【住居売買後の迷惑な隣人の発覚と売主・仲介の責任(肯定裁判例)】
1 迷惑な隣人の不告知による売主と仲介の責任(総論)
2 住居売買における特異で迷惑な隣人の不告知(総論)
3 売主本人の説明義務(一般論)
4 仲介業者の特異な事情の説明義務(一般論)
5 売主と仲介業者の説明義務(肯定判断)
6 説明義務違反による損害賠償額の算定
7 特異で迷惑な隣人と動機の錯誤(否定判断)
1 迷惑な隣人の不告知による売主と仲介の責任(総論)
不動産売買において,近隣住民の事情が問題となることがあります。
詳しくはこちら|不動産売買後の特殊な近隣住民の発覚によるトラブル(まとめ)
本記事では,隣家に特異な言動の住民が存在したことによって,売主と仲介業者の責任が認められた裁判例を紹介します。
2 住居売買における特異で迷惑な隣人の不告知(総論)
この事案では,売買契約の締結に至るまでに隣人の事情を買主は説明されないままでした。
説明の機会はいくつもあったのに,説明を避けた状況ともいえます。
<住居売買における特異で迷惑な隣人の不告知>
あ 当事者
売主A
売主の仲介業者(のスタッフ)B
買主の仲介業者(のスタッフ)C
買主D
い 特異な隣人の迷惑による売却
Aが建物を購入し入居した
翌日,隣人が『子供がうるさい。黙らせろ。』と苦情を言ってきた
隣人は,子供がうるさいと怒り,洗濯物に水をかけ,泥を投げた
Aは建物と隣人の建物の間に波板を設置した
Aは子供部屋を東側(隣人と離れている部分)にした
Aは隣人について自治会長や警察に相談した
Aは土地・建物を売却することにした
う 別人の購入流れ
平成14年3月3日午前
B・C・(別の)購入希望者が建物を訪れ内覧をした
隣人が『うるさい』と苦情を言ってきた
購入希望者はこの物件を購入する気持ちを失った
え 誤解のまま購入へ
『う』の同日の午後
Dが建物の内覧をした
たまたま隣人が苦情を言ってくることはなかった
BはDに従前のトラブルの説明をしなかった
当日午前のトラブルも説明しなかった
後日BはCにトラブルの説明をした
しかしCはDにトラブルの説明をしなかった
その後,Dは土地・建物を購入することにした
お 売買契約締結
売買契約締結の際
DはAに子供の居住に際して問題がないかを質問した
Aは問題はないと答えた
か 想定どおりの迷惑行為
Dは妻・幼い子供3人とともに建物に入居した
Dは隣人からAが受けたのと同様の言動を受けることになった
※大阪高裁平成16年12月2日
3 売主本人の説明義務(一般論)
この裁判では,売主本人と仲介業者の責任が主張されました。
裁判所は,売主本人の説明義務について,一般的な基準を示しました。
<売主本人の説明義務(一般論)>
あ 原則
売主が宅建業者に仲介を委託する場合
売主本人は原則として買主に対して説明義務を負わない
い 例外
『ア〜ウ』のすべてに該当する場合
→売主本人も信義則により説明義務を負う
ア 買主が売主に直接説明することを求めたイ 質問事項が購入希望者に重大な不利益をもたらすおそれがあるウ 質問事項が契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される
※大阪高裁平成16年12月2日
4 仲介業者の特異な事情の説明義務(一般論)
裁判所は,仲介業者が負う説明義務について,一般的な基準を示しました。
『誰に説明すべきなのか』という点については,関係者の利害の状況を詳しく分析しています。
『買主の仲介業者は買主に正直に情報を伝えない』という不動産流通業界の永年の構造的問題が指摘されています。
<仲介業者の特異な事情の説明義務(一般論)(※1)>
あ 基本的事項
居住用不動産の売買の仲介において
宅建業者が『い』の客観的事実を認識した場合
→説明義務を負う
い 説明対象事項
購入者が建物において居住するのに支障を生じるおそれがある事情
例;隣人が迷惑行為を行う可能性が高く,その程度も著しい
う 説明する相手方
買主の仲介業者は買主本人と利害相反の関係もある
詳しくはこちら|両手仲介・双方受託|メカニズム|矛盾発生・利益相反→裏切り
買主の仲介業者は買主本人に伝えない可能性がある
買主の仲介業者への説明では足りない
買主本人に説明する義務がある
※石川博康『売主および仲介業者の説明義務と隣人に関する事情』/『NBL804号』2005年3月p23
※大阪高裁平成16年12月2日
5 売主と仲介業者の説明義務(肯定判断)
以上の一般的な基準を前提にして,裁判所は,この事案の売主と仲介業者の責任を判断しました。
売主・仲介業者ともに説明義務違反であったという結論となりました。
<売主と仲介業者の説明義務(肯定判断)>
あ 売主本人A
買主Dにトラブルの説明をしなかった
Dからの質問に対して『問題ない』旨を回答した
→説明義務違反である
い 仲介業者B
BはDにトラブルの説明をしていなかった
一方Bは仲介業者Cにはトラブルの説明をしていた
しかしCはDに説明すると契約が流れる立場にあった
=仲介手数料(成功報酬制)が得られなくなる
CとDは利害相反の状態にある(前記※1)
Bは『CがDに説明していない』ことを認識できた
『Cへの説明』だけでは説明義務は尽くされていない
※大阪高裁平成16年12月2日
う リーディングケースの位置付け(参考)
売買の目的物の近隣の住人の態度について
→これ以前に説明義務違反を認めた裁判例は見当たらない
※『売主及び仲介業者の説明義務と隣人に関する事情 大阪高裁平成16.12.2をめぐって』/『NBL804号』2005年3月p17
6 説明義務違反による損害賠償額の算定
売主・仲介業者が負う損害賠償の金額の算定内容をまとめます。
迷惑な隣人が存在することによる価値の下落を一般的な価値の20%と算定しました。そしてこの金額を損害賠償額としました。
<説明義務違反による損害賠償額の算定>
あ 損害額
建物の価値について
特異な隣人の存在は心理的減価要因である
迷惑な隣人がいない場合の交換価値と比較して
少なくとも20%相当額が減価している
通常の建物の価値の20%を損害額とする
い 賠償責任
『あ』の金額について
売主と仲介業者は損害賠償責任を負う
※大阪高裁平成16年12月2日
7 特異で迷惑な隣人と動機の錯誤(否定判断)
買主は,隣人の存在を理由に,動機の錯誤として,売買契約自体が無効となると主張していました。
実質的なキャンセルということです。
裁判所は,住居としてまったく使えないわけではない,ということから,錯誤の主張は認めませんでした。
<特異で迷惑な隣人と動機の錯誤(否定判断)>
客観的に居住が一切不可能ということはない
実際にDは2年以上の居住に耐えてきた
隣人の迷惑を受ける他の近隣住人も存在する
動機の錯誤は認めない
※大阪高裁平成16年12月2日
本記事では,隣家に特異な言動の住民が存在したことによって,売主と仲介業者の責任が認められた裁判例を紹介しました。
実際には,個別的事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に不動産売買の後に近隣住民との関係による問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。