【建物の老朽化と建物賃貸借終了の正当事由】
1 建物の老朽化と建物賃貸借終了の正当事由(総論)
2 再築後の建物への入居と正当事由
3 老朽化による低い賃料額と正当事由の関係
4 修繕義務と契約終了の優劣の判断
5 老朽化の要因と正当事由
1 建物の老朽化と建物賃貸借終了の正当事由(総論)
建物が老朽化したために,賃貸借契約を終了させ,賃借人に退去を求めるケースはよくあります。
詳しくはこちら|建物の老朽化による建物賃貸借契約終了の方法の種類
代表的な方法は,賃貸人が更新拒絶や解約申入を行うものです。
建物の老朽化は賃貸借契約終了の正当事由の1つです。
正当事由があると認められれば,賃貸借契約は終了します。
本記事では,建物が老朽化したケースにおける,正当事由の判断について説明します。
2 再築後の建物への入居と正当事由
賃貸人としては,正当事由が認められるようにしないと,明渡が実現できません。
その工夫の1つとして,賃借人に対して,再築後の建物への入居を提案するという方法があります。
これは,再築する建物が,従前と同様の収益不動産であるケースでは有用です。
もちろん,関係性によっては,今後の契約関係を避けたいために,このような提案を行わないというケースもよくあります。
<再築後の建物への入居と正当事由>
あ 再築に差異する入居者への配慮の例
再築後の建物への入居(再利用)について
現在の入居者と賃貸人とで契約締結がなされている
→賃借人の住居が確保されている
い 正当事由の判断への影響
『あ』の事情がある場合
→正当事由を肯定する方向に働く
※本田純一『借家法と正当事由の判例総合解説』信山社p92〜
※稲本洋之助『コンメンタール借地借家法 第2版』日本評論社2003年p214
現実には新たな建物に関しては,賃料を中心とする条件によって実際に入居に至るかどうかは分かりません。
いずれにしても賃貸人としては『新築建物への入居を勧めた』ということがプラスに働きます。
3 老朽化による低い賃料額と正当事由の関係
一般的に,老朽化が進んだ建物の賃料は相場と比べて低い金額に据え置かれている傾向があります。
このことが,明渡の段階では賃貸人の負担を重くする方向に働きます。
<老朽化による低い賃料額と正当事由の関係>
あ 長期間の建物賃貸と賃料額の傾向
長期間継続している建物賃貸借について
建物の老朽化が進んでいる
→賃料額が低い金額に据え置かれている傾向が強い
い 低い賃料額と正当事由の関係
賃料額が近隣相場よりも低い場合
→賃借人が現在の賃貸借を維持する必要性につながる
→明渡請求の正当事由が否定される方向に働く
※東京地裁昭和55年6月30日
う 不合理な関係性
賃貸人が増額請求を控えていたことにより
→明渡ができないor明渡料が高くなることにつながる
『恩を仇で返す』状況となる
詳しくはこちら|建物賃貸借終了の正当事由のうち『従前の経緯・建物の利用状況・現況』
4 修繕義務と契約終了の優劣の判断
建物が老朽化しているということは,損壊・損耗が進んでいるともいえます。
この点,賃貸人には賃貸物の修繕義務があります。
賃貸人が適切に修繕を行えば,老朽化の進行を抑制できます。
一方で,収入に比べてコストが高い,つまり収益効率が悪い建物については,オーナーは立て替えにより抜本的な解決を図る方が望ましいです。
そこで,修繕義務と賃貸借契約の終了は相反する関係になります。
この対立について,優劣の判断につながる事情を整理します。
<修繕義務と契約終了の優劣の判断>
あ 修繕義務と契約終了の正当事由の対立
建物が老朽化したことについて
→『ア・イ』のいずれにもつながる
ア 賃貸人の修繕義務(民法606条1項)
詳しくはこちら|賃貸人の修繕義務の基本(特約の有効性・賃借人の責任による障害発生)
イ 契約終了の正当事由
更新拒絶・解約申入の正当事由を肯定する
い 修繕義務と契約終了の優劣の判断要素の例
ア 賃料額
収入の多寡
イ 修繕に要する費用ウ 修繕実行により延長される寿命の程度エ 一般的な正当事由の判断要素
・賃貸人・賃借人双方の対象建物使用の必要性
・賃貸人が提供する明渡料
※最高裁昭和35年4月26日
5 老朽化の要因と正当事由
前記のように,賃貸人の修繕義務が懈怠されることが老朽化の進行につながるという関係があります。
老朽化が進んでいても,その要因は『賃貸人の修繕義務違反にある』ということもあるのです。
このような特殊性は,正当事由の判断に反映されます。
<老朽化の要因と正当事由>
あ 事案
賃貸人が建物の管理を行っていなかった(放置していた)
建築後20数年で建物の老朽化が著しく進んだ
い 裁判所の評価
賃貸人が建物老朽化を自ら招いた
賃貸人は経済的効率が悪化することを想定できた
う 裁判所の判断(結論)
賃貸人の義務不履行から更新拒絶をするのは本末転倒である
→正当事由を否定した
※東京地裁平成4年9月25日