【旧借地法における地主の異議を無視した建物再築の扱い】
1 旧借地法における地主の異議を無視した建物再築の扱い
借地人が地主の反対を無視して建物を再築した場合にどうなるでしょうか。地主は借地契約を解除できる、という発想が浮かびますが、そう簡単ではありません。旧法(借地法)と新法(借地借家法)のどちらが適用されるか、増改築禁止特約があるかないか、再築の時期がいつか、などによって結論が違ってきます。
本記事では、旧借地法の適用がある契約について、地主の異議を無視して建物を再築したケースについて説明します。
2 借地法における建物再築の扱い(まとめ)
最初に、旧借地法が適用される契約(借地の開始時期が平成4年8月よりも過去)において、建物を再築した場合に出てくるルールを押さえておきます。
(1)地主の異議がない建物再築による期間延長
借地人が建物を再築し、地主が異議を述べない場合には、借地期間が延長します(借地法7条)。
詳しくはこちら|旧借地法における異議のない建物再築による期間延長(基本)
もちろん、地主が承諾した場合も「異議を述べない」に含みます。このルール(借地法7条)は、地主が異議を述べた場合にどうなるか、ということは書いてありません。基本的には借地期間は延長しない(元のまま)というだけです。
(2)増改築禁止特約による解除
地主としては通常、無断で建物の増改築をしてもらいたくないと考えます。そこで借地契約書の中に増改築禁止特約を作っておくことが多いです。増改築禁止特約があれば、再築(改築)も禁止されますので、無断で再築した場合は解除できるのが原則です。ただし、例外的に解除が認められないことも多いです。
詳しくはこちら|借地契約の増改築禁止特約の有効性と違反への解除の効力
ただ、借地を始める時にしっかりと考えて契約書を作ったわけではなく、後からみたら増改築禁止特約が入ってないということもよくあります。
(3)新法(借地借家法)→増改築禁止特約なしでも再築禁止(参考)
ところで、借地借家法が適用される借地契約では、増改築禁止特約がない場合でも、再築は実質的に禁止されます。つまり地主による解約が認められています。
詳しくはこちら|借地借家法の借地上建物の滅失・再築による解約の規定と基本的解釈
(4)旧借地法適用+増改築禁止特約なし→解除できない
結局、旧法(借地法)適用で、かつ、増改築禁止特約がないケースでは、無断で建物再築がなされても、地主が解除や解約をすることはできません。ではそれ以外にも借地人に不利に働くことはないのか、ということについて、以下説明します。
3 異議を無視した建物再築の効果(基本)→変化なし
借地人が建物を再築することに対して地主が異議を述ない場合は期間が延長しますが(前述)、逆に異議を述べた場合は、期間が延長しないだけです。
異議を無視した建物再築の効果(基本)→変化なし
あ 新版注釈民法
(ア)貸地人の有効な異議があったからといって、借地人は建物の築造ができなくなるわけではない(我妻494)。
ただ、それが借地契約所定の用方に反していれば、用方違背の責任を追及(解除・建物収去請求)される可能性があるのは、別問題である(星野・借地借家101)。
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p456
い 星野英一氏見解
新築自体に対してなんらの制裁が加えられるわけではなく、七条による更新がされずに、”本来の期間
、借地権が存続するだけ”のことである。
※星野英一著『法律学全集26 借地・借家法』有斐閣1977年p101
4 異議を無視した再築の後の法定更新の適用→あり
では、地主の異議を無視して借地人が建物を再築したケースで、期間が満了したらどうなるでしょうか。建物の寿命を延長することを強行したのだから、法定更新を認めてはいけないという発想も浮かびます。しかし逆に、一律に借地契約が終了するというのも借地人への不利益が大きすぎます。そこで、原則どおりに法定更新は適用されることになります。
異議を無視した再築の後の法定更新の適用→あり
あ 新版注釈民法
まず、法文の形式からいっても、上述の場合が4条・6条の適用除外にあたるとはいえないし、妥当性からいっても、かかる場合には、存続期間満了すれば、借地人は必ず立ち退かねばならぬ、とはいえない。したがって、4条・6条は、この場合にも原則通り適用され、貸地人が更新を阻止しうるためには、正当事由を必要とする、と解すべきであろう(我妻494、星野・借地借家102など通説。最判昭47・2・22民集26・1・101もこの考えを前提とする)。
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p456
い 星野英一氏見解
本来の期間満了のさいに、四条または六条の適用がある点には異論がない。
※星野英一著『法律学全集26 借地・借家法』有斐閣1977年p102
5 法定更新における正当事由への影響
借地期間が満了して、法定更新となるかどうか(更新拒絶が認められるかどうか)の判断では、正当事由があるかどうかで決まります。
詳しくはこちら|借地の更新拒絶・終了における『正当事由』・4つの判断要素の整理
では、過去に地主の異議を無視して借地人が建物を再築したことが正当事由にどう影響するか、ということが次に問題となります。
(1)正当事由に影響する事情の典型例(まとめ)
最初に、正当事由として考慮される典型的な事情をまとめます。正当事由を認める方向、否定する方向に働く事情に分けられます。
正当事由に影響する事情の典型例(まとめ)
あ 借地人にマイナス
改築の必要性が低かった
残存期間が極めて短いのに耐用年数の長い建物を築造した
用法違反がある(例=非堅固建物所有目的であったが堅固建物を再築した)
い 借地人にプラス
合理的理由がないのに地主が異議を述べた
相当な金銭の提供があったのに地主が異議を述べた
6 新版注釈民法
これについて、新版注釈民法の見解を紹介します。前記のまとめのように、正当事由を肯定する方向、否定する方向の事情に分かれる、という見解がとられています。
新版注釈民法
あ 正当事由への影響→プラス・マイナスあり
つぎに、この正当事由の判断にあたって、新建物築造に対し貸地人の異議があったことを参酌すべし、とするのが通説であり、一般的にいって正当事由が一切の事情を考慮して決せられるべしとされている以上、正当であろう。
ただ、その場合、上述のようないきさつをもっぱら借地人に不利なファクター(正当事由形成にプラスに働くファクター)として見るべし(後藤185)、と考うべきではない(正当事由を否定した裁判例として、名古屋高判昭51・9・16判タ346・211、同昭54・6・27判時943・68)。
むしろ、旧建物滅失―新建物築造―異議という事情全体が、一切の事情の勘案のもとに、全体的に評価さるべきであろう。
い 正当事由肯定方向の事情
例えば、
改築の必要が必ずしも強くないのにこれをあえてした、
とか、
残存借地期間がきわめて短いのに耐用年数の長い建物を築造した、
とかいう場合は、借地人に不利な事情として、
う 正当事由否定方向の事情
逆に、なんら合理的理由がないのに異議を述べた、とか、
借地人が相当な金銭を提供して新築につき同意を求めたのに異議を述べた、
とかいう事情は、貸地人に不利な事情として、参酌されるべきであろう
(同旨:星野・借地借家102、水本=遠藤編・前掲書65〔明石〕)。
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p456
(3)星野英一氏見解
星野氏も、同じように、正当事由を肯定する事情と否定する事情の両方がある、という見解をとっています。
星野英一氏見解
例えば、改築の必要がそうないのにしたとか、残存期間が僅かであるのに新築したなどの事情は借地人に不利に働くが、
借地人が相当な金銭を提供して新築に同意を求めたのに合理的理由なく異議を述べたなどの事情は地主に不利に働くといってよい。
※星野英一著『法律学全集26 借地・借家法』有斐閣1977年p102
(4)基本法コンメンタール借地借家法
基本法コンメンタールは、地主の異議を無視した(借地人の行為により建物の寿命が伸びた)、ということに着目して、正当事由を肯定する方向に働くという見解をとっています。
基本法コンメンタール借地借家法
借地人による再築(取壊し+築造)が考慮される
=借地人に不利に働く
※水本浩ほか『基本法コンメンタール 借地借家法 第2版増補版』日本評論社2009年p188
7 法定更新の正当事由を判断した裁判例
実際に、地主の異議を無視した建物の再築があったケースで、その後の法定更新で正当事由の有無が判断された裁判例を紹介します。
(1)昭和51年名古屋高判・借地人の使用の必要性大→正当事由否定
昭和51年名古屋高判は、結果的に正当事由を否定、つまり法定更新を認めました。
建物の再築(火災による焼失後の建物新築)をした時期が、期間満了に近かったことは正当事由を認める方向に考慮しましたが、土地を利用する必要性の比較では、借地人の方が大きかったことが重視されています。
昭和51年名古屋高判・借地人の使用の必要性大→正当事由否定
あ 建物再築に至る経緯(要約)
原因不明の出火(火災)によつて建物が焼失した後に借地人が事務所、物置、作業場兼倉庫を順次建築した
い 再築への異議(前提)
・・・被控訴人は控訴会社の再築に異議を述べたことによつて、借地法第七条による更新を生ぜず、残存期間だけ借地権が存続することになり、借地期間の満了によつて借地権は消滅するが、この場合、借地人は用法違反にならない限り、再築することができ、残存期間を越えるというだけでは、再築を禁じたり、工事を中止させたり、借地契約を解除することはできない。・・・
い 必要性の比較・借地人が大→正当事由否定
そして、控訴会社が残存期間を余すこと僅かの時期にいたつて、残存期間を越えて存続する建物を築造したという事実を考慮しても、前記認定の双方の事情からも明らかなように、控訴会社の本件土地使用の必要性は、被控訴人のそれに比して大なるものがあると認められるので、結局、被控訴人の更新拒絶および本件土地の使用継続に対する異議には、正当事由がないものといわざるを得ない。
う 仮処分違反→ノーカウント
被控訴人は、また、控訴会社は仮処分を無視して本件土建物を建築したとして正当事由を主張するが、右に述べたとおり、控訴会社には仮処分をうけるいわれはなかつたのであるから、右仮処分は違法であり、控訴会社が仮処分にかかわらず前記建物を建築したことをもつて控訴会社に不利な事情として被控訴人の異議に正当事由を認めるのは相当でない
え 他の救済手段(エクスキューズ)→賃料増額
(被控訴人は、本件土地につき妥当な地代――適正増額請求もして――を徴収することによつて生活の基礎とすることも出来るはずである)。
※名古屋高判昭和51年9月16日
(2)昭和54年名古屋高判・不慮の火災による再築→正当事由否定
昭和54年名古屋高判も、結論として正当事由を否定し、法定更新を認めています。
建物を再築した原因が、不慮の火災による建物の焼失であったことが指摘されています。当事者間の過去の紛争とは異なる、つまり蒸し返しではないという意味だと読み取れます。判決文からストレートには読み取れませんが、借地人が意図的に建物の寿命を伸ばしたわけではないということも正当事由を否定する方向に働く事情だと思います。
昭和54年名古屋高判・不慮の火災による再築→正当事由否定
あ 更新請求に対する異議(前提)
控訴人が被控訴人の契約更新の請求に対し遅滞なく異議を述べたことは当事者間に争いがない。
そこで、この異議を述べるにつき正当事由があるかどうかについて考える。
い 再築に対する異議(前提)
本件工事が賃借土地上の建物滅失後残存賃借期間をこえて存続すべき建物の築造というべきものであり、控訴人において遅滞なく異議を述べたのに断行されたものであることは当事者間に争いがない・・・
う 正当事由の判断材料とすること→肯定
以上のような状況に照らして判断するに、本件工事施工が、前説示のように、当事者間の信頼関係を破壊するまでには至らないとしても、これを契約更新を阻止するための正当事由の根拠の一つとして考慮することはもとより可能であり、また被控訴人が六年間の長期にわたり控訴人に対し自己の所在を不明ならしめ、その間控訴人との連絡方法の講じ方が十分でなかったことは明らかで、このため現実に賃料増額のための交渉や増額後の賃料支払に支障を生じているのであって、この点は賃貸借当事者間の信頼関係に大いなる影響を及ぼすべく、右正当事由の根拠の一つとして考慮されるべきものである。
え 結論→正当事由否定
しかしながら、本件工事に関する前叙の経緯等や右所在不明後にそれまでのいきさつを前提としたうえで賃貸借を継続する旨の調停が成立し、その後九年余の間なんらの紛争もなかったこと、しかして、本件は不慮の火災を原因とするこれまでに生じたことのない性質の紛争であることその他上来認定の諸般の事情を合わせ勘案すれば、いまだ更新についての異議の正当事由を肯認することはできないものといわなければならない。
※名古屋高判昭和54年6月27日
8 異議を無視した再築後の建物買取請求権
異議を無視して建物を再築しても、借地法では残存期間はそのまま生きています(前述)。一般論として、期間が満了して借地契約が終了する場合、借地人は建物買取請求権を行使することができます。
詳しくはこちら|借地期間満了時の建物買取請求権の基本(借地借家法13条)
地主の異議を無視して建物を再築したケースでは、建物買取請求権を認めなくてよいのではないか、という発想もありますが、一律に否定するのは行き過ぎです。そこで、建物買取請求権を否定しない見解が一般的です。
異議を無視した再築後の建物買取請求権
あ 前提事情
借地人が建物を再築した
地主は異議を述べた
従前の借地期間(残存期間)が満了した
借地人が建物買取請求権を行使した
い 建物買取請求権を肯定する見解(一般的)
認められる見解が一般的である
※東京地裁昭和14年11月29日
※通説
※幾代通ほか『新版注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣1996年p457
う 建物買取請求権を否定する見解(少数説)
買取請求権自体を否定する(少数説)
※東京控判昭和9年4月30日
9 建物買取請求における代金
地主の異議を無視して建物を再築した後に建物買取請求権が行使されることがあります(前述)。この場合は次に、買取代金の金額が問題となります。
ここで、新建物と旧建物のどちらかを基準とするか、ということが問題となります。両方の見解があり、さらに、新築した建物の評価額を用いるが、支払方法としては猶予期間を設定する、という折衷的な見解もあります。
建物買取請求における代金
あ 旧建物を基準にする見解(多数説)
旧建物(滅失した建物)が現存するとしての時価による
※高島良一『借地・借家法(下)』p889
※広瀬次郎『借地人の建物買取請求権』/『契約法大系3』p15
い 新建物を基準にする見解(少数説)
新建物(再築建物)の時価による
※我妻栄『債権各論 中巻1 民法講義5-2』岩波書店1973年p494
う 折衷説
原則は再築建物の時価(い)による
新旧建物の時価の差額の範囲内において
裁判所が地主に支払の猶予期限を与える
※民法608条2項類推適用;賃借人の費用償還請求権
※鈴木禄弥『借地法(上)改訂版』青林書院1980年p376
※星野英一『法律学全集26 借地・借家法』有斐閣1969年p209
※水本浩ほか『基本法コンメンタール 借地借家法 第2版増補版』日本評論社2009年p191、192
※幾代通ほか『新版注釈民法(15)債権(6)増補版』有斐閣1996年p457
10 再築禁止特約と再築許可の裁判(概要)
以上の説明は再築を禁止する内容の特約がないケースを前提としています。
実際には、特約で再築を禁止する内容が決められていることも多いです。
このような特約は単純に有効とはいいきれません。
一般的には有効とされる傾向がありますが、具体的な適用の場面でいろいろな調整的な解釈がなされます。
裁判所による許可の手続(非訟手続)の利用もできます。
詳しい内容は別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|再築禁止特約と増改築許可の利用(新旧法共通)
11 再築が用法違反にあたることを理由とする解除(概要)
地主は借地人による建物の再築自体は原則的に止められません(前述)。
他方、再築が用法違反に該当することもあります。
この場合は、地主は解除することができる可能性があります。
再築が用法違反にあたることを理由とする解除(概要)
あ 前提事情
借地人が建物の再築をした
再築した建物は用法違反に該当する
い 異議による解除
地主の異議がある場合
→用法違反による解除の対象となる
ただし、信義則の判断により解除が認められないこともある
※高松高裁昭和47年10月31日
詳しくはこちら|旧借地法における異議なしの建物再築の効果や法的扱い
本記事では、地主の異議を無視して借地人が建物の再築をしたケースの法的扱いについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に借地上の建物の再築や増改築、大規模修繕などに関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。