【境界と建物の距離制限違反の法的責任(建築中止・変更請求・損害賠償)】
1 境界と建物の距離制限違反の責任
2 境界線付近の建築制限違反への建築中止・変更請求
3 建物完成後の違法部分の収去請求(一般的判例)
4 建物完成後の違法部分の収去請求(肯定判例)
5 境界線付近の建築の制限違反への一般的賠償請求
6 境界線付近の建築の制限違反への慰謝料請求
1 境界と建物の距離制限違反の責任
民法234条は,境界線と建物は50センチの距離をとることを要求しています。
しかし,建築基準法や慣習による例外も多くあります。
詳しくはこちら|境界と建物は50cmの距離を空ける(建築基準法や慣習での例外あり)
民法234条の規定に違反した場合は,当然,法的な責任が生じます。
本記事では,この法的責任の内容について説明します。
2 境界線付近の建築制限違反への建築中止・変更請求
境界と建物の最低限の距離よりも境界に近い位置に建物を建築されるというケースはよくあります。
建築中の建物の隣地所有者は,建築の中止や位置(設計)を変更するように請求することができます。
ただし,請求できる期間は制限されています。
<境界線付近の建築制限違反への建築中止・変更請求>
あ 建築中止・変更請求(前提)
境界からの最短距離に違反している建築がなされている場合
→隣地所有者は建築中止・変更を請求できる
い 請求の期間制限
『ア・イ』のいずれかに該当する場合は請求内容が制限される
ア 建築に着手した時から1年経過後イ 建物が完成した後
う 制限期間経過後の請求の制限
建築中止・変更・撤去の請求はできない
損害賠償のみ請求できる
※民法234条2項
3 建物完成後の違法部分の収去請求(一般的判例)
民法234条の制限に違反していても,建物が完成するか着工後1年が経過すると工事の中止や設計の変更を請求することはできなくなります(前記)。
この点,この期間制限内に請求だけしておけば,この時点で,期限内ということが確定します。
つまり,その後,建物が完成した時点でも,改めて建物の一部の収去(撤去)を請求する訴訟を提起するということは可能です。
古い判例で一般論としてこのことを認めたものを紹介します。
<建物完成後の違法部分の収去請求(一般的判例)>
あ 事案(前提事情)
民法234条2項ただし書の制限期間内において
建物の工事中止の請求(意思表示)をした
建物の完成後に建物の除去の請求をした
い 裁判所の判断
違法建築部分の収去請求を認める
※大判昭和6年11月27日
4 建物完成後の違法部分の収去請求(肯定判例)
建物の建築中止を求めて仮処分を申請したケースを紹介します。
裁判所が建築工事続行を禁止する仮処分を発令しました。
当然,制限期間内に仮処分の手続は行われたのです。
しかし,この仮処分を無視して建物の工事は進められ,完成するに至りました。
この時点で隣地所有者は改めて建物の一部の収去(解体)を請求する訴訟を提起しました。
既に建物が完成しているので,一部の解体をすると,費用がとても大きくなります。
建築主は,建物の収去請求は権利濫用であるということを主張しました。
しかし裁判所は,前記の古い判例と同様の考え方で,建物の一部の収去の請求を認めました。
<建物完成後の違法部分の収去請求(肯定判例)>
あ 工事中止の仮処分
Bは建物の建築に着手した
建築着手から1年以内・建物完成前において
隣地所有者AがBに工事中止を要請した
Aは建築工事続行禁止の仮処分を申し立てた
裁判所は建築工事続行禁止の仮処分を発令(決定)した
い 仮処分を無視した建築続行
Bは建築を続行し,建物を完成させた
Aは建物の違法建築部分の収去を請求する訴訟を提起した
う 裁判所の判断
収去は建築者において高額の収去費用の負担を強いられる
→しかしBは仮処分を無視したので保護しない
→権利の濫用にはあたらない
→違法建築部分の収去請求を認めた
※最高裁平成3年9月3日
5 境界線付近の建築の制限違反への一般的賠償請求
民法234条に違反する建物の建築があり,損害が生じた場合は,損害賠償請求ができます。
損害賠償請求については,期間の制限はありません。
損害額の算定については,建築できなくなった面積が基準となります。
<境界線付近の建築の制限違反への一般的賠償請求>
あ 旧民法の損害(償金)の規定
違反建築が先に存在したために
後の建物の建築において
法定最小距離を超える距離を保持せざるをえなくなった場合
→余分に後退した地面に応じて償金を請求できる
※旧民法財産編257条3項
い 現行法の解釈
民法234条に違反する建物の建築があったケースにおいて
賠償額の算定の参考となる
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p369
6 境界線付近の建築の制限違反への慰謝料請求
通常,違反する建築についての損害は前記のような経済的なものです。
これに対して,協議の申入を拒絶したということによって精神的な損害が認められた珍しいケースもあります。
<境界線付近の建築の制限違反への慰謝料請求>
あ 協議申入への無視
隣地所有者A・Bが同時に建物建築を進めていた
AがBに建物と境界との距離保持に関する申し入れをした
Bが無視した
い 裁判所の判断
協議を拒否すべき合理的理由はない
→誠意交渉義務違反(違法)である
→慰謝料請求を認めた
※大阪高裁平成10年1月30日
本記事では,境界線と建物の距離の制限に違反する建築に関する責任について説明しました。
損害の発生の判断や損害額の算定や請求期限の判断は細かい事情で大きく変わってきます。
実際の建物の建築で,境界からの距離の問題に直面している方は,本記事の内容だけでは判断せず,弁護士の法律相談をご利用くださることをお勧めします。