【建物の増改築・建替え・修繕に関する借地トラブルと解決(全体像・ガイド)】
1 建物の修繕や増改築について地主と借地人は対立しやすい
借地上の建物が老朽化した時に、借地人としては建物を修繕したいと考えるのが普通です。
また、老朽化と関係なく、増築やリフォームによって建物を使いやすく快適にしたいと考えることもよくあります。
一方、地主は、建物の寿命(耐用年数)が延びるのを好ましくないと考えます。
このように、地主と借地人は根本的な事情から考えが対立しやすいのです。
2 借地上の建物の修繕や増改築のトラブルは多い
実際に、このようなトラブルの解決を弁護士が引き受けて解決するケースはとても多いです。
この点、このような借地での建物の修繕や増改築の問題については法律が複雑です。
根本的なところの誤解も拡がっています。
本記事では、借地上の建物の修繕や増改築に関する法的なルールとその解決方法の要点を説明します。
3 法律では建物の修繕・増改築・建替えは自由
借地借家法と旧借地法には建物の「滅失・朽廃・築造・増改築」に関する規定がいろいろとあります。
また現在でも旧借地法が適用されるものと、借地借家法が適用されるものに分かれています。
このためルールが複雑なのですが、この中で、平成34年(令和4年)以降は一定の条件で地主の承諾なく建替え(再築)をすると解約される制度があります。
詳しくはこちら|借地借家法の借地上建物の滅失・再築による解約の規定と基本的解釈
これに該当するケースだけは、建物の建替えが禁止されているのと同じことです。
逆に、これ以外には、借地人が建物の工事をすることを禁止するものはありません。
(特約による禁止は後述します)
詳しくはこちら|借地上の建物の建築・増改築の自由と制限(借地条件・増改築禁止特約)
4 地主の承諾のある建替え(再築)は期間延長の特典あり
借地借家法(旧借家法)には建物の建替え(再築)への地主が承諾に関するルールがあります。
要するに、地主が承諾すると新たな借地期間が20年となるのです。
(旧借地法時代の借地で堅固建物所有目的の場合だけは30年です)
詳しくはこちら|旧借地法における異議のない建物再築による期間延長(基本)
詳しくはこちら|借地借家法における承諾のある建物再築による期間延長
このように、建替えに地主の承諾があると借地人は特典を得られます。
一方、承諾がない場合は期間延長の特典を受けられないのです。
ここが重要なのですが、承諾なしで増改築や建替えをしても借地契約を解除されるというルールではないのです。
5 反対を押し切って増改築や建替えをしても将来更新される
以上のように、法律上は借地人が建物の工事をするのは自由です。
地主が大反対している中で借地人が建物の建替えをするのは違和感があるかもしれません。
これについて、将来、借地期間が満了した時に更新すべきではないという考えもあります。
古い判例でもこのように借地人にペナルティを与えるようなものもありました。
しかし、現在の一般的な見解では、本来禁止されないことをしただけなのでペナルティを受けないこととされています。
専門的には法定更新が適用され、特殊な事情がない限り更新されます。
仮に更新しない場合でも、新たな建物の価値を前提に地主が建物を買い取る制度が適用されます(建物買取請求権)。
詳しくはこちら|旧借地法における地主の異議を無視した建物再築の扱い
6 増改築や建替えを禁止する特約は有効
ここまで借地人が建物の建替えや増改築をすることは自由ということを説明しました。しかしこれは法律上の話しです。大きな落とし穴があります。
増改築や建替えを禁止する特約が契約書に記載されている場合は別です。
原則的に増改築禁止特約(建物に関する借地条件)は有効とされています。
最近の借地の契約ではほぼすべてに増改築禁止特約がついています。
このことが誤解を招いています。
借地というのは数十年、ケースによっては100年に達しているものもあります。
古い時代の契約書では、増改築禁止特約がないものも多いのです。
詳しくはこちら|借地における増改築禁止特約の設定の実情とあいまいな特約の解釈
増改築禁止特約があることが当たり前という感覚が拡がっているので、特約がないのに承諾が必要だ、というような誤解が生じているのです。
詳しくはこちら|借地上の建物の建築・増改築の自由と制限(借地条件・増改築禁止特約)
7 特約違反の増改築をしても解除できない傾向あり
増改築禁止特約は有効なので、結局は建物の建替えや増築は禁止される、と思ってしまいます。
しかしここにも大きな落とし穴があります。
増改築が特約違反なので、当然、地主は(債務不履行による)解除を主張します。
しかし、解除が有効かどうかはまた別問題なのです。
おおざっぱに言えば、解除は認められない傾向が強いのです。
詳しくはこちら|借地契約の増改築禁止特約の有効性と違反への解除の効力
もちろん、個別的な事情によっては解除が認められる実例もあります。
詳しくはこちら|増改築禁止特約の違反による解除の効力(裁判例集約)
8 増改築禁止を解消する承諾料相場は更地価格の3%
増改築禁止特約に違反する増改築は、解除されるリスクがあります(前記)。
そこで実際に増改築をする場合には地主の承諾を得るという発想が常識的です。
地主としても、承諾料を受け取ることと引き換えに承諾するのが通常です。
このようなケースはとても多いので、承諾料の相場ができています。
一般的な全面的な改築のケースで更地評価額の3%です。
もちろん、具体的な工事の規模や内容によってこれとは違う算定がなされることもあります。
9 増改築の承諾の交渉では承諾料の金額で対立しやすい
増改築禁止特約がある借地で増改築をする際、事前に地主と借地人で交渉が行われるケースがよくあります。
主に承諾料の金額について、見解の対立が生じて合意に至らないことも多いです。
標準的な承諾料の算定(更地の3%)を使うかどうか、また、更地の評価額で見解に大きな開きが出ることもよくあります。
10 増改築禁止特約を回避する裁判所の許可
増改築の承諾の交渉(前記)は合意に至らず決裂することもよくあります。
この状況でも、増改築禁止特約は解消されないわけではありません。
地主に代わって裁判所が許可する手続があるのです。
判例の蓄積で、裁判所が許可する判断基準がつくられています。
詳しくはこちら|借地上の建物の増改築許可の実質的要件(判断基準)
要するに、老朽化した建物を常識的な範囲で建て替えることは許可されるのです。
許可には財産上の給付が伴います。
要するに承諾料と同じように、一定の金額を地主に払うことが条件となるのです。
この財産上の給付の相場は更地評価額の3%です。
(裁判所の判断の蓄積が交渉における承諾料の相場に影響しているといえます)
詳しくはこちら|借地上の建物の増改築許可の承諾料の相場(財産上の給付の金額)
11 木造から鉄筋鉄骨への建替えの承諾料は更地価格の10%
以上の建替えは以前の建物と同様の規模・構造の建物を建てるという前提でした。
例えば、木造から鉄筋鉄骨への建替えは、建物の構造の借地条件の変更といえます。
そうすると、承諾料の相場は跳ね上がり、更地評価額の10%となります。
詳しくはこちら|借地条件変更の承諾料の相場(財産上の給付の金額)
この場合に裁判所の許可を得る手続は増改築許可ではなく借地条件変更というものになります。
詳しくはこちら|借地条件変更・増改築許可の裁判手続(基本・新旧法振り分け)
裁判所が借地条件を変更するハードルは、一般の増改築の許可よりも高いです。
周囲に木造の建物がほとんどない、などの事情がないと裁判所は借地条件の変更を認めません。
詳しくはこちら|借地条件変更の裁判の実質的要件(判断基準)
12 契約書がない・条項の意味があいまい
ところで実際の借地の問題では、大前提ともいえる借地契約書がみつからないということも
多いです。
数十年から100年くらい前に始まった借地ではよくあることです。
借地の期間やどのような特約があるのか、が分からないのです。
このような問題を交渉で解決できない場合、裁判によって解決する方法があります。
契約の内容を確認する、という訴訟です。
また、契約書はあるけれど非常に古いものでは、条項の内容の意味があいまいで分かりにくいということも多いです。
増改築を禁止しているようだけど、ストレートには書かれていないというものがよくあるのです。
具体的な条項の言葉を可能な限り合理的に判断することになります。
解釈には当然ブレが出てきます。
詳しくはこちら|借地における増改築禁止特約の設定の実情とあいまいな特約の解釈
13 修繕は建物の維持保全の範囲なら禁止されない
契約書に増改築禁止特約の条項がある場合、そこには(大)修繕の禁止が書いてあることが多いです。
この点、増改築と修繕は法的扱いがちょっと違います。
建物の維持や保全の範囲内の修繕については禁止できないのです。
(専門的には通常の修繕と呼びます)
仮に修繕を禁止する特約があったとしても、それは無効となります(解除は認められません)。
詳しくはこちら|借地上建物の「通常の修繕」「大規模修繕」の意味と修繕禁止特約の有効性
実際には、具体的な修繕の施工内容が建物の維持や保全の範囲かどうかがはっきり区別できないことも多いです。
大規模な修繕は増改築として扱われ、特約で禁止されていると判断されることもあります。
詳しくはこちら|通常の修繕と大規模修繕(特約違反)のどちらかを判断した裁判例(集約)
14 借地のトラブルに詳しい弁護士の関与が好ましい
借地上の建物の工事(増改築・建替え・修繕)に関するトラブルの実情や法律のルール、解決方法を説明してきました。
しかし、これは多くの法律の規定や解釈論のごく一部です。
実際に、個別的な事情によっては、法的に大きな意味があり、原則とは違う扱いがなされることもよくあります。
また、交渉や裁判手続については(当然ですが)、1つ1つのアクションが、最終結果に影響します。
借地の契約書やいろいろな図面や過去の違反行為の記録など、提出する資料(証拠)の選択を慎重に判断する必要があります。
証拠提出や検証や鑑定の申出も、最適なタイミングをしっかり判断すべきです。
また、マイナーなものも含む判例や学説の指摘が交渉や裁判の方向性を変えたという実例も多いです。
ですから、借地のトラブルの解決に詳しい弁護士が交渉や裁判手続を進めることが好ましいです。