【共有不動産に関する不正な登記の是正方法の新方式判別基準】
1 共有不動産に関する不正な登記の是正方法の新方式判別基準
実体上の権利と合致しない登記は無効です。そこで、一定の関係者は登記の是正を請求することができます。具体的には、不正な登記の抹消登記や更正登記手続、あるいは真正な登記名義の回復による移転登記手続の請求です。
このような登記手続の請求が、共有が関係する不動産で行われる場合、誰が請求できるか(原告となれるのか)、どのような登記(抹消登記、更正登記、移転登記)を請求できるのか、また、更正登記の場合には原告の持分を回復する範囲を超えた是正を請求できるか、という問題があります。
詳しくはこちら|共有不動産の不正な登記の是正の全体像(法的問題点の整理・判例の分類方法・処分権主義)
これについて、従来提唱されていた考え方と、現在一般的になっている考え方の2つがあります。従来からある見解については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|共有不動産に関する不正な登記の是正方法の従来方式判別基準
本記事では、従来方式に対して新たに提唱されている見解(新方式の判別基準)を説明します。
2 新方式の判別基準の全体的な説明
新方式の判別基準の大きな枠組みを説明しているものを紹介します。
重要なところは、不正な登記を是正する請求権の性質は共有持分権に基づく妨害排除請求権であることと、是正方法(手段)の具体的内容は必要かつ相当、つまり妥当といえる範囲で認めるというところです。つまり、妨害排除を実現するための具体的な登記手続の内容を一律に示すことはできないということです。
少しだけ具体化します。
大原則は、不実(実体と登記が一致していない)の部分については抹消を請求できるという点です。
この原則に対して、不実部分のうち一部だけしか抹消を認めないという判断もあります。抹消範囲を制限する理由は、原告の請求内容と登記手続の制約などです。
具体的な制限の内容については後述します。
新方式の判別基準の枠組みの説明
あ 最新裁判実務大系
判例は、共有持分権に基づく妨害排除請求としていかなる是正手段が必要かつ相当であるかを、原告の請求の趣旨や登記手続上の制約をも踏まえて具体的に判断している
※滝澤孝臣編著『最新裁判実務大系 第4巻 不動産関係訴訟』青林書院2016年p376
い 判例解説
ア 原則=不実部分の全部抹消
被告の登記のうち共有物に対する侵害となっている不実の登記の部分については、他の共有者が単独でその抹消を請求することができる
イ 不実部分の抹消の制限
しかし、原告の訴訟手続上の請求の立て方や登記手続の制約上、原告の持分を超える部分の一部抹消登記(更正登記)が求められない場合がある
→この場合には訴訟でも”原告への更正登記を超える抹消(更正)請求は認めない
※『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度(下)』法曹会2006年p395
3 登記手続上の抹消登記と更正登記の区別(前提)
以下、不正な登記の是正方法の具体的な判別について説明します。判別方法についていろいろなパターンを考えましたが、最も単純に判別できる方法は、最初に登記手続に着目するものであると考えました。そこで、本記事では、不正な登記を是正する登記手続の種類(是正方法)によって最初に場合分けをします。
そこで、登記の是正方法について押さえておきます。
不正な登記と実体に、一部でも同一性がある場合には、一致部分は維持する必要があります。そこで全部抹消(抹消登記)はできません。その場合には不一致部分だけを抹消することになります。一部抹消のことを、登記手続上は更正登記と呼びます。
なお、不一致部分の一部は維持しておく是正方法もありますが、本記事では関係してきません。
ここで、登記と実体との『一致』の判断については間違えやすいところです。単純に持分割合が重複するというだけで『一致』しているとは限りません。登記(受付番号)単位で、記録された物権変動として実体との異同を判断するのです。
例えば、同じ『AからBへの移転』でも、『贈与と売買』や『相続と遺贈』では同一性がありますが、『相続と売買』(でしかも日付も異なる)場合には同一性なしとなります。登記実務では当たり前ですし、登記の是正の過去の判例でもこの理論を前提としているものはあります。
登記手続上の抹消登記と更正登記の区別(前提)
あ 登記手続の区別
ア 基本
不正な登記と実体に同一性がある場合には、抹消登記(全部抹消)はできない
この場合の是正方法は更正登記(一部抹消)となる
イ 注意(参考)
不正な登記と実体に同一性がない場合には、原則として是正方法は抹消登記(全部抹消)となる
ただし、更正登記(一部抹消)にとどめることが可能であることもある
い 『一致』の判断内容
ア 対象とする登記事項の特定
登記と実体の一致の判断において
ここでの(不正な)登記とは、1つの受付番号が付された登記事項のことである
いわゆる登記上の1つの箱だけを見て判断するということである
イ 一致するかどうかの判断の対象
登記と実体の一致の判断について
ここでの登記・実体とは権利変動単位で判断する
例えばAが共有持分を持つことで一致していても、登記原因やその日付について(登記と実体の)同一性が否定されることもある
この登記と実体の同一性は、登記手続に関する法令や先例(登記実務)を基準として判断する
ウ 実体上の持分と登記上の消去の関係
抹消登記により是正する場合、実体上持分を有していても登記上から消去される結果となることも生じる
別の角度からいえば、権利としては正しいが権利変動としては間違っているという状況(消去される理由)ということになる
なお、登記の是正方法としては、ここで指摘した抹消登記・更正登記以外にも(真正な登記名義の回復による)移転登記もあります。このような是正方法の区別については別の記事でも説明しています。
詳しくはこちら|真正な登記名義の回復による移転登記(一部抹消に代わる移転の可否)
4 是正方法が抹消登記である場合の原則的な扱い
前記のような2種類の是正方法のうち、まずは全部抹消(抹消登記)について説明します。
つまり、不正な登記と実体に一部たりとも一致がないというケースのことです。
この場合、実体上、共有物が侵害されてる状態なので、各共有者は単独で(妨害排除請求権として)全部抹消(抹消登記)を請求できることになります。妨害排除請求権の一般論のとおりですので、原告の持分を超える回復も可能です。
是正方法が抹消登記である場合の原則的な扱い
→是正方法は抹消登記となる
→共有者は単独で(全部の)抹消登記手続請求をすることができる
※最高裁平成17年12月15日
※滝澤孝臣編著『最新裁判実務大系 第4巻 不動産関係訴訟』青林書院2016年p373
5 登記上侵害を受けていない共有者による抹消請求(概要)
全部抹消については、結果的に登記上、原告以外の共有者の持分も回復する場合であっても認められます。
この点、原告は登記上侵害を受けていない場合はどうか、という問題があります。結論としては、原則として認めることになっています。これについては別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|不正な登記の抹消請求における共同訴訟形態・原告になれる共有者の問題
6 是正方法が更正登記である場合の解釈の基礎
次に、不正な登記と実体の一部が一致している(一部が違っている)というケースにおける是正方法についての説明に入ります。
まず、不正な登記と実体に少しでも一致がある場合には抹消登記はできません。是正する方法は更正登記ということになります。実体法上は一部抹消登記と呼ぶこともあります。
更正登記の場合は、原告以外の共有者の持分を回復することまで認めるかどうか、という問題が出てきます。
これについて、判例のとる解釈が研究・分析されていますが、共通していえることは、登記手続上の支障(問題)を避けるという方向性です。
実体上の権利(請求権)と訴訟上の請求で、認める範囲が異なる、という指摘もあります。具体的には、実体上の請求権(妨害排除請求権)は認めるが、訴訟上の請求は制限する、ということです。訴訟上の請求を制限する理由が登記手続などに支障が生じる、という指摘です。
是正方法が更正登記である場合の解釈の基礎(※1)
あ 鎌田薫論文
共有者の1人が提起した訴訟の中で訴訟当事者になっていない共有者の分まで含めた共有登記への更正登記手続を命じることは、訴訟手続上も、登記手続上も、障害が大きすぎるということから、やむを得ず、原告の持分の範囲内での更正登記のみを命じているのだと解することができる
※鎌田薫『私法判例リマークス29(2004(下))』p16
※滝澤孝臣編著『最新裁判実務大系 第4巻 不動産関係訴訟』青林書院2016年p372、373参照
い 藤井正雄論文
共有持分の更正登記が実質的に『一部移転登記』の性質を有している(場合)
一部とはいえ、判決手続に関与していない者に対する移転登記を実現してしまうことは、登記手続上問題がある
訴訟手続上も、訴訟に参加していない者の実体的権利を他者が実現することによる種々の問題がある
例=乙の持分についてまで更正を求めた甲の請求に対する判決の既判力が乙にも及ぶことになるのか
※藤井正雄『登記請求権』/『香川最高裁判事退官記念論文集 民法と登記(中)』テイハン1993年p334
※滝澤孝臣編著『最新裁判実務大系 第4巻 不動産関係訴訟』青林書院2016年p372、373参照
う 最新裁判実務大系
共有持分の更正登記が、一部移転登記たる性質を有している以上・・・
訴訟において請求できるのは、訴訟を提起する者の共有持分についてのみにとどめる
これによりさしあたり、原告となった者の登記上の共有持分は正しく反映されることとなる
実体関係を正確に反映させるためには、他の共有者が自ら請求すべきである
※滝澤孝臣編著『最新裁判実務大系 第4巻 不動産関係訴訟』青林書院2016年p372、373
え 平成15年判例・判例解説(具体的設例)
昭和59年三小判例の事案では、本来X、Y外3名の共有者が各1/5の持分を有するように更正登記を命ずることが真実に合致するのであるが、Xのみが原告になっている以上、Xの持分を1/5、Yの持分を4/5とする更正登記を命ずるよりほかない。
他の3名の共有者の持分合計3/5については、抹消して元の名義人に戻すことはできず、Xの持分を4/5、Yの持分を1/5とする更正登記を命ずることもできない以上、Xは、Yの持分を超える3/5の持分について妨害排除請求権を有していても、これを訴訟上実現することが困難であるともいうこともできようか。
※尾島明稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度』法曹会2006年p398
7 原告の持分回復を超える更正登記による2種類の支障と結論
前記で紹介した、原告の持分回復を超える更正登記(一部抹消)による支障についての文献では、その支障の詳細な内容が示されていません。この『支障』の内容について説明します。
ところで、更正登記には、新たな権利の取得の実質を伴うものと伴わないものに分けられます。2つに場合分けして考えます。
新たな権利の取得を伴う場合には、実質的な抹消登記とは異なります。つまり、権利を取得する者(共有者)の全員が登記権利者となり、かつ、全員が登記申請人になる必要があります。そこで、原告以外の共有者に持分を取得させる更正登記を認める判決を出すと、その後の登記申請に支障が生じます。そこで、原告の持分を回復する範囲に限った更正登記を認めるにとどめることになります。妨害排除請求権(登記の是正)よりも原告以外の共有者の処分権を優先させる類型といえます。
一方、新たな権利の取得を伴わない場合は、実質的には抹消登記(元の状態に戻す)と同じです。つまり不正な登記と実体の一致していない部分を解消するものなのです。この更正登記により持分を回復する共有者が複数いたとすると、その全員が登記権利者となります。登記手続としては、そのうち一部の者だけで登記申請をすることができます。そこで原告以外の共有者の持分を回復する更正登記を認めても登記手続上支障は生じません。ただし、新たな権利取得があってもなくても、他の共有者の処分権に介入していることになっています。これも支障の1つです。
つまり、新たな権利取得を伴わない場合には、登記手続上の支障はないが、処分権に関する支障はある状態です。1つの支障よりも妨害排除請求権を重視するなら原告の持分回復を超えた更正登記を認めることになります。しかし、妨害排除請求権よりも1つの支障を重視する(1つの支障であっても生じさせるべきではない)ならば、原告の持分回復を超えた更正登記を認めないことになります。
過去の判例では、このような事例について判断したものは見当たりません。ただ、(前記※1)の文献の記載を忠実に読むと、処分権を重視するように思えます。当サイトでは、原告の持分回復を超えた更正登記を認めない解釈を採用します。
原告の持分回復を超える更正登記による2種類の支障と結論
あ 権利取得の実質があるケース=実質的な権利移転
ア 登記権利者(共通)
登記上直接利益を得る者
=登記上持分が増加する者(共有者)
イ 登記申請人
登記手続における保存行為とはならない
→原則どおり、登記権利者の全員が登記申請人となる必要がある
ウ 登記手続における支障(※2)
原告以外の共有者の持分を増加させる更正登記の判決が出た場合
(=他の共有者の持分まで公示する更正登記)
→原告だけで登記申請をすることができない
→支障が生じる
エ 処分権に関する支障(共通)
原告以外の共有者の持分を増加させる更正登記手続請求訴訟について
原告以外の共有者の処分権が制限されることにつながる
オ 結論
処分権に関する支障(『エ』)は生じるし、登記手続における支障(『ウ』)も生じる
→妨害排除請求権よりも2種類の支障を重視する
→原告の持分回復を超える更正登記を認めない
い 権利取得の実質がないケース=実質的な抹消
ア 登記権利者(共通)
登記上直接利益を得る者
=登記上持分が増加する者(共有者)
イ 登記申請人
登記手続における保存行為とされている
→例外的に、登記権利者のうち1人(で足りる)
ウ 登記手続における支障
原告以外の共有者の持分を増加させる更正登記の判決が出た場合
→原告だけで登記申請をすることができる
→支障は生じない
エ 処分権に関する支障(共通)
原告以外の共有者の持分を増加させる更正登記手続請求訴訟について
原告以外の共有者の処分権が制限されることにつながる
オ 結論
登記手続における支障(『ウ』)は生じないが、処分権に関する支障(『エ』)は生じる
→妨害排除請求権よりも1種類の支障(『エ』)を重視する
→結論=原告の持分回復を超える更正登記を認めない
カ 補足説明
1種類の支障(『エ』)よりも妨害排除請求権を重視し、原告の持分回復を超える更正登記を認めるという判断もあり得る
ただし、過去の判例ではこのような事案について判断したものがない
当サイトでは『オ』の結論を前提としておく
8 真正な登記名義の回復による移転登記の扱い(概要)
以上で説明した登記の是正方法は抹消登記(全部抹消)と更正登記(一部抹消)でした。一方、例外的な是正方法として、真正な登記名義の回復による移転登記もあります。
これについては抹消という概念を使わない便宜的な是正方法なので、抹消登記・更正登記とは考え方が大きく違います。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|真正な登記名義の回復による移転登記(一部抹消に代わる移転の可否)
9 新方式の判別基準による具体的判別フロー(参考)
新方式の判別基準の内容は、すぐに理解するのが難しいかもしれません。そこで、具体的ケースについて、是正方法をなるべく簡単に判別できるようにするため、当事務所において判別フローとしてまとめました。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|共有不動産の不正な登記の是正方法の判別フローと『支障』の整理
10 従来方式の判別基準との関係
以上で説明した新方式の判別基準とは別に、従来方式の判別基準(被告が第三者が共有者かで分けるもの)があります。新方式の判別基準を提唱する立場からは、従来方式の判別基準は不合理であるという指摘もされています。
従来方式の判別基準との関係
乙類型の判例の結論は甲類型(被告が第三者であるケース)の判例と抵触するわけではない
と考えることも可能である
※『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度(下)』法曹会2006年p395
本記事では、共有不動産に関する不正な登記の是正方法の判別基準のうち、(従来方式に対する)新しい方式を説明しました。
理論は複雑で、いろいろな見解があります。
実際に不正な登記に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。