱い】
1 借主の死亡による使用貸借の終了と土地の使用貸借の特別扱い
使用貸借契約は借主の死亡によって終了するという規定があります。
詳しくはこちら|一般的な使用貸借契約の終了事由(期限・目的・使用収益終了・相当期間・解約申入)
実際に問題となるのは,土地や建物を無償で使わせてもらっていた者が亡くなったケースです。契約終了になるとすると,同居していた家族は退去しなくてはならなくなります。
しかし,このルール(規定)は,例外扱いが結構多いのです。
本記事では借主の死亡による使用貸借の終了について説明します。
2 借主の死亡による使用貸借の終了の規定と趣旨
まず,民法の条文には,借主の死亡によって使用貸借が終了するという規定があります。その趣旨は,もともと貸主は特定の人に対して(無償で)貸すという気持ちであるのが通常です。そこで,相続で他の者が借主になることを回避できるようになっているのです。
借主の死亡による使用貸借の終了の規定と趣旨
あ 条文の規定
使用貸借は、借主の死亡によって終了する。
※民法597条3項(改正前民法599条に対応する)
い 趣旨
使用貸借は無償契約である
借主との特別の関係に基づいて貸すのが大部分である
借主その人を考慮し,その人に対してのみ貸与したとみるべき場合が多い
借主の死亡によって相続人に承継されないというのが当事者の通常の意思であると推定される
※大阪高裁昭和55年1月30日
う 使用借権の相続(参考)
仮に借主の死亡の際,民法597条3項が適用されない場合
→借主の相続人が借主の地位(使用借権)を承継する
※民法896条
3 借主の死亡による使用貸借の終了を回避する合意
民法597条3項は任意規定です。当事者が借主の死亡で終了しないと合意する(民法597条3項を適用しない)ことが可能です。
貸主と借主が明確に,借主の死亡があっても終了しないと決めていた場合はもちろん,そのような認識であったと読み取れる場合にも,民法597条3項は適用されないことになります。
借主の死亡による使用貸借の終了を回避する合意
あ 任意規定
民法597条3項(改正前599条)の規定は任意規定である(強行規定ではない)
当事者がこれとは異なる内容を合意できる
※山中康雄稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣2003年p126
い 民法597条3項を適用しない定型的事情
借主その人を考慮して貸したのでないと認められる場合は民法597条3項の適用を認むべきでない。
売渡担保や譲渡担保関係にふくまれる使用貸借はその例である。
※山中康雄稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣2003年p127
4 建物所有目的の土地の使用貸借における借主の死亡の扱い
ところで,建物の敷地として土地を無償で貸したケースは特に大きな問題となります。というのは,契約が終了すると,借主は建物を解体して土地を明け渡すことになります。
この点,貸主としては通常,借主が死亡したら(借主の相続人が)建物を解体してもらうということは想定していないと考えられます。
そこで,借主の死亡で終了する規定(民法597条3項)は原則として適用されません。つまり,借主の相続人が借主の地位を引き継ぐという状態になるのです。これが一般的な解釈です。
ただし,当事者の間で借主の死亡で契約は終了すると合意することは可能です。その場合は原則に戻る,つまり民法597条3項が適用されることになります。
建物所有目的の土地の使用貸借における借主の死亡の扱い
あ 使用収益の終了による契約終了(前提)
建物所有を目的とする土地の使用貸借においては,個人的考慮をする必要はない
特段の事情のない限り,建物所有の用途にしたがって使用を終わった時にその終期が到来する
※大判昭和13年3月10日
い 借主死亡による終了(原則=否定)
(建物所有を目的とする土地の使用貸借について)
個人的考慮を重視すべきでない
借主の死亡によって契約が終了する(民法597条3項を適用する)のは当事者の通常の意思に反する
→建物の使用が終わらない間に借主が死亡しても,特段の事情のないかぎり敷地の使用貸借が当然に終了するものではない(民法597条3項を適用しない)
※大阪高裁昭和55年1月30日
※東京地裁昭和56年3月12日
う 借主死亡による終了(例外=肯定)
(建物所有を目的とする土地の使用貸借について)
当事者が借主の死亡の時に終了すると合意していれば合意のとおりになる(民法597条3項を適用する)(後記※1)
5 建物所有目的の土地の使用貸借の期間を終身とした裁判例
前述のように,建物所有目的の土地の使用貸借では,借主が死亡した時に,原則として終了せず,例外的に(合意があれば)終了する,ということになります。民法597条3項の原則と例外が逆転したことになります。
実際に,例外的に,借主の死亡によって使用貸借が終了すると判断した裁判例があります。他の判断の前提としてこの判断が登場することが多いです。
平成5年東京高判と昭和61年東京高判は,期間を終身とする合意を認定しています。
平成30年東京高判は,このような合意の認定なしで,ストレートに借主の死亡による終了を適用しています。判決文に明記はないですが,当事者間に借主の死亡で終了するという認識(合意)があったという考えがあったのだと思います。
平成27年東京地判の方は特殊な経緯があり,使用借権の時効取得が認められた(と仮定した)ことが前提となっています。所有者が積極的に貸したわけではないので,借主が死亡したら相続人が引き継ぐということを想定しているとはいえないので,民法597条3項のとおりに終了するという考えになるのは自然です。
建物所有目的の土地の使用貸借の期間を終身とした裁判例(※1)
あ 平成5年東京高判(終身の合意認定)
被控訴人は・・・本件土地につき,本件建物所有を目的とし,期間を被控訴人の生存中とする使用借権を有していたということができる。
※東京高判平成5年12月20日
詳しくはこちら|土地の買主による明渡請求は明渡料支払により権利濫用を避けられる
い 昭和61年東京高判(終身の合意認定)
以上の事実関係を法律的にみれば,一郎が,四郎や春子ら親族の了解の下に,三郎控訴人夫婦に対して終身の本件土地の使用借権を設定してきたものと解すべきものである。
※東京高判昭和61年5月28日
詳しくはこちら|土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)
う 平成30年東京高判(合意認定明記なしで終了判断)
(建物所有目的の土地の使用貸借について)
被控訴人らの本件土地の敷地利用権は使用貸借に基づくものであって,被控訴人らの地位は,本件土地の所有権を譲り受けた第三者(控訴人)には対抗できない上,しかも,使用貸借は借主の死亡によって終了するから(民法597条3項),被控訴人らの年齢に照らすと,今後の使用貸借の存続期間はそう長くないこと,・・・等の各事情が認められる。
※東京高判平成30年5月23日
詳しくはこちら|土地の買主による明渡請求は明渡料支払により権利濫用を避けられる
え 平成27年東京地判(時効取得→終了判断)
なお,被告(注・Bの被相続人)は,Bが本件建物の所有を通じての本件土地の占有により使用借権を時効取得し,被告がこれを承継したと主張するが,使用貸借は借主の死亡によりその効力を失うものであるから(民法599条(注・改正後民法597条3項)),仮にBが使用借権を取得していたとしても,これを被告が承継したことを前提とする主張は失当である。
※東京地判平成27年6月8日
詳しくはこちら|土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)
6 用途の特殊性を反映させた借主の死亡の扱い
前述のように,建物の敷地は特殊な扱いがありますが,それ以外の事情によって特別扱いとなるケースもあります。
裁判例の中に,墓地として使う土地の使用貸借があります。これも半永久的に土地を使うことが想定されていたはずなので,借主の死亡があっても契約は終了しない扱いになります。
用途の特殊性を反映させた借主の死亡の扱い
墳墓の永久性に鑑み民法597条3項(当時の599条)の適用を排除する旨の特約があると解するのが相当である
=民法597条3項を適用しない
※仙台高判昭和39年11月16日
7 「建物」の使用貸借における借主の死亡の扱い
以上で説明したのは「土地」の使用貸借でした。では,「建物」の使用貸借で借主が死亡した場合はどうでしょうか。契約が終了したとしても借主(の相続人)が建物を取り壊すということにはなりません。建物を退去する必要はあります。
結論としては,貸主や借主はどういう認識だったのか,によって違ってきます。借主だけではなく,借主の家族も住まわせるという認識で貸したという経緯があれば,借主が死亡しても契約は終了しません。
「建物」の使用貸借における借主の死亡の扱い
あ 裁判例の引用
ア 意思解釈
(原告とMが建物について使用貸借契約を締結していた)
Mが昭和四九年一二月三日死亡したことは当事者間に争いがない。
しかし,本件建物の使用貸借は,右にみたように原告においてMの妻Tが自己の妹であることからその住居を確保する必要があるとの配慮から認めたものであるから,このような配慮が必要と認められる事情の存する限り,民法五九九条の規定にかかわらず,右使用貸借契約はMの死亡によって直ちに終了するものではないというべきである。
イ あてはめ
そして,《証拠省略》によるとM及びTの間には被告及びその姉の二人の子があるところ,長男である被告はM死亡の当時二四歳であっていまだ一家の生活を支えるに足る十分な資を得る年齢に達していなかったことが認められる。
したがって,M死亡の当時,T及び被告らにおいて居住のためなお本件建物の使用を継続すべき必要があり,原告による前記のような配慮を肯認すべき事情がいまだ存していたとみるのが相当である。
そうすると,本件建物の使用貸借契約はMの死亡によっても終了しなかったものというべきである。
※東京地判平成元年6月26日
い 補足説明(概要)
この裁判例は,別の理由(使用収益をなすに足るべき期間の経過)による終了を認めている
詳しくはこちら|建物の使用貸借における相当期間を判断した裁判例
8 相当期間の経過による終了(参考)
以上のように,使用貸借の借主が死亡したら契約は終了する,というルール(規定)は,例外が結構多くあります。例外的に契約が終了しない(継続する)場合は,借主の相続人が新たな借主になります。
そうすると,永久に使用貸借が終了しないように思うかもしれませんがそうではありません。借主の死亡以外にも使用貸借の終了事由があります。実際に該当することが多いのは,相当期間の経過として使用貸借契約が終了するというものです。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|建物所有目的の土地の使用貸借における相当期間を判断した裁判例
9 使用貸借における貸主の死亡(参考)
以上の説明は,借主が死亡した時についての扱いでした。
一方,貸主が死亡した場合に終了するという規定はありません。そのまま貸主の相続人が貸主の地位を承継することになります。
当事者の間で貸主の死亡で終了すると合意(特約)しておくことも可能です。
使用貸借における貸主の死亡(参考)
別段の特約がない限り使用貸借は存続する
※山中康雄稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣2003年p127
10 土地の使用借権の評価額の計算(参考)
以上で説明したように,建物所有目的の土地の使用貸借は,(一般的な使用貸借より)強く保護される傾向があります。このことが,土地の使用借権の評価額が大きな金額となるということにつながっているといえるでしょう。
詳しくはこちら|土地の使用借権の評価額(割合方式・場所的利益との関係)
本記事では,使用貸借において借主の死亡で契約が終了する規定(民法597条3項)とその例外を説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
実際に使用貸借の終了(明渡)の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。