【登記申請の依頼者による司法書士の調査義務の免除の効果(私法と公法)】
1 登記申請の依頼者による司法書士の調査義務の免除の効果
2 契約自由を重視する見解(説1)
3 公益的職責を重視する見解(説2)
4 2つの見解のまとめ(加藤説や結論の違い)
1 登記申請の依頼者による司法書士の調査義務の免除の効果
登記申請を行う司法書士は一定の調査(確認)義務を負います。調査に不備があると司法書士の責任が生じることがあります。
詳しくはこちら|不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み(疑念性判断モデル)
そうすると,実務での工夫として依頼者に調査義務を軽減(免除)してもらうことで,業務遂行のスピードアップを図る,という発想が出てきます。
しかし,法的な解釈はこのように簡単な結論にはなっていません。
本記事では,依頼者が司法書士の調査義務を免除した場合の法的な効果について説明します。
2 契約自由を重視する見解(説1)
大きく分けると,解釈(考え方)は2つあります。
まず,契約自由を重視する見解があります。文字どおり,当事者間の合意を尊重するというものです。調査義務の免除はできるということになります。
しかし,免除するものはあくまでも民事的責任に限定されます。刑事責任(犯罪)や行政責任(懲戒処分)は免除されません。
<契約自由を重視する見解(説1)>
あ 解釈の内容
依頼者が司法書士の登記に関する調査義務を免除することは
私的自治・契約自由の原則により許容される
→当然に依頼者からの損害賠償請求は否定される
※加藤新太郎著『司法書士の専門家責任』弘文堂2013年p96
い 民事以外の責任
民事以外の責任(刑事責任・行政責任)について
→依頼者(私人)が処分できない
→依頼者が責任を免除する意思表示をしても影響はない
=司法書士の刑事責任・行政責任は生じる(免除されない)
3 公益的職責を重視する見解(説2)
2つ目の解釈として,司法書士の公益的職責を重視する見解があります。
調査をして虚偽の登記の出現を防ぐことは社会的に司法書士に課せられた使命であるということを重視します。
そのため,特定の私人である依頼者が司法書士の調査義務を免除(軽減)することはできないことになります。
とはいっても,依頼者が調査の遂行による利益を放棄するという範囲では法的な効果が認められます。
結果的に,前記の『説1』と同じような法的扱いとなります。
<公益的職責を重視する見解(説2)>
あ 解釈の内容
司法書士は登記の専門家として登記の実体法的正確性の担保という公益的職責を負う
→登記権利者が(公的な)司法書士の調査義務を免除することは許されない
い 限定的な効力
実際に免除した場合には
民事責任を追及しない旨の特約,損害賠償請求権の放棄の特約としては有効である
※加藤新太郎著『司法書士の専門家責任』弘文堂2013年p96
う 結論
民事責任は免除されたのと同じ結果となる
刑事責任・行政責任は生じる(免除されない)
4 2つの見解のまとめ(加藤説や結論の違い)
以上のように,2つの主な見解が存在します。
この点,加藤新太郎氏は,司法書士の専門家としての社会的な責任を重視する見解(説2)を支持されています。
ただし,前記のように,2つの見解で結果的に違いはほとんどありません。敢えていえば,第三者による民事責任の追及かもしれません。しかし,一般論として,責任を免除した者以外の者には,責任の免除の効果は生じません。これを前提とすると,第三者による民事責任の追及でも,2つの見解で違いは生じないことになります。
<2つの見解のまとめ(加藤説や結論の違い)>
あ 加藤説の内容
専門家責任論からは『説2』が妥当である
実体を反映しない登記により第三者に損害を与える事態が生じる可能性があることからも『説2』が妥当である
※加藤新太郎著『司法書士の専門家責任』弘文堂2013年p96
い 補足(私見)
『説1』の見解を前提としても
損害を受けた第三者(調査義務を免除した者以外)が司法書士に損害賠償請求をすることができなくなるわけではない
むしろ第三者からの損害賠償請求は認められるように思える
→仮にこう考えると『説1』と『説2』での違いはなくなる
本記事では,依頼者による司法書士の調査義務の免除の法的効果について説明しました。
実際の登記事故においては,個別的な細かい状況や,その主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に不正や虚偽の登記申請に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。