【民法177条の第三者に該当しない実質的無権利者の具体例】

1 民法177条の第三者に該当しない実質的無権利者の具体例
2 実質的無権利者と民法177条の第三者(否定)
3 実体上の権利がない者(登記名義人)
4 無効・取消原因をもつ取引による譲受人
5 被担保債権消滅後の抵当権譲受人
6 表見相続人からの譲受人
7 遺言執行に抵触する行為(概要)

1 民法177条の第三者に該当しない実質的無権利者の具体例

一般的には登記を得れば権利を確実に得られるといえます。しかし,民法177条が適用される状況ではなければ,登記を得ていても権利を得られないこともあり得ます。民法177条が適用されない状況にはいろいろな類型があります。
詳しくはこちら|民法177条の第三者に該当しない者の具体的類型
民法177条が適用されない状況の1つが,(対立する者の一方が)実質的な無権利であるケースです。
本記事では,実質的な無権利者であるために民法177条の第三者に該当しない状況について説明します。

2 実質的無権利者と民法177条の第三者(否定)

民法177条の『第三者』とは,正当の権原によって権利を主張することです。実質的な無権利者は,この正当の権原を欠くので民法177条の第三者に該当しないのです。つまり,民法177条が適用されないのです。対抗関係には該当しないともいえます。
実質的無権利者が登記を有している場合には何か特別扱いがあるのでは,という発想もあります。しかし法的には民法177条が適用されないという結果に違いはありません。そもそも,実質的無権利者(実体上の権利を欠く者)が登記名義を有していても当然に登記は無効となります。
さらに,実質的な無権利者からさらに譲り受けた者(転得者)も連鎖的に同様の扱い(民法177条が適用されない)となります。

<実質的無権利者と民法177条の第三者(否定)>

あ 民法177条の第三者の要件(前提)

同一の不動産に関し正当の権原によらずに権利を主張する者は
登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者(民法177条の『第三者』)に該当しない
詳しくはこちら|対抗要件(登記)の制度の基本(対抗関係となる『第三者』など)

い 実質的無権利者の扱い

実質的な無権利者(名目上の権利者)は正当の権原を欠く
→民法177条の第三者に該当しない
→実体上の権利者は登記がなくても実質的な無権利者に権利を対抗(主張)できる

う 転得者の扱い

実質的無権利者(い)からの譲受人(転得者)について
→権利を承継していないので,実質的無権利者である
→登記に公信力はないので,登記を得ていても実質的無権利者に変わりはない
=『い』と同じ扱いとなる

実質的無権利者とはどのようなものなのか,ということは分かりにくいです。そこで以下,実質的無権利者の具体例を説明します。

3 実体上の権利がない者(登記名義人)

実質的無権利者である以上,この者が登記名義を有していても民法177条の第三者に該当しません(前記)。
実質的に無権利である(実体上の権利を欠く)けれど登記名義を有している状況の具体例は,売買契約はないのに偽造した売買契約書を使って登記申請をしたようなケースです。

<実体上の権利がない登記名義人>

あ 登記の無効

実体上の権利を欠く者が登記名義を取得した
例=偽造した書類で登記申請をした
→登記の対抗力は無効となる
詳しくはこちら|登記の対抗力の有効要件の全体像(形式的有効要件と実質的有効要件の内容)

い 無効登記の効力

正当の権原によらずに権利を主張する者は民法177条の第三者に該当しない
この者が登記名義を有していても同様である(無効登記である)
無効登記の名義人からの転得者も同様である
※大判昭和6年4月24日
※大判昭和5年3月31日
※大判昭和10年11月29日
※大判大正3年10月2日
※大阪高裁昭和38年6月13日
※大判昭和12年8月28日
※最高裁昭和24年9月27日
※大判明治42年10月29日

4 無効・取消原因をもつ取引による譲受人

不動産を取得した取引はあるけれど,その取引が無効であるか,取消をされたというケースです。状況によっては例外的に第三者を保護する規定が適用されることもあります。そのような例外に該当しない以上は取引で権利(所有権)を取得した(はずの)者は無権利ということになります。登記を得ていても民法177条の第三者に該当しません。

<無効・取消原因をもつ取引による譲受人>

あ 虚偽表示による譲渡

通謀虚偽表示による譲渡は無効である
※民法94条1項
→譲受人は民法177条の第三者に該当しない
※大判昭和5年4月17日
※最高裁昭和34年2月12日

い 虚偽表示の後の悪意の転得者

虚偽表示による譲受人から悪意で譲り受けた者(転得者)は保護されない
※民法94条2項
→転得者は民法177条の第三者に該当しない
※大判明治42年1月26日

う 虚偽表示の後の善意の転得者(肯定・参考)

虚偽表示による譲受人から善意で譲り受けた者(転得者)は,民法177条の第三者に該当する
詳しくはこちら|民法177条の第三者に該当する者の具体的類型

え 錯誤による譲渡

錯誤による譲渡は無効である
※民法95条
→譲受人は民法177条の第三者に該当しない
※大判昭和6年4月2日

お 錯誤の後の転得者

錯誤による譲受人から譲り受けた者(転得者)は保護されない
→転得者は民法177条の第三者に該当しない

か 詐欺による譲渡

詐欺による譲渡は取消により無効となる
※民法96条1項,2項
→譲受人は民法177条の第三者に該当しない

き 詐欺の後の悪意の転得者

詐欺による譲受人から悪意で譲り受けた者(転得者)は保護されない
※民法96条3項
→転得者は民法177条の第三者に該当しない
※大判昭和8年2月28日
※舟橋諄一ほか編『新版 注釈民法(6)物権(1)補訂版』有斐閣2009年p667

5 被担保債権消滅後の抵当権譲受人

抵当権は,被担保債権が消滅すると一緒に消滅します。登記自体は残っているとしても無効な登記です。中身のない空っぽの登記といえます。
この状況で抵当権(と被担保債権)を譲り受けて,登記の移転も受けたとしても,実体上の被担保債権と抵当権が承継されることはありません。
抵当権の譲受人は実体上の被担保債権と抵当権をまったく有ません。そこで,(登記名義を有していたとしても)実質的無権利者であり,,民法177条の第三者には該当しません。

<被担保債権消滅後の抵当権譲受人>

あ 被担保債権消滅(前提)

担保権の被担保債権が消滅した
→担保権も実体として消滅する

い 抵当権の譲受人

(『あ』の後に)
抵当権を譲り受けた者は抵当権を承継していない
→譲受人は民法177条の第三者に該当しない
※大判大正10年3月12日

う 抵当権の譲受人からの転得者

(『い』の後に)
抵当権を譲り受けた者(転得者)は抵当権を承継していない
→転得者は民法177条の第三者に該当しない
※大判昭和7年7月23日

6 表見相続人からの譲受人

例えば,亡くなった方の実の息子であれば相続人です。遺産(相続財産)を承継します。
しかし例外的に本来の相続人が相続を受けない状況もあります。相続欠格に該当するとか廃除を受けたというケースです。これを表見相続人と呼びます。
表見相続人が登記を得たとしても,権利(所有権)がないので,登記の対抗力はありません。登記によって権利を得たことになるということはありません。
さらに,表見相続人から権利を譲り受けた者も,権利を承継していないので,同じ扱い(権利を得ない)となります。

<表見相続人からの譲受人>

あ 表見相続人の例(前提)

ア 相続欠格者イ 廃除を受けた者

い 表見相続人からの譲受人

表見相続人が相続登記をした上で,不動産を第三者に譲渡した
譲受人は実体上の権利を承継していない
→譲受人は民法177条の第三者に該当しない
※大判大正3年12月1日
※大判昭和2年4月22日

う 表見相続人の差押債権者

債権者が推定相続人の持分を差し押さえた
推定相続人(債務者)が廃除の審判を受けた
→さかのぼって当該不動産につき何らの相続分権をもたないことになる
→差押の対象の権利が遡及的に消滅して実質的無権利者となる
相続財産の受遺者との関係で,差押債権者は民法177条の第三者に該当しない
※大阪高裁昭和59年3月21日

え 法定相続分超過部分の譲受人

共同相続人のうちAが(違法に)単独相続の登記をした
Aは第三者Cに譲渡して登記を移転した
CはAの共有持分割合を超える部分について権利を承継していない
他の共同相続人Bは自己の持分について登記なくしてCに対抗できる
※最高裁昭和38年2月22日

7 遺言執行に抵触する行為(概要)

遺言執行者が存在する場合,遺言内容(遺言執行)に抵触する行為(抵触処分)は無効となります。そこで,抵触処分によって遺産を取得しても権利(所有権)を得られません。
実際には,前提部分の抵触行為に該当するかどうかの判断が複雑になることもあります。

<遺言執行に抵触する行為(概要)>

あ 抵触行為の無効

遺言執行者が就任しているケースにおいて
遺言の執行に抵触する行為は無効となる

い 対抗関係の否定

対抗関係は生じない
→『ア・イ』は民法177条の第三者に該当しない
ア 抵触行為による取得者イ 抵触行為による取得者からの転得者 詳しくはこちら|遺言執行者による遺言執行に抵触する相続人の処分は無効となる

本記事では,実質的な無権利者であるために民法177条が適用されない,つまり登記を得ても権利(所有権)を得られない状況の具体例を説明しました。
実際には,細かい事情によって結論が大きく違ってくることも多いです。
実際に登記が有効であるかどうかの問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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