【賃料増減額請求における『相当期間の経過』(裁判例と相場)】

1 賃料増減額請求における『相当期間の経過』(裁判例と相場)

賃料が「不相当」となっている場合には、賃料の増減額請求(改定)が認められます。
詳しくはこちら|借地・借家の賃料増減額請求の基本
これに関して、前回の賃料の改定(決定)の時点から相当の期間が経過していないのに、つまり改定のすぐ後に、再度の増減額が認められるのか、という問題があります。
本記事ではこの解釈について説明します。

2 賃料増減額請求の条文規定

最初に、賃料の増減額請求を定める借地借家法の条文を押さえておきます。借地も建物賃貸借も実質的に同じ規定となっており、いずれも賃料が不相当となったとしか記述されていません。

賃料増減額請求の条文規定(※1)

あ 借地借家法11条1項本文(借地)

地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。

い 借地借家法32条1項本文(建物賃貸借)

建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。

3 賃料増減額請求と相当期間の経過の関係

賃料が不相当となったといえるためには、過去に賃料を定めた時点から相当期間が経過したことが必要かどうかという解釈について、見解は分かれていました。
この点、昭和7年判例が、相当期間の経過を独立した要件として必要であると判断しているとも読めます。しかしそこまで積極的に判断しているわけではない、とも読めます。ということで昭和7年判例は決定打とはいえませんでしたが、平成3年判例が明確な判断を示しました。明確に、相当期間の経過は独立した要件ではないと判断したのです。

賃料増減額請求と相当期間の経過の関係

あ 賃料増減額請求の要件(前提)

条文上、賃料増減額の要件は「賃料が不相当になった」こととだけ規定されている
※借地借家法11条1項、32条1項(前記※1

い 問題点(相当期間の経過の要否)

賃料増減額を認めるために、契約成立または前回の賃料改定後、相当の期間が経過していることが必要か否か
相当の期間とは、借主が新たな賃料を余裕を持って受け入れられる程度の期間のことである
※幾代通ほか『新版 注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣p629

う 昭和7年判例

ア 判決文 相当ノ期間ヲ経過スルニ非サレハ同条(借家法一二条)ノ規定ニ依リテ其ノ増加ヲ請求シ得サルモノト解スルヲ妥当トス
※大判昭和7年8月17日(建物賃貸借)
イ 読み方 賃料増額請求がされた時点における現行賃料が不相当となっているにもかかわらず、賃料増額請求を否定しているものではなく、賃料増額請求の要件として一定の期間の経過を要すとの趣旨を判示したものとは解されない
※『判例タイムズ805号』p53〜

え 平成3年判例

建物の賃貸人が借家法七条一項の規定に基づいてした賃料の増額請求が認められるには、建物の賃料が土地又は建物に対する公租公課その他の負担の増減、土地又は建物の価格の高低、比隣の建物の賃料に比較して不相当となれば足りるものであって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過しているか否かは、賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情にすぎない
したがって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過していないことを理由として、その間に賃料が不相当となっているにもかかわらず、賃料の増額請求を否定することは、同条の趣旨に反するものといわなければならない。
※最判平成3年11月29日(建物賃貸借)

4 借地の賃料増額の相当期間(肯定事例のまとめ)

以上のように、相当期間の経過は、賃料増減額を認めるか否かの判断の1材料である、という位置づけですが、実際には、判断材料の中では影響が大きいものです。
以下、直近の賃料を決定した時点(直近合意時点)からの経過期間と、結論として賃料増減額の判断について、多くの裁判例を整理して紹介します。
まず、借地の賃料増額請求に関して、賃料増減額が認められた裁判例です。

借地の賃料増額の相当期間(肯定事例のまとめ)

あ 共通事項

以下の契約成立or前回の賃料改定後の期間について
→賃料増減額請求を認めた

い 賃料改定を認めた裁判例

期間 土地利用の状況 裁判例 3年 具体的内容は不明 大判昭和8年7月5日 6年 東京日本橋のレストラン 東京地裁昭和38年7月5日 4年7か月 石川県所在の木造住宅 金沢地裁昭和38年9月18日 2年2か月 松山市所在の営業用建物(推定) 松山地裁昭和37年1月17日 1年4か月 工場 大阪地裁昭和36年4月13日 ほぼ毎年(後記※2 仙台のホテル 仙台地裁昭和35年1月29日
(※2) 8年の間に7回

5 借地の賃料増額の相当期間(否定事例)

借地の賃料増額否定された事例として、直近合意時点から6か月(後に賃料増額請求がなされた)というものがあります。前述の昭和7年判例の事案です。

借地の賃料増額の相当期間(否定事例)

今回の増減額請求について
前回の増額の合意から6か月後であった
→増額請求を認めなかった
※大判昭和7年8月17日

6 借地の減額請求の相当期間(肯定事例)

借地の賃料減額認められた事例です。直近合意時点から6か月後に減額請求がなされた事案です。

借地の減額請求の相当期間(肯定事例)

あ 事案

昭和5年4月
賃料を1坪あたり1か月約2円と合意した
その後地価が低下した
6か月後に借地人は減額請求をした
内容=1坪あたり1円40銭とする

い 裁判所の判断

減額を認めた
※大判昭和15年8月30日

7 借地の減額請求の相当期間(否定事例)

借地の賃料減額否定された事例です。契約開始後1か月以内に賃料減額請求がなされた事案です。

借地の減額請求の相当期間(否定事例)

あ 事案

昭和6年12月22日
土地賃貸借契約を締結した
同月末に借地人は減額請求をした

い 裁判所の判断

短期間なので減額請求は認めない
※大阪地裁昭和8年9月19日

8 裁判上の和解の後の相当期間の特別扱い(理論)

裁判上の和解として、賃料改定がなされた(合意された)場合には、通常の場合(裁判所を介さない賃料改定の合意)とは少し扱いが異なります。
その後の(再度の)増減額請求が認められない方向に働くのです。相当期間が長めになるともいえます。

裁判上の和解の後の相当期間の特別扱い(理論)

あ 合意の特殊性

裁判上の和解について
『い』の合意があるものとみなす

い 認定された合意の内容

相当期間中は賃料変更に相当する事情が生じても賃料を変更しない
※東京地裁昭和10年3月6日

9 裁判所の和解・調停の後の相当期間(事例)

裁判所の和解や調停で賃料を改定した後に、(再度の)増減額請求がなされた事案を紹介します。
裁判所の関与しない賃料改定よりも相当期間が長めに要求されることが分かります。

裁判所の和解・調停の後の相当期間(事例)

あ 裁判上の和解後10か月

ア 事案 和解後10か月経過前において
借地人が減額請求をした
イ 裁判所の判断 裁判所は減額請求を認めなかった
※東京地裁昭和10年3月6日

い 調停成立後5か月

ア 事案 調停成立の5か月後において
借地人が減額請求をした
イ 裁判所の判断 減額請求を認めなかった
※東京地裁昭和11年12月21日

10 借地の賃料増減額の相当期間の目安

以上のように、賃料増減額請求において、相当期間が経過していることは、独立した要件ではないですが、大きな判断材料です。
つまり、直近合意時点からの経過期間だけでは増減額が認められるかどうかを判断できませんが、目安にはなります。
そこで、賃貸借の内容別に、大まかな相当期間の目安をまとめます。

借地の賃料増減額の相当期間の目安

増額/減額 住宅用借地 営業用借地 増額 3〜5年 5〜7年 減額 2〜3か月 3〜6か月
※幾代通ほか『新版 注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣p631、632

11 建物賃貸借の賃料増額の相当期間に関する裁判例(集約)

以上の説明はすべて借地に関するものでした。最後に、建物賃貸借(借家)について、賃料増額請求の相当期間が問題となった裁判例をまとめて紹介しておきます。数か月では短すぎ、少なくとも1年は必要、という傾向が読み取れます。ただし、(前述のとおり)相当期間以外の事情も大きく影響するので、あくまで傾向であって、特殊な事情があれば短期間でも増額請求が認められることはあり得ます。実際にそのような裁判例もあることが分かります。

建物賃貸借の賃料増額の相当期間に関する裁判例(集約)

あ 増額を肯定した裁判例

直近合意時点からの期間 裁判例 8か月 最判昭和36年11月7日 1か月 大阪地判昭和38年8月24日 10か月 大阪地判昭和51年5月13日 1年2か月 大阪高判昭和37年9月25日

い 増額を否定した裁判例

直近合意時点からの期間 裁判例 4か月 東京地判昭和50年10月20日 4か月 大阪地判昭和43年4月10日 10か月 東京地裁平成4年2月6日 1年 東京地判平成2年7月6日

本記事では、賃料増減額請求における「相当期間の経過」の位置づけや目安を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は大きく違ってきます。
実際に借地や建物賃貸借の賃料の金額に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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