【共有持分放棄の実務の特徴や工夫(テクニック)】
1 共有持分放棄の実務の特徴や工夫
共有持分放棄は、スピーディーに共有関係から離脱する手段です。
詳しくはこちら|共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)
共有持分放棄は、状況によっては非常に有用な解決策となります。
共有持分放棄には特有の特徴があり、実際にこれを行う際のいろいろな工夫があります。本記事ではこのようなことを説明します。
2 共有持分放棄のアクションの特徴
(1)共有持分放棄の通知のスピードの重要性
共有持分放棄は、通知だけで(実体法上の)効果が発生します。そこで、複数の共有者が近い時期に共有持分放棄をしようとするシーンをよくみます。この場合、結果的に早いものがちとなる構造になっています。
共有持分放棄の通知の後には登記引取請求訴訟を行わなくてはならないことも多いです。しかし、この訴訟は(訴訟の中では)非常に単純で、手間も少ないし、また、簡易裁判所の管轄となることもあります。このように規模が小さいという傾向が強いです。
共有持分放棄のアクションの特徴
あ スピードの重要性
ア 放棄の方法(前提・概要)
共有持分放棄は意思表示(通知)だけで効果を生じる
詳しくはこちら|共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)
イ 他の共有者との関係(競争)
共有持分放棄を用いる状況では、他の共有者も共有持分放棄を行う状況にある
他の共有者が先に通知(意思表示)をすると、自身は共有持分を取得してしまう
最後の1人となった(単独所有になった)場合には、共有持分放棄を使えなくなる
→通知の速さ(先後)だけで正反対の結果となる
→複数の共有者が、互いに先を争って通知をする状況となることがある
ウ 登記のスピード(無関係・参考)
共有持分の喪失と取得について共有者同士は当事者なので、登記の先後で優劣が決まる状態ではない
詳しくはこちら|民法177条の『第三者』から除外される当事者とその包括承継人
い 具体的手続の規模
一般的に、共有持分放棄の対象となる財産(不動産)は価値が低い
登記引取請求訴訟を要することも多いが、立証事項は少なく単純である
簡易裁判所の管轄となり、司法書士が代理人として遂行することも期待されている
(2)他の共有者の同意を要する発想(概要)
このように早い者勝ちの構造があるので、持分放棄のためには他の共有者の同意を必要とした方がよいのではないか、という発想があります。もちろん、条文にはないものですし、実務で採用されているわけではありません。
他の共有者の同意を要する発想(概要)
あ 同意なしの放棄への疑問
Aが持分を放棄して255条の法定の効果によりBが単独所有になった場合、・・・
なお、Bの同意なしにAが放棄できるのかは疑問がある。
い 放棄の結果の不合理性(早い者勝ち)
Aが放棄してBの単独所有になると、Bは土地所有権を放棄できない。
負財については先に放棄した者勝ちになってしまう。
※平野裕之著『物権法 第2版』日本評論社2022年p357
詳しくはこちら|共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)
3 遺産共有における共有持分放棄における工夫
実際に共有持分放棄を使うシーンの典型として、所有者が亡くなった後があります。例えば、これから遺産分割の協議をするというような段階です。このような状況で使いようがない土地だけについて共有持分放棄をするという作戦をとることもあります。
この場合、通常どおりに他の共有者(相続人)に通知してもよいですが、あえて知らせないで、かつ、放棄の効力を発生させる方法もあります。意思表示として記録にしておくというものです。遺産分割の協議が決裂した場合に、共有持分放棄を既に行っていることを知らせるという使い方です。いわば保険としておくようなものです。
遺産共有における共有持分放棄における工夫
あ 理論(前提・概要)
相続開始後、遺産分割が未了の段階(遺産共有の状態)でも、特定の財産について共有持分放棄をすることは可能である
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(遺産共有の共有持分の譲渡・放棄)の可否
い 対立ムード発生(問題点)
遺産分割の協議や調停が進行中の段階で、相続人の1人が共有持分放棄をすると、不意打ちと感じられるので、遺産分割の中で対立的な状況(雰囲気)になってしまうことがある
う 対立ムードの回避の工夫
ア 高度なテクニック
共有持分放棄の通知をせず、確定日付のある書面として作成するにとどめる
これでも理論的には効果を生じる
詳しくはこちら|共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)
その後、他の相続人(共有者)が共有持分放棄をしてきた場合や、遺産分割が決裂した時に他の共有者(相続人)に既に共有持分放棄をしたことを知らせる
イ リスク・限界
遺産分割が完了するまでには他の相続人に知らせておかないと、遺産分割の効力が否定されることにつながる
他の共有者への通知がないと、登記引取請求訴訟の中で裁判官が疑問を持つこともある(実例)
4 他の共有者の所在不明・相続人不明の状況への対応
実際に共有持分放棄を使う場面では、共有者が多く存在し、その中に所在不明の者や、相続人不明の者が含まれるということがよくあります。所在不明の者には、登記引取請求訴訟の訴状の中で共有持分放棄の意思表示をする手法も有用です
また、戸籍上相続人がいない、という場合には、相続財産管理人を選任するのが原則的方法ですが、登記引取請求訴訟の中で特別代理人の選任をするという簡単な方法で済ませることも有用です。
他の共有者の所在不明・相続人不明の状況への対応
あ 実情(前提)
実際に共有持分放棄を行う状況では、登記上の所有者は過去に亡くなっているということも多い
相続人(=現在の共有者)を戸籍によって調査すると、所在不明や亡くなっていることは分かったが相続人が戸籍上は見つからないということが生じることがある
このような場合、共有持分放棄の通知や登記引取請求訴訟の被告の特定がスムーズにできない
い 所在不明への対応
登記引取請求訴訟の訴状に『共有持分放棄の意思表示』を記載する
訴状の送達は公示送達や書留送達を用いる
詳しくはこちら|送達の種類(通常送達・就業先送達・補充送達・付郵便送達・公示送達)
う 相続人不明への対応(概要)
状況によっては、相続財産法人が被告となる
この場合、相続財産管理人の選任の申立または(民事訴訟法上の)特別代理人の選任申立をする
共有物分割請求を行う際の当事者の特定(対応)と同様である
詳しくはこちら|被告とする共有者が亡くなっていて戸籍上相続人がいない場合の対応
本記事では、共有持分放棄の実際の活用の場面での特徴や工夫を説明しました。
実際には、個別的事情によって、最適な手段は異なります。
実際に相続や共有物(共有不動産)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。