【登記申請の依頼を拒否する安全な方法と依頼者に説明する書面サンプル】

1 登記申請の依頼を拒否する安全な方法と依頼者に説明する書面サンプル
2 依頼拒否のケースで責任が発生したポイント(前提)
3 問題(責任)が生じない依頼拒否の方法
4 依頼拒否の可能性を事前に説明する工夫
5 当事者(依頼者)に説明する事項(書面サンプル)
6 調査のみの費用の設定(報酬基準)

1 登記申請の依頼を拒否する安全な方法と依頼者に説明する書面サンプル

司法書士は,原則として登記申請代理の依頼に応じる義務があります。依頼の拒否の方法によっては賠償責任を負わされることもあります。
本記事では,司法書士に責任が生じるようなことはなく安全に依頼を拒否する方法や司法書士が依頼者に説明する内容をまとめた書面のサンプルを説明(紹介)します。

2 依頼拒否のケースで責任が発生したポイント(前提)

実際のケース(最高裁判例)で,司法書士が依頼を拒否したことによって賠償責任が生じた要点は2点あります。依頼を拒否した時期と拒否する説明の内容です。

<依頼拒否のケースで責任が発生したポイント(前提)>

あ 拒否した時期

不動産取引(売買)の決済日当日に司法書士が登記申請を依頼を拒否した
→他の司法書士に依頼する機会がなくなってしまった

い 拒否する説明の内容

司法書士は,売買契約によって土地の所有権が買主に移転するとは限らないと説明した
→取引自体が流れてしまった(売買が解消となった)
※最高裁平成16年6月8日
詳しくはこちら|決済を流した司法書士の賠償責任を認めた判例(依頼拒否の正当事由を否定)

3 問題(責任)が生じない依頼拒否の方法

司法書士が登記の依頼を拒否する時に,前記の2点を避けるようにすれば,責任(問題)発生を避けられます。
まず,決済予定日までにある程度の期間が空いていれば,依頼者(取引の当事者)は,別の司法書士に依頼するとか決済日を変更する(再度設定する)ということが可能となります。
次に,依頼を拒否する理由の説明として虚偽や不正の可能性を強く指摘すると取引自体に影響が生じてしまいます。仮に虚偽や不正がなかった場合にこの問題は表面化します。そこで,時間的に調査が完了しないという説明の方法が好ましいでしょう。

<問題(責任)が生じない依頼拒否の方法>

あ 依頼拒否を伝える時期

調査の遅れが生じた場合は受任不可の可能性をすみやかに説明する
調査が完了しないと分かった時点ですみやかに説明する

い 依頼拒否の理由(説明内容)

決済期日までに調査が完了しないと説明する
虚偽・不正が確実でない限りは虚偽・不正があるという断言(に近い表現)は避ける
『他の司法書士は別の判断をする可能性がある』という説明もあり得る

4 依頼拒否の可能性を事前に説明する工夫

そもそも,決済までの残り日数が短いのに,十分な調査が完了していない状況になると,司法書士としてはそのまま申請すると虚偽があった場合に大きな責任を負うし,逆に虚偽がなかった場合にも取引を流した責任を負わされるリスクもある状態に追い込まれます。
そこで,依頼された時点から依頼拒否の可能性というリスク説明を行っておくことが望ましいです。依頼者にとってリスクを把握できるとともに,司法書士が責任を負わされることになるリスクを回避することにつながります。

<依頼拒否の可能性を事前に説明する工夫>

あ 調査のための時間的余裕の必要性(前提)

(司法書士は,不動産詐欺事件に遭わないために)
立会現場で運転免許証・パスポート・印鑑証明書・登記済証の偽造を見抜くのは困難であるとの前提にたって,決済日以前に事前確認を充分に実施する必要がある
※『不動産詐欺事件に遭わないために』東京司法書士協同組合2018年8月

い 確認・調査のスケジュールの説明

依頼の要請を受けた時点から
各種書面提出の期限・面談のスケジュールを事前に説明しておく
→依頼者や関係者から承諾を得ておく

う 確認不足の際の対応の説明

『い』を説明した上で,確認できなかった(確証を取れなかった)場合には登記申請ができない(中止する)ことを説明しておく

5 当事者(依頼者)に説明する事項(書面サンプル)

前記のように,依頼の当初から司法書士はいろいろなことを依頼者に説明しておくことが好ましいです。
先に知らせておくとよい事項をまとめたものを書面として用意しておくと便利です。そのような説明書面のサンプルを紹介します。

<当事者(依頼者)に説明する事項(書面サンプル)>

あ (タイトル)

登記申請のご依頼に関する注意事項の説明(受任の条件)

い (調査内容の説明)

司法書士は次のような本人確認・意思確認・物件確認を行います。調査のために,取引関係者(売主・買主などの当事者や仲介業者など)に資料の提供(提示)などの協力をお願いすることになります。
(確認方法の例)
質問への回答・説明(口頭やチェックリストなど)
登記済証・印鑑証明書・住民票の写し
運転免許証・パスポート・健康保険証・住基カード・マイナンバー(個人番号)カード
銀行口座の通帳のコピー
固定資産の納税通知書
『電気・ガス・水道』等の公共料金の領収書(建物の場合)
当事者の現住所や旧住所への書面の送付
司法書士による売主の自宅訪問

う (依頼の拒否の可能性の指摘)

当職がお願いする資料の提出やその他の調査へのご協力をいただけない場合や,調査の結果,明確な判断ができない場合には,登記申請の受任(受託)ができないこともあります。
決済日までに調査が完了しない(間に合わない)と思われる場合にはできるだけすみやかにお知らせします。
特に,提供(提示)いただく予定の資料を決済日の直前に変更すると,決済日までに調査が完了しなくなりやすいです。取引関係者の都合で調査内容に関して変更を希望される場合は早めにお知らせください。
対象の不動産の登記上の権利や当事者に不正がない場合にも,調査が完了せず,登記申請の受任ができないこともありえます。
なお,調査の結果,受任できない場合でも,調査に要した時間や労力に応じて報酬が発生することがあります。(後記※1

え (参考資料)

※『不動産詐欺事件に遭わないために』東京司法書士協同組合2018年8月参照

6 調査のみの費用の設定(報酬基準)

依頼者に説明する事項をまとめた書面の中に,調査のみの費用を記載しておく方法もあります(前記)。
司法書士は,虚偽を見抜く(虚偽の登記を未然に防ぐ)ことが使命です。つまり登記申請に関する調査が重要な業務です。結果的に登記申請を行わないことになったとしたら,司法書士の大きな成果といえます。地面師(詐欺師)による被害を防げたことの対価として成功報酬という発想もあるくらいです。例えば,調査に要した時間による料金(タイムチャージ)を設定するという方法もあります。
いずれにしても,このような設定をするのであれば,報酬基準として定めておき,さらに個別的な委任契約書の中の条項にも盛り込んでおくべきです。

<調査のみの費用の設定(報酬基準・※1)>

あ 発想(前提)

司法書士の調査により不正(偽造)の疑いがあることになった場合
登記申請代理自体はできない(依頼を拒否する)
しかし,司法書士は調査を行い成果を提供した
成果の内容=不正(偽造)の疑いという判断

い 対価の確保

報酬基準として,依頼(受任)拒否となった場合の調査費用を定めておくと良い
例=所要時間に応じた料金の設定など
司法書士側の都合である場合は除外する必要がある

本記事では,登記申請の依頼を司法書士が拒否する場合の適切な方法について説明しました。
実際に,司法書士は,不審な点に気づいたとしても,どのように断れば(説明すれば)よいか,ということで悩むこともあります。
登記申請に関するいろいろなリスクを洗い出して事前に説明しておくことは,司法書士と依頼者(当事者)の両者にとって好ましいことです。
それでも実際に問題が生じてしまった場合は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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