【登記制度の真正担保モデル・司法書士の使命と平成16年不動産登記法改正による影響】

1 登記制度の真正担保モデル・司法書士の使命と平成16年不動産登記法改正による影響
2 不動産登記制度における真正担保のモデル
3 古い考えと新たな司法書士の使命とのギャップ
4 平成16年不動産登記法改正の趣旨やねらい
5 法改正後の司法書士業界の実情
6 登記原因証明情報の運用状況
7 将来の登記原因証明情報の運用と司法書士の任務の理想
8 登記の真正担保モデルと司法書士の責任との関係(概要)

1 登記制度の真正担保モデル・司法書士の使命と平成16年不動産登記法改正による影響

不動産登記申請を行う司法書士の確認義務が不十分であったために賠償責任が認められる登記事故が起きることがあります。確認義務の範囲についての解釈が問題となることがよくあります。
詳しくはこちら|不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み(疑念性判断モデル)
司法書士の確認義務の解釈と密接に関連するテーマとして不動産登記制度の真正担保モデルがあります。この点,平成16年の不動産登記法改正が,真正担保モデルの考え方に影響を与えています。
本記事ではこのような内容について説明します。

2 不動産登記制度における真正担保のモデル

登記制度において,真正をどのように図る(担保する)のか,という構造について,大きく2つの考え方があります。
幾代モデルは,登記自体は迅速で簡単にする,というものです。司法書士の調査は浅くて良いという考え方です。
鎌田モデルは,登記の真正を重視するものです。司法書士が十分に調査を行うことで不正な登記申請を阻止すべき,という考え方です。

<不動産登記制度における真正担保のモデル>

あ 幾代モデル

取引の迅速や当事者の便宜のために,登記手続の軽量化を図る
公示対象としては物権の現況を重視する
不実登記に対する信頼保護を強調する(公信力付与の立法論を含む)
登記の真正担保は共同申請構造によって図られる

い 鎌田モデル

登記の真正を保護するために,登記手続の重厚化を志向する
公示対象としては,物権変動の原因or債権契約に重点を置く
不実登記の防止による紛争予防を目指す
登記の真正担保は司法書士の調査によって図られる
※藤縄雅啓稿『副本・保証書から登記原因証明情報・本人確認情報へ』/『月報司法書士561号』日本司法書士会連合会2018年11月p21,25

3 古い考えと新たな司法書士の使命とのギャップ

後述しますが,登記の申請担保モデルの考え方は,時代の流れとともに幾代モデルから鎌田モデルへとシフトしてきています。
しかし,不動産取引の当事者や関係者は古い幾代モデルの認識のままであることが多いです。
その結果,司法書士は依頼者や関係者からは早く安く登記申請してくれといわれながら,不正が発覚した場合には調査不足の責任を取れと言われるような状況が生じています。

<古い考えと新たな司法書士の使命とのギャップ>

あ 古い考え(幾代モデル)

不動産取引の関係者(業界)のニーズや考え方はまだ古いままという傾向もある
ア 司法書士は形式的な確認だけを行い,迅速に申請を完了させるべきイ 登記申請は誰が行っても同じであるウ 過去の報酬相場が維持されている

い これからの司法書士の使命(鎌田モデル)

司法書士は高度な調査・確認を行い,登記の真正について公証的な役割を担う
(高度な調査・確認の義務(責任)を課されている)
業務内容・リスク(質や量)に応じた報酬基準の設定が必要であろう

4 平成16年不動産登記法改正の趣旨やねらい

平成16年に不動産登記法が大きく変わりました。法改正の柱の1つは登記原因証明情報の制度のスタートです。
登記原因証明情報の制度を中心として,法改正のねらいは司法書士が権利変動の内容の調査・把握のレベルを高めるという方向性だったのです。
しかし,登記原因証明情報として要求する程度,つまり,司法書士の調査レベルを高める幅は司法書士業界の意向で小さめに抑えられたと指摘されています。

<平成16年不動産登記法改正の趣旨やねらい>

あ 運用者への期待

平成16年不動産登記法改正について
物権変動の過程に今まで以上に注意を払うべき執務姿勢を司法書士その他運用者に期待した法改正であった
※藤縄雅啓稿『副本・保証書から登記原因証明情報・本人確認情報へ』/『月報司法書士561号』日本司法書士会連合会2018年11月p19

い 登記原因証明情報の制度の趣旨(立法過程)

(当時大阪法務局総務部長であった小宮山秀史氏の寄稿)
登記原因証明情報のあり方について
公証人等による人的担保か印鑑証明書の添付など一定程度証拠価値の優れたものに限定すべきであるという見解もあった
この考え方が採用されなかった理由は,人的担保のための制度的な基盤がまだ不十分,すなわち司法書士が能力的にか覚悟においてか,対応できないまたは対応したがらないことにある
※小宮山秀史稿『月報司法書士2013年2月』日本司法書士会連合会p43〜

5 法改正後の司法書士業界の実情

平成16年の不動産登記法改正の後に,改正のねらいどおりに司法書士の実務が変化したかというと,そうではないという指摘があります。

<法改正後の司法書士業界の実情>

司法書士その他の運用者には,旧態依然とした執務を好む傾向があることが問題である
法改正が期待する実務のあり方と,法改正後の司法書士の実務との間には,肝心なところで期待と現実の間に大いに隔たりがある
宿命的に利潤の追求を目的とし,登記制度も司法書士もそのための手段と観念する顧客企業の要請と,自由な競争や規制の緩和を基本的に受容する体質を享け,小規模またはそれなりの規模の事務所を経営する民間事業者として,依頼者からの報酬で口を糊する司法書士という,リアルな職能集団のイメージが付き纏う
※藤縄雅啓稿『副本・保証書から登記原因証明情報・本人確認情報へ』/『月報司法書士561号』日本司法書士会連合会2018年11月p19

6 登記原因証明情報の運用状況

登記原因証明情報の制度は,司法書士が物権変動を十分に調査するというねらいで導入されました(前記)。
しかし,その後に実際に運用されている状況は,このねらいどおりではない,という指摘もなされています。

<登記原因証明情報の運用状況>

あ 2013年(平成25年)の運用状況

現実に提供される登記原因証明情報が想定されていた契約書などの処分証書によるものが予想外に少なく,その内容が形骸化しつつあるように思われる
登記の正確性の向上という観点からは,その制度の趣旨をさらに浸透させるための努力を要すると思われる
次回の制度の見直しにおいて,登記原因証明情報の提供を不要とする方向に向かうのか,真実性を更に向上させる方向(登記の正確性,信頼性を向上させる方向)に向かうのかは法務局職員はもとより,司法書士,金融・不動産業界など不動産登記制度を担う全ての関係者の今度の登記原因証明情報の制度の利用に懸かっている
※小宮山秀史稿『月報司法書士2013年2月』日本司法書士会連合会p9

い 現在(平成30年)の運用状況

小宮山氏の,祈りにも似た願望(い)は,いまだ叶えられたとは言い難い
※藤縄雅啓稿『副本・保証書から登記原因証明情報・本人確認情報へ』/『月報司法書士561号』日本司法書士会連合会2018年11月p24

7 将来の登記原因証明情報の運用と司法書士の任務の理想

以上のように,登記申請において司法書士の調査のレベルは理想どおりに高まってはいないという指摘があります。
ところで,今後は行政のシステムも含めて電子化・オンライン化によって利便性を高めることが進んでいきます。この点,不動産の権利の内容や変動の真正を確保するには,現実に当事者と面談したり,多くの資料や情報を把握して総合的に判断するなどの調査が必要です。オンラインではできないことがより顕在化します。まさにこのような調査・確認は司法書士に期待された社会的な使命であると思われます。

<将来の登記原因証明情報の運用と司法書士の任務の理想>

あ 今後の見通し

日司連は現在のところ司法書士による登記原因の公証方式を歓迎する意向のようである
一方,一部の司法書士は顧客の圧力に屈して違法な業務を行うことが想像され,また,執行部の中にも自分たちの組織の自律性に自信がない部分があるように見える
登記官の前の共同申請構造という擬制に真正担保機能を委ねる幾代モデルに依拠しつつ展開される議論も見受けられる
※藤縄雅啓稿『副本・保証書から登記原因証明情報・本人確認情報へ』/『月報司法書士561号』日本司法書士会連合会2018年11月p25

い 理想に向けて

司法書士職をビジネスとしてのみ理解すると,登記システムのあり方やそこに関与する司法書士の存亡にも関心が向きにくい
しかし行政の徹底した電子化と新しい技術が跋扈する時代に,国民の権利を保全するために,登記の世界で司法書士が専門職として存続するためには,真正担保方式における公証方法=鎌田モデルが前提とする登記システムを実現する以外に方法はないと考えられる
※藤縄雅啓稿『副本・保証書から登記原因証明情報・本人確認情報へ』/『月報司法書士561号』日本司法書士会連合会2018年11月p25

8 登記の真正担保モデルと司法書士の責任との関係(概要)

以上のように,時代の流れとともに不動産登記の真正担保モデル(構造)の考え方は着実に変化しています。これは司法書士の役割と直接関係しています。
そこで,実際に司法書士の調査義務の内容や範囲(程度)の判断も時代とともに変わってきています。要するに司法書士の調査義務(責任)は拡大する傾向があるのです。
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本記事では,不動産登記の真正担保モデルと平成16年不動産登記法改正の影響について説明しました。これは,司法書士の調査義務の解釈・判断に影響しています。
実際に司法書士の責任が判断される際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
実際に不正な登記(司法書士の責任)の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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